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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
進むしかない5歩目

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46 早くも婚約破棄の予感

[chapter:早くも婚約破棄の予感]


鍛錬服に身を包み、玄関ポーチに立った私を迎えたのは、うちの馬車……ではなく、一段と豪勢な城の馬車だった。

眉根を寄せて腕を組み、馬車へとその背を預けるギルベルト殿下つきで。


デ……デジャヴかな?

いますぐ回れ右したいところだが、しっかりと目が合った後なだけに、それもできそうにない。

耳敏い殿下のことだ。

遅かれ早かれこうなるだろうと思っていたが、まさか迎えにまでやってくるとは。

「……殿下、迎えに来てくださったのですね。ありがとう存じますわ」

どうにか謝辞を述べた私への応えはなく、顎で示された馬車へと乗り込む。

向かい合わせに腰を下ろした私たちを乗せ、馬車は滑るように邸宅を後にした。


広めの作りとはいえ、車内はたった2人しかいないために沈黙が重い。

こちらから口火を切るべきかと意を決した私の顔を、赤い双眸が映す。

「レヴィンとやらと出かけたそうだな」

うう、やはりそのことか……

「はい……」

「恋人のごとき仲睦まじさだったとか。それも、人の多い博覧会で、人目もはばからずにな」

「……大変申し訳なく思っております」

「なんだ、えらく殊勝だな」

殿下は意外だとばかりに片眉を上げるが、いくら私だってこのところの失態続きは堪えているのだ。

想い人を誤認してセドリック様を怒らせ、本来の彼女さんとの仲を取り持とうとした結果レヴィを傷つけることになり、殿下との約束も守れず今こうして呆れられている。

ここまでダメダメ具合が続けば、反ばくする気力など星の彼方だ。



「まあ、今更おとなしくなったところで」

どこか遠い目をした殿下が、ため息をこぼす。

「何かございましたの?」

「この件は母もすでに聞き及んでいる。婚約者とするには浅慮すぎやしないかと。急だが、これからおまえと話がしたいそうだ」

「えっ、お話、とは…………」

「十中八九、婚約の見直しだろうな。言っただろう、横槍が入るとな」


は、早っ!

かつてこの国でこんなに早く婚約破棄される令嬢がいただろうか……いや、いまい。

しかも婚約者本人でなく、親御さんからとか。

理由も、悪役令嬢っぷりがたたったのではなく、恋愛音痴により仲人失敗したせいだなんて、そんなの。

すごく私らしすぎて、納得できてしまうのが非常に切ない。


「ど、ど、どうしたらよいのでしょう……」

「どうするもこうするも、母の意向を確認した上で動くしかあるまい」

動くって何を。

「これは確認だが、今回の件はおまえの意思ではないのだな」

「意思、とは? 随行していたおじさまと別行動をとったこと、でしょうか?」

質問の意図を掴みきれず、私の返答は答えになっているかどうかも怪しいものであったが、どうやら殿下にはそれで十分だったらしい。

「なるほど。……俺はおまえの従弟を甘く見ていたようだ」

「どういうことですの」

「結果を見れば明らかだろうが。こうなることを予見済で仕組んだんだろ」


んん……どゆこと?

婚約破棄されそうになってるこの状況が、レヴィの計画的犯行によるものだったってことか?

王都案内はこちらに来たその日に頼まれていたものだし、行先はレヴィにとっておそらく最も有益な場所だ。

おじさまとの別行動を言い出したのはレヴィだけれど、私が同意しなければ叶わないわけだし。

レヴィがどんなに賢くたって、レティシア嬢との引き合わせなんて計画のしようもなくないか。


「レティシア嬢を巻き込んだのは私でしたし、それも何の相談もなく決めたことですのよ?」

「その話もコンラッドから聞いている。あのレティシア嬢をあてがおうとしたとな。あいつならその場で軌道修正を図ることなぞ造作もなかろう。おまえの思惑にどの時点で気づいたのかはしらんが、罪悪感を煽って甘え倒したんだろう? お前の思惑を見越した上での確信犯だろうが」


「……さすがに穿ちすぎでは」

あの場で突然の毒吐きを披露したのだって、私をかばうためと思えなくもない。

レヴィにしてみれば、かばった相手から煮え湯を飲まされたようなものでしょうに。

あんなに傷ついた顔の裏で、実は計画通りと悦に入っていた、なんてことある??

