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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
進むしかない5歩目

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43 発明家の引く手ぐすね

王都から汽車に乗りこみ、一路南へ。

おじさまの案内を受けて辿り着いたのは、郊外に広がる公園敷地内に建てられた、ガラスと鉄の殿堂。

万国産業大博覧会である。



「さあ着いたよ。今日はそれほど混んでいない日のはずだけれど、それでも十分な入りのようだ。はぐれないように気を付けて」

「リゼ姉さま、大丈夫ですか?」

芝生を踏みしめる人々の群れ、中には馬で乗りつける者もいるが、皆向かう先は一様に同じだ。

そんな中、思わず足を止めてしまった私を、レヴィが心配して声をかけてくれる。

それもそのはず。

口元に手をあてたまま声もなく、零れ落ちんばかりに目をかっぴらいて固まっていたからね。

もうもうと煙を吐く黒い鉄の塊を目にしたあたりからすでに興奮度マックスだったというのもあるけれど、会場を一目見たとん目玉が飛び出るかと思ったよ。

レンガ造りや漆喰の家とは趣を異にする、全面ガラス張りの巨大な建築物。

骨組みとなる白い鉄筋は縁を涼やかな青に塗られ、要所要所に設けられた旗が風にたなびいている。

中央部の天井はアーチを描き、両翼に長く延びる側廊は吹き抜けの2階建て。

きわめつけは、入ってすぐに来場者を出迎える大きな楡の木と、クリスタルガラスでできた巨大な噴水。


これ、クリスタル・パレスだ。

前世で見たよ、主に漫画とアニメで……!

万国産業大博覧会って、万博のことだったのか。

しかもこれ、イギリスで実際に行われた、たしか世界初の試みの。

ペニシリンやらカモミールやら、ちょいちょい前世でなじみのあるものが出てきたりはしていたが、まさかクリスタル・パレスに来られるなんて。


「レヴィ、ありがとう。おじさま、連れてきてくださって感謝申し上げますわ……!」

感動のあまり頬を紅潮させ、飛び跳ねんばかりの私を、2人は優しく見つめ返してくれる。

「安心しました。昨日お帰りになられた後、少しお疲れのようでしたので」

「……ありがとうレヴィ」

従弟の気遣いが嬉しく、ほんわりとほほ笑みあう。

昨日はセドリック様の一件でついに喪女の許容量を超え、知恵熱でも出しそうなほどだったのだ。

なんとか邸宅へと辿り着いたあと、早々に自室に引きこもっちゃったから。

昨日の時点ですでに心配をかけてしまっていたらしい。


協力病院からの返答を待たずして内科病棟に舵を切ることはできず、本日予定されていた統計学の授業は休み。

一人でぽけっと過ごしていたらとめどなく考えてしまいそうで、どうしたものかと考えていたのだけれど、ちょうどおじさまの都合がつくということもあって、レヴィからのかねてからの希望を叶えに来たというわけだ。

