星空の下で
その日は高校二年の三学期で学年末試験最終日だった。私の通う高校は世間的に進学校と呼ばれている高校で、高校卒業後の進路と言えば「大学」一択であった。その風潮があるのだから、高校二年の三学期になるとクラスメイトは大学の学部だとか偏差値の話題で持ちきりになるのも無理からぬことだった。私、「柊めい」も周りほどではなかったけど、一応自分の将来についてぼちぼち考えてはいた。とは言っても「安心して暮らしたい」それだけが私の願いだった訳だが。テストはまあボチボチと言った感じでいつも通り平均点くらいと言った何とも言えない手ごたえだった。最後の科目のテストが終わると次の時間に、私たち二学年は体育館へと集められた。三月の初めの体育館、それもテスト期間で誰も使っていないのだから身を刺すような寒さだったのは言うまでもない。
「ねえ、めいくー。テスト後に集会だなんて誰かやらかしたの?」
体育館に着くと親友の一人である美冬は私に疑問の眼差しを向けてきた。彼女の眼もとには大きなクマがあった。きっと一夜漬けでテストに臨んだのであろう。
「流石にそれはないんじゃない? 多分いつもの受験に関わるありがたいお言葉だよ。」私がそう言うと、美冬はコートに首を埋めると深い溜息を吐いた。彼女の気持ちはわからなくもない。折角の学年末試験が終わったと言うのに、その上から来年の受験の話をされるのだから、誰だって気分が悪くなることはあっても良くなることは普通ない。
「まあ先生たちも配慮してくれると思うよ、だってテスト後にやるんだから。そうじゃないなら途中で抜け出してやる。」
私は冗談交じりに言った。しかし美冬はよほど嫌なのか、とうとうコートのフードまで被りだしていた。彼女の全身からにじみ出る「帰りたい」と言うオーラは凄まじく、彼女の眼を見ずとも伝わってくる。私は苦笑しながらゆっくりと彼女のフードを取り、集会の始まりを待った。
やがて学年集会が始まったが内容は私の予想通りだった。学年主任は「高二の三学期は、高三のゼロ学期。この期間を制する者が受験を制する。」と壊れたレコードのように始業式と同じ決まり文句を言っていた。そのほかには今年の傾向予測などを口にしていたが、テスト勉強で疲れていた私の頭には何一つ入ってこなかった。「多分私と同じ思いの人ばかりだろう」と辺りを見渡す。予想に反しどの生徒も真面目に聞いている人ばかりで、「咲」と言うもう一人の友人に関してはご丁寧にメモまで取っていた。ただ美冬だけはその首を横にゆらゆらと揺らし一人夢の世界へと旅立っていた。私は欠伸こそしていたが、目立たないように寝ることだけはしないように努力することにした。だらだらと続くその集会はチャイムの音でやっと幕を閉じた。そのままホームルームもなく解散だと言う。私はこのまま家に帰るのは何だか勿体ない気がしてならず、親友の二人をどこか遊びに誘うことにした。
私は体育館から出ていく大勢の人の波をかき分け二人を呼び止めた。
「ねえ、今日これから暇? 折角テスト終わったしどこかいかない?」
いつもの調子で私は言う。テストと言う重い足枷から抜け出し自由を手にしたのだ。「自分に何かご褒美があってもいいだろう」私にはその感情しかなかった。
「良いよー。んでどこ行くの? 海とか言っちゃう?」
美冬は「待ってました」と言わんばかりに目を輝かせていた。ただ咲は美冬と同じ反応ではなかった。
「ごめん二人とも、私今日は遊べないの。いや、もしかしたらこれからも遊べなくなるかも…。私、塾に入ることになったの。受験まで一年もないし、いい加減勉強しろって親がさ。受験終わったら遊べると思うからその時まで待っててね。」
「さきーは何処の大学行きたいの?」
言葉を詰まらせていた私を見かねたのか美冬が声を上げた。
「んー、まだ明確にどこの大学ってのは決まってないけど生物系の学部に行こうと思ってるだよね。あと行くならできるだけ高いレベルの大学に行きたいなーとは思ってるよ。」
「そうなんだー。さきーならきっといい大学に行けるよ。応援してるから頑張ってね!」
