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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
ここはどこぞ
7/60

6 タイトル回収しました

※追記して上げなおしました。ようやくタイトル回収です。

ブクマ・評価ありがとうございます。

「人魚姫とやらにでもなるつもりか」

憮然とした表情でそう告げるのは、第二王子のギルベルト殿下だ。

銀糸で刺繍が施された紺色の衣装に身を包んでおり、まとう雰囲気には威圧感すら覚える。


「本来あそこで踊っているのはおまえだったろう。リーゼリット・フォン・ロータス嬢」

完全に名前まで把握されている。

いや自己紹介もしたけどさ、よくまあそんな軽々とフルネームで覚えられますなあ!

「……何のことでございましょう」

「ハンカチの家紋を調べた」


そう言って胸ポケットから取り出されたのは、止血のために使用したあのハンカチだ。

見れば、布地と同色の糸で蓮の花の文様が刺繍してある。

それが血の跡でくっきりと浮き上がっていた。

なんてこと……持ち物に名前書いてあるなんて幼稚園児かよ。

私はそんなに物をなくしそうなのか……!

優秀な従者たちに心の内で問いただしていたが、靴音で我に返る。

コツコツと近づいてくるギルベルト殿下になすすべもなく立ちつくす。

「淡い金の髪にエメラルドを透かしたような瞳。それに……」

殿下は手首を取り、ぐいと引かれた掌の中身を一瞥すると、口の端だけで薄く笑った。

「この髪飾りには見覚えがある。なにせ俺の選んだものだからな」


慌てて手を離してはみたものの、物証が二つも……これはもう言い逃れできない。

大団円でほっとしたばかりだっていうのに、引っ立てられて『こいつこそが本物だ!』をやらされるんだろうか。

真実はいつも一つなのかもしれないけど、この場合、空気が読めないどころの話じゃない。

お呼びじゃないし、あの幸せ空間に割って入る勇気なんて微塵も持ち合わせていないよ。

私は、エレノア嬢の幸せを見守る友人ポジションを断固として所望する!



「兄はもうろうとしていたから、おおまかな特徴しか把握できていなかったのだろう。俺に目印となる髪飾りを贈るよう言い渡して、すぐ気を失ったからな。あの女は記憶にないが、ちょうどあの場に居合わせ、その上、条件に合う髪飾りをつけていたんだろう。運のいいことだ」

殿下が鋭い視線を向けた先では、今もなおゆったりとした曲に合わせて優雅に二人が踊っている。

「ハンカチのことを黙っていた俺が言うことでもないが。……名乗り出なくていいのか」

「私なぞに王妃が務まるとは思いませんわ」

かぶりを振ってそう答えると、訝し気だった表情にわずかな驚きが混じる。

「変わっているな。兄に見初められて王妃になるのが女の夢ではないのか」

まあ、イケメン王子に愛情たっぷりにとろっとろに甘やかされてって、女の子の夢だものね。

私にしてみたら、こそばゆすぎていたたまれないが。

「夢など、人の数ほどありましょう」

それこそ好みも、とにっこり微笑んでやれば、殿下はふむと顎に手をやり私をまじまじと見つめた。


「おまえ婚約者はいるのか」

「いませんけれど」

「じゃあ俺がもらってやるよ」

おい、突然何の冗談だ。

単なる思い付きにしても、お戯れが過ぎるだろ。

「いえ、別によろしいですわ……」

「おまえのような破天荒な令嬢に、まともな縁が来るとは思えないがな」

…………よしきた、その喧嘩、言い値で買おう。

心の内でジャブを繰り出していると、殿下は腕組みをして柵にもたれ、取引とばかりに口の端を上げた。


「俺は第二王子だ、王室に入るとはいえ自由がきく。おまえの夢とやらも叶えることができよう。だがあの様子では、兄がお前を認識すれば自由などなくなるだろう。俺が防波堤になった方がいいんじゃないか」

