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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
どうにかな三歩目
34/60

31.5 [閑話] 僕の姉さまを紹介します

閑話第二弾、レヴィン視点です。

一時間前に戻ったところで、どうしようもなかったというお話。

盛大にヤンデレてます。

記憶の中にある幼き日の生家は、両親の互いを罵る声と、壁に大きなシミの残る荒廃した邸。

家督を継いだ父には大した商才がなかったらしく、悪化の一途をたどる業績では、商船の沈没による負債を抱えきれなかった。

使用人は数人を除いてすべて解雇され、手入れの行き届かない邸は昼間でも薄暗い。

当時の僕は、大きな物音がするたびに怯え、膝を抱えてうずくまるばかりだった。

家庭教師などつけられるはずもなく、一緒に遊ぶ友もいない。

親をはじめ誰からも顧みられることはなく、身を寄せ合う兄弟もいなかった。


こんな家では生育環境として悪かろうと声を上げたのは、親類であるロータス家の当主だ。

負債を肩代わりし、暇を持て余している末娘の遊び相手になってやってほしいと、生家が落ち着くまでの間僕を引き取ったのだ。

ロータス家の子供は4人。

長女と次女はすでに嫁に行き、長男が寄宿舎に入ったことにより、今この邸にいる子供はリゼ姉さま一人だった。

わがまま放題だと伝え聞いていたリゼ姉さまに会うのは、この時が初めてになる。


馬車は細部まで整えられた広大な庭を過ぎ、玄関前に僕を吐き出した。

没落した家に生まれた、実の親から見向きもされない哀れな子供。

ほぼ買われるような形でやってくる招かれざる客。

ここに来るまでの道中買い与えられた衣服は、まだ体になじんではいない。

とり急ぎ見た目を取り繕っただけの僕に、この家の者はどんな仕打ちをすることだろうと身構えていた。


「弟ができてうれしいわ! これからよろしくね、レヴィン」

僕と同じ緑の目は生命力に溢れて輝き、とても同じ色とは思えない。

さっそく部屋を案内するわと手を引かれ、子供の脚で駆け抜けた邸内はまるで別世界だった。

輝くばかりに磨き上げられた調度品、窓は一点の曇りもなく、行き交う使用人たちは皆笑顔に溢れている。

たどり着いた僕の部屋は、日当たりのいい客間を子供部屋に改装したものだった。

「レヴィのために、おもちゃもいっぱい用意したのよ!」

あれもこれもとプレゼントの箱を掲げるリゼ姉さまに、戸惑いを隠せない。

僕こそがあなたのおもちゃなのでは、という言葉を飲み込み、促されるままに包み紙を開ける。

出てきたのは木組の馬車、色鮮やかに彩色された船の模型、触り心地のいいふわふわのぬいぐるみ──

どの品にも表情の変わることのない僕に、それならばとリゼ姉さまは丸い紙でできたおもちゃを取り出した。


「レヴィンにとっておきの魔法を見せてあげるわ! 見てなさい。この鳥を、かごの中に入れてしまいます!」

リゼ姉さまは丸い紙をくるりとひっくり返し、表と裏にそれぞれ描かれた鳥と籠の絵を交互に見せてくる。

そんなことできるわけない、と冷めた目で僕が見守る中、左右についた紐を意気揚々と引いた。

