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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
踏みしめた二歩目
22/60

20 その光景にはただ翻弄されるのみ

久々更新です。

家庭教師編ですが、今回は読みづらそうな箇所を◆でまとめることができませんでした。

わかりにくいところはさらっと読み飛ばしてくださいませ。

昼頃自宅へと戻った私を迎えたのは、ベルリッツでもなければナキアでもなく。

不機嫌そうに腕組みをし、玄関ポーチの柱に背を預けた、ギルベルト殿下だった。

階段の陰や扉の隙間、廊下の端などからは、様子を見守る家の者の姿も見える。

みんな仕事はどうした。


殿下は何かお怒りのご様子だが、授業まであと小一時間ほどしかないのだ。

それまでに資料をまとめなければならない。

さくっと来訪の礼を伝え、サロンでお茶でも飲んでいただこうと誰かに声をかけるために視線を巡らせたのだが。



「……俺に何か言うことがあるだろう」

殿下は眉間にしわを寄せ、いらだちを隠そうともしない。

先日剣を振り回してしまったことか、勝手に剣の指南を取りつけたことか。

でもそれは周りの助力を得て解決したように思うし……したよね?


外泊の件だとすれば、ずいぶんと耳が早いな。

昨日の今日だぞ。

ちらりと視線を屋敷の奥に送ると、お父様は小さくかぶりを振った。

お父様が口を滑らせたのでなければ、密偵でも走らせているのか。

「外泊の件でしたら、池に落ちてお風邪を召されたセドリック様を看病しておりましたの。私が落としてしまったのですから、放って帰ってくることなどできませんわ」

「……理由が聞きたかったのではない」


お怒りの対象は当たり。

でも理由ではない、と。

言わんとしていることはわかる。

醜聞たりうる言動は慎め、貞淑であれ、だ。

けれど、ある程度の自由の確保を利点として契約を交わしたのだ、それが果たされないのであれば本末転倒ではないか。

目の前に困ってる人がいても、それが男性なら放っておくのが慎み深さだというなら、そんなものくそくらえだ。

泊まり込みの看病だろうが、夜を徹しての治療だろうが、私にできることがあればこれからだって首を突っ込むよ。

「婚約者としての貞淑さを求められるのはわかりますが、わたくしはこのような性分ですので」

それを承知で婚約を申し込まれたのでは?と暗に示せば、殿下は苦々しい表情を露わにする。


殿下の言うことは間違っていない。

この世界では正しい感覚なのだろう。

でも私は、今できることやなすべきことの優先順位で動いてしまう。

10歳の女児が友人宅に泊るくらい、なんてことないと考えてしまう。

どうあっても、話は平行線にしかならない。

そもそもが仕事一辺倒の喪女に、貴族社会の規範となるべき王子の相手なんて無理だったのだ。


「そういったものを求められるのでしたら、もっと別の……」

「俺は、婚約を解消するつもりはないからな」

ふさわしい方にと続けようとした私を遮り、言い放たれた言葉に、屋敷の奥からどよめきが漏れる。

……みんな聞き耳立てすぎだろう。

ちょっとびっくりしたのに、一瞬で醒めちゃったじゃないか。


「醜聞ごときにおまえをおとしめられたくない」

「……は、……え…………?」

まっすぐに向けられる意外な言葉に、ぐわあぁっとせりあがるような勢いで顔に熱がたまっていくのがわかる。

てっきり『少しは婚約者としての自覚を持て』とかが続くのかと思っていたのに、その言い方じゃさあ……


俯いていく視界と、震えそうになるまつ毛が恨めしい。

「えっ、と……その……努力、いたしますわ…………」

残念なツンデレ王子のくせに、女性に不慣れなくせに、こんな……いろいろと反則でしょう。


「殿下。過分なお言葉、恐縮でございます」

満面の笑みを浮かべ姿を見せたお父様に、これ幸いと、ドレスの裾を翻して階段を駆け上がる。

階下でお父様が私をたしなめる声が聞こえるが、何を言われようとも足を緩める余裕なんてない。

なんなのあれ、なんなのあれ、なんっなのあれぇ……!




  ◇  ◇




早鐘を打つ心臓を何とかおさめ、時間ぎりぎりにどうにか準備を整え。

定刻どおりに迎え入れた先生は、大きなカモミールの花束を抱えて現れた。

心配していた前回のような動揺っぷりは見られないが、頬は紅潮し、やや緊張した面持ちだ。

今度はお花攻撃なのかと一瞬身構えてしまったが、先生は控えていたカイルに何かを耳打ちして2,3言葉を交わしたものの、花束を離そうとはしなかった。

奥手すぎて花を贈るタイミングを計りかねているのだろうか……

毎度のことだが、行動がまったく読めない。


……ああ、殿下?

