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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
進むしかない5歩目

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49/62

45 舌戦の果てに

「レティシア様、ご趣味は?」

私からの問いに応えはなく、レティシア嬢は優雅にカップを傾けると、悩ましげに一つため息をついた。


ですよね、知ってた。

レティシア嬢からしてみれば、私の言葉なぞ良いとこ鳥のさえずりか、悪けりゃ羽虫の跳躍だ。

振り払われないだけまだマシというものだろう。


休憩にと場を移した私たちは、軽食もいただける喫茶スペースでテーブルを共にしている。

小さなティーテーブルを囲み、私の右手にレティシア嬢、左手にレヴィ、正面にコンラッド様という布陣で臨む。

気分は若い2人の顔を繋げる仲人さんだ。

とはいえ、こんな調子では会話が弾むとは到底思えない。

レヴィに視線で助けを求めてみたのだが、私の引きつった笑みに天使のごとき笑みを返すのみで、レティシア嬢に話しかけるそぶりはみじんも感じられなかった。

どーすりゃいいんだ、これ……

多難な前途に早くも心を折れかけていると、正面からぶふっと空気の漏れる音がした。

確認するまでもない、コンラッド様である。

思わずジト目を向けた私に、口元に手をあて、カップをソーサーに戻した。


「これは失礼。レティシアの趣味はそうだな、ジュエリー集めかな」

「お兄様! 勝手に!」

「おや? 俺の妹君は、同席を許したのではなかったかな」

ゆるりと宥めるコンラッド様は、どうやら仲立ちしてくれるつもりらしい。

ようやく得た協力者に、喜びを隠せない。

長かった独り相撲とおさらばする時が来たようだ。


「お2人はコイヌールを見たかい? あれほどの大きさはそう出会えるものではないよ」

「まあお兄様。大きくともカットが好みではありませんでしたわ。あれでは輝きが半減いたしますもの」

せっかく話題を振っていただいたというのに、何のことだかわからず話に入っていけない。

「失礼ですが、コイヌールとは?」

私の言葉に2人は目を丸くする。

この驚きっぷり、一般常識的なやつか?

「アルビオンが統治している国から贈られた宝石だよ。会場入ってすぐ、人だかりができていただろう?」

ああ、あれのことか。

紳士淑女が殺到していた、ものすごいでかいダイヤ。

「人の勢いに気圧されてしまいまして」

「ここへ来たら誰しも一目見ようとするものだと思っていたけれど。それに、君が気圧されるなんて驚きだな」

そいつはどういう意味ですかねえ、コンラッド様よ。


「リゼ姉さまはそのような俗物に興味を示す方ではありませんから。装飾品や香水の類にも見向きもされませんしね」

レヴィがにっこりと、おじさまに向けた時のように返すが、今このタイミングでそれはどうなんだ。

レティシア嬢を貶めているようにも聞こえてハラハラするし、私とは話が合わないよって含みがあるように思えてしまう。

あの誤解をすぐに解いておかなかったことが悔やまれてならない。

興味がないわけじゃないんだ、ただいっぱいありすぎて学んだり覚えたりしようとする気が起こらないだけで……!

多種多様なそれらの違いが判らないだけなんだ……

「……珍しいものが多くて」

「ふっく、そうだね……鉛筆、みたいな?」

そこ、笑わない。


「宝飾品がお好きでしたら、今度我が領地にも遊びにいらして。自領からそう遠くない場所に、良質なフローライトが採れるという洞窟がありますの」

フローライトはいろんな色味のある宝石で、その洞窟で採れる青紫に黄色の縞模様が入ったものが有名らしい。

たしかうちの領地でも宝飾品として加工していたはずだし、ちょっと足を延ばして観光するのもいいだろう。

「レヴィが後学のためにと様々な工房に顔を出しておりますので、案内にも困りませんわ」

いける……!

2人の仲が急接近するフラグに違いないわ!

