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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
踏みしめた二歩目

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20/62

18 お言葉に甘えるべきでなかった件

「セドリックもリーゼリット嬢にお会いしたかったでしょうに。間の悪い子でごめんなさいね」

「いいえ。お忙しいでしょうし、またの機会にいたしますわ」

家人とうまくやっているかどうか、一度顔を見て安心しておきたかったけど、がんばっているところに水を差すのも忍びない。

語学についても、前回途中まで拝見した本をお借りできたので自習にいそしめばいいのだ。

玄関先につけた馬車まで夫妻に見送っていただき、自宅用にと包んでいただいたお菓子を受け取る。

さすが王都随一と言わしめる品だった。

ナキアたちも喜ぶだろう、ありがたい。


「この家は全面的にあなたを支援いたしますよ。困ったことがあればいつでも相談に乗りましょう。気兼ねなくお越しください」

「お心遣いに感謝いたしますわ。甘えることも多いと存じますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします」

心強い言葉までいただき、さて馬車に乗り込もうかという段になって、石畳を蹴る靴音が耳に届いた。


「セドリック、遅い到着だな」

「馬車が脱輪しまして。辻馬車も捕まらず、乗合馬車を使って途中から歩いてきました」

辻馬車というのはいわゆるタクシー、乗合馬車は巡回バスみたいなものだ。

なかなかに大変な道のりだったとみえる。

「まあ、それは災難だったわね」

駆け寄るセドリック様に、夫妻から労わりの声がかけられる。

そこには殺伐とした空気も、ぎこちなさやよそよそしさは感じられない。

懸念事項が一つ消えたな。


「何、もう帰るの。……語学は?」

こちらへと向き直ったセドリック様の目元には、うっすらと隈が見える。

心配していた家族仲には問題なさそうだが、勉学に打ち込み過ぎているのだろうか。

「ずいぶんとお疲れのようにお見受けしますわ。どうか少しでもお休みくださいませ。今日のところは失礼いたしますので、語学はセドリック様の手の空いた時に」

そう、とセドリック様が一言呟くのを待ってから、ヘネシー夫妻に最後の挨拶をと向き直る。

「それでは……」

「リーゼリット嬢」

礼をとろうとドレスを持ち上げた私を、ヘネシー夫人の呼びかけが遮った。

「わたくし、この間もバタバタしてろくに案内もできなかったことを寂しく思っておりましたの。お帰りの時間を少しだけ伸ばして、庭を散策されてはいかがかしら。一周する程度でしたらそう時間はかかりませんし、我が家の庭はきっとリーゼリット嬢のお気に召すと思いますの。セドリックもここのところ机にかじりついてばかりでしたので、いい気分転換になるでしょう」

どうかしら、と小さく首をかしげる夫人の目はとても優し気だ。

前世も今世も花には詳しくないから、庭を見たところできれいだなくらいの認識しかないのだが。

セドリック様はいいのかと見やれば、驚きはしつつも反対しているようには見えない。

ヘネシー卿も大きく頷いていることからも、夫人の言うようにすばらしい庭なのだろう。

「では、お言葉に甘えて」



荷積みを終えたカイルを伴い、セドリック様の案内のもと、春先にしては緑の目立つ庭へと向かう。

ヘネシー邸は、郊外に建てられたデタッチド・ヴィラと呼ばれる高級一軒家だ。

大通りに面したロータス家のタウンハウス──王都にある別荘のようなもの──と違い、邸宅の周囲を囲うように花木が植わっている。

屋敷の玄関口たる正面こそ新緑に色鮮やかな花々が美しかったが、側面へと回るとぐっと緑が目立つ。


「薬草には詳しいの」

「実はあまり。領地ではもっぱら食用しか育てておりませんでしたので」

口ぶりから察するに、ここから先はすべて薬草なのだろう。

これは観賞用でない方のケシの花、だろうか……?

道端に自生するポピーとは似て非なる花に足を止めると、セドリック様がすかさず解説をくれる。

「それはオピウムポピー。下手に触れるとかぶれるよ」

おおう……名前こそ聞いたことはあるものの、実際に目にするのは初めてだ。

オピウム……オピオイド、いわゆるアヘン。

大きさが段違いだから間違うことはなさそうだが、こんなに普通に家の庭に咲き誇っているのを見るのはなんともびっくりする光景だ。


「奥の木はエルダー。花に実、幹や根まで使える、万能の薬箱ってやつ。あとふた月もすれば白い花が咲くよ」

万能の薬箱って響きに反応した私に、隣から丁寧な解説が返ってくる。

「花は歯痛や風邪、毒下しに、実は疲労回復や美肌。幹や根は打撲に湿布薬として使ったり傷に直接塗ったりするかな」

なにそれすごい。

めっちゃ使える木だな、エルダー。

効果の検証はどんな風にされてるのかわからないけど、俗称がつくほど親しまれているくらいだ、一定以上の効果があるのだろう。

「黄色い花はカレンデュラ。その隣ののこぎりみたいな葉のヤロウと同じで、傷薬によく使われる。青紫色の花を咲かせてるのは矢車菊コーンフラワー。疲れ目や口臭予防に。こっちは呼吸器系や消化系などに効果があるアニスとリコリス。どっちも開花は夏だからまだ先だね」

他にもバジルにペパーミント、オレガノなど、食用としてなじみのあるハーブも植えられているようだ。

しかしさすがだわ、淀みなく出てくる知識の量には感嘆させられる。


さらに奥へと進むと、ちょうど屋敷の裏手にあたる位置に池が広がっていた。

水面には丸みのある葉が浮かび、合間に周囲の木々を写しとり、幻想的な風景を作り上げている。

ロータスだよ、君の家名と同じ。綺麗な水だと小さな花にしかならないのに、泥水が濃ければ濃いほど大輪の花を咲かせるんだ。君にぴったりじゃない? 無駄に逞しいところとか」

