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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
進むしかない5歩目
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48 急募 ヒロインの涙を止める方法

「さあ、どこからでもどうぞ、女性騎士殿デイム

白を基調とした服をまとったファルス殿下が、レイピアを構えて朗らかに笑う。

細身の剣の切っ先が陽の光を受けて煌めき、悠然とした体躯に彩を添えている。

ただし、その目の奥は笑ってなどいない。

一分たりとも。

対峙する私は、一振りの懐剣を手にひきつった笑みを浮かべ、ただただ立ち尽くしていた。


なんでこんなことになっているのか。

わかる人がいればご教示願いたいものである。




鍛錬の成果をみようという体で、レイピアを引き抜いたところまでは私にもわかる。

でも、あの温和な殿下がふつふつとした怒りを滲ませているのはどうしたことだ。

差し金ってなんぞ?

エレノア嬢とキース様をくっつけようとしたと思われたのだろうか。

それはエレノア嬢のかわいらしい『護身始めました』宣言で払しょくされたんじゃないのか。

ちらりと視線を向けると、頬を紅潮させたエレノア嬢と若干青い顔をしたキース様がこちらを見守っている。

それとも、単に真剣な顔をしているだけで、俺の方がかっこいいってところを見せちゃうぞ、みたいな?

そういう力自慢は、男同士でやってどうぞ!



「で、では……」

懐剣を構えてはみたものの、素人目に隙なんて見つかるはずもなく。

横ににじり寄るのがやっとだ。

「このままでは小休憩が終わってしまうな。来ないならこちらから行こうか?」

応えを返す前に殿下のブーツが地面を蹴り、一気に距離が詰まる。

じゃり、と削れた懐剣が鈍く悲鳴を上げる。

なんとか逸らしはしたけれど、加減などされていないのだろう、手首がじんと痺れている。


「君の目的は何?」

「……っ、目的、ですか?」

なにを指しているのかさっぱりだが。

間近に迫る双眸は、探るものでなく怒り一色のそれだ。

もしや、エレノア嬢で首実験もどきをしてることを察したのではあるまいな。


「エレノア嬢のことでしたら、さきほどご本人もおっしゃられてみえたように、御身を助けるためのものですわ」

「本当にそうかな。エレノア嬢は君が鍛錬に参加してから鍛錬場に来なくなり、先日邸宅を訪れた際も、泣きはらしたような目をして戻ってきた。ようやく顔を出した彼女が急に護身を始めるなど、君が何か圧力でもかけているとしか思えない」


……なっ、なるほどね~っ!

ファルス殿下からしてみれば、疑惑の塊になるのも納得だ。

あれか、セドリック様のかまかけを現実のものと思われているのか。

これだけ情報がそろってるんだもんね、そりゃあ悪役令嬢認定もされるよなあ。


だがしかし。

鍛錬場に来なくなったのは、ファルス殿下、あなたのせいでもあるんだぞ!!

喉元まで出かかるけど、説明できないのがほんとに切ない……!

食い込むように寄せられたレイピアを払い、いったん殿下から距離を取る。

「誓って、そのような事実はございませんわ」

「では、ギルベルトに対しては?」


……ん?

突然移った話題に、面食らう。

ギルベルト殿下に対しての目的?

そんなの、なんとかして救いたいからに決まってる。


ぱかりと開けた口を一拍おいて閉じる。

そのまま言うわけにも、と言葉を探す私へ、再び切っ先が迫る。

「君は以前こう言ったね、不器用な人は嫌いではないと」

躱すだけで精いっぱいで全く頭が働かないんだけど、答えさせる気なくない?!

そもそも今、私マスクしてないから顔周りの防御力ゼロなんだけど、その点を配慮されている気がしない。

仮にも弟の婚約者の顔に傷つけていいと思ってるのかっ!


ひいひい言いながら受けていた懐剣の剣先が、らせん状の柄に吸い込まれる。

やばい、ここで獲物を失うわけにはいかないわ。

吸い込まれた剣先を開いている方の手をあて、そのまま押し下げる。

殿下のレイピアを外すつもりで全体重をかけてるっていうのに、ぴくりとも動かないんですけど!


「だというのに君は安易にも外泊し、昨日も公然と醜態をさらし浮き名を流す。剣術指南にいたっては騎士たちとの触れ合いが目的のようだ。節操がなさすぎる。……君は弟を、体のいい踏み台とでも考えているのかな」


な、なん……なんって誤解だ。

いろんな意味でぎょっとするわ。

単に私は恋愛音痴なだけだし、前世の感覚で10歳ならいいかなって思っちゃっただけだよ。

そりゃあ褒められたことじゃないんだろうけど、そんな目的はなっから持ってない!


