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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
どうにかな三歩目
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23 たのしい剣術指南

くるりとその場で回ってみせると、いつもより丈の短いスカートがふわりと舞った。

一つに結わえられた淡い金髪がなびき、鏡の中の少女の胸元にとすりと着地する。

ともすればきつく見えがちな眦をこれでもかとひそめ、少女はむむうと唸った。


普段とは印象をがらりと変えるその鍛錬服は、いざ着てみれば、あつらえたかのようにぴったりで。

肩周りには十分なゆとりがあり、張りのある生地と丁寧な縫製は激しい動きにも耐えることを思わせた。

臙脂の生地に生える、金の肩章と紋章の刻印された金ボタン。

そこに白のパイピングが加わり、きりりと全体を引き締めている。

一緒に梱包されていたブーツのサイズは言うまでもなく。

足首までの黒地のスカートは、足さばきにも問題なさそうだ。

裾にはフリルの代わりだろう細やかな刺繍が施されており、女性らしい華やかさを添えている。


このセンス、そしてサイズの把握っぷり。

ほんっと、嫌味ったらしいくらいだよ。





贈られた衣装に袖を通し、こうなりゃままよと赴いた城で、さっそくギルベルト殿下と出くわした。

「奇遇だな」

「殿下、ご機嫌麗しう。……素敵な衣装に、感謝いたしますわ」

片眉を上げるだけの殿下に引きつりながらお礼を言って、上から下まで見分される視線に耐える。

いたたまれなさに俯いていく視界。

このままじゃ、スカートに握りしわができてしまうんですけど。

「……でん」

「せっかくだ、鍛錬場まで案内してやる」

返事を待たずに踵を返す殿下に、肩透かしを食らった感が否めない。

いや、何か感想言おうよ。

足早に前を行く殿下を追えば、髪の合間から赤く染まった耳が覗いた。

……はいっ、そこ照れないー!