新世界のピ──なんてのは、そう簡単になれるものじゃない。

いくらなんでも考えすぎだ。

「おまえはそろそろ、その従弟を疑うことを覚えろ」

そうは言うが、幼いころから一緒にほんわかほんわか育ってきたのだ。

癒しの権化だぞ。


「他に何か気にかかることはなかったのか」

「気にかかることですか? ……そういえば、もし私が再び誰かをあてがうようなことをすれば、という話をされましたわ。その場合にどうなるか、結局わからずじまいでしたの」

「なぜ聞いておかない」

「尋ねはしましたわ。ですが……」

あの時、聞き取れなかったと伝えた私へ、一度はレヴィも言い直そうとしてくれたのだ。

『聞こえなかったんですか? 姉さまってば仕方ないなあ。……ああでも、やはりやめておきましょう。きっと何かわからない方が、姉さまは守ろうとされるでしょう?』


「全くその通りだわと思いまして」

力強く頷いた私を前にして、殿下はとうとう額に手をあて項垂れてしまった。

「おまえ……そんなにも掌の上を転がされて悲しくはならないのか」

「失礼な。レヴィにはいつも、『私には驚かされます』と言われますのよ」

「別の意味でな……。本当に大丈夫か、おまえ。その従弟に頭から丸呑みにされるぞ」

「私の従弟を蛇みたいにおっしゃらないでくださいまし」

「……どうにも分が悪すぎる。おい、そいつはいつまでいるんだ」

「週開けの予定ですわ」

「こうなれば知恵比べだな」


そうして何やら考え始めた殿下だが、私を置き去りにして、どこか楽しそうなのはなぜなんだ。

知恵比べを始めるにせよ、レヴィを疑うにせよ、殿下の好きにしたらいいけれど、大事なことがひとつ。

「その場合、実践するのは私ですの?」

「あたりまえだ。俺が四六時中くっついて回るわけにはいかないだろう」

不安しかない…………


「よし。まず先の件だが、今後そいつが何か言ってきても、条件が不明瞭なものは契約不履行だと言っておけ。殊勝な願い事をしてきたときはまず裏があると疑え。逆にとんでもない要求をされた場合は……」

「待っ、畳みかけないでええっ」

こうして、実年齢にして二回りは違う殿下からの切なくもありがたーい助言は、王城に到着するまでこんこんと続いたのだった。




◇ ◇ ◇




とはいえ、せっかくの助言も婚約が破棄されてしまえばどうにもならないわけで。

大きな多角形を描くように造られた、開放感溢れるコンサバトリーの前で、ごくりと固唾を呑む。

青々と茂る木々の間から何人かの人影が見える。

給仕と護衛を背後に伴い、ティーセットを囲むテーブルには王妃ともう一人──レティシア嬢が艶やかにほほ笑んでいた。



「お招きした理由はすでに聞き及びかしら」

王妃の話は、殿下と私の分のお茶が用意され、給仕たちが下がるのを待ってから切り出された。

「はい。私の軽率な行動のために、殿下との婚約を見直す必要があるのではと」

うう、緊張で声が震える。

それもそのはず、何せこちらは策なし。

出たとこ勝負なのだ。

委縮させまいとの配慮だろうか、王妃の表情は穏やかで柔らかい。

けれど、次に告げられた内容は驚愕の代物だった。


「リーゼリット嬢の口から、ことの次第をお聞かせ願えるかしら。レティシア嬢は、あなたが博覧会で堂々と従弟と手をつなぎ、愛を囁き、身を寄せ合っていたと言われるものですから」


ん、んんっ??

ずいぶんと誇張されてないか……?

「少し、語弊があるように思われます」

「まあ。私の話が間違っていると?」

手にした扇で口元を隠し、レティシア嬢が不満げに声を上げる。

「語弊とはどの点かしら」

王妃の言葉に、昨日の様子を振り返る。

堂々と、してた。

手は繋いでたし、愛は……囁かれたようなものか。

身を寄せ合うというのは……演奏会でのことを指しているならば、そう見えなくもない。


どうしよう、弁明できない。

こうして整理してみると糾弾されてしかるべきだわ、私。

思わず蒼白になりギルベルト殿下を見やったが、眉根を寄せ唇を引き結ぶのみだ。

ここはなんとか私自身で切り抜けるべきだったのだろう。


「何も言えぬとは、お認めになったようなものですわ。人目の多い場所でそのような行為をされるなど、よほどの考えなしか、殿下とのご婚約に不満があるのではなくて」

今日も今日とて、悪役令嬢の見本市を体現しているレティシア嬢がころころ笑う。

王妃は頬に手をあて、呆れた風にため息をついた。

「ロータス伯爵家は野心もなく血筋も良く、ギルベルトのお相手として申し分ないのだけれど……これではね」


どうする、どうする?!