殿下なら私の隣で優雅に紅茶を飲んでるよ。

さっき私に爆弾発言かまして人を動揺させまくっておいて、どこ吹く風とは何たることだ。



「協力を得られる病院が出揃いましたのでご報告いたしますわ。リストはこちらに」

まずはこれからと、ヘネシー卿からいただいたリストを示す。

先生は身を乗り出すように目を通しているのだが、果たしてちゃんと読めているのだろうか。

抱えた花束は、前が見えないのではと危ぶむほどの量なのだ。

白くて小ぶりで可憐な花は先生によく似合うが、はっきり言って今は邪魔にしかならない。

「先生、お花をお預かりしましょうか」

「あ、……これは、自分用なので」

見かねて声をかけてはみたが、どうやら私宛てではないらしい。

ここへ来る途中で気に入って自宅用にと購入したものなのだろうか。

別に何だってかまわないけど、花で声がこもるせいか、そうでなくとも小さな声がいっそう聞こえづらいんだが。

いったん預かって帰りにお渡ししてもいいのだが、大事そうに抱え込んでいるものを引き剥がすのも忍びない。

このまま続けるしかないか。


「資料を見る限り、5つの病棟の規模・医療水準に大きな差異はみられません。この分でしたらどの病棟を検証先に指定しても安心かと。予定通り、検証先はランダムで1件に絞ろうと思います」

「聞いてもいい?」

先生の声を聴き逃すまいと上体を乗り出したとたん、隣から腕が伸びてきてソファに戻された。

腕をたどり視線を向けると、殿下が眉根を寄せてカップを傾けている。

いや、でも聞こえにくいしさ。

そう視線で語っても変わらない表情と無言の圧に、先の言葉が蘇る。

醜聞ごときに、という……

とたんに何ともいたたまれない気持ちを覚え、もそもそとソファに座り直した。

……この先、殿下にまでうまく操縦されそうな気がするのは、私だけだろうか。


「比較対象を複数病棟とした理由は何だったかな」

こちらの準備が整ったのを察したのか、先生がもそもそと言葉を続けた。

耳をすませば聞こえる程度だ。

だいぶ集中力はいるけどなんとかなるな。

「比較対象が適切なものでなかった場合を懸念いたしました。複数であれば、例外事例に悩まされることが少なくなるかと」

「では、検証先を1件に絞った理由は」

「それは……」


問われてようやく気づく。

協力が得られる病棟は1件が精々だろうという最初の考えに固執しすぎていたことに。

5病棟もあるのだ、検証先・比較対象を共に複数とした方がいいに決まっている。

「浅慮でしたわ、ありがとうございます。すぐに調整いたします」

そう返すと、先生は数度瞬いたのち花に顔を埋めた。

大きく息を吸い込んでから赤く染まった目元をこちらに向け、先を促してくる。

ええーっと、よくわからないけど続けますね。


「では、前回ご指摘いただいた2か月の調整期間についてを。患者情報の保管期間は現在どこも1か月程度とのことで、もしかすると難しいかもしれません。現在、さかのぼって確認できるようヘネシー卿がかけあってくださっていますが、いずれにしても各病院からの返事を待ってからになります。月ごとの患者動態に関しては1年間保管されているそうですので、そちらは問題ないかと」

手元の資料を見ながら説明を続け、はらりと零れた横髪を耳にかける。


「失礼」

突然聞こえたカイルの声に顔を上げると、テーブルの向かいで、カイルが先生の手を取っているのが見えた。

部屋の隅にいるはずのカイルがすぐそばに来ていたことも驚きだが、……なんで二人手を取り見つめあってるんだ?

しかも、手が離れてからも、カイルがその場にとどまり続けている。

わけがわからずぽかんとする私の前で、先生はカイルに照れくさそうな笑みをこぼしてから私に向き直った。


「じゃあそれは、返答を待とうか。それ以外で進められそうなことはあるかな」

「は、はい……」

頷きはしたものの、反応に困ってちらりと隣に視線を送る。

「どうした。続けないのか」

殿下はナキアにお茶をついでもらっているところだったようで、カップとソーサーを手に取り、なんでもないことのように促してくる。

ちょ、今の見てなかったの?!

動揺を! 分かち合わせてよ……!



「っええと、では次に。効果が一律になるよう、手順はこちらで統一いたします」

取り出したのは、ヘネシー邸で実践した清拭とシーツ交換の流れを文面に起こしたものだ。

患者が寝たまま行う場合と、座って行う場合の二通り。

根拠や注意点とともに書き込んでみたが、初見でわかりにくければ修正も必要になる。

効果実証の可否について検分するのはお父様や国王を含めて門外漢の方ばかりだし、実践する人も知識があるとは言いがたい。

齟齬なく伝わらなければ話にならないのだ。


いかがでしょう、と恐る恐る先生の反応を伺うと、先生は私を見るなりまたもやずぶずぶと花に顔を埋めてしまった。

花の隙間から手順を読んではくれているようなんだけど、効率が良いとは思えない。

……もしやこれは短くなった前髪の代わりだったりするのだろうか。

だけど、なんで花を?

