37 畏れ多くも演習開始・前
あたたかな陽射しさしこむのどかな午後。
丸テーブルを囲むは、ヘネシー一家とエレノア嬢、私の5人である。
そして私の足元には、ひときわ存在感を放つ本日の主役が、その時を今か今かと待っている。
胸板の強度は、今朝がた確認済。
石膏版のアンビューバッグこそ間に合わなかったが、その原型の試作品たる竹細工版を用意した。
これで一連の伝達は行えるだろう。
正面からは、ひとつたりとも覚え逃しはしないという、ヘネシー卿の意気込みをひしひしと感じる。
生前、いろんな学生や看護師の後輩たちに講義や指導をしてはきたが、医者相手はさすがに初めてだ。
畏れ多くも、この国随一の医者へと──すわ、心肺蘇生法の演習開始である。
「資料はこちらになりますわ」
以前見ていただいたものから一部修正を加えた手順書と、状況に応じた判断を記したフローチャートをテーブルに広げる。
基本的には前世で行われていた流れと同じだが、人工呼吸の表記は潔くすべて省いた。
そのかわりに医療者用として、アンビューバックの使用方法を別紙に書き起こしている。
フローチャートは、意識や呼吸や脈がある場合や、嘔吐や痙攣をしている場合、途中で回復した場合にどうすべきかといった流れを図式化したものだ。
人が倒れていたら問答無用で心肺蘇生開始なんて判断されては困るし、痙攣発作中に刺激したら逆効果だからね。
まずは、適応か否かの判断基準と、各種対処法を正確に伝える必要がある。
「心肺蘇生法による蘇生が可能となるのは、脳への血流がなくなってからせいぜい数分程度とお考え下さい。そのため、いかにすばやく適応か否かを判断し、実行に移るかが鍵となります。判断材料とその場合の対処法を一覧にいたしましたので、まずはこちらをご覧ください。
意識の有無は脳が正常に動いていない、もしくは完全に停止していることを示します。呼吸の有無は十分な栄養を含んだ血流が脳に届かないことを、脈の有無は脳への血流が保ているかを示します。基本的にはこの3つを指標とし、いずれも認められない場合は直ちに心肺蘇生法を開始してください」
フローチャートを指し示し、『意識・呼吸・脈の確認』の表記を指で辿り、矢印が分岐した先の『心肺蘇生法の開始』の文字までスライドさせる。
「このうち、間違いやすいのは呼吸の確認です。口や鼻が動いていたからと言って、胸元が上下しないものは有効な呼吸とは言えません。呼吸回数が著しく少ない場合も同様ですわ。直に止まりますので、その場合は自発呼吸がないものと判断し、心肺蘇生法を開始してください」
魚があえぐように口を動かしたり、下あごを突きだしたり、鼻の穴がひくついたりする、死戦期呼吸。
これを呼吸ありと判断されたことで救命に至れなかったケースは少なくない。
臨終の場に立ち会ったことのあるヘネシー卿であればすぐに思い至れるだろうが、一般の人ではそうもいかないだろう。
「そのため、呼吸の確認方法は遠目に見るだけではなく、必ず手順書に記載した方法を守るようにしてください」
手順書には、『頬を口元に寄せ、吐息が触れるか。胸が上下に動くか』と記載している。
おそらくはこの徹底で防げるはずだ。
注意喚起は必要だが、一刻を争う急変時にあれこれ症状を提示して複雑化しない方がいい。
「ただし、痙攣をしている場合は心肺蘇生法は必要ありませんのでご注意ください。大きく反った形で体が硬直し、細かく震えているようなときですね。ヘネシー卿はこのような症状をご覧になったことがございますか?」
「ありますね。以前は悪魔憑きだと言って祈祷を行う者もおりましたが、光を遮断するとよいことがわかり、そのようにしております」
お、おう……
数ある痙攣発作の中でも、心肺蘇生法が必要なのではと最も誤解されやすいのは強直間代発作だろう。
突然倒れ、歯を食いしばって力むために呼吸ができず、意味のある応答も望めない。
原因がわからなければ、悪魔がとりついたと思わなくもない、か。
ひとまず祈祷レベルで終わってなかったことを喜ぶとしよう。
「正しい判断ですわ。このときにむやみに刺激をしてしまうと症状を長引かせてしまいますので。痙攣が落ち着けば意識・呼吸ともに戻ります」
手順書には意識の確認のために『肩を叩きながらの呼びかけに対し、目を開ける・適切な応答があるといった反応があるか』としたが、痙攣時は例外だ。
