機動要塞ジレルドーン(2)
協定機リヴェリオンの専属整備士に抜擢されているリズルカ・アリステッドは若干二十二歳。年季がものを言う、しかも男社会の整備士の世界で足掻いている印象は否めない。
当初は妬心の眼差しに晒されたものだが、最近ではそんなことも少なくなってきた。それは先輩である英才ヴィニストリ・モリソンが防波堤となってくれたのもあるだろう。しかし、最大の要因は協定者ユーゴ・クランブリッドの信頼を得たお陰なのは間違いない。
(実際に彼の下は働きやすいもん)
年若く、話しやすさも手伝っている。少年自身は感性タイプだが、その感覚を伝えようと一生懸命努力しているのも伝わってくる。だから理解できて仕事も早くなるのだ。
(でも、最近は難しくなっちゃった)
調整を必要としている点は伝わってくる。ユーゴの要求は分かるし丁寧な物腰も変わらない。リヴェルのフォローも入るので不自由は感じない。
ただ、心の奥が見えなくなってきた。少年から屈託の無さが消えたのである。満足しているのか妥協してくれたのかが感じられなくなった。リズルカはそれを寂しく感じている。
(何でもないお喋りをする時間も少なくなったし)
今も彼の姿を探すが見えなくなっている。先ほどまで微妙な調整点を伝えてくれていたのに。
声が聞こえて下を覗き込むとリヴェリオンの足元、目立たない場所で数名の人間と話し込んでいるのに気付く。相手は輸送艦の搬入人員である。本来パイロットが関わる必要のない人間であるはずなのに話し込んでいるようだった。
「動作データはそれだけだよ」
微かにユーゴの声が聞こえる。
「機体設計図? そんなもの渡せるわけがない!」
務めて声を抑えているようだが、少し興奮した様子が窺えた。
その時、彼らの会話が整備士用σ・ルーンから聞こえてくるようになった。驚いたリズルカは周囲を見回す。意識して操作したつもりはないが、好奇心を読み取られて少年のσ・ルーンに接続したのだろうか?
(そんなことってある? ユーゴくんのってリヴェルの特製なのに?)
疑問は湧くが事実は変わらない。
「僕自身のデータなら渡すって言ってる」
「しかし、それでは総合的な評価ができないとおっしゃっているのだ」
「ふん、リヴェリオンの機体構造が欲しいってだけなんでしょ。特にフランカーとか。僕に協定者を辞めろって言うようなもんだよ。それで良いわけ?」
意図しない技術流出をゼムナの遺志は許さないだろう。
「こんな自由は無くなる。あんたたちは遠くから眺めてるのがせいぜいになるよ?」
「それは困る。渡せるものだけで構わない。これからも協力はしてもらう。そういう約束だからな」
「そうだね。でも、いつになったら僕の約束は守ってもらえるの? 会わせろって言ったはずだよ?」
言葉遣い一つひとつに普段は見せない険がこもっている。
「解れ。そうそう身軽に動ける方ではない。何らかの事由が必要になってくる」
「建前が要るって言ってんでしょ。だから、そっち向きの見応えのあるショーを準備してあげるって言ってるよ。それに招待してるんだ」
「伝えはする。期待はするな」
少年は鼻を鳴らす。
「そんな態度じゃ今後の協力は約束できないって言っといて。見くびっているようだけど、協定者の権限はあんたが思っているより大きいんだからね」
「分かった分かった、お前の要望は必ず伝える。善処してくださるだろう。待っていろ、プロト2」
(御者神!)
思わず声が漏れそうになる。
(駄目。接続している以上、こっちの声も伝わるかも)
口に手を当て震える。怖ろしくて仕方がない。
(司令官閣下があれほどに注意しているっていうのに、まだ入り込んできてる)
補給艦の人員までは完璧に洗えないということだろう。
図らずも自分の触れた一端にリズルカは恐怖した。
◇ ◇ ◇
珍しいこともあるもんだとラティーナは思う。ヴィニストリを通じてリズルカから面談を申し込まれた。
彼女はリヴェリオンの専属なので接する機会も多いし、気軽に話しかけて関係性は悪くないと感じている。だが、ラティーナのほうから訪ったのならともかく、個人的な面談となるとアポイントも無く自室を訪れるのは無理。それで事前に申し入れがあり、快諾した形だ。
「そう。そんなことがあったの」
リズルカは格納庫での一幕を仔細に報告してくれた。
「あの……、協定者なので命令違反とか離反行為とかそういうのには当たらないとは分かっています。でも、不安で……。胸の内に留めておくのは怖くなって、お話しておかないとと思って」
「いいえ、密告と受け取ってあなたの人間性を疑ったりはしません。ありがとう」
「はい。……良かった」
(こういう意識なのよね。私はユーゴを擁護する側だと思われている。彼に不利益な情報を耳に入れると怒りを買うと感じてるんでしょうね)
心の中で失笑する。
「もう一度確認していい?」
「はい、どうぞ!」
気抜けしていたリズルカがビクンと反応する。
「突然会話内容があなたのσ・ルーンから聞こえてくるようになったのね?」
「はい。たぶん、ユーゴ君のσ・ルーンが拾ったものだと思うんですけど」
「分かりました。一応、この話は内密にお願いしておきます」
間違いないことを確認して退出する彼女を見送った。
(これは、そういうことだと理解すべきなんでしょうね。それとも促されている?)
その一点は確認の必要があるとラティーナは感じた。
次回 『よく気付いた。汝は聡明だな』