「……私のメリットはわかりましたが、ギルベルト殿下にとってのメリットはございますの?」

「当然だ。兄の相手が決まったんだぞ? この先、とんでもない数のご令嬢が俺に言い寄ってくるのは目に見えている」


なるほど、利害の一致か。

語って聞かせる夢なんてまだ持ち合わせていないけど、殿下の言うことももっともだ。

王妃職はごめん被りたい。

原作小説だとメインの攻略キャラはこの王子で、この人を中心に物語が進行していったわけだから、婚約者になるのが正解なのだろうか。

ツンデレこそ至高!が前世からの私の嗜好だし、主人公との掛け合いにきゅんきゅんきてたのも事実だ。

ああでも小説内の乙女ゲームみたいに、殿下がヒロインに心変わりすることだってあるわけだし。

うーん、ややこしい……

「……とりあえずお父様に相談しますわ……」

「そうだな。ロータス伯爵に近々目通り願おう」

おい、それは相談といえるのか。



「そうと決まれば善は急げだ」

腰を浮かせた殿下が、白手袋をつけた掌をずいと向ける。

……お手か?

「違う。貸せ」

訝しみながら手を重ねてみたが、違ったらしい。

「兄はひとまず心を決めたようだし、髪留めをつけたところで今更どうということもないだろう」

なるほどと頷いた私の手から髪飾りをぶん捕ると、私の頭越しに髪束をくるくるとねじってつけてくれた。

鏡がないため出来のほどはわからないが、ハーフアップになっているようだ。

「器用ですのね。……そういえばお礼もまだでしたわ。いりませんとつっぱねてしまいましたが、素敵な細工で一目で気に入ってしまいましたの。感謝しておりますわ。殿下は贈り物のセンスもありますのね」

心からの謝辞を伝えると、殿下はふんと鼻を鳴らして再び掌を見せた。


「……もう何も持ってませんわ」

「だからだろう。行くぞ」

そう言って手を取り、先を行くギルベルト殿下の耳が心なしか赤い。

今ので照れちゃったのか~と心臓にぎゅんと来るものを感じながら、私はサロンへと戻っていったのだった。




手を取られ連れていかれた先は、元いた席ではなかった。

サロンの中心、先ほどまでファルス殿下とエレノア嬢が踊っていたスペースだ。

エレノア嬢はというと、王妃とファルス殿下と同じテーブルについている。


ん? なんで私ここにいるの?

状況が呑み込めていない私をよそに、傍にいたギルベルト殿下の合図で再び演奏が変わる。

ファルス殿下の時よりもアップテンポな曲調だ。

「おまえ、そう言えば踊れるんだろうな」

この場合、事前に了承を取るべきかと存じますが? 王子様よ。

ジト目を向けそうになるが、がまんがまん。

「ええまあ、それなりには……」


それはよかった、と口の端を上げた殿下は、肩を軽く回して左手を上げ、私を迎え入れた。

そっと近づき両手を滑らせてホールドを組み、横目で合図を交わし、殿下のリードに合わせて体を動かす。

社交界でもよく踊られるウィンナーワルツだ。

定番のスリーステップで浮き沈みしつつ、右に左にとくるくる回る。

ドレスの裾がきれいに広がり、まさにサロンの中心に花が咲いたかのようになっていることだろう。

余計な力のない自然なホールドに、安定感のある重心の運び方。

ギルベルト殿下のリード、踊りやすい!

しかも時折大技をぶっこんできたりと、まるで何かのアトラクションだ。

ぐうと背を逸らして体が伸びあがるたびに、テーブルから小さな歓声が上がる。


「お気に召したか」

「ええ! とっても!」

楽しそうな気配を感じ取ったのだろう問いかけに、思いのほか弾んだ声を返してしまった。

傍でくつくつと小さな声が漏れる。

うそ、今もしかして笑ってる?