「二人も受験頑張ってね!」
冷静に考えれば咲が遊びの誘いを断るのは当たり前のことだった。咲は私たちとは違い成績が優秀な部類で、確か前に国公立の大学に行くつもりだと言っていた。ましてや今は高三ゼロ学期。どの生徒だって勉強に勤しんでいる時期である。逆にこの時期に私たちのように遊んでいること自体が可笑しな話である。私は咲に「なんかごめんね。」と一言だけ言ってその場を逃げるように後にした。去り際に咲の「ちょっと待って…」と呼び止める声がした気がしたが私は聞かなかったふりをした。
私と美冬はただ街中をぶらぶら散歩することにした。。三月にもなるとどの店も入学フェアだとか卒業フェアだとかで飽きるほど大きな看板を掲げていた。街中で配っているティッシュでさえ、何かと学生にかけているクーポンを配っている。普段の私たちはらテストが終わると三人でゲームセンターやカラオケに行ったりしていたのだが、今日はそんな気分にはなれなかった。いつも軽口を叩く美冬も今日に限っては地面を見つめ口を堅く閉ざしている。咲がいない、それは要因の一つであったが、それ以上に咲が自身の進路に向き合っているということが私たちの心に深くナイフのように突き刺ささっていた。胸の中では現実への逃避願望とその罪悪感が捩じり混ざり、私自身を飲み込もうとしている。私は無性に溢れ出る寂しさと孤独感を抑え込もうと必死であった。
「ねえ、めい。めいはさ、卒業したらどうするの? 大学いくの? それとも…。」
美冬は何処か遠くを見つめながら私に尋ねた。その横顔は真剣そのもので彼女なりに何か進路について思うことがあることが見て取れた。
「多分大学に行くことになるとは思うよ。でも何がしたいって訳じゃないから、学部も学科も決まって無いんだよね。文系か理系化で言えば、多少は文系科目の方が得意だから文系の学部を目指すようになると思うよ。」
こんな曖昧な事しか言えない自分に吐き気がする。自分がどれだけ適当に生きてきたかが胸に染みてならなかった。私は今どんな顔をしているのだろう。笑っているのか泣いているのか、はたまた憎しみを浮かべているのか。美冬に悟られないようコートのフードを被りマフラーで口元を隠した。
「美冬はどうするの? 将来やりたいこととかあるの? 私の進路設計図言ったんだから美冬のも教えてよ。」
「私、保育士になりたいんだ、昔から子供好きだし。だからどこかの大学の教育学部か、落ちたら専門学校に行こうと思う。でも私勉強嫌いだし苦手だしのダブルパンチだからどうなるかわからないや。」
彼女のその言葉は普段の元気ある様子と打って変わって少し震えていた。彼女も私と同じで出口の見えない人生に抱く感情が何かあるのだろう。私は湧き出る無常観と共に空を見上げた。斜めに傾く太陽が空を茜色に染め上げ、その空を鴉が自由の翼で何処かへと飛び去って行った。鴉の影を掴もうと手を伸ばすも、握られた手の隙間から影は滑り落ちどこかへと消えた。私はただ虚空を掴んだその手の平を見つめる事しかできなかった。私たちを沈黙が包んだ。
最後に黙ってしまってからどれくらいの時間を無意味に歩いただろうか。流石に足に疲労感がある。既に闇夜が空を飲み込み、街灯とイルミネーションが街並みを彩っていた。この時間にもなると社会的には帰宅時時間に差し掛かっていて、スーツ姿のサラリーマンや制服姿の学生などが街を行き来しており、彼らは私たちの横を忙しく無表情に通り過ぎていった。私たちは何処へ行くのだろう。あと数年経てば社会に出て、一つの人間歯車として活動することになるのだろうか。大人たちは「それが人生だ」なんて言うが、生きる意義も目的も失っている状態を果たして生きていると呼んで良いのだろうか。この社会で生きるという運命の無常な残酷さは何時になっても私の足を掴んで離してくれそうもにもない。私はただこれから起こる運命から目を背ける事しかできなかった。
「展望台で星見ない? この時間なら星が綺麗に見えると思うんだ。」
