ハザルク(4)
「何を運んでいた? 目的地は?」
レイオットは問い質す。
「…………」
「言えないか。庇っているのか怖れているのかは知らないが」
「いえ、命じたのは自分であります」
特務隊司令エイボルンは口を開いた。
「それは最終的な命令権で、という意味だろう?」
「必要性を理解してのことです」
驚いたことに彼はそこに自らの意思も含まれていると証言する。指示があったのは事実だろうが、賛同するからこそ動いたという意味だ。
「隠し立てする気も無いということか」
特務からの忠誠は望めないと感じさせる。
「誤解なさらないでいただきたい。自分には反意も隔意もございません」
「だが、私とは違う意思には従っているではないか」
「必要だからと申し上げました」
証言を始めたことで、サウギークを始めとしたレイオットの護衛は既にエイボルンにハンドレーザーを向けている。しかし、彼は怖れもせずに話し続ける。
「貴方様はこの巨大企業国家に欠かざるべきお方。全てを纏め上げられる者など他にいません」
予想外にレイオットへの忠義心を語る。
「ただし、貴方様の存在だけでガルドワの繁栄はありません。企業である以上、利無くば存続は不可能なのです」
「それも心得ているつもりだ」
「高き志と清き心だけでは利潤の追求は成らないとご理解ください。裏も必要なのです。そして、裏を担っているのが我らなのです」
抽象的な表現を使う。ただ、そこに欺瞞の意図は無いように感じた。
「今行っているのは将来への布石。いずれ感謝されるなどと驕ったことは申しません。ですが、自分なりに未来を見据えて行動していると自負しております」
近衛艦から通信が入り、特務隊員が起動させた特務艦への移乗を始めていると告げられる。それらの動きから特務全体が御者神に侵されているのだと察知できる。戦闘が予想され、空気はにわかに緊張感を孕み始めた。
「制止しろ。発艦を許すな」
レイオットは命じる。
「抵抗した場合は発砲を許可する」
「状況を逐次報せよ」
サウギークも指揮用のσ・ルーンでデータリンクの情報を受け、無線で指示を始める。
「今は退きますが、自分の言葉に偽りはないと理解いただける日はそう遠くないと考えます。それまでお暇をお許しください」
「待て、エイボルン!」
「御せる神の名の下に」
特務隊司令は文言を唱えつつドアへと後退していく。
「確保します」
「撃……つな……」
瞬時の判断に遅滞が生じる。
(誠実とは言えない。不実でもない。この場で彼の信を失うのが正しいのか?)
情と迷いが躊躇いを生み、逃亡を許してしまう。
「状況は?」
「乗艦が済み次第、順次発艦しているようです。警告を無視したので出力を落としたビームで阻止しようとしましたが、アームドスキンを展開して防がれました」
ジェットシールドで防いでいるだけなのだという。
「砲撃してはこないので思い切った措置を取れていません。如何なさいますか?」
「砲撃は中止。警告だけを続けろ」
(近衛艦は三隻。特務艦は残っているだけでも十隻。発艦阻止は難しいか)
レイオットはそう断じた。
(必要以上の刺激は避け、戦闘になるようなら一度後退すればいいと考えたのが仇になったか)
制圧可能な戦力を投入しなかったのが悔やまれた。その辺りは自分が軍事のプロには遠いのだと思わせる。
サウギークは諦める判断も支持してくれる。近衛は精鋭中の精鋭。三倍する戦力と戦闘になっても大敗はしないだろうが少なくない損害は覚悟しなくてはならない。
「基地内を調べ上げる。拾えるデータを全て吸い上げろ」
調査の人員を入れる指示を下して、レイオットは眉根を揉んだ。
「想定外の反応でした。力不足をお許しください」
「私も考えておくべきだった。いや、これは誰にも無理だろう」
互いに自責の念を振り払う。済んだことは仕方がない。
収穫が無いわけではなかった。
通常状態でそういった措置がされていたのだろうが、かなりのデータが自動的に消去されている。部隊の特色を思えば当然かもしれない。
それでもサルベージされたデータの中から、今現在必要なアーセロイへの命令と航路の情報が抽出される。惜しくも積み荷の内容に関しては失われているが、戦果としては悪くないものだった。それはザナストの軌道要塞の位置に繋がるのだから。
「あれをどう思った?」
近衛宙士に問い掛ける。
「おそらくではありますが、御者神の思想に賛同できるものがあったのではないかと思われます。ガルドワに利するものがあると考えたからこその行動なのでしょう」
「そのうえで或る程度の思想誘導は受けているように感じたな。私が非人道的な方法での繁栄など望んではいないと解っているだろうに」
同じ軍属として多少は同情を感じているだろうサウギークに彼も希望的観測を添えておく。
(とりあえず特務の追跡はこちらで続けるとして、アーセロイの件は現場に任せるしかあるまいな。データは討伐艦隊に送って調査に向かわせよう)
レイオットは徐々に核心に近付きつつある事態に危機感を強めた。
次回 「子供の夢を実現に近付けるのが大人の務めではないかしら?」