4 第二の人生、速攻で詰んでます
これが城と……いうものか。
目の前に広がる亜空間に一瞬意識が遠のきかけたけど、戻ってこられてよかった。
さて、いったい今私がどんな状態かというと。
お茶会にと赴き、エスコート役のナキアと連れ立ってしずしずと歩いているところなのだ。
……が、それだけのことがつらい、地獄だ。
緊張により口から心臓が飛び出す、とかのあれではない。
いわばあれだ、観光したい病。
落ち着きがないのははしたないからと極力視線を固定させているんだけど、叶うならめっちゃきょろきょろしたい。
衛兵さんがキリキリ動いているのを拝見したいし、細やかな彫刻がされている天井だって大口開けて仰ぎ見たいし、バルコニーの手すりから身を乗り出して景色を堪能したい。
前世だったらこぼれんばかりに目を輝かせていられただろうに。
全部胸の内に秘めるのは新手の拷問に近い。
ベルリッツとの約束があるから必死に耐えているけど、いつか爆発して何か漏れ出てきてもおかしくはない。
しかもこんな有様だというのに侍女は別室で待機だという。
お茶会中は私一人になってしまうのだ。
すでに憔悴しきっているのもあって、心の底から帰りたい。
「リーゼリット様、御髪が」
ドナドナされていく子牛にでも見えたのだろうか、別れ際すぐ離れずに、そっと髪を整えてくれるナキアが恋しい。
「髪留めがよくお似合いですわ。本日もとてもお美しいですよ」
私自慢のご令嬢です、そう言って柔らかく微笑んでくれる。
淑女の戦闘服として、今日はナキアが選んでくれたレースの細やかな黄色のドレスに、いただいた髪留めをチョイスした。
単純に気に入っているのと、突如ランクアップしてしまった完全アウェーのお茶会でのお守りみたいな感覚なのだ。
息を吹き返したあの少年のように、どうか無事に過ごせられれば。
うまく期待に応えられるとよい。
本日のミッション。
如才なくお茶会を終えることと、友達何人できるかな、だ。
こちらでございますと通されたサロンには、すでに何人かの令嬢が到着していた。
丸テーブルが点在するサロンへと一歩足を踏み入れたとたん、違和感を覚える。
その場にいる令嬢がみんな金髪なのだ。
目の色も似たり寄ったり。
偶然かなと思ったけど、その後続々と現れる令嬢も同じ色味をしている。
さすがにエスコート役にまでは手が回らなかったようで、令嬢のみが同系色というなんとも不思議空間になっている。
色味指定で趣向を凝らしたお茶会なのだろうか。
企画・運営担当は大変そうではあるけれど、さすが王家主催、手が込んでいる。
王都に知り合いがいるわけでなし、空いている席に着いて演奏に耳を傾けていると、傍らから涼やかな声がかかった。
「こんにちわ、お隣よろしいかしら?」
振り向けば、同じ年頃の令嬢が人好きする笑顔をこちらに向けている。
首元でふわりと巻かれたまばゆいほどの金髪に、ブルーグリーンのぱっちりとした瞳。
まるでお人形のようなかわいらしさに、生き生きとした表情が彩を添えている。
可憐な少女にどうぞと促すと、ふわりとしたピンクのドレスを上品に押さえながら隣の席へと腰を掛けた。
「あなたもおひとりですの?」
「まあ、あなたも? お母様とは予定が合わず、侍女と来ましたの。初めての王城ですのに、おかげで心細い思いをしておりますわ」
お姉さまはみんな嫁がれてしまって王都にいないし、お母様はお父様とのラブラブランデブー真っ最中なのだ。
仲がいいのは結構だけど、放任にもほどがある。
「ふふ、わたくしも同じですわ。……まあ、ご覧になって。おいしそうなケーキ」
順にテーブルを回っていた給仕の運ぶカートが、ちょうど近くを通りかかった。
王家主催とあってひとつひとつが洗練されている。
好きなお菓子類を選んでよいシステムらしく、2人できゃっきゃと選ぶ。
え……楽しい……何これ、すごい楽しい……
1人で心の中の興奮の嵐と闘いながら選ぶという所業にならなくて、本当によかった……!
「声をかけてくださってありがとうございます。ご挨拶が遅れましたわ。わたくし、リーゼリット・フォン・ロータスと申しますの」
「まあ、ロータス伯爵家の? お会いできてうれしいですわ。わたしくはエレノア・ツー・マクラーレンと申します」
なんと、お名前もかわいらしい!
ぼっちでお茶会になるところを鮮やかに救ってくださった、王都にきて初めてのお友達……!
和やかに会話を続けながら、絶対に忘れないわ、と頭の中でお名前を反芻する。
なにせ私は前世の頃から人の名前と顔を一致させにくいことに定評があるのだ。
ひとしきり唱えたところで、まるで神の啓示のようにそれは突然降ってきた。
ん、お? ……んんん?
