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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
どうにかな三歩目
29/60

27 私が動けばいいだけのこと

正門が近づくにつれ、人の気配が濃くなる。

カンテラだろうか、木々の合間に揺らめくたくさんの明かりが見えた。

無事に辿り着けそうな状況に、やはりほっとする。

徐々に暗くなる上、聞いていた以上の悪路だった。

一人では辿り着くまでにこの3倍はかかっていただろう。

クレイヴ様には感謝してもしきれないわ。


セラムは歩みを緩めるでも早めるでもなく、暗がりを確かな足取りで進んでいく。

この調子ならあと数分もすれば到着するだろう。

秘密の訓練中だったのだ、鎧姿を目撃されない方がいいのかも。

「クレイヴ様、このあたりで結構ですわ。足にも力が入るようになりましたし、この距離でしたら歩けます」

そう告げると、クレイヴ様は一つ瞬きをして馬から降りた。

馬の背からそっと下ろしてもらい、支えを頼りに地面に降り立つ。

踵を踏みしめ脚の感覚を確かめれば、常と変わらぬ力の入りように自然と口角が上がる。

よし、これなら問題なく歩けるわね。


「心から感謝申し上げますわ」

「お役に立てたのでしたら光栄です」

返される言葉には、あいかわらず感情が乗ることはない。

この無表情も将来を絶たれてのものかと思うと、何とも言えない歯がゆさが胸に満ちる。


クレイヴ様は私のせいではないと言っていたが、まったくの無関係にはなりえない。

私が関わったことで状況が大きく変わっているからだ。

原作では、もしかしたらクレイヴ様は問答無用で斬首の刑だったのかもしれない。

たとえ意図せず救えた命だったとしても、このままじゃ後味悪すぎだ。

こうなることを予測できている人ならば、もっと違った方法がとれただろうから。

もやもやを残したままクレイヴ様とセラムに別れを告げ、明かりの方向へと足を進めた。




衛兵に引っ立てられませんように、と祈りながら顔をのぞかせる。

うちの馬車の近くに10数名の衛兵が集まっており、その中央にはなぜかギルベルト殿下の姿が見えた。

「殿下?」

城壁の外から現れた私に一瞬ぎょっとした殿下だったが、すぐに肩を落とす。

「おまえのところの侍従から、まだ正門に来ていないと報告を受けてな。城内で迷っているかもしれないから、探してやってほしいと。ちょうど繰り出すところだったのだ」

ひえっ、大事になるところだった。

少しでも姿を見せるのが遅かったらアウトだったな。


「お騒がせしました。お恥ずかしながら迷っておりましたが、この通り辿り着けましたので、どうぞ衛兵たちを持ち場に戻してくださいませ」

殿下の合図で衛兵たちが下がっていくのを、すみませんすみませんとお辞儀しまくりたいのをギシギシしながら堪える。

ご令嬢はこういうとき、どうするのが正しいふるまいなんだ。

誰に教えを請えばいい。


落ち着かない心持ちで様子を窺っていたが、私に声をかけようか迷っている様子のカイルと御者が目の端に映った。

こっちにもめちゃめちゃ迷惑かけてる!