カイルはお父様の使いで不在のため、総勢3名の博覧会参加であります。



「姉さま、どこから見に行かれます?」

レヴィは小売りされていたパンフレットを広げ、私が見やすいようにと示してくれる。

産業の博覧会とあって、展示品は主に鉱物・化学薬品などの原料、蒸気機関などの機械、ガラス・陶器などの製品、絵画を除いた美術品が対象となっているようだ。

西側の側廊は統治国や部門ごとに集められた自国の展示品で占められており、東側には諸外国のブースが気候順に並んでいるのだとか。

世界中の最先端の技術をお披露目するこの場は、現在の技術レベルを知るのにうってつけというわけだ。


「そうね、医療器具があれば見てみたいわ。けれどレヴィへのご褒美だもの。まずはレヴィの行きたいところに行きましょう」

いいの、と伺うような視線を向けるレヴィに、大きく頷きで返す。

これだけの品が一堂に会しているのだ、きっとどこへ行こうと楽しい。


「ゴムの加硫法の開発者が出品しているそうなのです。そちら以外にも見識を広めたいので、いろいろと見て回れると嬉しいです」

かりゅう法、とやらが何なのかはわからないけれど、この知識欲。

なんとも頼もしいことである。

目的のブースはずいぶんと端の方らしく、道なりにそこここを覗き歩く。

おじさま曰く、一週間のうちで入場料が安い日と高い日を設定されているらしい。

おもしろい料金体系だなあと不思議に思いはしたが、それで来場者の色分けを行っているのだとか。

今日はほどほどに高い入場料の日のために中産階級以上の客層となっていると。

それでも、ものすごいでかいダイヤが展示されているという場所には、これ以上ないほどの人だかりができていた。

あそこだけは紳士淑女のふるまいとは思えないほどに押し合いへし合いしている。

おじさまは見に行かなくてよいのかと尋ねてくださったけれど、あの人波をかいくぐる気力は私にはない。

「父さまってば、姉さまがそんな俗物に興味を示すはずありませんよ」

天使の微笑をしたレヴィが代わりに応えてくれたのだが、残念ながらそんな高尚な人物ではないぞ。

いったい私は、レヴィの中でどんな人物像になってるのか。

一度問い詰める必要があるな。


「それよりほら、あっちにおもしろそうなものがありますよ」

ぐいと手を引かれ、人の波をすり抜けるように進むと、そこは大きな機械を集めたブースのようだった。

展示されている機械は、農機具やミシン、封筒製造機や活版印刷機など暮らしを楽にするものが多い。

まだ電気やエンジンは未開発らしく、蒸気機関や人力駆動を動力としたものばかりだ。

ただ置いてあるだけでなく、実際に稼働して見せてくれている。

なるほど、宝石よりもこっちの方が興味深いわ。

二人して目を輝かせていると、背後でおじさまがやれやれといった風に肩をすくめた。


ふと視線を外すと、向かいのブースの色鮮やかな布が目についた。

細やかな刺繍や装飾の施された、異国情緒あふれる布地に、自然と足が向く。

実際に手に取ることもできるらしく、見物客が文様や触り心地を確かめている。

他の品より地味なハンカチほどの大きさの生地が目に留まり、触れるなり目を剥いた。

「こ、これは……!」

まちがいない、パイル地だ。

たて糸とよこ糸で織られた布に、別の糸をループ状に差し込んでいるのか。

「リゼ姉さま、どうしされました?」

「レヴィ、触ってみて」

私を追ってきたレヴィにも手に取らせると、指を滑らせ感触を確かめる。

「ふしぎな触り心地ですね」

「ターキッシュタオルと言います。我が国の誇る手工芸品の一つです」

案内人の女性による、厚手で吸水性に優れ保温性も十分との説明に、うんうんと聞き入る。

これ、ほしい……!

「職人の手織りですので、日に3枚程度しか作ることができない、大変貴重な品です」

「えっ、このサイズで3枚?!」

それだと高価すぎて検証用に揃えることなんてまず無理だろう。

なくても清拭は行えるかあ。


せっかく見つけたのになあとしぶしぶ生地を展示棚に戻し、その場を離れようとしたのだが。

「リゼ姉さま、あちらがほしいのですか?」

「……えっ」

曇りなき眼がこちらを見やる。

……レヴィなら再現できてしまうのか?

場が限定される医療器具とは違って、日常生活で使えるタオルであれば、需要はたっぷりある。

もし量産できれば、繊維産業の株価が天井知らずになっちゃうんじゃないの、これ。

次の検証や、薬開発の資金にできたら…………ごくり。


「ほ、ほしい……!」

「わかりました」

にこりと二つ返事で引き受けるレヴィにぎょっとする。

「量産よ?」

「任せてください。少し考えがあるので、領地に戻ったら試してみますね」


やばい、レヴィが頼もしいぃ……っ!



思わず悶えてしまったが、レヴィだけでなくおじさまも、その製品の開発に至った社会的背景を解説してくれたりと、なかなかに頼もしいのだ。

ただ一つ難点があるとすれば……

「フォード卿ではないですか」

「これは奇遇ですな、そちらもご家族と?」

さすが貿易商だけあって顔が広く、さっきから度々呼び止められている。

おじさまたちからすればここも社交や商談の場なのだろうけれど。

このペースで捕まってばかりいたら、目的の場所に辿り着く前に日が暮れてしまう。

「姉さま、別行動します?」

私がソワソワし始めたのを汲んでくれたのか、レヴィがこっそりと耳打ちする。

その思いはやまやまなんだけど、殿下との約束が後ろ髪をぐいぐい引いてはいるんだよなあ。

保護者がいなければ、ただのデートになってしまう。

どうしたものかと唸る私にしびれを切らしたのか。

「……父さま、僕たち先に進んでもいいですか」

レヴィがおじさまに切り出してしまった。

「ああ、すまないね。せっかくの日に退屈だったろう。ここは王族でも護衛なしで観覧されるほど治安のいい場所だ。子供たちだけでも大丈夫だろう。万が一、落ち合えなかったときのために、帰りの切符を渡しておこう」

あうあうしている私の目の前で、汽車の切符がレヴィへと手渡されていく。

「さあ。行きましょう、姉さま」

絶対にはぐれないというかのように、ぎゅうと手を握りこまれる。

楽しんでおいで、と送り出されて私は────


せっかくなので満喫することにした。

こんな機会、そうそうないしね!