でも何にも浮かばないし……今口を開いたところで、その場を取り繕うとしているようにしか聞こえないだろう。

殿下ごめん、ろくな働きもできなかった。

婚約者としてのフェーズ、完。

今までありがとうございましたーっ!


早くも幕を下ろしかけていた私の隣から、咳払いが届く。

「リーゼリット嬢は領地から出てきたばかりですし、ロータス伯爵はリーゼリット嬢を伸び伸び育てたと伺っております。従弟とも兄弟のように育ったとのことですし、垣根が低いのでしょう」

落ち着いた声音で臨む、殿下のターン。

こういうときの頼もしさは尋常じゃないな。

ありがとう、殿下輝いてるよ!

「やや奔放なところもありますが、そちらも私が惹かれた一面ですので」

あ、ありが、……って、そうだったの?!

一切の照れもなく言い切ったけど、嘘も方便か何かか?


「そうは言っても、度々このようなことがあるのではギルベルトも大変でしょう。以前も、各方面への根回しに口裏合わせにと、奔走していたのではなくて?」

王妃が話しているのは、セドリック様の邸宅に泊まった時のことだろうか。

知らなかった……そんなことまでしてくれていたとは。

それなのに短期間に二度もとあれば、婚約者の資格なしと烙印を押されても無理はないか……


「やはり当初の予定通り、レティシア嬢との婚約を進めた方がよいのかしら」

ため息まじりに溢された言葉に、本日何度目かの目を剥く。

当初のって……レティシア嬢はファルス殿下ではなく、ギルベルト殿下の婚約者候補だったの?

それでレティシア嬢がこの場に同席していたのか。

てっきり昨日の腹いせなのかと。


すべては嫉妬による報復だったのかも、とレティシア嬢に視線を向けると、さっきまでの勝ち誇ったような顔から一転、明らかに動揺が見て取れる。

これは……私を慌てさせるつもりが、まさか自分に白羽の矢が立つとは思ってもみなかったといったところか。

どうやら原作同様、ギルベルト殿下との婚約に乗り気ではなかったのだろう。

……なんだろう、この麗しのお姉さまの間の抜けっぷり、ちょっと親しみがわいてしまうんだけど。


「母様。その話はもう流れたはずでは」

「リーゼリット嬢本人が乗り気でないのならば致し方ないでしょう」

急に向けられた矛先に、レティシア嬢はハラハラと成り行きを見守っている。

私はというと、原作小説の流れを反芻していた。


──原作小説でも、レティシア嬢はギルベルト殿下の婚約者候補だった。

主人公が殿下と結ばれるのは、もっと後のことなのだ。

ファルス殿下は私のことを気づく気配もないし、殿下の虫よけはレティシア嬢であっても叶う。

となると、ここは一度婚約を白紙に戻して、最終的に殿下の手を取りさえすれば、スムーズに進むのだろうか。

その場合、剣術指南は引き続きお願いできるのかな。

それ以外でも、殿下の婚約者としての立場が必要になるイベントの有無は……


黙りこんでしまった私の手を、ギルベルト殿下がぎゅうと握る。

まっすぐにこちらへと向けられた赤い眼はわずかに揺れ、その心の内をまざまざと晒す。

ちょっと、馬車ではあんなに不遜な態度だったっていうのに、さっきもさらりとかばってくれたくせに、なんで今そんな不安げなんだ。

揺れて悪かったよ……!



