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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
踏みしめた二歩目

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18/62

16.5 [閑話] うちのお嬢様を紹介します

ポーカーフェイスを習うリーゼリットのお話。執事のベルリッツと護衛のカイル視点となっております。時系列では16話の後になります。ちょいちょい手直ししてたら10万文字超えたため、セルフ祝いとして。

□ベルリッツ視点□



「わたくしが、でございますか」

「そうだ。リーゼリットにもそろそろ必要だろう」

私が旦那様からお嬢様のポーカーフェイスの訓練を依頼されたのは、お二人が登城されたその日でございました。

おそらくは、陛下にお嬢様のお考えが筒抜けだったのでしょう。

あの何でも表情に出てしまう癖は大変微笑ましくおかわいらしいのですが、第二王子の婚約者となられた今、どなたかに足元を掬われるようなことはあってはならないと。

旦那様も心配されたのでございましょう。


ロータス家に務めて30年余り。

私の仕事は旦那様の仕事のサポートと邸宅の管理が主のため、直接お嬢様と関わることは多くはございません。

その少ない機会だけでも、私がポーカーフェイスの訓練をというのは、いささか困難なように思えるのです。

本当によろしいので、と口をつきそうになりますが、主人に異を唱えるなどと無粋なまねはできようはずもなく。

私が適任だと、旦那様がお決めになったのですから。

「かしこまりました」

丁重に了承の意を述べると、早い方がいいとのことで本日から開始と相成りました。

さて、どうしたものでしょうかね。



夕食を終え、ひと心地着いた頃を見計らい、旦那様とお嬢様の予定がすべて終了していることを確かめた上で部屋へと向かう。

どうぞ、と応えを待ってから扉を開けると、ロータス家の三女、リーゼリット様が顔を上げられた。

机に向かわれ書き物をされているようで、傍にはお嬢様付きのナキアとカイルが控えている。

お嬢様は平静を装っていらっしゃるようですが、引き結ばれた唇は震え、その双眸は朝露を浴びた新緑のように輝いております。

お小さい頃は私の顔を見るなり満面の笑顔で駆け寄って来られたものですが、成長なされた今日のように隠しきれない喜びが見て取れるというのも、爺には嬉しいものでございます。

お嬢様の素直さと正直さは美徳だと常々感じておりますので、それがなくなってしまえば寂しく思うことでしょう。


「旦那様から、リーゼリット様の教育を仰せつかりました。ポーカーフェイスの訓練をせよとのお達しでございます。急ではございますが、今少しお時間を頂戴してもよろしいでしょうか」