ほんわり笑顔のレヴィとともにふんふん進み、いろいろなものを見る。

細やかな装飾の施された陶器や銀食器、多種多様の石鹸や家庭用品まで。

私はこんなものがあるのかと、ただ見て知って楽しむくらいなのだけれど、レヴィはきっと違うものを捉えているのだろう。

おんなじ色をしたくりくりの目で、完成品から透けて見える材料を、技術を、見ている。

ふだんからのそうした視点こそがレヴィを発明家たらしめているのだ。

頼もしいなあ。


「姉さま?」

視線に気づいたレヴィがこちらを振り返る。

その優しい視線にはいつも癒され、助けられている。

レヴィには幸せになって欲しいなあ。

「なんでもないわ」


そのためにはまず、原作小説でのレヴィの相手を見つけねば。

いつ登場するんだかもどんな子なのかもぼんやりとしているけど、何かをきっかけに思い出せると信じたい。

私のなけなしの記憶力に超絶期待したいところだ。



そうこうしているうちに、医療器具のブースも見つけた。

顕微鏡、明らかに人の手と異なるギミックのついた義手に義足、各種切断器。

世相を反映し、機能美を追及した出品物なのではあるが、思っていた器具とは違って肩透かしをくった感が否めない。

これならばヘネシー卿の研究室の方が夢の国だったなあ。

開頭用のドリル改良しましたってあなた、ニッチすぎるでしょう。


医療分野以外でも推進力を高める船体の塗料だとか、新たに取引可能になった素材だとか、一般人にはピンとこないものも多い。

その分、表示板の解説は細やかだ。

素材や製品の良さを広く知ってもらおうという気概が垣間見える。

レヴィが見たいと話していたブースでも、案内人が高らかに口上を述べていた。


「このたび皆様のお目にかかりますのは、我が社一押しの新製品、エボナイトにございます!」

「まあ、まるでジェットのようですわ」

工業製品のわりにご婦人方も集まっているのは、どうやら宝石に似たものであるらしい。

ケースを覗くと、チェーンや時計のベルトの他に、精巧な装飾品といった品が展示されていた。

いずれも真っ黒であり、装飾品においては艶がある。


「私共はゴムの新たな可能性を見出しました。加工・形成の容易さとともに、酸やアルカリ、水や油に強く、気温の変化による劣化や形状変化もございません。何よりも驚くべきはその硬度。どうぞ皆さま、お手に取ってお確かめくださいませ」

え、これもゴムなの?

ということは、これがタイヤの原型なのか?

促されるままに触ってみたのだが、弾力性や伸展性はなく、とにかく硬い。

ただし、薄く加工されたものは曲げることが可能だ。

ゴムというよりもこれ、ほぼプラスチックじゃん!


「こちら、本当にあのゴムから作られておりますのっ?」

「そうですよ、お嬢さん」

目を輝かせて身を乗り出すと、案内人がにっこりと返答をくれる。

……ゴム……すごい、無限の可能性……

ああでも、惜しむらくは、黒くて透過性がないということか。

中身が見えるようなら、点滴チューブに使えたかもしれないのに……!


製品を掲げて身もだえる私の横で、レヴィは匂いを嗅いだり硬度を確認したりしている。

「出ましょう、姉さま」

「え、もういいの?」

「ゴムの加工をする際に、似たものを作ったことがあります。おそらくは再現できるかと」

ほんとに何者なの、この子は。

かっこよすぎて痺れるわ。

「以前、アンビューバッグを洗えたらいいのにとおっしゃっていたでしょう? 石膏では難しくとも、これならば洗えますよ」

アンビューバックのプラスチック部分への転用……

その発想はなかった!