ふいに美冬が言う。何故、急に「星を見たいだ」なんて彼女が思ったのか私には分らなかった。ただ、彷徨い続けるより目的地があった方が気持ち的に楽になれる気がした。「うん。」私は無言で頷き、人の波に逆らいながら少し街から離れた展望台のある公園に向かうことにした。
星を撒いた夜空、空の景色を詩人が見たのならこのような表現をしたりするのだろうか。疎らに散った星々が点々と輝き空を彩っている。この展望台は巷で隠れデートスポットなんて言われているが、平日の夜と言うこともあってか私たち以外に人はいなかった。明かりの消えかけた自動販売機で私たちは缶コーヒーを買い、公園の端にあるベンチに腰を掛けることにした。ベンチからひんやりと伝わってくる感覚を堪えながら私たちは星々を見上げた。
「星、綺麗だね。」
彼女はそう言うとコーヒーを啜り、「はぁ」と白い息を洩らした。それは安堵感のある声で、白い息は公園の空気に吸い込まれて行った。
「そうだね…。綺麗だね。」
ゆっくりと言葉を返し、私もコーヒーを啜った。喉を通る温かみが体の中に染み込んでいく。いつもは苦いだけで美味しくも感じない筈のコーヒーがこの時だけは美酒のように感じられた。
「美冬は星座わかる? 私は全然知らないや。」
「私も全然知らないよ。あ、でも冬の大三角形ってのは聞いたことあるよ。たしかオリオン座がどうたらこうたら…。」
「それ私も聞いたことあるよ。三つの星を結ぶと三角形になるってやつだよね、確か。それ夏バージョンもあるらしいよ。」
「そう言えばそういうの歌詞に入った歌、前に流行ったよね。」
私たちは他愛のない会話を繰り返した。星々を勝手に紡いでオリジナルの星座を作ったり、何処の星が一番輝いているかなど話題としてはテンプレートなものだったが、二人の間を流れているいつもの空気を取り戻すのには十分だった。胸の中には未だ将来への不安が燻っていたが、少しは前向きに考えられるようになった気がする。
「そういえばなんで急に星を見たいだなんて思ったの?」
「んー、上手くは説明できないんだけど何か行き詰った時に見たくなるんだよね。こうやって星空を見てると、私たちって小さいなって思えるんだよね。小さなことに悩んで、喜んで。だからこうやってお星さま見てると、なんだか明日から上手くやっていける気がするんだ。あっ、その顔。変な電波とか受信した訳じゃないからね。たまに思うときって無い。」
彼女がこんな真面目なことを言うとは思っても見ず。私は面食らっていたらしい。確かに彼女の言うことはその通りだった。私も何か行き詰った時に山に登って、山頂からの景色を眺めに行くことがある。彼女の言っていることはその対象が違うだけで、多分それと同じ部類のものであろう。
「言ってることわかるから大丈夫だって。変な電波とか受信してないって。」
何だかそう言っている自分が可笑しくなって噴き出してしまった。
「あ、絶対に思ってるやつじゃんそれ!」
夜空のもと二つの笑い声が交差した。
私が空になったコーヒー缶を手で転がして遊んでいると、美冬が私のことを見つめていることに気が付いた。
「どうしたの、美冬? 何か私の顔についてる?」
「めいは将来どうなると思う?」
先ほどとは違い落ち着いたトーンだった。
「私はまだなりたい職業とか決まって…」
「そうじゃないの。職業とかじゃなくて、『めい』と言う人間が将来についてどう考えてるのかなって…。私、保育士になりたいって言ったけど本当に私自身ってそう思ってるのかな? 昔から『なりたい』って何となく言ってきたけど、今になって思うとなんでそう考えてるのかわからなくなっちゃった。」
彼女の抱えてる悩みは私と同じものだった。「人生とは何か」それは答えの出し辛い問いだ。大人は答えが見つからなくても割り切って考えることができるし、子供に関してはそもそもそんな重苦しいことを考える必要もない。だがその中間点に位置している私たちは大人と子供の狭間で揺さぶられる運命にある。外見的に体と年齢は刻一刻と大人に近づいて行くのに対し、中身の精神に関しては私たちはまだまだ未熟である。だから悩むこと自体は仕方のないことである。ただそれに伴う理不尽さは心に巻き付き、私たちを縛りつけて話してはくれない。