どんな仕組みか、丸い紙がくるくると回り始めると、別々に描かれていたはずの絵が一つになる。

「……どうして?」

「知らないわ! けれど、すごいでしょうっ! これもレヴィンにあげるわ、これであなたも魔法使いよ!」

幼いながらに魔法使いという言葉に心が躍ったのも確かだ。

その表情の変化を見て取ったのか、リゼ姉さまが頬をもりもりと上げ、満面の笑みを浮かべる。


僕に使い方を教えるのに、リゼ姉さまがひときわ強く引っ張った時だった。

紐を結わえていた紙の縁がふつりと途切れ、手からだらりと垂れさがった。

「あ……っ! …………なんてこと……ごめんなさい……」

みるみるしおれていく緑の目があまりにもの悲しく、ひどく動揺した。


「また新しく買ってもらうから、魔法はそれまでお預けで……」

片付けようとする姉さまの手から丸い紙を奪い、じっと見る。

厚手の紙が二枚張り合わせてあるようだった。

「レヴィン?」

要するにすばやく回転させればいいのだろう。

そう思い、串と小麦粉はないかと侍従に尋ねた。

届いた小麦粉を水で溶いて練ったものを串に塗り、厚紙の中央に通す。

串と厚紙を張り合わせるように押さえ、乾いてから串を手ですり合わせてみせれば、鳥は籠の中に納まった。


「っっっ、すごいわレヴィン! あるものですぐに直しちゃうなんて、誰にでもできることじゃないわ! しかも紐から棒よ? 思いつかないわ!」

生き生きとした表情が戻ってきたことにほっとしながら、理由は別に立派なものではないことに気づく。

「……お金がなければ誰だってそうします。ただ貧しかっただけですよ」

「創意工夫できることが悪いわけないでしょ。工夫は生活を豊かにするのよ。人生楽しんでこそよ!」

力強く言い放ったリゼ姉さまは、今度は私の工夫を教えてあげる、と再び手を引き走り出した。


「これよ!」

連れてこられたのは馬車の車部分が停められたスペースだった。

馬車がなんだというのだろう、と見上げるだけの僕の前で、布張りの屋根の上によじ登ると、力いっぱいに跳ねた。

「こうやって遊ぶの。『とらんぽりん』よ!」

とらん、ぽ……? が何かはわからないが、跳ねるたびに布を留めるロープが軋んだ。

専属の護衛が青い顔をしながら手をこまねいているところを見ると、あまり褒められた遊びではないらしい。

リゼ姉さまが木の実を手にすれば、潰した汁を絵具代わりに、真っ白な外壁はキャンバスになった。

集められた落ち葉があれば、どこからか集めてきた芋を焼く。

幼心に、なるほどこれは大人たちが手を焼くわけだと思ったことを覚えている。


そうして二人でいくつかの魔法を共有し、工夫を楽しみ、邸や領地内を駆け回っているうちに、心の中にずっとくすぶっていた澱が消えていった。

ここにいてもよいと、僕は許されている。

おもちゃでもなければ哀れな子供としてでもなく、一人の人間として、大切にされているのだと。

実感は行動に現れ、いつしか僕の表情は明るくなり、姉さまに向ける笑顔が増えていった。



数か月が過ぎたある朝、寝ぼけまなこのリゼ姉さまが、葉に塩水をつけたものを口に突っ込んでいる姿を見つけ、また何かとんでもないことをはじめようとしているのかと目を剥いた。