「ゴム手袋のヒントがあればと思っていたのですが、そちらは叶いませんでしたね」

一人ごちるレヴィの肩をがしりと掴み、言葉にならない感動を示す。

私の顔なぞへにゃへにゃに崩れきっているだろうに、レヴィはそれを見て嬉しそうに頬を緩めた。

天使ここに極まれりである。



「さて、おじさまと合流しないとね」

レヴィと私の第一希望は見れたことだし、中央部に戻りながら合流を図るとしよう。

これだけ広いと探し出すのは難しそうだ。

迷子センターは、館内放送はどこで頼めばいいのだろう。

「きっと今は探してすらいませんよ。それにほら。僕らのことだから、必ずこちらに向かうと思うでしょう」

そう言って示されたパンフレットには、数時間後に予定された演奏会の文字がある。

領地では二人で楽器のセッションをよくしたし、おじさまの前で披露したこともある。

むやみにあちこち探して回るよりも、ここで合流する方が効率的だ。

「それもそうね」

中央部を超えた先の側廊や2階部分は未踏の地なのだ。

時間内にすべてを見きれる自信はなくとも、可能な限り目を通しておきたい。


「どんな演奏なのかしらね」

「家に戻ったら、久しぶりに併せますか?」

「そうね。きっと触発されて弾きたくなると思うわ」

セッションのお誘いに、一も二もなく頷く。

レヴィの弾くピアノは、私のちょっと癖の強いチェロをうまくカバーしてくれる。

息の合った演奏はとっても気持ちがいいのだ。

ああ、でも。

「……最近、ちょっとさぼりがちだったから、大目に見てくれる?」

もちろんですよ、と微笑むレヴィにほんわかしつつ、歩みを進めた。


おっと、出品物にえんぴつまであるのか。

表示板によれば従来品とは芯が異なるらしく、描き味の参考にと、滑らかさやかすれ具合の差が示されている。

流通しているえんぴつだと、手や服が真っ黒になっちゃうんだよね。

できたら汚れ具合も知りたいなあ。

「鉛筆が気になるのですか?」

「ろう板も趣があっていいにはいいんだけど、やっぱり携帯できる筆記具がほしいのよね」

「落として砕けたら読めなくなっちゃうしねえ」

「そうなのよ、……って、え?」


今の……レヴィじゃない。

聞き覚えのある声に勢いよく振り返ると、そこにはなんと。

「やっぱり、リーゼリット嬢だと思った。鉛筆をそんなに熱心に眺める令嬢は君くらいだ」

楽しそうに口の端を上げるコンラッド様がいた。


全身の汗腺からぶわっと汗が出た気がする。

いろいろとよくわからないこのお方は、今や私の中で苦手な人物の一位と二位を争っているのだ。

「今日は何? 全然忍んでないけどデートか何か?」

「そ、そういうわけでは……っ、……ございませんわ……」

傍らの視線が気になって、つい語尾が弱くなる。

レヴィからすれば、ここで否定されるのは悲しいことだろうから。

「私の従弟ですの。お見知りおきくださるとうれしいですわ」

コンラッド様のことだから、殿下におもしろおかしく報告されそうで怖い。

さっさと挨拶して立ち去ろう、そうしよう。


「お兄様、その方どなた?」

コンラッド様の背後から顔を出したのは、コンラッド様に負けず劣らずの美少女だった。

うっすらと灼けた肌にサラサラロングのストレート。

藍色をした切れ長の瞳、口元に小さなほくろがなんとも言えない色気を醸し出している。

歳は私と同じか、ちょっと上くらいだろうか。

麗しい……お姉さまと呼ばせていただきたい。

「ああ、レティシア。こちらはギルベルト殿下の婚約者、リーゼリット嬢だ」

なんてこと、名前もすごく合っている。

妹だというレティシア嬢は、コンラッド様と一緒にこの国に招聘されていたようだ。

歳の頃合いといい、ファルス殿下のお相手候補としてだろうなあ。

すでにエレノア嬢に決まっちゃったようなものなのだが、大丈夫なのかこれ。


「お会いできて大変光栄ですわ。私はロータス家が三女、リーゼリットと申します。こちらは従弟であるフォード家の嫡男、レヴィンにございますわ」

「ふうん、そうでしたの」

淑女の礼を取り、恭しく頭を上げた私へ、レティシア嬢は興味を失ったとばかりに一瞥をくれる。

「ねえお兄様。ご挨拶が終わったようですし、早く行きましょう?」

コンラッド様の腕に回した腕をいっそう絡め、猫が甘えるかの如く身を摺り寄せている。

なんと、熱烈なブラコンさんでしたか。

それならば問題あるまいて。


この場から離れたい気持ちはレティシア嬢と同じだ。

反対する意見など持ち合わせてはいない。

にこにこと笑顔を絶やさず、踵を返す2人を見送ろうとしたのだが。

ん? レティ、シア……って?

ふと頭をよぎる記憶に、目をかっぴらく。



────原作でレヴィと結ばれる子じゃん!!



エボナイト解説

アメリカのチャールズ・グッドイヤーによって発明された硬質ゴム。

本編に示した効果のほかに電気絶縁性もあり、プラスチックが台頭するまで重宝されました。

生ゴムに多量の硫黄を混ぜ、長時間加硫するとできます。(加硫についてはそのうち本編に載せます)

1851年の万博ではじめて発表されました。

他国ブースは気候別に配置されたはずなのに、アメリカはソ連の手前という端から2番目のブースでした。

独立された腹いせに端っこのブース配置になったとかなんとか。

まさにイギリス……って感じですよね。

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