「違いますわ! 確かに考えなしではありましたが、そちらについては王妃様ともお話がすんでおります。これからは認識を改め……」

「それだけではない。弟の名を安易に使ったろう、父王が不信がっていたよ」

思わずひるんだ私の首を、殿下の掌が掴む。

力は入っていなくとも、その気になれば簡単に潰されるだろうことがわかる。


「君はギルベルトの婚約者がなんたるかをまったく理解していない。この三年、弟が死に物狂いで出してきた成果を、君がことごとく無にしている。過去の確執さえも武器に変え、王家に尽くそうとする弟が、初めて自分で選んだのが君だ。

 ……でもそれが、弟の名を笠に好き放題する君のような令嬢では。とても残念だ」


ファルス殿下の怒りは至極もっともだ。

甘い考えでいっぱい迷惑をかけてきた。

ギルベルト殿下ならなんとかしてくれるって、どこかで思っていたんだ。

殿下の過去を聞き、支えてあげたいなんて考えておきながら。


「殿下、もうそのあたりで……」

「黙っていろ、キース」

さすがに見ていられなかったのだろう、声をかけてくれたキース様が一蹴される。

私の意識が逸れた隙に、頼みの綱だった懐剣が捻られ、易々と奪われてしまう。

首を押さえられたまま思わず後ずさるが、一歩も進まないうちに木に阻まれて逃げ道を失った。

私の顔の真横に剣が突き立てられる。

先端を鈍らせているはずのレイピアが木の幹へと刺さり、背筋にいやな汗が伝う。


「弟の名を汚すものは誰であっても容赦しない。それが、弟の想い人であってもだ」


怒りどころじゃない。

これは、殺意だ。




「兄様。リーゼリット嬢が何か?」

で、殿下!

キース様で陰になって見えないが、何か異変を感じたのだろうか、こちらへと駆けつけてきてくれる気配がする。

とっさに首をつかんでいた手から逃れ、駆け寄ろうとした私の視界を何かが遮る。

あ、これ掌だ、と足を止めた拍子に手首を取られ、たたらを踏んだ。

背中に当たる体温に、抱え込まれている状態なのだと気づく。

ギルベルト殿下の後ろに、こちらへと足を進めるエレノア嬢が見えたのだ。

この恰好、もしやエレノア嬢に誤解されるやつではないよね?

殺気ほとばしるファルス殿下を見てたもんね?

少しでも離れようと身をよじるが、全く振りほどけない。


「ギルベルト、ちょうど話をしていたところだったんだ。君にリーゼリット嬢はふさわしくない。悪いが、この婚約はなかったことにしてもらえないかな」

ついさっきまでとは別人かと思うほど、申し訳なさそうな優しい声が背後から聞こえる。

「……っ」

小さく息を呑んだのは、エレノア嬢かギルベルト殿下か。

驚いたように見開かれたギルベルト殿下の目が、どこか痛ましいようにひそめられる。

「……ああ。……気づかれたのですね」


「……遅いくらいですよ」

小さな呟きが風に乗って届く。

……遅い?

優秀な兄が私の無能さを知るにはってことか?

こんな風に責められるのがってことか??

どういうことだ、殿下……っ!


私の困惑など露知らずなギルベルト殿下は、まるで自嘲するかのように眉根を寄せ、視線を逸らす。

その目が何かを捉え、訝しむように小さく瞬いた。

「俺に、ですか。リーゼリット嬢に、ではなく?」

「そうだね」

ギルベルト殿下は苦々しく瞼を降ろすと、ふうと一つ息をついた。


「両陛下もご納得の上です。それを覆すなど」

「僕は納得していないよ。リーゼリット嬢にこだわらずとも、素晴らしいご令嬢はいくらでもいる」

「兄様はリーゼリット嬢を誤解しております。もっとよく知っていただければ、きっと……」

ちょっ、知られちゃ困るんだってば。

そうでなくともいろいろ知られているっていうのに、何促してんの。

「知るには十分な時を得たと思うよ」

私を伺うように見やるギルベルト殿下の指先が、迷うように開閉を繰り返す。

一度ぎゅうと拳を握り、開かれたその指が胸元のポケットへと向かう。

何かを取り出そうとしているのだとわかり、白い布の存在が脳裏によぎる。

「やめて!」


まさか、まさか……あの時のハンカチを取り出そうとしているのか。

全部話そうとしている?

