機動要塞ジレルドーン(10)
岩塊と討伐艦隊、彼我の距離はまだ4000lmcはある。しかし、加速しているのを加味せずとも数分の距離でしかない。
長辺で2kmはあろうかという岩塊でも宇宙空間での速度は容易に上がる。そこへ反重力端子まで使用すれば必要となる推進力はさほどでもない。
そして、大気という夾雑物がなければ異様に近くも感じる。今や岩塊はユーゴの視界を圧するかのように迫ってきている。
アームドスキン同士の戦闘宙域を通過した岩塊は、両軍を引き連れてやってきている。巨大な岩塊は足場として利用したり遮蔽物にするのに都合が良かったためだが、艦隊にすれば堪ったものではない。距離を置いていたはずの戦闘まで眼前に近付いてきたのだ。
「さっさと転進しろ! 押し戻されたいのか!」
左手をアイアンブルーの艦首に突き、右のフランカーとビームカノンで近付く敵を撃破しつつ吠える。
「貴官こそどけ。私はそれを逸らさねばならないのだ」
「ラーナが止めてるじゃないか! どうして言うことを聞かない!」
「そういう優しい心根をお持ちの方だからこそ身を挺しても守りたいと思う。貴官もそうなのではないか?」
翻意を促してくる。が、認めるわけにもいかない。
「だからって泣かせていいのかよ!」
「いつかお解りくださるだろう。何を思ってそうまでしたのかを」
「意固地になるな! 自分だけで何もかもできるって思っているなら大間違いだ!」
本音が漏れる。
彼に関してはそう思うことが多い。言葉少なだが、常に多くを考えて行動している。悪いとは言わない。ただ、もう少し周囲と馴染んで意見交換もすべきだと思っていた。
「死なれちゃ困るんだよ! 彼女の腹心を自称するなら生きて働け!」
「…………」
一瞬の沈黙に、言葉が深奥に刺さっているのだと確信させる。
「私一人居なくても閣下になら優秀な人材が集まってくるだろう」
「うるさい! お前がどう思っていようがラーナはまだ十七の女の子なんだ! 彼女を思うなら違う形で発奮しろと言っているのが何で分からない!」
崇拝するあまりに偶像化しているきらいがある。
「議論など無駄。これが最善手なのだ!」
「黙れ! んーおああぁー!」
強情な男にしびれを切らしたユーゴはアイアンブルーの艦首を右へと押し転回させようとする。気合いの声とともに一気に力を込めた。
アームドスキンと500m級の超大型戦艦では質量が比較にならない。それなのに艦首は動き始め側面を向こうとしていた。
「な……んだこれは!」
リヴェリオンが薄く透き通る赤い波を宇宙へと放ち始めている。
「まさか……、反重力端子の効果が可視化しているのか!」
「下がれぇー!」
メインスラスターの噴射光と全身のパルスジェットの光に包まれユーゴが吠えた。
ついにアイアンブルーを押しやることに成功する。右舷側を見せたままの大型戦艦は艦隊方向へと慣性で流れていった。
「はぁはぁ、まだこれから……」
既に視界の大部分を占める岩塊を睨む。
「大きくても石は石。前に開発局の職員さんに、石には割れやすい『石目』っていうのがあるって聞いたよ。そこを狙えば」
『それは小さな石の話であるな。あれほど大型では意味が変わる。それに単純な岩石ではないようだ。組成に著しく偏った部分が見られる』
「え、そうなの?」
目算外れをリヴェルに指摘される。
『だが、やることは大して変わらぬ。中央付近をブレイザーカノンで狙うがよい』
「分かった」
左右のフランカーに仮想砲身を形成。照準を岩塊の中央に定めて発射する。ビームによって穿孔され一時的に赤熱した様子を見せるが破砕するには至らない。
「無理かな」
『繰り返せ』
インターバル明けにもう一射したユーゴは排出された弾体ガイドの代わりに新しいロッドを装填してブレイザーカノンを放つ。射入口から見える赤熱が消えなくなり、内部が溶解し始めているのが分かった。
「もうちょっとだ!」
「撃ち続けるんだよ、ユーゴくん」
「うむ、破壊するぞ」
横並びにエドゥアルドとレイモンドを始め、直掩機部隊が集まって一点を狙う。
『そろそろだ。熱膨張で高まった応力で破砕するぞ』
「割れろー!」
巨大な岩塊は無音のまま弾けた。内部のマグマや破砕片を撒き散らしながら二つに分かれていく。
「射線を開けるのだ、少年。艦砲がくる」
導かれて天頂方向へ移動するとビームの斉射が宙を埋め尽くす。
「これでお掃除さ」
「艦隊に向かう大きめの岩石は破壊されるだろう。アイアンブルーも盾になっていることだしな」
破砕されて小振りになった岩石はアイアンブルーの舷側に当たっている。サイズ的に損害が出たとしても軽微だろうが。
(戦闘も終わる)
敵機に宿る灯が敵意から一斉に恐怖や畏怖に近いものに変わる。相手の感情まで詳しくは読めない灯でも、一度に全てが変わるとユーゴにも理解できる。
後方警戒を繰り返しつつ全体がジレルドーンへと後退していく。確実な成果が出るであろう一撃が阻まれたのがザナストの攻撃意欲を削いだらしい。
「ご苦労様。スラスターの処置が済みました。一時撤退して本格的な修理をします。直掩機も全機帰投してください」
ラティーナの呼び掛けで皆が歓声を上げながら反転する。絶体絶命の状態から艦隊を守り切ることができたのだ。
格納庫に戻って昇降バケットに足を付けると視界が揺らぐ。思わず片膝をついて手摺に縋った。
「大丈夫!?」
リズルカが焦りの声を上げる。
「ごめん。少し疲れただけ……」
「すみません! エドゥアルドさん!」
そのまま力無く腰を下ろす。
エドゥアルドの大きな背中に背負われた記憶はあるが、そこで意識は闇に飲まれていった。
次は第十五話「破壊神のさだめ(前編)」
次回更新は『ゼムナ戦記 伝説の後継者』第十四話「惑乱のアルミナ」になります。