破壊神のさだめ(前編)(4)
(この少年は母親の死に何を感じ取った? 何に化けた?)
オービットは必死に読み取ろうとする。
視線から感じるプレッシャーは半端ではない。まるで冷酷な獣に睨みつけられているのではないかとも思える。
それでも彼は、人の本質は簡単には変わらないと信じている。気弱な少年が勇気を振り絞って足掻いているという第一印象を捨てる気はない。
だが、精神が未熟だった少年は変貌を余儀なくされるほどの過酷な状況に常にさらされ切り抜けてきた。その結果として生まれ出でたものと対している可能性も捨て切れない。
「ユーゴ……」
少女の悲しげな声にユーゴは怒りを収める。
「まあ、いいや。ラーナにお前が必要なのは間違いない」
「それなら納得したまえ。如何に君が協定者でも叶う希望と叶わない希望があるということを」
「仕方ないね」
少年は携帯端末を取り出すと「リヴェル、よろしく」と告げ、紫髪のアバターは頷いている。
「やっぱり電子戦能力は高いんだ。……見事に出し抜かれているみたいだね、行く先々で。……艦長、上の息子でもまだ九歳じゃないか。命は大事にしなよ」
「なっ! くっ、我が艦のデータベースに侵入しているのか」
携帯端末の小さい2D投映パネルの上をユーゴの指が這う。侵入して読み取ったデータをスクロールさせているのだろう。
ラティーナや彼だけが受け取っていた探索時の航路データから状況報告書、任務上高度な機密性が要求される家族のデータまでもが閲覧されているのだと分かる。
「ゼムナの遺志の能力を使えば難しいことじゃないんだよ」
協定者は事も無げに手をひらひらと振る。
「広域重力場レーダーだけじゃない。御者神は幾つもの遺跡技術を秘匿していると思っていい。あのトランキオを見れば明白じゃないか」
「そうね。それも前提にしなくてはいけないと思う」
「なのにラーナは片手間に組織の撲滅を目指そうっていうの? それはいくら何でもおこがましいって思わないんだね」
少女の賛同にもユーゴは姿勢を崩さない。
「頑張って計画を進めているの。片手間だなんて言わないで」
「そう見えちゃうって話。それだけ」
そこまで話すと少年は立ち上がり、踵を返して部屋を出ていった。秘書官も執成すのを躊躇うほど重たい空気が室内を支配する。
「なぜ御者神撲滅には乗り気でないのか?」
オービットは疑問を呈する。
「暗示したように、私たちが思っているより危険な存在だと思っているからかしら?」
「それでは辻褄が合わないんですよ。妹君の死にはあれほど過敏に反応したのに、母親を殺害した組織には寛容になる理由とは?」
「あの事件は一部の暴走だと考えている可能性もあるわ。現状はザナスト討伐に傾注したいのでしょう。背後にも敵を抱えると私を守り切れないって考えているのかも」
考えられなくもない。だが理由としては弱い気がする。
「彼はその背後に大戦力、近衛と第一の艦隊が密かに追跡しているのを知っている一人なのですよ? それでも足りないと?」
「信用はされていないのかもね。内部組織の所為で何もかも失ったんだもの」
「混成艦隊さえ裏切る可能性ですか。だとすればもう見切っているのかもしれませんよ?」
組み立てていくと考えたくない結論へと導かれてしまう。協定者ユーゴを今のポジションに留め置いているのはラティーナの存在だけだとも思えてきた。
(ガルドワにとって危険な因子になってしまう。有事の英雄というのは本当に厄介だ。史実の語る常識は正確だといえる)
オービットは忸怩たる思いを噛み締める。畏敬の対象であるラティーナのために少年を受け入れもしたが、結局は扱いが難しくなってしまっている。
戦略上はもう切り離せない。戦術にユーゴを組み込むと不確定要因になってしまう。そんなジレンマに苦しまなくてはならない事態。オービットが一番厭う状態が生み出されている。
(ですがラティーナ様は何かを隠している。妙に口が重い)
情だけでは説明できない何かを内に秘めている感じがしている。
リヴェルの忠告を知らないオービットには、ラティーナの言動にも不安定な要素が感じられている。それが抜本的な策へと踏み出せない原因になっている。
「そんなことは……!」
「ないでしょうね」
彼が後を引き取る。
「絶対に閣下だけは危険にさらしはしないでしょう。そういう方向で進めるしかないようです。当面は少年がどんな行動をとっても修正の利く方策を検討していきましょう」
「苦労を掛けます」
「いえ」
難易度が増す状況と彼女の信頼に、集中力の高まる自分に少し呆れてしまう。
◇ ◇ ◇
追ってくる気配が無いのを確認したユーゴはそのまま通路を進む。
『あれで良かったのか?』
肩に座る紫髪のアバターが問い掛けてくる。
「いいんだ。あのタイプはたぶん色々と考えさせておいたほうが動きが鈍くなるからね」
『嫌われておるぞ。娘はあれも頼りにしている。汝との板挟みに苦しむことになろう』
「ちょっと我慢してもらう。もうそんなに時間は必要じゃないから」
願いを叶えるための舞台はできあがりつつある。あとは彼の振る舞い方次第で完成するはずだ。
(ちょっと弱いか。少し確度を上げておきたいなぁ。もう一押ししておかないと駄目かもね)
ユーゴは格納庫へと足を向けるのだった。
次回 「思ってないよ。余計なことをするかもとは思ってるけど」