今や私一人の問題ではなくなっているのだ。

ここで明かしてしまえば、エレノア嬢が殿下を欺いていただけになってしまう。

エレノア嬢はヒロインなんだよ。

私が雲隠れしたせいで巻き込まれただけなのに、これまでずっと一人苦悩に耐えていたんだ。

これから先も活躍必至の、その成果さえあれば何の憂いもなくファルス殿下へと向き合えるはずの。

もし今失望されたら、もしあの殺気がエレノア嬢にも向けられたら、信頼を回復するのにどれほど時間を要することか。

私がしたことでもう誰も悲しませたくない。

「おねがい、……殿下」


私の嘆願に手を止めてはくれたが、手を降ろさないところを見ると、きっと中身は想像通りの品で、殿下の心は迷いの中にあるのだ。

何か、解決方法は……

「お待ちください、ファルス殿下、これには……っ」

もう黙っていられないと思ったのか、エレノア嬢が決死の表情で臨む。

「エレノア嬢!」

まさかエレノア嬢から声があがるとは思わず、とっさに呼び止める。

今じゃない、今はまだ早いよ。

言うべきじゃない。

目で制すると、エレノア嬢は苦しそうに言葉を飲み込んだ。

「へえ、これで圧力をかけていないと……?」


ほっとしたのもつかの間、怒気をはらんだ呟きが背中越しに響く。

あああもう、裏目裏目に……!

私を悪役令嬢に仕立てようとするかのように、物語の強制力でも働いているのだろうか。

せっかく一難を逃れたっていうのに、後戻りはしないって決めたばかりだっていうのに、やっぱり婚約は白紙に戻せってことなのか。

ギルベルト殿下の、すがるような眼差しや包まれた掌の熱がぶり返す。

エレノア嬢の流した涙の色も。


……明かしたところで、私の不手際がなくなるわけじゃないのだ。

どちらを選ぶかなんて、わかりきっている。

ギルベルト殿下の顔は見られず、硬く瞼を閉じ、ゆっくりと舌に言葉を乗せる。

「……わ、わかり……」




「はい、そこまで」

ぱんと手を打つ音に、びくりと体が跳ねる。

「なんだか湿っぽいようだけど、キースを借りていってもいいかな? ジョストの訓練を始めたいんだよね」

場にそぐわぬ和やかな声で、緊迫していた空気が霧散した。

信じられないものを見るようなキース様に寄り掛かり、品のいい笑顔を向けているのは。

「……コンラッド」

「ほら、いくら相手が剣術を学ぶようなご令嬢だとはいっても、そんなに強く握れば跡になっちゃうだろ」

悠々と私の前まで来ると、手首に巻きついていたファルス殿下の指を外していく。

「また力が入りすぎてる。悪い癖だ」

「…………」

その様子にさすがのファルス殿下も毒気が抜けたのか、長い息を吐き肩を落とす。

一言も発せず、レイピアを引き抜き、キース様を連れて鍛錬場へと戻っていった。


「悪いね。俺の話が一因だろう?」

「……私が撒いた種ですので」

血の通い始めた腕をさすり、あいかわらず真意の読めないその人を見上げる。

私の返答にコンラッド様は方眉を上げると、にんまりと笑みをこぼした。

「ギル、今日はリーゼリット嬢についていてやりな。あっちは俺に任せておけばいい」

「いや、……俺は……」

「ほんっとにおまえたちは頑なだな。だいたい、おまえがだなあ」

言葉を濁す殿下の髪を、大きな手がわしゃわしゃとかき乱す。

その様子を眺めながら、詰めていた息を吐く。


なんだかうやむやになってしまったけれど、一件落着というわけでもない。

首にあてがわれた掌の感触がまだ残っている。

まさか攻略対象の筆頭に殺意を向けられるとは思わなかったよ。

原作小説には登場しないから知らなかったけど、そういうキャラだったの。

幸か不幸か、心肺蘇生したのが私だとは知られていないようだったけど。

あの様子だと、監視が厳しくなるってことだよなあ。

まあいずれにせよ、気をつけることは変わりないか……


「あの……リーゼリット様。本当にこれでよろしいのですか」

真っ青な顔をしたエレノア嬢がおずおずと声をかけてくる。

あのファルス殿下の豹変っぷりには、エレノア嬢も驚いただろうに。

よくあの場で声をあげてくれたものだ。

「あれを明かしたところで、ファルス殿下のお怒りがとけるとも限りませんもの。エレノア様、言わないでくださってありがとう」

「お礼を言われることでは、ありません……っ」

目の前でぼろりと零れた涙に、ひよっとなる。



あのですね、今この時もね、背中に刺さりそうな視線を感じるんですよ……

急募、ヒロインの涙を止める方法。

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