混沌の宙域(11)
(うるさい小虫どもだ)
特務のアームドスキンを纏いつかせ、艦隊の中をトランキオで飛び回りながらアクスは思う。
機首のハイパーカノンは一拍の充填時間を要する。降り注ぐビームを歪曲磁場で逸らし、前方に回り込もうとする敵機を回避しながらでは発射体勢の機が少ない。
沈めたのは五隻に留まるが、艦隊を崩壊させるには十分な数といえよう。少し目先を変えてもいい頃合いと思える。
(次はあの連中に一泡吹かせてやるか)
距離はあるが討伐艦隊の艦影を確認できる。
「ぐっ!」
特務艦隊を抜けたところで高エネルギー反応を検知。歪曲磁場を展開するも直撃したイオンビームの奔流の反力が本体にまで及び、全長30mものトランキオの機体をまさに木の葉のようにくるくると翻弄する。
「やらせると思うなよ!」
「お前か! 破壊神!」
「フランカー!」
危険を感じて、立て直したばかりの機体を振る。それでも通常よりも細く伸びる薄紫のビームがかすめて去った。衝撃が被弾したのを知らせる。
「ちっ!」
『推進機に被弾。バランサー起動。推力が82%に低下しました』
周囲を踊る光条が狙ってくるが、間をおいて回復した歪曲磁場が次の被弾を防ぐ。旋回させると、リヴェリオンが脇から振り出した固定武装に光の円筒を発生させている。それが先ほどの、ハイパーカノンを上回る大口径兵器なのだろう。
(自由にさせれば駄目ということか)
歪曲場を操り、八門の砲口から角度を付けて狙うと、ナーザルクはその隙間へと機体を滑らせる。形成されていた光の円筒は解除されていた。
(十全でない状態で墜とすのは無理だな。ここは退き時と思おう)
母艦を沈められた恨みか、纏い付いてくる特務のアームドスキンを撃破しながら後退の軌道を取る。少年が追ってくる気配はなかった。
酩酊感の消えない頭を振り、アクスは後ろを睨む。
◇ ◇ ◇
半数近くを失った特務艦隊はもう死に体である。艦載機も相当数撃墜されただろう。両軍に撤退の信号が飛び交う中、特務隊は立て直しに忙殺されている。
「そんな状態で共闘を強要する気はないからね」
旗艦の前までリヴェリオンを飛ばせたユーゴは静かに告げる。
「そうしてくれると助かる。我らは退こう」
「そうすれば。でも、これだけは伝えといてもらえる?」
頭部だけを艦橋に向けた。
「くだらない手管を使わなくたって望み通りの結果は出してみせるからってね。あれを墜としてみせろって言うんでしょ。そんなに気になるなら自分の目で見にくればって言っとけよ」
返事も聞かずにユーゴは白い機体をひるがえらせた。
◇ ◇ ◇
特務艦隊はぼろぼろだが、ザナスト艦隊も三隻を失って後退を余儀なくさせられたようだ。アームドスキンが飛び交う戦場も混迷の度を深め、再編と修理、補給を行わねば戦闘継続も困難な状態だっただろう。
申し合わせたかのように撤退信号がデータリンクの通信網を走り、両軍が残滓のようなビーム光で繋ぎ合わされながら離れていった。
「少し退席します」
戦闘光が確認できなくなるまで見ていたラティーナが席を立つ。
「どうぞお休みください」
「ありがとう、マルチナ艦長」
オービットが行動継続可能な数機に敵艦隊追跡の命令を出しているのを聞きながら艦橋から立ち去る。本当は最後まで見届けるのが義務だとも思うが、思ったより遥かに精神疲労が激しい。
(恨まないでとは言わないけれど、自分が間違った判断をしたとは思っていませんからね、お母様)
背負う無念の一つだと思いたくとも、やはり身内の死は彼女に影を落とす。
(お父様に何て報告すればいいのでしょう。これほど根深く、広く巣食っているとは思いもよらなかったもの)
ここにきて全ての局面で御者神の存在が枷になる。討伐艦隊が本来の任務に注力できない。
(疲れているのは私だけじゃない。こんなことを繰り返していては戦いが危うくなってしまう。何とかしないと……)
最終的な責任論とは別に、直面する戦闘に影響するのはいただけない。
思い悩むラティーナは秘書官が何か言いたげに付いてきているのにも気付いていない。彼女が行く先に一人の少年を認めて胸を撫で下ろしたことも。
「ラーナ」
ハッとする。が、素直に彼の顔を見る気にはなれない。
「無理しなくてもいいよ。泣きたい時は泣いてもいいんだ。僕の前で威厳を保ったりする必要はないでしょ?」
「ユーゴ……」
力を抜いてもいい。一番欲しい言葉が届いてしまう。
駆け寄って抱きつく。彼女と変わらないまでに伸びた背がしっかりと受け止める。とめどなく流れる涙が彼のスキンスーツの表面を伝って落ちていく。泣き声だけは何とか抑えた。
(こんなに成長してしまったのね。それが親しい人の死によって促されるという悲しい成長でも)
身体でも心でも彼女を受け止めてくれる。
「もう少し待ってね。君がもう泣かなくていい世界にしてみせるから」
柔らかく触れる腕が温かい。
「皆の幸福を妨げているものを全部壊してしまえば、残るのは身近な小さな悩み事だけにできるよね。僕はその為だけに戦うよ」
優しい声が耳朶をくすぐる。
(ああ、私、間違っている)
気付いてしまった。
(ユーゴの恋情を利用しているつもりだった。彼の強大な能力ならこの動乱を収められると。そんなんじゃないのね。私が愛しているから傍に居てほしいだけなのね)
腕に込める力に気持ちを乗せる。
「申し訳ありません、閣下! すぐにお戻りください!」
短くも至福な抱擁が引き裂かれる。σ・ルーンから彼女に呼び掛ける声が響いた。
緊迫した声音に急いで艦橋まで戻る。それは正面のパネルに大写しになっていた。
背凭れの浅い座椅子のような岩塊の上に座して、巨大な人工物が眼前にある。厳めしい空気を纏うそれを要塞だと誰もが感じるだろう。
それを見たラティーナは意識せず呟く。
「機動要塞ジレルドーン……」
次は第十四話「機動要塞ジレルドーン」
次回更新は『ゼムナ戦記 伝説の後継者』第十三話「戦気眼VS戦気眼」になります。