エレノア・ツー・マクラーレンンンンン?
リーゼリットとエレノアって言ったら、あの小説じゃん……!
私モブや友人枠じゃないわ。
小説の主人公で、悪役令嬢だったわ……!
エレノア擁する攻略キャラ達に弾劾されて処刑される、典型的な悪役令嬢だったわ~!
心の衝撃を表すかのように、奏でられていた音楽が重厚なものへと変わる。
衝撃から抜け出せないまま周囲に倣い視線を巡らせると、一人の女性が奥の扉から現れた。
金糸の刺繍がまばゆい深紅のドレスに身を包んだ、主催者である王妃だ。
王妃は悠然と奥のテーブルの前まで進むと、サロンをぐるりと見回して満足げにうなずいた。
「ようこそおいでくださいました。華やかなご令嬢がたくさんいらして無骨な城に花が咲いたようだわ。本日は西の国から取り寄せました茶葉を用意しております。さわやかな飲み口で、王にも好評ですのよ」
まあ王様にも、という言葉がさわさわと漏れ聞こえる。
……そうか、これまさに王室御用達とかいうやつか……
前世で見かけたような、パッケージに書かれた文字じゃない。
今ここに、王家ご推薦の品々が並んでいるのか……!
雷に打たれたような衝撃とともに、さくっと自分を取り戻せた気がする。
そうだよ、悪役令嬢だからって気にすることはない。
弾劾直前の転生ってわけじゃないんだから。
小説では華麗にバッドエンド回避してたわけだし、私もそれに倣えばいいのよ。
ヒントさえあれば、うまくすればチートできる。
攻略対象全部は覚えていないけども、たしか王子がメイン攻略キャラになっていたはずだ。
原作小説での初めての出会いは、王子の特徴は、えーっと……?
思い出そうと試みたものの、いろんな小説の王子が混ざり合い、頭の中を駆け抜けていく。
静まりたまえ……頼むから。
「本日は息子であるファルスとギルベルトも同席させていただく予定ですの。二人とも女性にもこういう席にも不慣れですから、大目に見てくださるとうれしいわ」
欠片でいいから思い出せと念じていた私をよそに、口上を述べていた王妃が爆弾を投下する。
なん、だと……ここで!?
怒涛の展開にちょっと頭がついていかないんだけど、出会いこんなだった?
転生したことを自覚してから、まだ3日目だよ?
しかも王子って二人いたっけ。
私の知らない隠しキャラ的存在だけど、序盤で顔だけ出すとかだったり?
一人で大混乱に陥ってる中、王妃に促されて二人の王子が姿を見せた。
王妃の紹介によると、プラチナブロンドの髪に金の瞳を持つ方が第一王子のファルス殿下。
アッシュブロンドの短髪に赤褐色の瞳の方が、第二王子のギルベルト殿下らしい。
どちらも端麗な容姿だが、ギルベルト殿下のつんと澄ましたような様子に、ああ~そうだった~! と思い出した。
ギルベルト殿下は、一言でいうと、残念なイケメン。
メイン攻略キャラとしてありなのかと思ってはいたが、無類のツンデレ好きとして大変楽しく読ませていただいたのを覚えている。
ただもう一人の王子は、名前にも特徴にもやっぱりぴんとこない。
聡明そうで優しげな印象を抱かせ、醸し出す王子様然とした雰囲気は、俺こそが正規のメイン攻略キャラだと言わんばかりだ。
ただ、額に巻かれた包帯がすごく目立っている。
どうぞごゆるりとご歓談なさって、としめくられた王妃の挨拶の中では、息子のけがには一言も触れなかった。
おい、なぜ触れぬ。
これ触れたらダメなやつなのか?
王家によくあるドロドロ展開なんだろうか。
気になるけど、変に不安になるじゃんよ。
そういえばこないだの少年も同じところに怪我を、とふと思い出す。
額の傷と、金の目……
それに弟が、赤褐色の瞳……!
髪色や雰囲気は異なるけれど、よく見ればこの二人、こないだの少年たちだわ!
まさかしょっぱなから王子と出会っていて、しかも死にそうになっているとは思わなかった。
──いや、普通思わないでしょ、あの時気づかなかったら絶対死んどったやつやん。
前世の記憶がよみがえったその日に分岐を迎えるとか、ハードスケジュールすぎる!
そして私は……そこで気づいた事実に、本気で頭を抱えたくなった。
原作小説では、第一王子がすでに亡くなっているところから始まっていたのだ。
小説内で語られる、架空の乙女ゲームのメイン攻略キャラこそが、ファルス殿下だったと。
私が手を出したことで、物語の前提が原作小説と変わってしまったと……そういうことになりますね。
なんということでしょう。
第二の人生、速攻で詰んでます。