ハザルク(7)
イオンジェットの光を分析して七十以上のアームドスキンが観測される。エヴァーグリーンを始めとした討伐艦隊は迎撃体制に移行するとともに、アイアンブルーは搭載機のうち三十に防衛に戻るよう命令していた。
「左回頭と同時に全砲門斉射。拡散ビーム砲とバルカンファランクスは迎撃待機」
ロークレー艦長が次々と指示を出す。
「アームドスキン隊が交戦に入ると同時に本艦は後退。第一戦速」
この辺の判断に個人差はあまりないのだろう。データリンクと相まって全艦が揃って回頭を始める。フォア・アンジェの三隻が少し前に出る。後退に合わせて前面に出るつもりなのだろう。
(皆が冷静に対応できている。それは心配要らなさそうだけど、主力が薄くなってしまった。大丈夫かしら?)
既に交戦状態の望遠パネルに目を移す。
瞬く戦闘光が激化する戦況を表していた。
◇ ◇ ◇
フランカーによる連撃を受けていたジェットシールドを敵のナストバルが下げる。その瞬間には急接近していたリヴェリオンが透過金属で覆われた頭部を蹴り飛ばしていた。頭を失った基部に砲口を当て、ビームカノンで縦に貫いた。
横薙ぎされたブレードをシールドで止めると、指向したフランカーがビームを発射。何とかシールドをねじ込んだ敵だが反動で二機は離れる。至近の高出力ビームで溶け落ちたシールドコアが不安定な展開をするのをすり抜けてもう一撃が胸を貫通していた。
(これで二機)
ユーゴは次の標的を探す。
(強力な機体だけどアクスほどの乗り手がいるわけじゃない。対処はできてる)
レンガ色に塗られたナストバルが黄色い頭部にセンサー光を不気味に瞬かせているが、アル・ゼノンとの戦いは五分。機体性能を引き出せているとはいえない。
「なかなかやるじゃない。二十年前はあなたみたいに面白い子はいなかったのに」
アクスの攻撃をいなしつつジーンが茶化す。
「死に損ねたというのなら、ここで墜としてやろう」
「あら、古ぼけているつもりはないけど? 技能っていうのは磨けば磨くほどより光るものなのよ」
「俺の才がそれを凌駕していると教えてやる」
(母さんと一緒ならアクスを終わらせられる)
あとは僚機に任せても大丈夫だと思う。今は最も脅威となる敵を排除すべきだろう。
「母さんのアル・スピアとデータリンク」
『繋げたぞ』
ジーンのモニターにも表示が出てこちらの意図が伝わったはずだ。
「行く」
斬り結んでいたジーン機が推進機を噴かして上に抜ける。反射的に目で追うアクスのナストバルに接近しながらフランカーの斉射。かろうじて直撃をジェットシールドで拡散させた敵機にビームカノンで牽制を仕掛けつつ右手のビームブレードで斬り落とし。が、胸部をかすめただけに終わる。
「こっちがお留守よ」
躱し切ったと思った瞬間にはジーンが横から蹴りを入れていた。
「がっ! ぐおおー!」
「諦めろよ!」
「ここで終わってなるものかー! 貴様らを蹴散らせば届くのだー!」
アクスが異様な気配を放ち始める。
執念というのが一番それを表しているだろうか。頭部を輝かせながら迫るナストバルにユーゴは気圧される。
その時の様子がトニオと戦っていた時の自分に似ているなど、少年は思いもよらない。切迫感と渇望が人を猛獣に変え、自暴自棄な戦いへと駆り立てる。
「冷静になりなさい、ユーゴ。こんな粗だらけの戦い方に押されるわけがないでしょう、協定者ともあろう者が」
ハッと気付く。
『飲まれるな。妄執で人は強くなったりはしない』
「ごめん。そうだった」
リヴェルにも諫められた。
(甘えてた。量産機でさえとてつもない強さを発揮する母さんと一緒なら何でもできるみたいに感じてたんだ)
意識もせずに気が抜けていたのだと思う。
(違う。ここは命のやりとりをする場所。そんな油断をしたほうが負けて何もかも失ってしまうんだった)
大きく息を吸って気合を入れ直す。緩んでいた精神が引き締まり、周囲の灯とそれが纏う意思に意識を集中する。
ユーゴの強い意思に呼応してフランカーが励磁を始める。冷却用のフィンが細かな電光を発し、それに触れたターナ霧が分解されて熱と光を放つ。
リヴェリオンは光を纏ったフランカーで光芒を引きながら疾走する。アクスのナストバルがテールカノンも交えたカノンインターバルを感じさせない連射を浴びせてくるが、宇宙に優美な曲線を描くリヴェリオンには当たらない。
(斬る!)
ジーンの放ったビームを躱したばかりのアクス機にフランカーを旋回させて下から振る。励磁で超高集束されたイオンビームが細い光の筋を描き、下から襲い掛かる。咄嗟に機体を横に振ったナストバルは右腕を基部から刎ね飛ばされながら辛くも躱した。
「なんだそれはー!」
「僕の願いの形だー! ここで終われー!」
上げられたフランカーが再び振り下ろされ、今度は左腕も斬った。
「やられてなるものか!」
「逃げるなー!」
ユーゴは光の尾を引きながら追い縋ろうとする。しかし、ジーンが止めた。
「冷静に、ね。周りを見なさい。みんな、苦戦しつつも頑張っているでしょ? 今、ユーゴがしなくちゃならないのは何?」
「いけない! ごめんなさい、母さん」
「じゃあ、行きましょ」
(駄目だ、僕は。こんなにも学ばなきゃいけないことが多い)
一度目を瞑って整理する。
母の導きに従って、リヴェリオンは再び駆け始めた。
次回 「ドラマの主役ならオレのほうが向いているけどね」