罰
少年はしばらく黙っていた。
わたしは話の続きを待ったが、彼はなかなか口を開かない。
「どうしたの?」
すると彼はようやく顔を上げた。やっとその真っ白な髪の中に隠されていた顔が露わになった。彼の瞳は燃えることをやめ、奥は深淵のように静まり返っていた。吸い込まれてしまいそうだ、と思った。
「どうしたのって?これが僕の話だよ。僕の罪の話。」
「え?」
罪の話は終わっていたのか?
わたしは思わず声を出してしまった。聞いていた限り、彼のしたことの何が罪だったのかが全くわからなかった。
「罪?今のが?だってあなた、何も悪いことはしていないでしょう?」
わたしは聞いた。あとから少し馬鹿な質問をしただろうかと反省した。すると少年はふっと短くため息をついてこう言うのだった。
「そう。だから最初に言ったじゃないか。
僕はそんなにいけないことをしたのかなって。
だけど神さまはね、僕に罰を与えたんだよ。これは事実なんだ。
罰があるんだから、そこに罪がないとおかしいでしょう?
だから僕はあの日死のうとしたことが罪だと思ったんだよ。それ以外に一体何があるっていうのさ?それともなんだ、神さまというものは罪のない人間にさえ罰を与える、それほどに残酷なものなのか?
僕はあれから何回も、何百回も死のうとした。だけど死ねないんだよ。どんなに痛くても苦しくっても、神さまは決して僕に死ぬことを許してはくれなかった。
僕は生きてなくちゃいけないんだ。どんな苦しみからも悲しみからも逃れられない。
それに一番辛いのはね、僕以外の人間はみんな死んじゃうことなんだよ。どんな人に出会っても、みんなやがて僕を置いていってしまうんだから。
これが罰でなかったらなんだって言うの?」
わたしは何も答えられなかった。
彼の言うことは正しい。罪のない場所に罰などあってはならない。だけど納得ができない。彼は誰も傷つけてなどいないではないか。ただ恐怖から逃れようとしただけではないかのか。逃げることなんて誰だってする。わたしだって逃げる。逃げることが罪だというのならば、この世界の人間はみんな罪人になってしまうのではないか。わたしも含めて。
神さまはなぜ彼だけを罰したのだろう。或いはわたしが知らないだけで、この世界には罰を与えられた人間は沢山存在しているのだろうか。
本当にそれは罰なのか…?
もしもその、彼が「罰」と呼ぶものがそうでなかったのだとしたら。そうだったとしたら、彼の罪は存在しないのではないか。
そう思えた途端に、わたしは彼が「罰」と呼んでいるもの、つまり彼の生について知りたくなった。
「君の罰とはなに?」
わたしは再び彼に聞いた。
「それも最初に言ったよ。僕は死ねない。それが僕の罰。僕の話、ちゃんと聞いてた?」
「聞いてた、聞いてたよ。でもわたしが聞きたいのはね、君がどうやって生きてきたかってこと。わたしは君の生き方の話を聞きたいの。楽しかったことは?幸せだったことはないの?」
少年は驚いた。深い闇が日に溶かされていくかのように、彼の瞳に色が戻った。そして少年はわたしの言葉を繰り返す。
「僕の生き方?」
まるで初めてその言葉を口にするかのように、どこまでも純粋な声でそう言った。
そうか。彼はたぶん、死ぬ方法ばかり探し続けてきて、どう生きるかなんてことは考えたことがなかったのかもしれない。
「お姉さんは僕がどうやって死のうとしたかじゃなくて、どうやって生きてきたかを知りたいの?それを知ることに意味があるの?」
「意味?うーん、意味があるかはわからない。でも君はさ、生きることを罰だと言ったけれど、本当にそこには苦しみしかなかったの?もしも、もしもさ、君が『罰』と呼んだものが罰ではなかったとしたら?」
「なにを言っているんだい?」
少年の表情がわずか数秒の間に次々と変化していくのがわかった。
「ただの可能性の話だよ。もしかしたら、と思っただけ。本当のことはわからないけど、話を聞けばなにか答えが出せるかもしれないでしょう?
だから君の話の続きを聞かせてよ。君の生の話を。」
すると少年はなにかを思い出したのか、今までで一番穏やかな表情になって、そして優しく語り出したのだった。
「そうか、僕の生き方か。
なんだか考えたら色々な記憶が蘇ってくるね。確かに僕が生きてきたなかには、絶望しかないわけではなかったかもしれないな。
あれは何年前なんだろう。」
その話を始めた彼は、18歳の、普通の少年だった。
「たぶん200年くらい前かな。うん、きっとそう。そういえば僕は、楽しかったかもしれない。」
少年は優しく歌うように語り始める。