覚悟を決めて手を握り返すと、殿下が瞬く。

まだ揺れの残るその目を見返してから、一つ長めの息を吐き、前へと向き直った。

「王妃殿下、レティシア嬢。恐れながら、すべて私の落ち度ですわ。おっしゃられるように、私にはまだ認識も自覚も足りておりませんでした。それらは一朝一夕で身につくものではないかもしれません。けれど、日々精進を重ね、殿下と歩みを共にしたいと考えております」


繋いだ掌越しに、指先がひくりと跳ねたのがわかる。

殿下のことだ、恥ずかしさにいたたまれなくなってるんだろうけど、恥ずかしいのは私とて同じ。

「私は、ギルベルト殿下との婚約を望みます。婚約の見直しは、今一度待っていただけないでしょうか」



「そう」

王妃は是とも非とも触れず、にこりと笑む。

「では、レティシア嬢。この件はよろしいかしら?」

突然の問いかけに対し、レティシア嬢は目を伏せ首肯した。

「は、い……大変失礼いたしました」

今のやり取り、そしてこの場に同席させた意味。

もしかして王妃は、この件を掘り返したり他言した場合どうなるかを示し、レティシア嬢に釘を刺してくださったのだろうか。

こういうことを、王妃も殿下も、してくれていたのか。

私が無茶をするたびに。

え、なにそれあったかい…………


いやいや、きゅんと来てる場合か。

私に対しても、これ以上殿下に迷惑かけるなよって意味を含んでるんだから、気を引き締めないと。

婚約の見直しだって、はっきりと返事をいただいたわけではない。

了承する代わりに条件がつく場合もあるのだ。


「少し席を外してくださる? リーゼリット嬢と2人だけで話がしたいの」

殿下とレティシア嬢は訝しむように顔を見合わせたのち、否やもなく席を立った。

掌が離れ、少し心許ない。

「リーゼリット嬢」

人払いされた空間に王妃殿下の凛とした声が響く。

すわ審判の時かと、ぎゅうと目を瞑り──


「驚かせたようでごめんなさいね。あの言葉が欲しかったのよ」

王妃がくすりと小さく笑うのを感じ、こわごわと瞼を上げた。

「それは……ご承諾いただけるということでしょうか」

「当事者たる双方が望んでいるのならば、反対する意義などなくて?」

あっさりとした返答に、こわばっていた体から力が抜ける。

殿下、私なんとか、できてた……みたい。


「それでも、今日あなたが誓ったことは守ってもらうわ。……ギルベルトが幽閉されていたことをご存じ?」

「存じております」

「では、死産だと聞かされ、3年静養に出されていたことは? ありもしない罪で、僻地へと追いやられた私の従者の話は?」

「いえ……どちらも、初めてお聞きします」

「気遣い屋のあの子には内緒ね」

王妃は唇に人差し指をあて、少しだけ寂しそうに微笑む。

「無知ゆえにずいぶんと遠回りをしてしまったけれど、あの子は間違いなく私と陛下の子よ。けれど、たとえ後ろ暗いことなど一つもなくとも、どれほど気を付けていても、何が糾弾の対象となるかはわからないの。ここはそういうところよ。

 デビュタントもまだのご令嬢に言うべきことではないのかもしれないけれど……慎重にしすぎるということはないわ。この先王室に嫁ぐつもりであれば、あなたの言動ひとつで自分の身だけでなく、あなたを慕う周囲や、生まれ来る子にまで及ぶ恐れがあるということを覚えておきなさい」


……王家の……ど、泥沼ドボン…………

そりゃあ、王子様と結ばれてめでたしめでたしってわけにはいかないわな。

たとえ第二王子であっても、私だけ無関係ですとはならない。

思わず血の気が引きそうになるが、後戻りはしないと決めている。


この忠告も、考えようによっては、こと私の苦手分野における大事な示唆を頂いたようなものだ。

困ったときはこの呪文を使おう。

私に惚れたら火傷しますわよってね。



王妃へ丁寧に謝辞を述べ、その場を辞する。

扉の前で待っていた殿下を見るなり、安堵にへにゃりと緩む。

そんな私の様子に、殿下の表情も和らいだものになる。

「どうにかなったみたいだな」

「殿下、たくさんありがとうございました」

「……こそ、……」

視線をそらし、ぼそりと呟かれた言葉が小さすぎて聞き取れない。

「今何と?」

「……べつに何も」

「条件が不明瞭なものは、契約不履行でしたっけ」

「さっそく実践できているのは褒めてやるが。今のは条件ではないから無効だ」

全く褒められている気のしない言葉とともに、掌が向けられる。


その手を取れば、きっと殿下はすぐに踵を返すのだろう。

赤く染まった耳が、私に丸見えだとも知らずに。

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