ハザルク(6)
最悪、奇襲を覚悟しなければならない状況だったが、戦闘態勢を整える時間が得られた。敵艦隊の情報を持ち帰ったユーゴも短時間の睡眠をとって気力を持ち直している。万全に近い状態で迎撃ができる。
「四隻?」
オペレータの報告に首を傾げる。
「正面から当たるには少なくない?」
「現状、確認されるのは四隻のみだ。間違いない」
「ザナストの軌道要塞、未だ十全に機能していない可能性があるでしょう? こちらの進攻を阻止する意図で動かしているかもしれない」
ラティーナが捕捉するように説明してくる。
「もちろんそれ以外の可能性を考慮して、フォア・アンジェとアイアンブルーのみでの対応とします。エヴァーグリーンのアームドスキン隊は直掩として展開。万一の伏兵にはそちらが動くので心配要らないわ」
「じゃあ、正面から叩くね。母さんと僕でレクスチーヌ隊と合流するから」
「それで構わないわ」
敵艦隊の最大保有数はアームドスキン百機。対して友軍は百二十機で対応する。数的優勢は維持したうえで、陽動である可能性にも配慮した作戦である。
「行ってこーい。こっちは任せとけ」
レイモンドのアル・ゼノンがロングバレルのシールドカノンを振りながら呼び掛けてくる。
「うん。行ってきまーす」
「あとはよろしくね」
「了解です、疾風殿」
シミュレータで惜敗を喫するほどジーンに翻弄された彼は敬礼で送り出していた。
「良い若手が育ってることだし、彼らに任せましょ」
「小細工する暇なんて与えなきゃいいんだ。リムニー、お願い」
彼女にナビゲートを移行する。
「お願いされた。データリンク確立。ナビに従って。右にスチュアートの隊」
「了解」
イオンジェットの尾を引いて進撃する友軍機の列の中でターゲットシンボルが点滅する。加速して追いつくとアル・ゼノンの背部が見えた。
「ユーゴ、来たー! 行っくよー!」
陽気な声が響く。
「お前が決めるな飛び出すな、メル」
「いいじゃん。あたしのほうが組みなれてるもん」
「何をじゃれているの。付いてきなさい」
ジーンが貫禄を見せて言う。
「ほら、もたもたしてるから主導権取られた。必死で踏まないと置いていかれるよ」
「ぎゃー、今日もG耐久訓練なのー!」
「勘弁してくださいよ、メル」
フレアネルの忠告にメレーネとオリガンが悲鳴を上げる。
「手加減お願いしますよ」
「だーめ。それじゃ上達しない。盗みなさい」
「君の母親は厳しすぎないか、ユーゴ?」
スチュアートの声には苦笑が滲んでいる。
「んー? 優しいよ?」
「ほらね。甘えても無駄」
「努力します」
何事にも母の指導はそつがない。ただし、努力して付いていけば決して見捨てたりはしない。常に見守ってくれているからユーゴは伸び伸びと育った。
感じ続けていた優しい眼差しに甘えが無かったといえば嘘になる。だから精神力の成長は後回しになっていたのかもしれない。ジーンがどう考えていたのかは今になっては分からないが、これから学んでいけばいいと思っていた。
(こういうときに限っていつもいつも)
敵中に知っている灯を感じてしまう。
(こいつを止めないと僕の夢は何一つ叶わない)
戦闘艦の中などでなく、安全で心安らぐ環境の中、ラティーナとジーンと家族のように笑い合える日々が欲しい。地位も名誉も何も要らない。その小さな願いのために命も懸けられる。
「アクス・アチェス! お前は僕が終わらせてみせる!」
戦意が掻き立てられ、言葉に熱が宿る。
「奴がいるのか? 引き締めて行けよ!」
「周りは気にしなくていいからやっちゃって」
「ありがとう、メル。頑張るよ」
斉射されたビームがジェットシールドの表面で弾ける。あとは散発的な砲撃の応酬の中で彼我の交錯が起こる。早くも閃光が戦場を彩り始めていた。
そして鈍色のナストバルが姿を現す。ここからは意思と力のぶつかり合い。飛び込む勇気さえ忘れなければ、夢へと手が伸ばせるはずなのだ。
「アクス! 行かせはしない!」
向こうも気付いているようだ。
「居たな、破壊神。どうやらお前を倒さねば我が望みには届かないらしい。早めに決着としたいものだ」
「勝手を!」
「人とは勝手なものだと知れ」
言葉の毒を流し込んでくる。
「あらあら、あなたが噂のアクス・アチェス? 私の息子にずいぶんと目を掛けてくれたそうじゃない。お礼がしたいわ」
「なんだ、女? 息子だと?」
「その声の若さだと疾風の二つ名は通用しないのでしょうね」
一拍の間が空く。
「聞いたことがあるぞ。役に立たない先代どもが恐怖の代名詞のように語っていた。そんな古ぼけた二つ名でプレッシャーになると思うな」
「思わないって。だって、これから味わってもらうんだもの!」
「なに!」
間髪入れず猛加速したアル・スピアがナストバルの傍を駆け抜ける。ジェットシールドの表面をブレードが削っていた。
「俺にジェットシールドを使わせるなと言っている!」
「ずいぶんと幼稚な矜持だこと」
(簡単に挑発に乗った。その間に少し削る)
ユーゴは他のナストバルが敵部隊に含まれているのに気付いていた。
◇ ◇ ◇
エヴァーグリーンの観測員は荒立つ重力場レーダーの波にも時折り視線を割いていた。輝線でモデル化された、自艦を軸線として回転する円盤の表面は波打っているものの、特に大きな反応は表れていない。
惑星ゴートを横目に移動中の艦隊は、探知範囲内に重力の影響を受けていた。そこを円盤が通過したときに引っ掛かりを感じて目を凝らす。大きな波に潜むように小さな突起が表れているのに気付いた。
「敵艦影確認! 艦数3! ゴートから上がってきます!」
「何だと? 迎撃準備!」
艦長のロークレーが即座に指示を飛ばす。
急速に接近する艦隊から発する、無数のイオンジェットの光が観測された。
次回 「死に損ねたというのなら、ここで墜としてやろう」