慌てて駆け寄り、再びギシギシに耐える。

「心配をかけてごめんなさい」

帽子を手に笑顔でうんうんと頷く御者に対し、カイルの表情は険しい。

「ご無事で何よりです。……俺の方こそお嬢様を待ちきれず、申し訳ありません」

お怒りももっとも、と覚悟したのだが、予想外の返しに面食らってしまう。


衛兵たちはこれから捜索に出るところだったと聞いた。

おそらくカイルは大事にすまいと、殿下への連絡をぎりぎりまで待っていてくれたのだろう。

私の身の安全を重視した結果を、誰が責めるっていうんだ。

というか私が悪いんだよ、どう考えても。


「あなたが謝ることなど一つもないわ。むしろなじられたっていいくらいよ。配慮をありがとう、カイル」

私の言葉に、カイルはぐいと口の端を引き結ぶ。

それに御者も笑みを深くし、カイルの肩をぽんと叩いて準備のためにと馬車へ戻っていった。


「お怪我はございませんか」

カイルがカンテラをかざし、どんな小さな傷も見逃さないとでもいうように目を走らせている。

手首に残ったわずかな擦り傷を見とめると、すぐに馬車へと踵を返す。

「水をいただいてまいります。少々お待ちを」

布を手に取り、城の水場へと駆けていく背中を見送る。

あいかわらずできた護衛だ。



「まさか外から来るとはな。一人で歩いてきたのか?」

衛兵たちに指示を出し終えたらしい殿下が、呆れた様子を滲ませている。

さて、なんと答えたものか。

「たまたま森でお見かけしたクレイヴ様が、馬で送り届けてくださったのですわ」

正直に言うべきか迷いはしたが、何も知らない体を装い、あえて情報を出す。

「クレイヴが馬に……?」

思わずといった呟きを、聞き逃しはしない。

察するに、殿下はそれを意外なことだと感じているのだ。


「ご存じですのね、生涯従騎士という王命を。私も関わっておりますのに、なぜ教えてくださらなかったの」

かまをかけられたことに気づいたのだろう、殿下が渋い表情を見せる。

「……言えばおまえはそうやって気に病むだろう。父の意向はそう簡単には覆らない」

図星すぎてつい言葉が詰まってしまったが、ここで引き下がるなんて私じゃないわ。


「そもそもあれは偶然の事故でしたの? それとも、殿下とわかって狙われたものでしたの?」

「答える義務はない」

「犯人はすでに捕まっているのかしら」

「それを聞いてどうするつもりだ」

頑なな殿下にむうと唸る。

だって、圧倒的に情報が足りないんだもん。

殿下が狙われたのかどうかについてはなんとなく触れちゃいけないのかと聞いたことはなかったけれど。

状況がわからなければ何が打開策になりえるか掴めないじゃない。


「殿下はこれでよいとお思いですの? ファルス殿下は?」

事故後、二人がクレイヴ様をなじる様子は見られなかったように思う。

私が意識していなかっただけかもしれないけれど、特に違和感を覚えることはなかったはずだ。

国王の命が不当であると、殿下たちも同じ気持ちならば心強い。


「俺に父へ上申できる権限はない。兄様はあの日の記憶が曖昧だ。クレイヴがいたことすら覚えていない」

むう……では、ファルス殿下に思い出させてみるか。

でもどうやって。

あの日の登場人物をおさらいしてみましょってか?

……それって諸刃の剣すぎないか。


「……騎士団からの除隊もありえたのだ。十分な恩情だ」

空を仰ぐ私の耳に、諫めようとする殿下の言葉が届く。

…………は?

知るかーーーーーっ!

この世界で除隊がどれだけ酷なものか知らないけどね、昇進の可能性ゼロ、延々下っ端生活で飼い殺し状態の何が恩情か!

そんな人生じゃ、夢も希望もないっての。

少年は大志を抱いてこそだろうが!