意気揚々と拳を握ったのもつかの間。

「詳しくないなら語らないでくださる? フローライトは硬度が低くてジュエリー加工には不向きですのよ」

……一瞬で詰みましたが何か。


「リーゼリット嬢が育った土地には興味あるなあ。俺もご一緒しても?」

「それならば、私も参りますわ」

コンラッド様、グッジョブ!

もうこの際、コンラッド様がくっついてきても構わないわ。

「ぜひに! ねえレヴィ、一緒に領地を案内してもらえるかしら。私一人では心許ないわ」

「すみません姉さま。戻り次第すべきことがありますので、案内できるかどうか」

申し訳なさそうなレヴィに、心苦しさを覚える。

あれもこれもと制作をお願いしている立場で、これ以上ごり押しできるはずもない。

「そうね……考えなしにごめんなさい」

「お詫びと言っては何ですが、フローライトの花瓶でよろしければお贈りしましょう。ジュエリーではありませんので、お気に召すかはわかりませんが」

にこにこと返すレヴィだが、それでは何の解決策にはならない。

テレグラフのブースではレヴィの素晴らしい機転で印象づけることができたけれど、次なるきっかけがなければ進展もしないのだ。


「それでしたら、我が邸宅でお茶会を開きますわ。お2人でいらしてくだされば」

うまく日が合えばレヴィが戻る前に開催できるかもしれない。

それが叶わなくとも、まずは私とつながりをもっていただき、そしていつかはレヴィと引き合わせたい。

コンラッド様を餌に釣れば乗ってくるのであれば、この先チャンスがないということもないだろう。

「リーゼリット嬢はずいぶんとレティシアを気に入ってくれたんだね」

「ええ。ご令嬢のお友達が少ないので、仲良くしていただけると嬉しいのですわ」

「仲良くだなんて……よくいらっしゃるのよね。私から取り入ろうとなさる方」

はて、『私から』とは。

ポカンと呆けたままの私を見るレティシア嬢の目は険しい。

「お兄様がいくら優秀で素敵な方だからといって、回りくどく気を引こうなどどうかと思いますわ」

えっ、ちっ……ちがっ!

私の目的、あなたですから!


「こ、言葉通りに受け取っていただければ……」

叫びたいのをぐっと堪え、なんとか笑顔をひねり出す。

「お友達がいらっしゃらないのも頷けますわ。従弟とのデートがわびしいからと、婚約者がいるというのにこのような場所で男を漁るなどされますから、女性から煙たがられるのではなくて?」

し、辛辣……っ

そんなつもりは毛頭なかったんだけど、客観的に見ればそう取られることもある、のか?

でも、コンラッド様抜きにレティシア嬢を引き留めるって、難易度やばくない?

コンラッド様にはむしろ関わりたくもないけど、いなきゃ会話すら成り立たないだろって、オブラートに包むとどう伝えたらいいんだ。


「初見でそのような穿った見方をし、しかもそれを平然と言うなど、普通のご令嬢であればなさいませんよ。そちらは女性と言わず誰からも煙たがられる存在なのでは?」

レ、レヴィ~~~っ!

ほんわり笑顔でぶちかます、なんでここにきて例の発作再燃してるの?

あれからずっと普段通りだったじゃん!

驚愕に顔色をなくしていく目の前のご令嬢こそが、あなたの未来の恋人なんだってば。

それと同時に、同盟国からお招きしている方だから! 

とっても偉い方々だからね?

このままでは縁を結ぶどころか、国際問題になっちゃう……!

「わ、私も従弟も王都に来て日が浅いものですから……」

私もレティシア嬢もカップに添えた手が震えそうになっているっていうのに、斜め向かいのコンラッド様は別の意味で体を震わせている。

笑うところかーっ!