互いに無言のまま足を動かしていると、ほどなくして鍛錬場が見えてきた、のだが。

目的地に着くなり、その場にいた騎士たちに取り囲まれてしまった。

そりゃそうだよね。

ご令嬢がいかにも剣振り回しちゃうぞって格好してるんだもん。

しかも殿下の瞳の色を模したペアルックコーデかましてりゃなおさらだろう。

殿下と二人、分厚い人垣に巻かれてしまえば、気分は動物園のショーに連れてこられた哀れな小鹿だ。

背後に隠れようとすればどよめきが大きくなるためそれも叶わず、オットセイもかくやとばかりにあうあう唸るしかない。

来たれステージ裏よ、切実に。


「いつもの威勢のよさはどうした」

「これだけ囲まれれば小さくもなりますわ」

恨めし気に見やれば、さっきまでの耳の赤みはどこへやら、ずいぶんと涼しい顔をしている。

こっちはどんな顔すればいいかわからないでいるっているのにさ。

「そんなに気に食わないのなら、別に着てこなくともよかったんだぞ」

「……そんなわけにはまいりませんわ」


身バレリスクのある髪飾りこそ、ファルス殿下のいる前で使用するつもりはないけれど。

あんなに堂々と持参されたものを箪笥の肥やしにすることなど、お父様が許すはずなかった。

両殿下からの贈り物とあらば、身につけない選択肢などないのだ。

それに、別に気に入らないってわけじゃない。

とにかくいたたまれないってだけで。


まあでもよくよく考えてみれば、デザインはほかの騎士とも同じなんだよね。

スカートを除けば、異なるのはジャケットとパイピングの色くらいか。

殿下は紺に金、私は臙脂に白、騎士たちは黒地に銀。

殿下の瞳の色だなんて変に構えてしまっていたけれど、それほど気にするものでもないのかもしれない。


ようやく心が落ち着き、周りを囲む騎士たちの顔に意識が向けられるようになってはきたが。

人数が多すぎて、前回紹介してもらった人が誰なのすらわからん。

一人一人ならなんとかなりそうなんだけど、一度にたくさん紹介されると……

元気いっぱいだった赤毛の騎士くらいなら顔を覚えているだろうけど、名前までは無理だな。

この記憶力のなさは私の通常運転だから、今更落胆なんてしない。

あとでギルベルト殿下に聞けばいいのだ。

今日はろう板を持ってきたから、これがあれば後で振り返ることもできるしね。

ポケットに忍ばせたメモ代わりを確かめるように、スカートの上からそっと触れた。  


「こら、皆で押しかけたら委縮されてしまうだろう」

張りのある声に、まるでモーセの十戒のように人波が割れ、奥から長身の男性が現れた。

たしか名前は……思い出せないけど、この勲章は騎士団長だったはず。

「団長様、本日はお世話になりますわ」

「こちらこそ、差し入れをいただいたと聞いております。休憩の時に皆でいただくとしましょう。

 おや、その服は動きやすそうですね。とても似合っていますよ」

面と向かっての、揶揄するでもない優しく微笑みながらの言葉に、自然と頬が赤くなる。

家の者を除けば、本日初のお褒めの言葉なのだ。

隣の少年は無言の反応しかくれなかったからね。

「鍛錬用にと、両殿下からの贈り物なのですわ」


「ああ、本当によくお似合いだ。ようこそ、小さな女性騎士殿(デイム)。」

奥から白い騎士服に身を包んだファルス殿下が姿を見せる。

こちらもさらっと褒めてくれた上、王子様然とした言い回しがなんとも様になっている。

「ファルス殿下、このたびは素敵な衣装を賜りましてありがとう存じますわ」

「そんなに畏まらなくてもかまわないよ。僕はアイディアを出したに過ぎない」

小さくかぶりを振ると、私の方へとかがみ、少しだけ声を落とした。

「剣は学ばせたくないと言っていたのに、君が来ない間、弟が鍛錬に身が入らないようだったからね。気になるなら呼べばいいのにと。それでも渋るものだから、誰が見ても自分のものだってわかるように、印をつけてみたらどうかって」


言われた内容が自分の認識の斜め上すぎて、思わず固まる。

ぽかんと呆けた口そのままに隣へ向き直ると、はくはくと開口させるギルベルト殿下がいた。

内緒話には大きすぎる声量に、殿下だけでなく周りの騎士たちにも十分耳に届いたことだろう。

今はちょっと、周りを確かめる余裕などないが。

「……そ、……んな、ことっ、俺は言われて、ないからな……っ」

言葉通り受け取るなよ、と眉根を寄せる殿下の言葉こそ、どこまで信じたらいいのか。


「っ、鍛錬の時間だ。いつまでも取り囲んでいないで、さっさと散れ!」

があっとがなり立てる殿下に、ほっこりと見守っていたらしい騎士たちが、楽し気に方々へと駆けていく。

……遊ばれてるなあ、ギルベルト殿下。

まあでも、嫌な感じはしない。

前回もだが、殿下と騎士たちの間に隔たりを覚えないのだ。

同じ釜の飯を食う仲間というやつか、この二人の人となりによるものか。

ギルベルト殿下の容姿のことを抜きにしても、王族への垣根の低さが見て取れる。

生い立ちを聞いた経緯もあり、自分のことのように嬉しくなっていると、その場に残っていたファルス殿下がこちらへと向き直った。



「では、邪魔にならないように、僕たちはあの辺りで始めようか」

予想外の言葉に、思わず目を瞬かせてしまう。

僕、たち?

「ファルス殿下のお手を煩わせるわけにはまいりませんわ。私はギルベルト殿下に教わりますので」

「ギルベルトも他の騎士たちもトーナメントに向けての鍛錬があるからね。君につきっきりというわけにはいかない」

「えっ、で、でも」

頼んだのは私だけど、講師がファルス殿下なんて聞いてないよ。

しかもこの口ぶり、マンツーマンってことになるのか?