いったいどんな顔してるんだと振り返ろうとして、ぐいと大きく腕を引かれた。

「ひゃ、わ」

ほとんど強制的にくるりと回転させられて、演奏終了とともに一礼をする。

「おまえなら、そう言うと思った」

拍手と歓声の中、聞こえた声に導かれるよう隣へと顔を向け。

楽しげに目を細め、屈託なく笑う殿下を目にしてしまった。


……あー、こういうギャップずるい……



「お手をどうぞ、リーゼリット嬢?」

ギルベルト殿下は肘を軽く曲げ促してくる。

なんだかちょっと悔しい気持ちになりながら、開けられたスペースへと手を滑り込ませ、エスコートされるまま足を進めた。

向かった先は、まあもうわかりきってたけど、やはりというかなんというか、王妃と同じテーブルだ。


「とても素敵なダンスだったわ。見ているこちらまで踊りたくなってしまうような。ファルスにもギルベルトにもいい方がみつかってよかったわ」

それはそれは楽しそうな王妃に、のどが渇いたろうと促され、味のしない紅茶を飲み下す。

エレノア嬢がとっても嬉しそうにしているのだけが救いか。

「ギルベルトはどちらで見染めたのかしら?」

「少し風に当たりに行った先のテラスで。彼女、とても愉快な方ですよ」

「まあ、ほほほ」

おい、この失礼千万王子よ、他に言い方はなかったのか。

許されるなら、この場で胸倉つかんで揺すってやりたい。


「……私、了承した覚えはまだありませんが」

ギルベルト殿下に耳打ちすると、しれっとした顔で言い返してくる。

「何を言う。私も母に相談したまでだが。互いの親に言わねばフェアではなかろう」

もう一度問おう、相談の定義とは。


ああ、外堀から埋められていく……

家に帰ったらお父様とお母様が諸手を挙げて賛成するんだろう、きっとそうだ……




◇  ◇




屋敷へ送ろうとか言いだしたギルベルト殿下の申し出を丁重にお断りして、這う這うの体で帰宅したところ、すでに先ぶれが届いていたようで屋敷中は大宴会の様相を呈していた。

……お断りできるわけがなかった。


祝い酒をふるまおうとするお父様を引きはがし、ドレスを脱いだところで力尽き、自室のベッドにダイブする。

半端ない情報量と怒涛すぎる展開のせいで、もう何も考えられない。

心地よいシーツの肌触りとぬくもりにそのまま意識が遠のいて―――いこうとして、がばりと跳ね起きた。


今思い出すとか、ほんと何なんだ……

突然降ってきた原作小説の記憶に、大きくうなだれるしかない。

小説内のギルベルトルートでは、ある外科的治療を主人公が行っているのだ。

手術室で行うものではなく、病棟勤務だった私も目にしたことのある治療ではあるのだが……

施行するための専門的な知識もなければ、必要となる物品の構造だってあいまいだ。

しかもそのころ、他国との争いが起きていたはずだ。

押し寄せる負傷兵、蔓延する感染症、限りある物資での最良の治療──

「そんなの、私じゃできないって……」


婚約はお断りすべきか。

でも私が婚約を断ったところで、その状況が訪れないとは限らない。

どうせ同じ状況になるのだとしたら、今からでも私にできることをするしかない。


いわく、看護力の向上だ。

疾病予防、死亡率の低下、心肺蘇生法にトリアージの伝授。

のちの生活を見据えていかに健常な箇所を増やし維持できるか、などなど。

それがこの先に起こることを少しでもよい方向に導くかもしれない。

やることはとんでもなく多いけど、時間も能力も限られている。

確実性があり、効果のほどが目に見えてわかりやすいものといえば──

先日赴いた病院で嗅いだ、すえた臭いが頭によぎる。

──環境改善、か。


は、はは……私ってば、前世でとんでもなく有名な『あのお方』とおんなじことをするのね。

あれほどの偉業は逆立ちしたって無理だけど、道は示されている。

やるっきゃないでしょ!


私この世界で、な、なな……くぅっ、……ナイチンゲール、目指してやりますわ~!!

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