「……さきほどから端々に敵意を感じてはおりましたが。失礼ではありませんこと?」

「そちらが失礼なことばかり繰り返していらっしゃいましたので。これが貴国の礼儀かと思ったまでですが、違いましたか?」

「レ、……レヴィってば、いつもはとっても優しいのに今日はどうしたのかしら……」

まるで火花でも散っていそうな二人の応酬に、語尾もにじむというものである。


「兄様とのデートに割り入ってくるからよ」

「血のつながった兄妹でベタベタと。叶うはずもないのに、見苦しいんですよ」

「あなただって、ちっとも相手にされていないじゃない」

この、お互いにボディブローを決め合ってる感じ。

死闘の果てに友情が生まれるとかそういうパターンなら……ワンチャンあるか?

いや、ない。

終わった後には屍が横たわるのみだわ、止めよう。


「あの、レヴィ?」

「……リゼ姉さまは清廉な淑女でいらっしゃいますから。色ボケ王子との婚約の手前、簡単にはなびいてくださらないだけです」

「あなた、その目節穴なのではなくて? どこの国にデート中ほかの男に色目を使う清廉な淑女がいるものですか」

どっちも誤解なのに、どう訂正したものかわからない……!

頼みの綱たるコンラッド様に視線で助けを求めるが、楽しそうに頬杖をつき静観の姿勢を崩そうともしない。

「こうなることは最初から予想できただろうに。それでも決行したのは君だろう?」

し、知るかーっ!

だめだ、全く頼りにならない。


「レ、レティシア様。人目もありますし……」

なんだなんだと集まってくる野次馬を意識させようと試みたが、レティシア嬢はレヴィと向き合うばかりだ。

こんなふうに向き合ってもらうことを望んだんじゃないのに。

「姉さまが色目などいつ使われました? 誰もが兄に夢中などと、自意識過剰もいいところですよ。濁った眼で見ないでいただきたい」

「あなたこそ、その節穴もう少し磨かれたら? 狙いが兄様でないのなら、私をあなたにあてがおうとしている様にしか思えませんわ!」


ぎくぅっとこわばった私を見て、レティシア嬢が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

そんなにバレバレでしたか……

いかな喪女とはいえ、それが2人のためとはいえ、大っぴらにしていい策でないことくらいはわかる。

それがレヴィを傷つけるだろうことも。

恐る恐る視線を向けた先で、レヴィは笑顔を貼り付けたまま動きを止めていた。


「…………仮に…………そうだとして、それが何か?」

うっそりと開いた瞼の奥から、底冷えするような目がレティシア嬢を射すくめる。

それがレヴィとレティシア嬢の、なんとも気まずい出会いの日となってしまったのだった。





世界的に有名だという指揮者のもと奏でられる、バイオリンコンチェルトの調べ。

深みのある美しい音色はガラスの壁に反響し、常であれば目を輝かせて聞きほれていたことだろう。

さすがに今は心から楽しむことはできない。

きっと、並んで座る従弟も。

「……ごめんねレヴィ」

聞こえるか聞こえないかの小さな呟きに、傍らのレヴィはこちらを見るともなしに返す。

「それは何に対してですか?」

「い、いろいろと……」

2人の出会いをうまく演出するどころか、互いに散々な印象しか抱けなかったであろうことも。

今後レティシア嬢が警戒してしまうだろうことも。

他でもない私が画策したことで、レヴィをひどく傷つけてしまったことも。

何もかもが反省しきりだ。


「お願いですから、もうこういったことはされないでください」

レヴィは私の肩口にぽすりと頭を乗せると、すり寄るように顔を伏せた。

「僕だって傷つきます」

力なく零された言葉に、良心がごりごり抉られる。

「……ごめんなさい。二度としないわ」

というかできない。

レヴィの本来あるべき幸せに向けて、何をしたらいいのか全くわからなくなってしまった。


「約束ですよ。次に同じようなことをしたら、その時は────」


続く言葉は歓声にかき消され、終ぞ耳に届くことはなかった。

フローライト解説

和名は蛍石。基本的には無色ですが、黄・緑・青・紫・灰・褐色などカラーバリエーションが豊富で、世界で最もカラフルな鉱物と称されるのだそうです。

イギリスのブルージョン洞窟で採れるフローライトはヴィクトリア朝時代に流行り、さかんに採掘がおこなわれたんだとか。

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