ハザルク(10)
狭い一室に小さなデスク。椅子にその男は座らされ、背後を近衛隊員二人に固められている。対面には司令官である少女ラティーナが座り、冷たい目で見つめている。
「なぜ呼び出されたのかはご存知ですよね、ハルナン・ロークレー二杖宙士?」
彼女の言うように男はエヴァーグリーン艦長ロークレーである。
「いやいや、それを今お聞きしようと思っていたところですよ、司令官閣下。艦を預かる身の上、副艦長のラルサスが拘束されている今、貴女と私がここにいて、更にオービット副司令までもがいらっしゃる。何かあればどうされようというのですか?」
「ご心配には及びませんよ。万一の場合は対処できるようフォリナン副司令に詰めていただいてます」
オービットも冷徹な視線を浴びせている。
「まずは申し開きから伺います」
「ですから何ゆえ私までもが拘束されているかのような状態なのです?」
「逃げ口上など聞いている精神的な余裕が無いのです。正直に言いなさい」
ラティーナの言にも険がこもっている。
ロークレー艦長は困ったように微笑んで肩を竦める。どうやら自分から釈明に及ぶつもりはないらしい。それを察したオービットが口を開いた。
「犯行に及んだミード一杖宙士の指揮用σ・ルーンは調査しましたが、大部分の記録は書き換えられていましたね」
彼はラルサスから没収した馬蹄型の装具を示す。
「しかし、現状の貴殿の権限では容易に書き換えられないものがあるのですよ。艦橋の記録カメラです」
「それでしたら確かに最高権限者のラティーナ様しか触れられない部分ですな。しかし、あの全体カメラ映像に捉えられるのは大まかな動きだけです。音声などは各々の卓から拾い集めて合成せねば記録映像としては完成されませんが?」
「おっしゃる通りです。そして、艦長席の記録音声も見事に書き換えられてありましたよ。腕の良い工作専用SEを飼っていらっしゃいますね?」
オービットが調べた艦長席の音声記録は当たり障りのないものに書き換えられていた。ラルサスのσ・ルーンもそうだし、今ロークレー艦長が着けている物を調べても同じ状態だろう。そうやって白を切れるくらいの処理は講じられている。
「徹底して調べました。これを見ても嘯いていられますか?」
映像パネルを立ち上げる。再生をタップしてから、指で回転させるジャスチャーをして相手に向ける。
「分析班の成果です」
「何を分析したんだか……」
映像は戦闘終了後のもの。
ラティーナがオービットと会議の開催を打ち合わせてから司令官席を立つ。ユーゴとジーンを労いがてら、参加の要請をするためだ。
その後、副艦長のラルサス・ミードが艦長席に近付く。そこで何かが告げられ、彼はラティーナを追い掛けるように艦橋を出ていった。
「これで何が分かるのですかな?」
「続きをご覧なさい」
映像は巻き戻され、ロークレー艦長が話すシーンになる。一度停止すると拡大されて艦長の顔が大写しになった。再生が二倍スローになると下にテロップが出る。
『な・ざ・る・く・が・れっ・か・し・て・い・る・ぞ。じゃ・ま・な・じ・ん・め・れ・る・を・し・ま・つ・し・ろ』
「ここまで……!」
目を見開く。
「あなたは何と言っていますか?」
「…………」
「『破壊神が劣化しているぞ。邪魔なジーン・メレルを始末しろ』と指示していますね?」
瞳が揺れて逸らされる。
そこまでされるとは思っていなかったのだろう。携帯端末のウェアラブル機器やσ・ルーンを始め、そこら中に防犯のための自動録画録音が蔓延しているこの時代、読唇分析まで用いることはそう無い。ただし、技術そのものは停滞していても、手法が残っていないわけではないのだ。
「軍法上の責任だけでなく、社法上の訴追も可能になってきましたよ?」
ラティーナが返事を促すように卓を指でトントンと叩く。
「証拠能力など有りはしませんぞ。この程度の映像であれば合成も……」
「往生際が悪いな、この野郎」
レイモンドが舌打ちとともに前に出ようとするのをエドゥアルドが止める。
「もう少し我慢してくださる? ……ええ、かなり高度な技術を用いれば実映像と判別できないような合成映像を作成するのも可能。ただ、告発者が私であるのを審問機関はどう判断するかしら?」
「創業者一族として強権を発動するおつもりか? それでしたら国際人権機関に告訴も考えますぞ」
「確かに私は創業者一族の娘。だからこそ、合成などといった手間の掛かる手段を使わなくとも、あなたの地位を剥奪するのなど造作もないのです。そこを審問機関は考慮するでしょうね」
彼を排除するのにそんな手管など不要という意味だ。無理を通してでも告発したところでラティーナに利は無いのである。ロークレー艦長を押し退けて権益を得たり地位を得たりといった動機に当たるものが存在しない。ならば、彼女は法に則り、正当なる裁きを受けさせようと考えていると誰もが思う。
「く……」
「既に詰んでいます。諦めたほうがいいのではないですか?」
オービットも自供を迫る。
「仕方ありますまい。殺人教唆の罪は認めましょう。どうぞこのまま拘束して審問機関に送るがよろしい」
「いいえ、送りませんよ。全てつまびらかにしてもらわなくてはなりませんから。貴殿はこういったものをお持ちでしょうし」
卓の上に転がされたのは車輪の紋章が象られたピンバッジであった。
次回 「小娘にも分かるように教えてくれないかしら?」