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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
進むしかない5歩目

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[お手紙のお礼SS]人はそれを何と呼ぶか

お手紙のお礼にとしたためたものを少し手直ししています。

こちらは書籍2巻後に書いたもののため、両思いになっております。

そのため、ずっと手元で眠らせておりました。それでもよろしければ…

両思いになっても相変わらずの、もだもだ具合をお楽しみいただければ幸いです。

ギルベルト殿下とのお忍びデートに繰り出したある日、私は目にしたのだ。

大通りの水飲み場で馬を休ませている、2階建ての乗合馬車を。

「でん……っとと。ギル、あれの屋根席に乗りたいの!」

「待て。屋根席、だと……?」


殿下の袖を引き、声を弾ませる私を、なぜか殿下は信じられないといった風情で見やる。

乗合馬車は前世でいう路線バスのようなものだ。

二階建ての上階に屋根はなく、ベンチを設けて柵と看板で囲った開放感あふれる仕様となっている。

馬車を持たない者の乗り物なので、伯爵家として外聞が悪いからと、これも私が指をくわえて見ているだけの代物の一つだった。

今の私はぱっと見、伯爵令嬢には見えない出で立ちなのだ、この機会を逃す手はない。


二階建て馬車だよ? 視線が違うんだよ??

街を周遊できるんだよ??? 乗りたいに決まっているよね!?


「聞くが、おまえは屋根席に一度でも女性が乗っているのを見たことがあるのか」

「うーん…なかった、ような…?」

「なぜだか考えてみろ」

「女性は日に焼けるのを避けて乗らないのでしょうか」


さしている日傘が風で飛ばされたら危ないものね。

「それでしたらご心配には及びませんわ。多少日に焼けるくらい、私は気にしませんので」

堂々と胸を張り、日傘差しません宣言を終えると、殿下の目がいっそう据わった。

「そういう問題ではない。…あの階段をよく見てみろ」


殿下が顎で示す先に視線を向けてみるが、馬車の後部に設置された、踏み板を貼り付けただけの幅の狭い螺旋階段だ。

ドレス姿では邪魔になるということか。

「こう、裾を手繰り寄せてみてはいかがかしら」

「……このっ…! はあ……俺は、手を引かないからな」

この馬鹿と言いかけたのだろう、途中で肩を下げた殿下は階段下まで行くと、階段を上がらず腕組みしたままそっぽを向いてしまった。


「乗らないんです?」

階段の下にいた乗務員が殿下に問いかけると、殿下は私を顎で示した。

「こいつを先に上がらせる」

機嫌を損ねてエスコートする気はないから一人で上がれ、という意味なのかと思いきや。

どうやら階段下を陣取って、誰も近づかないように見張ってくれているらしい。


なるほど、階段の隙間からスカートの中が見えちゃうからかあ……。

どうせフリルでいっぱいなんだから何ら問題ないのでは、と思ってしまうところが、私がこの世界のご令嬢事情になじめない一因なのだろう。

殿下は私の突拍子もない願いを諭したり一刀両断せずに、なんとか叶えようとしてくれる、ありがたーい婚約者なのだ。


「…上ったか?」

こちらを見ずによこされる問いに、上階の柵の向こうから応えを返すと、盛大なため息とともに殿下が階段に足を乗せた。

その後を何とも言えない顔をしたカイルが続くのに、心のうちでこっそりお詫びをしておく。


念願の屋根席は、中央に二本の長ベンチが背中合わせになる形で設けられていた。

左右それぞれ10人ほどの座席はほとんど埋まっているが、詰めれば何とか座れそうだ。

同行者と思われないためだろう、カイルは私たちより先に一人分の余裕がある方へと足を進め、一番奥に腰を下ろした。

カイルはそれとなく視線を走らせて、怪しい者がいないか探ってくれているようなのだけれど、悲しいかな、今ここで最も奇怪な存在は他でもない私である。


「嬢ちゃんたち、どこまでだ?」

屋根席の先客は私の乗車に最初こそ驚いた様子だったが、そのうちの一人が声をかけてくれた。

「ぐるりと一周しようかと」

じゃあ一番前に座んな、と促され、ひと一人進むのがやっとのスペースをドレスの裾を寄せ、カイルと反対側の奥へと進んだ。


念願の屋根席は、いつもの馬車とはやはり目線が違う。

柵越しに進行方向をのぞき込んでみれば、馬や御者を高い位置から見下ろす形が真新しい。

横向きに広く望む街並みも、いつもとは異なって見える。


あの店の看板は上からでも目を引く仕様になってるんだ、商売上手~!

街路樹の向こうにあんなにかわいい家並みがあったんだ、散策してみたい!