「いい、レヴィ。もし歯が痛くなったら、引っこ抜かれちゃうのよ? 美味しいものを美味しく食べられなくなっちゃうんだから」

歯は大事なの! と力説するリゼ姉さまが、そのすぐ後にがっくりと肩を落とす。

「でも、葉っぱでは、細かいところがどうにも磨けないのよね」

姉さまがしょんぼりするところは見たくなくて、何かないものかと邸内を見て回った。


ふだん歯の間に詰まったものをとる道具は木でできている。

それを石で潰して平たくしてみた。

思ったような形にはならず、庭木をいくつか物色して潰してみる。

野菜と同じように柔らかくなるのではと煮出してみると、うまく皮も剥けて潰しやすくなった。

仕上げにと金櫛で梳いたものを姉さまに渡すと、目をまん丸くして首を傾げた。

「これなら、細かいところも磨けるかと」

「っありがとう、レヴィ! なんて優しいの?」

ぎゅうと抱きしめられ、ほかほかと温かいものが胸を満たしていくのを感じた。


「よく磨けるわ! いったいどうやって作ったの?」

使用感がお気に召したらしく、僕が話す作り方をふんふん頷きながら耳を傾ける。

「こんな素晴らしいものを私だけが使うなんて気が引けちゃうわ」

空に掲げてまるで宝物を見るかのように目を輝かせる姉さまに、むずがゆくなる。

ただの木なのに、そんなすごい代物でもないのに。

「そんないいものじゃないですよ」

「レヴィの作ったこの歯ブラシで、世界中の人たちが痛い思いをすることなく、毎日おいしいものを食べられるのよ! ものすごくいいものじゃない!」


見てなさい、と姉さまが駆けていった先は、ちょうどロータス邸を訪れていた父の元だった。

姉さまのものなのに、と止める間もなく、試作品を父の鼻先へと突きつける。

「おじさま! レヴィが作ってくれたの。すごいのよ! これで毎日磨けば歯をなくすこともないの。絶対に『じゅよう』があると思うわ。あちこちで見かける木で作ったものだから、『げんか』はかからないの。長くもつものではないから、たくさん売れるわ。作り方にはこつもあるからすぐに真似されることもない、『どくせんしじょう』よ!」

リゼ嬢は難しい言葉を知っているね、と目を丸くしていた父は、かくして販売に踏み切ったようだった。

瞬く間に国内に広まり、生家の負債はすっかり返済されたのだと聞いた。


粗悪な類似品との差をつけるため、素材を変えてより良いものを試作した。

レヴィはなんて優秀なの、と頬ずりされれば心がぽかぽかと温かくなった。

姉さまに褒められるたび、笑顔を向けられるたび、自分がとてもよいものに思える。

胸の内に消えない宝物がひとつふたつと増えていくようだった。



あれはたしか、味を占めたらしい父や母からも何か作って欲しいと希望が入るようになり、気が乗らない試作品を手がけていたときのことだ。

姉さまが外で脚をひねったのだと、護衛に抱えられて戻ってきた。

大事そうに抱える護衛と、照れくさそうに身をすくめる姉さまに。

じりじりと胸が焼け付き、呼吸が乱れて息苦しさを覚えた。

胸元を押さえて急にうずくまる僕に驚き、駆け寄る姉さまにぎゅうとしがみつく。

脚が痛むだろうに僕を気遣うこの優しい人の傍から離れたくはない。

姉さまのこの目が映すのは、この手が触れるのは、僕だけであって欲しい。


このひとを、だれにもとられたくない。


今のような立ち位置ではだめだ。

もちろん、従弟としてでも僕の願いは叶わない。

一つ年長のリゼ姉さまは、僕より先に社交の場に出てしまう。

他の男に奪われる前に急がなければ。


その日、父から頼まれていた試作品を暖炉の火にくべた。

姉さまが望むものだけを作り、姉さまとのみ喜びを共にする。

それが最上であり、最善の、僕がとるべき手段だ。


姉さまからの依頼品をそれとなく父の目につくよう仕向ければ、欲深い父は僕の籍を生家へと戻した。

ロータス家の養子として迎えられるはずだった僕は、晴れてリゼ姉さまと婚約が可能な立場となったのだ。

半年ぶりに戻った生家は様変わりしていた。

ごてごてとした品のない調度品に、シミを覆い隠すように貼り重ねられた壁紙は、この家を見事に象徴している。

たとえ財を得たとしても比ぶべくもない。


その後、何度も父から打診を受けたが、僕は一度も父の要望に応えなかった。

レヴィンはリゼ嬢がいないと役に立たないと嘆く両親に仄暗い喜びを感じた。

あなた方のために奮う腕もなければ、割く時間もない。

せいぜい僕の役に立ってくれ。



姉さまの前では、まるで元からそうだったかのように健やかでいられる。

疑うことを知らない姉さまは、無邪気にふるまう僕の姿が素だと思っているようだ。

僕に甘く、僕を頼り、僕を全身で慈しむ。

残るは姉さまの想い一つ。

────そう、あと少しだったのに。





ぱちぱちと爆ぜる火を見つめ、煮えたぎりそうになる心の内を鎮めようと試みる。


「──レヴィ?」

聞きなじんだ愛おしい人の声に、僕はゆっくりと振り返り、常と変わらぬ笑顔を向けた。


「リゼ姉さま。殿下は帰られたのですか」

作中にでてきたおもちゃは、ソーマトロープというヴィクトリア朝の時代から親しまれているアニメーションの元祖です。

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