「それの何がよいのか、私にはわかりかねますわ」

この世界の不条理さにあまりにも腹が立って、それだけ言い捨てて踵を返す。

殿下が何かを言おうとしたのが目の端に映ったが、口をつぐんだのか私の背にかけられる言葉はなかった。

濡らした布片手に戻ってきたカイルを伴い、馬車に乗り込むと挨拶もそこそこに城を出た。



殿下たちが頼りにならないなら、私が動けばいいだけのこと。

犯人探しも、ファルス殿下の記憶探しの旅もNGだってんなら、国王へ直談判してやろうじゃない。

交渉のカードが必要ならば、私には心肺蘇生法がある。

流布させたいのはあちらだって同じなのだ。

切り札になるなら使ってやる。


ふふふと不敵な笑みを浮かべる私と、私の奇行に慣れすぎて動じることのないカイルを乗せ、馬車は夜道を進んでいくのだった。



・・・・・



ほどなくして見慣れた邸宅が姿を見せ、馬車が速度を落とす。

すっかり日が落ち、通りを街灯が照らす中、カイルに手を取られ、馬車のステップに足を預けて身を起こした。

「リゼ姉さま!」

聞きなじんだ声に顔を上げると、玄関ポーチから駆け下りてくる少年が見えた。

私によく似た緑色の眼を細め、ふわふわの柔らかそうな栗毛を弾ませて。

聖歌隊でソロでも歌っていそうな、天使と見紛うばかりの透明感。

暗がりの中、わずかな明かりに照らされていっそう天使感が増している。

一つ年下の従弟、レヴィン・ツー・フォードだ。

「レヴィ?!」

馬車から降りた私の手を取り、駆け寄る勢いのままくるりと回る。


「急にどうしたの?」

領地からは、こちらに来るという連絡はなかったはずだ。

驚きをあらわに問いかけると、レヴィはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「姉さまご所望の品をお持ちしました」

ご所望のとの言葉に、数日前に送った手紙の内容を思い出す。

頼んでいた模型人形か!

国王との交渉に利用できるなら心肺蘇生法をとは思っていたが、こんなに早く準備が進むとは。


「まだ試作品ですが、ご覧になられます?」

「もちろんよ! すごいわレヴィ、まだ数日でしょう?」 

「姉さまたっての希望ですから、最優先ですよ」


はう……っ! なんていい子なの……!

α波でも出ているのか、心が浄化されていくようだわ。

ふわふわの頭をわしゃわしゃとかき混ぜるように撫でると、ひゃあと楽しそうな反応が返ってくる。

癒しかな。


「それからこちらも。王都に立たれる前に、長時間の馬車がつらいと話していらしたでしょう?」

くんと腕を引かれ視線を向けると、そこにはうちの馬車が並んでいる。

鉄と木を組み合わせた見慣れた形状だが、鉄製の車輪に巻かれた白い何かが街灯にぼんやりと浮かび上がる。


これ、……タイヤじゃないか?

前世で見たような黒色でもないし、細かな溝や凹凸こそないが、この弾力……間違いない。

「ゴムという樹木液を使った、タイヤというものです。衝撃を吸収するので、乗り心地がずいぶん違います。まだ耐久性に難はありますが、まずは姉さまにって」

「素敵ね! これがあれば、気軽に行き来できるわ」

「……実は、それが目的で作りました」

だから、たまには帰ってきてくださいね、とレヴィが小首をかしげてこちらを見やる。

はううん……! この子、あざとい……っ!


「滞在はいつまでですの?」

「お父様の商談についてきましたので、一週間はお世話になる予定です」

それならば、滞在中に話を詰めることもできよう。

このタイミングでレヴィが来てくれるなんて、これほどありがたいことはない。


「合間を見てでかまいませんので、リゼ姉さまに王都を案内していただければ嬉しいです」

「もちろんよ!」

頬を赤らめふんわりと笑みを深くするその姿に、ぐうと拳を握り締め──

はたと我に帰る。



あ……、安請け合いしちゃった、かも?

ようやっと従弟の登場です。手紙の回が10話も前だってことに震えてます。


タイヤ解説

タイヤにゴムが使われ始めたのは1867年のこと。ただ、この頃の色は黒ではなく、白または飴色だったそうです。

1912年にゴムの添加剤としてカーボンブラック(印刷インクのアレです)が使用されたことにより、ゴムの強度・対摩耗性が改善されたんだとか。

なぜそれを混ぜようと思ったんだ……開発・改良者ってほんとすごいなあ。

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― 新着の感想 ―
[一言] うん! ハーレーダビッドソンの1号機のタイヤは白いんです(*^^)v
[良い点] 面白いです! [気になる点] レヴィのセリフ「長時間の馬車がつらいと言ってみえた」 ↓ 「〜してみえる」は方言です。 東海地方出身の友人や知人が数人いますが、皆、なぜか標準語と信じていま…
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