「大人になったら私はどうなっちゃうんだろう。いつかみんなのことを忘れて、自分のことも見失って、何処かで一人生きていくのかな。咲みたいに私は将来設計があるわけでもないし、勉強だってそんなにできないし。もう、どうしたら良いのかわからないや。」
震えた声で告げられた彼女の言葉は真剣そのものだった。私はこの場面でどういう言葉を掛けたら良いのだろうか。ゲームとかではきっと三つくらい選択肢が出るのだろう。確率的に三つの内一つを選ぶのであれば約33%で正しいものを選べることになる。しかし今の私の頭の中ではその選択肢すら浮かんでいなかった。一度深く深呼吸をする。正しいかなんてわからない、でもここで何も言わないことだけは「正しくない」と言うのは私二だって理解できていた。だからただ自分の思いをそのまま自分の言葉で伝えることにした。
「私も将来大人になるってことがどういうことかイメージがわかないけど、自分のことが嫌いにならないように生きていこうと思うよ。好きな事には好きって言って、嫌いな事には嫌いと言う。周りからみたら自分勝手な人間かもしれないけど、自分だけには嘘をつきたくないからさ…。」
これが私が自分自身の言葉で見つけた現時点で出せる一つの答えだった。星空の下で、美冬は私が語るのを静かに聞いていた。彼女はゆっくりと私の手に指を絡め、
「ありがとう、ちょっとだけこうさせて…。」
と呟くと私の肩に体重を預けた。人肌のぬくもりが私へ、そして美冬へと伝わる。
「ああ、あったかい…。」
彼女は小さくそうつぶやいた。心から時が止まって欲しいと思ったのは多分これが初めてだと思う。細く華奢な彼女の絡みつく指に私はもう一方の自身の手を重ねる。早まる鼓動の中、私は出来るだけ平生を装った。彼女は俯いていたが、黒髪から除く白い耳は赤く紅葉のように色付いてるのがわかった。静寂の中、二つの速足な鼓動と二つの呼吸音だけが聞こえてくる。夜風の運んだ緩やかに流れる時間が私たちを包み込み、煌めく星々が肩を寄せた私たちを優しく照らしていた。
星を見上げてから、かなりの時間が経ったと思う。彼女は「あっ」と何かに気が付いた様子で「ちょっと待ってね。」と言うと、鞄から携帯を取り出し画面の明かりを点けた。画面の光に照らされた彼女の顔は先ほどのものとは違い、「やっぱりか」と言った表情をしていた。
「そろそろ帰る?」
彼女は言う。その様子は何処か物足りなげで寂しいものだった。彼女のその感情は何処から湧いたものなのか、私にはわからなかった。
「何かあったの?」
「いやさ、お母さんが『今どこにいるの!』って怒っててさ。これ以上遅くなって大変なことになると嫌だからださ。」
そう言いながら彼女は手荷物をまとめて帰る準備に入っていたが、その間も握った手決して放す素振りを見せなかった。私も開いている片手で自分の携帯を確認する。『20:00』と言う文字と『未読メッセージが1件あります』と言う文字が目に入った。急いで確認すると、美冬と同じで母からのメッセージだった。
『何時に帰ってくる? お母さん達、人手不足で夜勤になりそうだから。ご飯は冷蔵庫にあるよ。』
『多分そろそろ帰ってくると思うよ。こっちは大丈夫だから頑張ってね。』
私は手慣れた動作で返信すると彼女を見つめ、無言で頷くとベンチから立ち上がった。
「ねえ、美冬。もう夜も暗いし家まで一緒に行こうか?」
「いや、私たちの家って反対方向だしそこまでしなくても大丈夫だよ。途中まで一緒に居てくれれば。それにもしお母さんにそれがバレたら、『また、友達に迷惑かけて!』ってこっちが怒られちゃうよ。」
彼女は苦笑いして言った。帰り際、私たちは何だか名残惜しく感じ、公園の淵から望める街の景色を見ることにした。耳を澄ますと街の営みが聞こえてくる。電車の音、車の音、扉の開ける音、そして誰かの話し声。「ああ、生きているんだな」そう実感できる。騒音だなんていう人もいるけれど、私達にはそうは思えなかった。人の数だけ、その音がある。私も一つの音、美冬だって一つの音。音の波は一つでは小さいものかもしれないけれど、合わされば一つの大きな音になる。それがもっと大きくなれば一つの音楽になる。そう考えると家族はアンサンブルとも言えるのだろう。きっと友達の時もそう…。私たちは手を再び強く握り直し公園を出ることにした。その際、ゴミ箱に空き缶を投げて二人で遊んだのは秘密である。