意識の確認すらしない方がよい。
「痙攣中は力の制御がきかず体を傷つけてしまう恐れがありますので、危険なものを遠ざけるなど安全を確保することに留め、極力体に触れたり声をかけるなどは避けてくださいませ」
てんかん重積は自然消退までに時間がかかり、たしか何らかの治療薬を必要としたはずだが。
遮光のみの対処法しかないのであれば現時点で救うことはできない。
小児科医療はからっきしな私がいたずらに言及するのは避けた方がいい。
……子供たちよ、すまない。
「なお、すでに意識や呼吸があり脈が触れる場合や、心肺蘇生中に回復した場合は横向きの姿勢をとらせてください。万が一、意識がなくなった際の舌による窒息や、嘔吐してしまった時に吐物で窒息を防ぐためにも、体をうつぶせぎみにしておくと安心ですわ」
ナキアに描いてもらった回復体位のイラストに指を滑らせ、そのまま次の矢印の先へとずらしていく。
「呼吸や脈を認めてこの姿勢にしたものの、いつまでも明確な返答が望めない場合は、原因の鑑別と治療を開始してください」
ざっと思いつくだけでも、脳圧亢進、低血糖、急性アルコール中毒、尿毒症。
いずれもどこまでの治療が行われているのかも不安だが、今日はそこまで踏み込むつもりはない。
あくまでも初動の対応に留める。
「よろしいでしょうか。単に寝ているだけの時と意識がない状態とを、どのように区別するのでしょう」
おおっと、さすがエレノア嬢、鋭いな。
睡眠と意識障害──いわゆる昏睡や脳死の別を説明しようとすると大変なんだぞ。
ただ、この国で脳死のまま生き永らえられるとは思えないから、あまり深掘らなくともよいか。
どちらにせよ、死をどう定義しているのかを確認しなければ答えられない。
「その問いにお答えするには、わたくしもひとつお聞きしなくてはなりませんわ。ヘネシー卿、何をもって人の死を判断されて見えるのでしょう」
「……それは難しい質問ですな。我々医師の間でも死を正しく判断する術は持ち得ていないというのが正直なところです。なにせ、棺の中で生き返るくらいですから」
そ、それはホラーだな。
この分だと、心電図や脳波といった臓器の電気信号を確認する技術はなさそうだ。
となると余計にシンプルな方がいい。
「ヘネシー卿、ありがとうございます。エレノア様、判断方法は刺激に反応をするかどうかですわ。眠っている状態でしたら目が醒めるでしょう」
「私からも一つ質問を。首での脈拍確認とありますが、ふだん私共は手首で脈を測っております。そちらでも可能でしょうか」
ヘネシー卿の言葉に、意表をつかれる。
考えたこともなかったけれど、前世においても、通常の診察時で頸動脈に触れることなど稀だ。
急変時に、なぜあえて頸動脈だったのか。
それは、最も注視すべきが脳への血流の有無だからなのだろう。
脈の触知が困難になるのは手、足、首の順だったか。
とはいえ、手と首で脈が触知不可となる血圧差はわずか20ほど。
頸動脈の触知が不慣れなために手間取るくらいなら、慣れた手首の方がいい。
ただ、その場合の心肺蘇生開始のタイミングをどうするかだが……手首の脈が触れない時点で心肺蘇生を開始した方がいいように思う。
脳への血流が保たれなければ、たとえ蘇生できたとしても、脳に重い障害を残す恐れすらある。
人工呼吸器も点滴もないこの国の医療では、その場合の治療は難しい。
「頸部は手首よりも微弱な脈を触知できることもあり推奨されておりますが、慣れた手首で構いませんわ。意識・呼吸がない状態であれば、手首で脈が触れない時点でも心肺蘇生法の適応と、手順書に書き加えておきます」
忘れないようにと手元のメモに書き留めながらも、その実、手汗ダラダラものである。
なにせ前世では何の疑問もなく行っていて、省いても支障のないものか、代替となりうるものに何があるかなど考えたこともなかったのだ。
先人が根拠を示して提示した方法へ、私の一存でアレンジを効かせることに、今更ながらに恐ろしさを覚える。
本当にこれでいいのか、誰にも確かめることができない。
答えが返ってくるとしたらそれは、実施された後だ。
──それも、無事に救えたか否かという結果で。
ぞっとする思いだが、今は私のできうるかぎりのことをしよう。
この国の現状を確かめながら最善を見極め、齟齬のないように。