ギルベルト殿下に助け舟を求めれば、呆れ顔が返ってくる。

「誘われたのは見学のみだと言ったろう。そもそも予定外なんだ、講師を選べる立場か」

それならそうと、あの日に言っておいてよ…………


「僕は先日の怪我の影響で、大事を取って別メニューなんだ。体を動かすことでリハビリにもなるし、お付き合いいただけるとうれしい」

弟でなくてごめんね、と王子様然としたご尊顔が翳る。

「いいえ、こちらこそ、……よろしくお願いいたしますわ」

ここで固辞するなぞ、どうしてできよう。



ではこちらへ、と招かれ、今度こそファルス殿下とともに鍛錬場の隅へと移動した。

うう、足が重いよ。

自分で招いたこととはいえ、攻略対象の騎士探しどころか、避けたい人物№1からマンツーマン指導を受けることになるとは誰が思おう。

「そういえば、今日はエレノア嬢はいらっしゃいませんの? まだお見掛けしていないのですが」

「エレノア嬢はこの数日登城していないんだ。王妃教育が忙しいみたいだね」

「そうでしたか……」

最後の望みも絶たれたか……


ドナドナ感満載の私に示されたのは、念願のレイピア……ではなく、小ぶりの短剣だった。

な、なぜに?

「ご令嬢が普段から帯剣することはないだろう。覚えるならこちらの方が実践的だよ。どうしても長物を持ちたいなら、仕込み剣になるね。日傘の中に忍ばせるんだ」


ファルス殿下の言葉に、頭の中に映画のワンシーンのようなものがぶわりと広がる。

日傘からすらりと姿を現す、細身の剣。

ドレスが風にたなびき、乱れた髪の合間から不敵な笑みが覗く。

驚き身構える黒ずくめの刺客たちへ、まっすぐに剣を向ける私──

めっっっっちゃいい……!

鼻血でも出るんじゃないかと思わず口元を手で覆うと、私の反応が面白かったのだろう、くつくつと笑みが漏れる。

「今度、特注品を依頼しておくよ」

「ひ、必要とあらば自分で準備いたしますわっ」

極力関わりたくないってのに、物をねだってどうする。


「あまり魅力的ではないかもしれないけれど、今日のところはこちらで。懐剣はレイピアと組み合わせて用いられるものなんだ。ここでは騎士たちもレイピア一本で鍛錬をしているけれど、いざという時のために帯剣しているよ。

 懐剣は主に防御面を担うものだ。相手の懐に入ったときは攻撃にも転じられるから、覚えておいて損はない」

懐剣と呼ぶその短剣を器用にも手の中でくるくる回し、宙に放り投げては握りを変える。

何てことなさそうに話しながらの様子からも扱いなれているのだろう。

一振りの懐剣の柄をこちらに向けて微笑むのを、おずおずと受け取った。

刃渡りは刺身包丁くらいだろうか、両刃のそれはレイピアとは重さが段違いだ。

刀身が短い分、手首への負担もはるかに軽く、振った時のぶれも少ない。


「大振りはいけない。相手に隙を与えるようなものだからね。まず、向かってくる剣先から自分の体を逸らす。そうすれば剣筋が見えるから、相手の剣を横凪にできる。懐に入ってしまえばこちらのものだ」

言葉の通りに軽く横へ移動したかと思うと、手首の動きだけで私の構えた剣をいなした。

レイピアと一緒に用いるとのことだし、基本の動きは変わらないと見える。

「攻撃するときはそのまま突き出したり振り回してはいけないよ。リーチが違い過ぎる上に、君の体格では力も入りにくい。懐剣で突くならこうだ。相手の懐に入ったタイミングで、胸元に構え自分の体ごと前へ。人体の急所は……」

