破壊神のさだめ(前編)(5)
ユーゴが格納庫に到着すると、白いアームドスキンには赤茶の髪の女性と金髪の青年が取り付いている。問題はないが頻繁に点検は行ってくれているようだ。
特に金髪の青年は熱心に整備してくれる。彼の場合、趣味と実益を兼ねているからだろう。
「ヴィーン、どんな感じかな?」
少年が近付いて声を掛けるとヴィニストリ・モリソンは顕著な反応を見せる。
「やあ、ユーゴくぅーん! 完璧に決まってるじゃないか。僕がリヴェリオンに手抜きをするとでも思っているのかーい?」
「思ってないよ。余計なことをするかもとは思ってるけど」
「大丈夫です。あたしが監視していますから」
母親の一件でユーゴは青年と和解している。彼の情熱があまりに強過ぎて引いていたが、あの件で根っからの善人であるという認識も強まった。
彼が機械以外に興味を示さず、他者からの干渉を受けにくいという利点もある。それがユーゴの思惑と一致する部分があるのだ。
「少しくらいは目こぼししてあげてね。頑張ってくれているからご褒美」
くすくすと笑いながら告げる。
「あはは、そうですね」
「リズくんは怖いんだよーう」
元はヴィニストリが彼女リズルカ・アリステッドの指導担当だったのだが、立場が逆転している。
「あと、言っておくけど、少し前からガンカメラ映像や音声データはロックして抜けなくなっているからね。無理しても無駄だから気を付けるように」
「ああ、それでですか。ちょっとだけ気になってました」
「調整に必要だから駆動データは見てるけど決して外に漏らしたりなんかしないよー。協定機を整備している自覚はあるからねー」
その辺もヴィニストリは誠実である。
「ありがとう。よろしくね」
「もちろんだよー!」
「分かりました……」
リズルカのほうは思うところがあるようだ。ユーゴの変化に戸惑っているらしい。
申し訳ないが気付かないふりをする。彼らをあまり深入りさせたくないという思いからなのだが、説明するわけにもいかない。
「じゃあ、少し出てくる」
「分かったよーう!」
「お気を付けて」
少年は協定者の権限を最大限に活かして行動を始める。
◇ ◇ ◇
深めの藍色に塗られた特殊仕様のアル・スピアが氷塊環礁の中を飛んでいる。それも氷塊から氷塊へと陰を移動しながら反応のあった地点を目指している。
「9番機、重力場レーダーで棘が出たのはこの辺りだろう?」
傍受を警戒して名前では呼び合わない。
「そうです、隊長。特務の連中、本当にもう環礁宙域に入っているんですかね?」
「可能性は低くない。ここは件の作戦宙域だからな」
「空振りかもしれませんよ? 彗星核みたいな鉱物岩塊が混じっているんじゃないですかね?」
それに振り回されてきたパイロットが示唆する。
「空振りならそれでいいんだぞ、11番機。宙域侵入前に捕捉できるのが理想なんだからな」
「分かっちゃいるんですけどね」
重力場レーダーに重量物の反応が出ると、そこがワイヤフレームで山になる。それを「棘」と称する。
戦闘艦やアームドスキンなどが停泊していればそんな反応が出るのだ。これは11番機のパイロットが指摘したように氷塊中の鉱物岩塊などでも同様の反応が出るので接近しなければ判別は不可能。
反重力端子を使用していればマイナス方向の棘が現れるので判別しやすいが、そんな間抜けをしてくれる相手ではない。
「仮に本命だったとしたら、この任務から解放されるんだぞ?」
9番機のパイロットが揶揄する。
「だよなぁ。氷塊の間をすり抜けていくような、こんなハードな訓練みたいな任務」
「訓練なら時間で終わるけど、確認するまで終わらないってのは厳しいだろ?」
「こら、無駄口を叩いているんじゃない。訓練させてもらって特別手当が付くんだからありがたいと思え」
空振りが続いていれば隊長の言にも軽口が混じる。
彼らは近衛艦隊の特殊部隊。ガルドワ軍でも、いわば精鋭中の精鋭である。なので新人なら命懸けの氷塊中飛行も冗談交じりでこなせる。
今は氷塊環礁に侵入しているかもしれない特務艦隊を探索中だ。偵察部隊とは別に事前調査を行っている。環礁の中を戦闘空母でゆっくりと航行し、重力場レーダーに反応のあったポイントを調査している。
「そう思っておいたほうが精神衛生上、良さ……! 熱反、がっ!」
言葉半ばに気付くも、頭部を破壊された11番機はロールを始める。
「敵襲! 散開!」
「敵影なんて見えないぜ!」
「どこからだよ! 何でこんな電波レーダーの利かない宙域で狙撃なんてできるってんだ!」
隊長の命令に悲鳴を上げながら飛び散って氷塊を遮蔽物にするアームドスキン。
「レーザースキャンも意味ないぞ。目視確認急げ」
「そういわれても……、なっ!」
先ほどとは違う方向に無警戒だった機体が左脚を撃ち抜かれ、ジェットチャンバーが誘爆する。股関節部からパージしてそれ以上の損害は避けたが、今度は後方からの狙撃でまた一機が右腕を失う。
「見えないか!?」
「イオンジェットは微かに確認出来ました。でも、相当距離ありましたよ」
「いったい何機で包囲しているんだよ!」
部隊は半ば恐慌状態に陥った。狙撃できるはずもない状況で正確に狙われている。しかも敵に包囲され、何機存在しているのかも分からない。
「落ち着け。躱せない距離じゃない」
熟練の隊長は冷静さを欠かさない。
「見えた! データリンク送ります!」
「白いアームドスキン!」
「まさか……」
希望を裏切り、ビームカノンの砲口は部隊を指向していた。
次回 「直ちに攻撃を中止し応答願う!」