日常
全体的に修正しました!
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「・・・む・・ぎ、つむぎ!つむぎ!!」
声が裏返るほど必死に呼びかける声に、私は目を開けた。そこには三十代くらいの美しい女の人がいた。女の人は目を開けた私を大粒の涙を流しながら抱きしめた。
この人は誰なんだろうか、考えてみようとするが頭にモヤがかかっているみたいで思考が纏まらない。
「・・・つむぎ、ごめんなさい。傍にいてあげられなくてっ...。」
「そしてあなたにこんな枷をつけてしまった私をどうか許して...。」
さきほどとは違い、小さく弱弱しい声で女の人は私に言う。しかし抱きしめる力はさっきよりも強く温かい。まるでお日様に包まれているみたいに体がポカポカとしてくる。突然の熱の原因は女の人からだった。女の人は光を纏っていた。
「あなたを一人残していくことだけが心残りよ。どうか幸せに生きて私の愛するつむぎ...。ずっとずっと愛してるわ。」
女の人は目に涙をため優しい笑みを浮かべながら、光となって目の前から消えた。
急にどうしようもないほどの虚無感に襲われ、胸が張り裂けそうなほど苦しくなる。誰かも分からない人なのに涙が溢れて止まらなかった。
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目を開けると、滲んだ天井が見えた。目を擦ると指先には涙のしずくが、どうやら私は泣いていたみたいだ。不思議な感覚だった。夢にしてはリアル、だけどそこにいるのに私じゃなくて、まるで誰かの中に入っているみたいな感じだった。あの女の人は一体誰だったんだろか。少し懐かしいような気がしないでもない。それに枷って何なんだろう...。
「まぁ、いっか考えても分からないし。」
そう自分を納得させていると、お母さんの拡声器を使った独特な声とカンッカンッと金属がぶつかりあっているような甲高い音が聞こえてきた。
「りーーん、起きなさーい、遅刻するわよーー。」
その瞬間さっきみた夢のことは頭からすっ飛んでいった。急いで携帯で時間を確認する。6時20分!?やばい、ものすごくやばい。自分でも顔が青ざめていくのが分かる。「今、行くーー!!」と拡声器を使って返事しながら急いで支度をすませる。
我が家にはお母さんが決めたルールがある。そのルールを破ったらとんでもないお仕置きが待っている。そしてルールの一つに時間厳守がある。我が家の朝は早い。6時に起床、6時30分に朝食なのだ。
姿見で制服が乱れてないかを確認し、急いで無駄に長い廊下を全速力で駆け抜ける。私が住むこの家は先祖代々受け継がれているお屋敷で、とにかく広くて大きい。立派なのはすごいけど家族四人でこの家は大きすぎるー!とそんなことを思いながら走り、リビングに到着する。すぐさまリビングの壁にかかっている時計を見る。6時25分、ギリセーフだ。
リビングには、手にフライパンとお玉を持ったそれはもう素晴らしい笑顔のお母さんが仁王立ちしていた。
おはようの挨拶をすまし、すぐさま食卓の席に座る。席にはすでにモテ男の弟の優貴人が座っていたが、その顔は青ざめ残念な顔になっている。
そういえばいつもはお父さんもいないな。今日は早出なのかな。と思っていると、
お父さんの絶望の叫び声が聞こえてきた。どうやら寝坊したみたいだ。時計を見ると6時28分。
あの無駄に長い廊下はどんなに急いでも5分はかかる。お父さんドンマイ。と思っていると、叫び声を聞いたお母さんの楽し気な声が聞こえてきた。
「あの人ったら何してるのかしらねぇ~。これはお仕置き決定ね、うふふふふふ。」と楽し気に笑っているお母さんだったがその目は全く笑ってない。
お父さん終わったな。と優貴人と目で会話し、二人で合掌ポーズをとる。普段はおっとりとしているお母さんだが、キレると恐ろしく怖い。一度キレさせて本当に恐ろしいめにあった。今でも忘れられない経験である。
そんなことを思い出していると、息切れしたお父さんがリビングに到着した。6時35分。その顔は真っ青を通り越して真っ白だった。日々鍛え上げて筋肉ムキムキの体は、可哀想なくらい縮こまっていた。
お母さんは私たちに「さきにご飯食べてて。」と言い、黒い笑みを浮かべてお父さんを連れていった。
時々、お父さんの叫び声が聞こえてきたが、二人して完全に無視した。何も言うまい...。
朝食を食べ終わった時にちょうどお父さんたちが戻ってきたが、お父さんはこの短時間でゲッソリやつれていた。その一方でお母さんの顔はとても晴れやかだった。そんな二人に顔は引きつりまくったが「行ってきます。」の挨拶をして、家を出たのだった。
この時の私は思ってもみなかった。怖いけど楽しく幸せな日常がなくなるなんて...。ずっとずっと続くとそう思っていた...。
信条家には家族四人全員が"拡声器"を持たなければいけない。というお母さんのルールがあります(笑)