10分くらい歩くと、私たちが別れなければならない場所についた。お互いの家の位置の関係上、ここから先は一人で帰らなければいけない。
「それじゃ、また明日ね。」
私はそう言い帰ろうとしたが、握った彼女の手はそれを許してはくれなかった。彼女は私の腕にしがみ付いた。公園にいた時よりも迫った密着、私の鼓動はあの時よりもさらに早まった。
「ねえ、また今度あの公園で星を見にいかない? すぐってわけじゃないけど、例えば夏とかさ…。」
そういう彼女の声は徐々に小さくなり、やがて途切れた。腕を締め付ける圧力はさらに高まっている。「どう?」彼女はそう言った眼差しで私を見つめてくる。
「どうだろう? 今年の夏は多分受験勉強があると思うから…。休みはあるとは思うけど遊べるかどうかは…。」
やはり受験のことを考えると遊ぶのは難しいと私は思った。遊んで入れるほど容量が良いわけではないし、何か他に合格するアテがあるわけでもないからこれだけは仕方がない。心苦しかったがお互いのことを考えた結果である。
「じゃあ、じゃあ。」
彼女は私の言葉を聞くと子供の様に食い下がり、そして続けて言ってきた。
「もし、来年またあの場所で一緒に星見てくれる? 約束してくれる?」
涙を浮かべ赤く腫れた目がこちらを覗いた。その二つの瞳は私の胸を痛めた。私は観念したように、
「わかったよ。約束するよ。その時はあの公園とかじゃなくて山とかで星見ない? 私よく登ってる山あるからそこに行こうよ。テント一式持ってさ。」
と言った。彼女の表情が次第に明るくなっていく。私は無意識に彼女の頭に手を置き、頭を撫でていた。身を任せるように体重がかかり、胸の中では小さくすすり泣く声が聞こえる。彼女の早い鼓動の音が伝わってくる、私の鼓動もきっと彼女に聞こえているのだろう。そう考えると急に恥ずかしさが私を襲ってきた。
「うん、大丈夫。もう大丈夫。」
彼女は胸の中でそう呟くと、私の体から身を離した。握られた手はゆっくりと糸が解けるように離れていく。指の先が離れていく時、今の二人の関係が儚く消えてしまいそうな気がし、一つ彼女に呪いを残すことにした。
「今日はありがとね、めい。私頑張るから。それじゃあ、また明日。」
「あ、ちょっと待って。」
「どうしたの? 何か忘れ物?」
私は美冬を呼び止め、自分のつけていたイヤリングの片方を外し差し出した。彼女はそれを見て、「意図がわからない」と言った様子で顔に疑問符を浮かべていた。
「これ約束の印。今度星見に行くときに返してね。それまで預けとくから大事にしてね。」
彼女は受けとると一瞬止まっていたが、その意味するものがわかると頬に涙を伝わせた。そして無言でそのイヤリングをつけた。「じゃあね。また明日ね。」私がそう言おうとした時だった。街灯に照らされた二つの影が一つになった。ふいに唇に柔らかく、そして温かい感触が触る。それは何処か優しくて心を落ち着かせてくれる不思議な魔力を宿していた。私は頭が真っ白になり、何が起きたか理解できなかった。
「じゃあね。この星空の下で待ってるから…。」
彼女のその一言が私を現実に引き戻させた。彼女は赤らめた頬で私を一瞥すると、自身の帰路へと走り去っていく。取り残された私はただ夜風にマフラーを靡かせていた。いくらか経って私はやっと状況を理解できた。どうやらサプライズカウンターをされたらしい。口元には触れる。まだそこには仄かな湿った感覚が残っている。何だか恥ずかしくなり、星空を背に私は家へと走り出した。
この作品を読んでいただき、誠にありがとうございます。
現時点の実力で書ける限界を出したとは個人的に思っています。
感想などあればぜひよろしくお願いします。