前髪の代わりなら、帽子とかでもよさそうなものなのに。


憂いを含んだ表情を隠すよう、花へと顔を埋めている姿は、ある意味では目の保養だ。

花が似合う、なんてものじゃない。

なまじ美青年なだけに、この光景に違和感がないのだ。

それこそ漫画の背景を飾る花みたいに。

先生の性格からして、自己演出を狙ったとは思えないしなあ。


「流れ自体でひっかかるところはないかな。絵や図も一緒にあればよりイメージしやすいと思う」

ぼんやりしていた私の思考を、ぼそぼそとした小さな声が遮る。

危うく聞き逃すところだったわ、集中集中。

絵に関しては後でカイルにでも実践させてもらって、ナキアにスケッチを頼むとしよう。


「あとは、患者の状態に合わせた対処法がいるね。包帯を巻いている箇所や、手術した側の腕や足が動かしにくい箇所への配慮はどうするか、とか」

先生の言葉に、思わず頭を抱えたくなる。

そりゃそうだよ……実践するのは外科病棟だもんね。

慌てて準備したせいで、風邪でダウンしたセドリック様仕様になっていたようだ。

「配慮不足でしたわ。寝衣の着脱は可動が制限されている側の手足から行うよう、手順に追記しておきます。

 また、募集する人員は医療知識のない方でしょうし、包帯の管理は病院のスタッフに一任いたします。体幹のような大部分に包帯が巻かれている場合、可能であれば清拭時に包帯の巻き直しを。それ以外は包帯部分以外の清拭にとどめようと思います」


こくりと頷く先生をみとめ、忘れないようにと手元の紙面に書き出していく。

ペン先が紙の上を滑る音に、陶器でできた茶器の硬質な音。

そこに、殿下の訝しげな声が混じる。

「この、『温熱刺激とマッサージにリラクゼーション……それに伴う血流促進効果が見込める』とは?」

手順に示した根拠の文面の一部だ。

なんだかんだ文句を言いながらも内容を把握しようとしてくれる、殿下は今日も安定のツンデレっぷりである。

「はい。良質な血液を巡らせることは怪我の治りを早めますわ。リラックス効果をより高めるため、沐浴剤としてアロマオイルの使用を検討しております。ヘネシー夫人から教わったものですが、ラベンダーの精油は肌への刺激も少なく、比較的安価に手に入るものですから、現場においても導入されやすいかと」

香りがまだ残っているかしらと手の甲の匂いを嗅げば、ふわりと優しい香りが鼻孔をくすぐった。

「この香りですわ」


殿下の鼻先に手の甲を突き出すと面食らったような顔になり、これでもかってくらいに渋い表情で匂いを嗅いだ。

あれまあ、お気に召さなかったのかしら。

今度は、腕に抱えたカモミールの香りに負けないようにと、テーブルに身を乗り出し先生へと手を向ける。

先生は一瞬身を強張らせたのち、おずおずと顔を寄せた。

長いまつげに縁どられた瞼がふるりと震える。

手の甲に鼻先が触れるか触れないかというところで、互いの腕が引かれ距離が開いた。


おわかりだと思うが、私は殿下に、先生はカイルにだ。

これで二度目。

今回は手を取られる様だとか、頬を赤らめ振り返る様だとかをばっちり見てしまったわけだが。

なまじ美青年なだけに倒錯的なのだ。

無骨なカイルが、失礼と短く断っては手を引くのも。

先生の涼し気な目元が色づき潤み、瞬くのも。


…………私はいったい何を見せられているのだろう。


今度こそと同意を求めて殿下を振り返ると、呆れた顔を隠しもせずに頬杖をついている。

口パクでバカと伝えてくるってことは、この現象も私のせいだと。

そういうことですか、くそう意味が分からん。



大きく息をついて気を取り直し、これまで検討した内容を振り返って、漏れていることはないか確認をする。

今日の分をまとめて最終稿にできればベストだが、詰めの甘さで後悔することのないようにしたい。

人員募集の条件や賃金についてはお父様に相談するとして──

「そうでしたわ、先生。最後にもうひとつ。募集した人員や女性患者が嫌な思いをされないよう、同性どうしの2人ペアであたる予定ですの。その気のない女性に無体を働く方がいないとも限りませんので」

手元の紙に各パターンを模した簡単な図式を描く。

これくらいならば絵ではないし、ちゃんと伝わるだろう。


「他にも何か考えられる対策がございましたら、ご教授願えますでしょうか?」

そう言って顔を上げた私へ、部屋にいた男性陣が動きを止め、まるで幽霊か宇宙人でも見るかのような目を向けた。

……何かおかしなこと言ったかな。

壊滅的な図形にコスモを感じたとか。

それとも、元は異世界物の恋愛小説なんだし、セクハラ自体ないとか?

余計な勘繰りだったかしら。


小首を傾げると、先生は花束に顔面を沈み込ませ、カイルは先生の肩にそっと手をやり、殿下は頬杖をついたまま重いため息を吐いた。

「とりあえずおまえには一人で行動させないことと、……花を飾るくらいじゃ効果がないことはわかったな」


ええと、採用ってことでファイナルアンサー?


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