「……それは誉め言葉ととっていいのよね?」

お好きに、と返すセドリック様に、私は一度頬を膨らませてからすぐに噴き出した。

「お元気そうで安心しましたわ。憎まれ口のないセドリック様なんて気味が悪いもの」

「……なにそれ」

しかめ面の目元に残る隈を、ずいと乗り出し、まじまじと見やる。

「ちゃんと眠れてます?」

「っ、まあ、ほどほどには」

「ならいいですけど、あまり無理はされませんよう。体を壊しては元も子もないですもの」


そう告げたところで、すぐ近くででかい羽音がした。

「ッ、蜂!」

大きな蜂が顔めがけて飛んでくるのに思わず後ずさり、避けた拍子にぬかるみに足を取られてしまう。

姿勢を整えることも叶わず、そのまま体が傾いでいく。

「リーゼリット!」

「リーゼリット様!」

カイルが慌てて駆け寄ってくるのが見えたが、さすがに間に合いそうもない。

藁にもすがる思いで掴んでしまったのだろう。

そばにいたセドリック様まで巻き込み、……池にダイブしたのだった。




見事に頭から泥水をひっかぶった私たちは、ヘネシー夫人に温かく迎え入れられた。

大事な跡取り息子を池に落としただけでなく、床を汚しお風呂をいただき、ナイトウェアまでお借りしているという体たらく……

ヘネシー卿はお風呂中に仕事に出られたので不在だが、いたとしても合わせる顔がない。

「風邪をひくといけないわ、ポセットを用意しましたの。温まりますわよ」

「……本当に申し訳ありません」

「お気になさらないで、セドリックはあまりやんちゃな方ではなかったので、楽しいくらいですのよ。2人とも怪我がなくてなによりでしたわ」


で、ですよね……息子さん、池に落ちたことなんて今日が初めてですよね……

いたたまれない思いに押しつぶされそうになりながら、受け取ったカップを両手で捧げ持つ。

ホットミルクだろうか、スパイスとアルコールの香りがふわりと漂う。

砂糖も入っているのだろう、口をつけると甘く、体の奥からほこほこと暖まっていくのがわかった。

これ、とっても美味しい。

「ドレスの替えが到着するまでゆっくりしてらして」

セドリック様と並んでコクコクとカップを傾けるのを、柔らかく見守ってくださる。

できた母親すぎてうらやましすぎるレベルだ。


「……そんなに慌てて帰らなくても、泊っていけばいいんじゃない」

「まあ。それもそうね、帰宅中に洗い髪が冷えてしまってもいけませんもの」

ぽつりとつぶやかれた内容に、夫人が手を頬にあて同意する。

「いえ、そこまでご迷惑をおかけするわけには……」

慌ててかぶりをふる私の手をセドリック様が掴み、ぐいと引き寄せられた。

「僕、まだちゃんと顔も見てないんだけど」


もっとよく見せてよ、といつもなら絶対に言わないだろう言葉に目をしばたかせているうちに、私のカップは奪われ、もう片方の手が頬に添えられていた。

その上、ソファに乗り上げるようにして体を寄せ、真正面からじっと覗き込んでくるではないか。

ちょ、近い近い近い。

切りそろえられたセドリック様の前髪が、私の顔にかかるか否かって距離だぞ。

眼鏡を外してるせいで焦点が合いずらいのかもしれないけど、それにしたって近すぎるだろう。


「何赤くなってんの? 可愛いとこあるんだ?」

うっすらと笑んだその表情が蠱惑的で、そういえば攻略キャラだったことを思い出す。

要するに顔がいいんだよこんちくしょう。

なにこれ、何かの冗談?

さっきの意趣返しとか?

部屋には夫人がいらっしゃるっていうのに、また勘当騒ぎとかになったらどうするつもりだ。

ほら真っ青になって…………って、なんでだー!

赤らめていらっしゃる!?


「……わっ、わたくし、宿泊の準備をしてまいりますわ」

我に返ったように侍女たちを連れて部屋を出ていく夫人を、頭にはてなマークを飛ばしながら見送る。

え、どゆこと……このまま放置ですか?

息子さん、明らかにおかしくない??


「よそ見しないでくれる」

一方のセドリック様は、夫人が去った後も態度が変わる様子はない。

いつのまにか両頬をがっちり固定されてるし、目はなんか熱っぽくうるんでるし。

「君の肌、冷たくて気持ちいい」

しかもそのまま額をこつりと当て、鼻をすり寄せてくるし!

え、ちょ、まっ、……え?

それ以上近づいたら、あの、口が、当たっ…………あわあぁあ。




ぎゅうと目を瞑った私に、ずっしりとセドリック様の重みがかかる。

「セ……セドリック様…………?」

突然糸が切れたみたいに動かなくなったんですけど。

違和感を感じて恐る恐る見やれば、辛そうに肩で息をしながらぐったりとしなだれかかっている。


ええと、これは……もしかして…………

改めて額に手を当ててみれば、ものっすごいあっついんですけどぉぉぉお。


お、おばさまー! 戻ってきて、おばさまー!!

ポセット解説

英国で風邪をひいたときや、病人や老人の栄養食として飲まれていた、エッグノックの原型と言われるものです。温めた牛乳にお砂糖とアルコール(サックというシェリー酒が人気だったとか)を加えてとろりとさせたもの。現在では、冷たいデザートに変貌を遂げたようです。どちらも気になりますね。


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