──なんて、ガラガラと走る馬車から目いっぱい景色を堪能していると、2階窓のプランターに水やり中のご婦人と目が合った。

目を丸くし、行き過ぎる馬車を見送っている。

それもそのはず。踏み板を貼り付けただけの階段をスカート姿で上る猛者はいないらしく、屋根席の乗客は私以外、全員男性。

お忍び中で身元は割れないとはいえ、殿下にはさぞ同行者として恥ずかしい思いをさせていることだろう。


「その…許可をくださり、ありがとうございます」

柵を掴んで姿勢を保つ、隣の殿下にこそりと耳打ちする。

「もう慣れた。兄の妻となるなら問答無用で止めたが、俺の妻だというならこの程度で音を上げていられないしな」

『俺の妻』との言葉に思わず目をしばたたかせる。

なんだ、と殿下は視線で返してくるのだが、その耳はほんのり赤い。


正式に婚約者となったことも、殿下のきゅんとする反応もうれしくて仕方ない。

私がむず痒い気持ちを押さえようと口元を引き締めていると、殿下の向こう隣から豪快な笑みが割り入った。

「ずいぶんなお転婆娘を射止めたもんだなあ。兄ちゃん、今からそんな尻に敷かれてて大丈夫か?」

私が口をハクハクさせたまま何も返せないでいると、今度は殿下の真後ろからにゅっと手が伸びてきて、小さな包みをスカートの上によこされた。

「俺からの祝いだ。仲良くつまみな!」

からかわれるのは少し恥ずかしいけれど、これも乗合馬車の醍醐味か。


殿下とともにお礼を告げてから包みを開くと、一口サイズのピンク色をした四角に、白い粉がまぶされたお菓子が入っていた。

一見するとギモーヴのようだけれど、もっとむっちりしている。

「ロクムか。いただこう」

殿下に次いで私も口に運ぶと、口いっぱいにバラの香りが広がった。

そして特筆すべきはこの食感。

クルミ入りのゆべしにバラの香りをまとわせたもの、と表現するのが近いだろうか。

舌は過去の記憶を、鼻から抜ける芳香は現在の文化圏を、ここぞとばかりに主張してくる。

意外な組み合わせに一人で目を白黒させていると、殿下は背後の客にちらと横目を向けた。


「味が濃いな。いいのか、値が張るだろうに」

「かまわねえよ。新しい交易の販路のおかげで材料は安くすむ分、競合店舗も増え始めててな、むしろ値崩れしてるくらいだ」

「俺のとこもだ。まあ食費は浮いて助かってるんだがなあ」


飛び交う乗客たちの豪快な笑い声まじりの会話に殿下は相槌をうち、時折質問を投げかけては耳を傾けている。

ほほう、なるほど。

以前露店を回った時もえらく熱心に商品を見るなあと思ったけれど、あれは値段と質の変化を見定めていたのか。

こうやって城に寄せられる報告と市場の実際とをすり合わせしているのね。

感心しつつ眺めていた私は、殿下のまつ毛のほど近さにどきりと心臓がはねた。


あれ、…近い、かもしれない。いや、かもじゃない、近いわ。

赤目を悟らせないためか、こちら向きに体をずらしているとはいえ、肩から腕にかけてと太ももあたりが隙間なくくっついている。

殿下が柵に片手をつっぱり、乗客の体が傾ぐのをせき止めてくれているのだけれど、そもそも乗車率は100%。

狭い車内は満足に身動きがとれるものではない。


ふだん隣り合って座るときは近くてもスカートのボリューム分は離れているのが常だし、ツンデレで照れ屋なところのある殿下は相当意を決したときしか触れてこない。それをありがたいと感じているのだから、私にいたっては言わずもがな。

恋愛経験の乏しい二人が両想いに浮かれたとて、おぼこい恋模様が一変するはずはなく…そんな折にこの状況は…なんていうかとても恥ずかしい。こう、逃げ場のない感じが。


服越しににじむ体温を意識し始めた途端、つられるように頬に熱がたまっていくのがわかった。

徐々に俯く私を、殿下は馬車の横揺れに酔ったと思ったのだろう。

「…おい、大丈夫か?」

こちらをのぞき込んだ殿下は、羞恥に染まる私と目が合うなり後ろに飛び退った。

「…っな、バカ、なに赤くなって…っ」


すぐに隣の客に背が当たったらしく、悪い、と上ずった詫びの言葉が聞こえる。

「意識してしまうとどうにも…」

そっと仰ぎ見ると、殿下はぐっと言葉を詰まらせてキャスケットのつばをぐいと下げた。

「階段ではなんてことない顔をしていたくせに…。くそ、…いいから、景色を見ていろ」

殿下は一人ごちるけれど、ご令嬢事情とこういうことは全くの別ものなんだってば。


はい、と蚊の鳴くような声を返して前へと向き直ったはいいが、殿下との距離は変わらず、景色を楽しむ余裕などない。他の乗客たちも何か話していてくれればいいのに、雑談はなりを潜めてしまっているせいで沈黙がむず痒い。


しばらくガラガラと車輪を軋ませていた馬車の進みが徐々に遅くなる。

停車場に着いたのだろう、停車時にかかる慣性力に従い、乗客たちの過重が殿下の背に押し寄せた。

「…、く…っ」

「~~~っっっ!!」


眉根を寄せ息をつめた殿下の顔がよりいっそう間近に迫り、吐息が頬を掠めて朱が増す。

殿下がとっさについたもう片方の手もあいまって、まるで気分は柵ドンだ。

がちがちに固まったまま私の体は、戻る際によろけて殿下の胸元にぽふりと収まった。

「すみませっ、…あっ、ありがとう…っ」

「いや、別に…問題ない」


慌てて身を起してみたものの、…停車のたびにコレとか、心臓がもたないんですけど。

今すぐ降車すべきか、その場合カイルは、と迷っているうちに馬車が再び動き出してしまった。

せめて座席が空いてくれたらと期待したけれど、一人も降りなかったようで、次も繰り返しが確定した。


なお、後で聞いたカイルの話によると、背中合わせの座席ではこちらほど姿勢を崩した乗客はいなかったのだとか。

気とノリのいい乗客たちによる連携プレーだったと…へえ……。



ちっとも納得いかないんだけど、人はそれを親切と呼ぶらしい。

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