眉間と喉笛と、と自分の体を指さしながらの説明に、こくこくと頷く。

さすがに急所に向かって剣を繰り出す覚悟はまだないが、覚えておいて損はないだろう。


実際にやってみようと、ファルス殿下が腰に下げたレイピアを手にした。

スピードを乗せずに突き出された剣先を避け、下に凪ぐように手首を回す。

「その向きだと足元を切りつけられるよ。自分の体から離すようにね」

ふむ……そうなると、剣をよける方向も手首の返し方もだいぶ限られてくるな。

私は右利きだから、左によけた方が逸らしやすいか。

だからといって左によけてばかりだと、相手に対策を練られやすくなる。

右の場合だと、と頭の中でイメージして、肘と手首を曲げて懐剣の向きを変えてみた。

「あたり。本当に筋がいいね。教え甲斐があるよ」


おお……当人にちゃんと考えさせてくれるあたり、いい講師だわ。

圧をかけるでもなく、答えを待てる度量もある。

それに教え方も端的でわかりやすい。

提示された教材である懐剣も、小さな体格ではレイピアよりも理にかなっている。

ファルス殿下の言う通り、実践向きだ。


「もし相手の剣をいなすのが難しいなら、逆の腕に布を巻いてそちらで防御する方法もある。この場合はタイミングが異なるから注意してね」

そうして何度か剣を交え、パターンを幾通りか頭と体に叩き込んだ頃には、慣れない動きに肩で息をし始めていた。

「大丈夫? 疲れたかな」

「いいえ。とても興味深いですわ。 ……ファルス殿下、私が浅はかでした。非礼をお詫びいたします」

私の心情は表に出やすい。

ファルス殿下を避けようとする私の態度はあからさまだったろう。

それなのに嫌な顔一つせず、穏やかに丁寧に指南してくださったのだ。


「殿下は素晴らしい講師ですわ。直接教わることのできたこの機会を嬉しく思います。また、仕込み剣にも魅力を感じますが、こちらの方が私には良く合っているようです。これからも懐剣のご指南をお願いできますか?」

そう続ければ、殿下は嬉しそうに目を細めた。

「ありがとう、嬉しいよ。ただ……実はね、リーゼリット嬢にと、懐剣を選んだのはギルベルトなんだ。ドレス姿でどうやって帯刀するつもりだ、時間や場所を問わず忍ばせられるならこっちの方がいいってね」


なんとな。

反対していた割にいろいろと考えてくれていたようで、じわじわとうれしさが募る。

あのツンデレ王子め、とむにょりそうになりながら鍛錬場へと視線を向けると、紺地の騎士服がこちらを見ていた。

マスクをしているため表情は見えないものの、肩を落として立ちすくすその姿が行き場を見失った子供みたいに思えて、目を見張ってしまう。

視線が合わさったのはほんのわずかのことで、何事もなかったかのように鍛錬相手に向き直っていったけれど。

懐剣を握る手に、意図せず力が入ってしまう。

まったくもうぅぅぅ!

かわいいんだよ、こんちくしょうめ。


「実を言うとね、少し気になっていたんだ」

傍らからかけられた声に、動揺を抑えられないまま振り返ると、穏やかな笑みがこちらを見返している。

「君はどんなご令嬢なんだろうって。弟は素直じゃない分、誤解されやすいから」

穏やかながらも、人の真意を読み取ろうとする目だ。

弟思いだなあ。

「以前、ギルベルト殿下がお示しになられたとおりですわ」

私の性質なんて、どんなに取り繕ったところで素は変わらない。

ファルス殿下は純粋に弟の心配だろうが、これから先、王族の婚約者ともなればこんな風に探りを入れられることも少なくないのだろう。

最初から一風変わったご令嬢のレッテルが張られている方が、私としても過ごしやすいのか。

まだひと月もたっていないっていうのに、ギルベルト殿下の対応は的を得ている、悔しいことに。


……こういうことはそつなくこなすくせになあ。

さきほど見たばかりの光景が思い起されて、頬にじわりと熱が入る。

「……それに、私、不器用な人は嫌いじゃありませんの」

気恥ずかしさを感じて、ついと顔を逸らせてしまう。

はは、と声を上げ、くしゃりと笑むファルス殿下は、肩書を取り払った年相応の少年に思えた。

「それはよかった。これからも弟をよろしく頼むよ」


ずっと警戒対象だったけど、この人なら弟の婚約者に手を出すなんて絶対しないだろう。

当初の思惑通り、ギルベルト殿下とエレノア嬢がいれば安泰そうだ。


構えていた肩の力が完全に抜けたところで思い出す。

……本日の予定、どこいった?

ろう板とは

紀元前のころから18世紀末までヨーロッパで使われていた筆記用具。

木や象牙の板に溶かした蝋を広げたもので、先のとがったものを用いて蝋を削るように書いていきます。

持ち運びが容易で、蝋を溶かして平らにならせば再利用も可能との優れもの。

ちょいと事情があり、登場させています。

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