混沌の宙域(5)
ユーゴは状況が全く読めなかった。どうしてラティーナの母親、つまりガルドワ会長レイオットの妻がこんな場所に居るのか理解できない。ここは離反して逃亡した特務艦隊旗艦の中なのである。
「なぜ……?」
開いた口はそんな陳腐な言葉しか生み出してくれない。
「どうしてここに居るか聞きたいの? それはわたくしが彼らの思想に同調したからよ」
「同調? まさか御者神に?」
「まさかってどういう意味かしら。そんなに変?」
幼馴染の少女と同じ長いアッシュブロンドを掻き上げながら少年の顔を覗き込むルーゼリア。ロムウェルは彼女の家名であって、グループ内では有力一族の出自だったはずだ。その彼女がこんな秘密組織に属している理由がどこにあるのだろうか?
「ラティーナは熱心にあなたを養子に迎えるよう働きかけていたわ。それはわたくしも納得していたのだけれど擦れ違ってしまったのね」
肩に手をかけて寄り添うルーゼリアからはラティーナに似た甘い香りがふわりと漂う。
「仮にとはいえ母親代わりをするつもりだったのだから、縁が無いわけではないでしょう? お母様を亡くしたばかりだと聞いているわ。なら、もう一度やり直してみない? ラティーナと一緒に家族に……」
「ち、違う! そんなの望んでない! だいたい、母さんを殺したのはこいつらなんだよ!」
「それはあの愚か者が犯した罪。制裁は受けるはずよ。ハザルクはあなたの反感を買うような干渉は慎んできたのではなくて?」
(これはいったい何? どういう状況? こいつらは僕をどうしようとしている?)
事情が飲み込めなくて頭がくらくらする。完全に計算が狂ってどうすべきか分からなくなる。
そこへσ・ルーンを通じて刺激がくる。特に意味を為さない情報が奔流のように流れてきて意識を覚醒させた。
『落ち着くがよい。よく考えよ』
さっきのはリヴェルが使った気付けらしい。
「そうだ……」
『何をしにきたか忘れてはならぬ』
「あら? ご挨拶が遅れて申し訳ありません、ゼムナの遺志リヴェルよ。我らの子を選んでくださって感謝の念に堪えませんわ」
紫髪のアバターに頭を下げる。
『ユーゴが我の子であるのと、汝らが生み出した事に深い関連性はない。増長せぬが良かろう』
「これは手厳しい」
(なるほど。ルーゼリア様は僕を説得するために現れたんだ。その証拠に、ここでの権限はそれほど大きくなさそうなのに皆が静観してる)
そこを間違えなければ話の持っていきようがある。
「ねえ、ルーゼリア様」
気を取り直して訴える。
「なあに?」
「僕にここに居てほしいんだったら説得する相手を間違っているよ。まずは討伐艦隊司令官であるラーナと和解しなくちゃいけないんじゃない? それ以前に母娘としても話し合う必要があると思うんだけど」
「……うーん、そうねぇ」
透かし見るような視線を感じる。少年の意図を推し量っているのだろう。
「僕としてはラーナを戦場に放っぽりだして勝手をするつもりは全然ないからね。前提条件を整えてもらわなくっちゃ」
「あの子が納得すればいいのね?」
「そうだけど、以前の彼女と同じと考えていたら失敗するかもね。色々とあったし」
彼女は沈思するとエイボルンにも目配せをしている。判断を仰いでいるようだ。
レーザー回線が繋げられて、立ち上がった2D投映パネルにエヴァーグリーンの艦橋内が映し出される。
当然、ラティーナは仰天して目を見開いていた。
◇ ◇ ◇
(どうしてお母様が!?)
せっかく落ち着いたというのに、新たにラティーナを混乱させる相手が現れた。
(もう何が何だか分からない……)
思いが言葉にならない。
「おや、ルーゼリア様。コレンティオで行方が分からなくなったと聞いたばかりでしたが、そのような所で捕われておいででしたか」
オービットが皮肉いっぱいに問い掛ける。
「いいえ、わたくしは請われて参ったのですよ。今までは時折り主人の行動を伝えるのが精々でしたけど、ようやく貢献できそうな状況が生じたようでしたから」
「ほう、貴女様も車輪の紋章に忠誠を誓っておいでなんですね。それでは会長の思惑など筒抜けで当然です」
「妻の座を利用したみたいに言われては心外です。わたくしがハザルクの思想に触れたのは、あの人と結ばれた後のことですもの」
(利用されてるの? 違う。だって「思想に触れた」って言ってるもの。つまり同調者ってことだわ)
何とか状況が飲み込めてきた。
(或る意味最悪かも。もしかしたらお母様の自由にできる資産が組織に流れていた可能性もある。露見すればお父様も私も今の地位に留まるなんて不可能なほどのスキャンダル。どうすればいいの?)
将来的にはともかく、現在の事態を収拾するには手放せない地位である。
それ以上に、母の横にユーゴの姿があるのが気になって仕方がない。少年は本当に寝返ったのだろうか? だとしたら絶望的だと思えてならない。
「それにしても困りました」
オービットも現状を正確に把握しているだろう。
「不用意な判断を下せない戦力差があります。そちらが何を望んでいるかをお聞かせ願いたい」
「そんなに怖れるほど過大な要求をする気なんかありませんことよ。話は単純。今後はこちらの特務艦隊と共闘態勢を敷いてもらいたいだけ。だって、この子がまずは娘を説得しろってうるさいんだもの」
「なるほど」
ルーゼリアがユーゴの肩に手を回す。
ラティーナは母の面に何かおぞましいものを感じてしまった。
次回 「何を怒っているの、ラティーナ」
明けましておめでとうございます。本年も八波草三郎作品をよろしくお願いいたします。