「そうでしたわね。どうぞ、かまいませんわ」

どこかそわそわとした様子のお嬢様の了承を得て部屋へと足を踏み入れると、机の上に積まれた本の数々に目を奪われました。

「お勉強ですか。遅くまで熱心なことでございます」

「時間は有限ですもの」


ここしばらくよく見かけるようになった、大人びた表情で緩く笑まれる。

領地にいる頃は従弟のレヴィン様とともに駆け回っている印象でしたが、王都に来てからとみに机に向かう時間が増えたように感じております。

本の内容は多岐に渡り、中には王室に関わるものや貴族一覧といった類のものまで見受けられました。

王室に入られる者の務めとして、御自ら手に取られたのでしょうか。

少し前まではまったくと言っていいほど興味がないご様子でしたのに、変わるものです。

侍従としてお嬢様の成長を大変誇らしく思います。


「では、手短に参りましょう。やや安直ではございますが、こちらを使用いたします」

懐から取り出しましたのは、52枚のカードとチップ代わりのコイン。

ポーカーフェイスの語源たる、ポーカーを行おうという次第でございます。

ソファ脇にある丸テーブルに20枚づつコインを並べ、手の中でカードをきると、意図を汲んだらしきお嬢様の瞳がいっそう輝きを増したようでした。

口元を押さえ、打ち震えているようにも見えるのは、それほどまでに好きなゲームなのでしょう。

昔から楽しいことには目がない方ですから。

「私が親になりますので、カイルとナキアにも参加してもらいましょう。リーゼリット様にはこのチップを増やしていただきます。そうですね……まずはプラス7枚を目標に」


ポーカーは手札の強さを競うものですが、重要なのは運でなく心理戦。

こちらの真意は伏せ、ブラフを挟み、相手の意図を推し量るもの。

たとえ手札が最弱だろうと、相手を降りさせてしまえば勝つことも可能なのです。

お嬢様の勉学への支障が出ないよう、ゲームの終了目安を少なめに設定したのですが、配慮もむなしく。

意気揚々と臨まれたお嬢様は、数分と経たずにチップをすべて奪われておりました。

努めて平静を装おうとされていることはわかるのですが、端々に感情が乗りすぎているせいでしょうか、思惑が透けて見えるようです。

率直に申しまして、これは相当ひどい部類でございます。


「も、もう一度よ! 次こそは必ず!」

「リーゼリット様、何事も熱が入りすぎるのはよろしくありません。目の前に薄い膜が張られている感覚で、ご自身をも俯瞰するイメージで臨んでみてはいかがでしょう」

身を乗り出さんばかりのお嬢様をお諫めし、そうして始めた二戦目以降は、初戦に比べると随分長くもったように思います。

チップの賭け方にもしぐさや表情にも変化が見て取れました。

お嬢様はチップがやはり底をついたことにご不満なようですが、そうすぐにうまくいくようなものでもございません。

二戦目以降の変化と、機会はこれ限りでない旨をお伝えすると、瞳と頬を緩ませて喜びを露わになさいました。



あとは、そうですねえ。

咄嗟に上手な切り返しができるようになればよいのでしょうが。

定型文ばかりになってしまうと相手の不信を買いますし。

予想外な展開に動じにくくなるためには……やはり慣れでしょうか。

とはいえ、お嬢様が驚くような新事実など持ち合わせておりませんし。


ふむ、と考え込んでしまった私をお嬢様がじっと見上げていらっしゃいます。

その胸元のリボンが曲がっているのが目につきました。

「リーゼリット様、リボンが。失礼いたします」

結び直して整えると、お嬢様は頬をじんわりと赤く染め、私の手元を注視してみえます。

ふと、お嬢様のもとにいらっしゃるご子息様方とのやり取りが思い出されました。

色恋についてはあまり得意ではないようですが、この先毅然とした応対が求められる場合もございます。

今日のところはそちらを例に取り上げることといたしましょうか。


「これより先、微笑みを絶やさず、わたくしの言動に毅然とした振る舞いをなさってください」

にこりと笑むと、お嬢様は了承したとばかりに口角を上げられました。

毅然とという言葉に反応してなのでしょう、ややきりりとした面持ちで。


それをスタートの合図と取り、一度下した手をゆっくりと持ち上げ、おとがいに触れるか触れないかというところまで指を伸ばし。

不敬と思われない程度まで顔を近づけ、自然と上向くエメラルドグリーンを覗き込みます。

お嬢様はわたくしども従者に好意的に接してくださいますが、距離感はわきまえてみえる方でございます。

ですので、これほどまでに近くでお顔を拝見するのは初めてのことでした。

この時点ですでにお叱りを受けてもよいくらいではありますが、突然のことに驚かれたのでしょう、目を剥くばかりで微動だにされません。


「もうお気づきかと存じますが……リーゼリット様を、お慕いしております」

わたくしども従者一同は、と心中で追加し、つとめて真摯にお伝えする。

眼前で、驚きに見開かれた双眸が瞬く間に潤み、小さなお顔が朱に染まっていきます。

「リーゼリット様?」

どうぞ毅然な態度を、と視線で促してみますが、取り繕うことすらままならないのでしょうか。

ぎくしゃくと後退し、背にしたソファにずるずると身を預けてしまわれました。

「……あ、う…………っええ、と……」

ご自身の胸元をぎゅうと握られ、視線を落とされ、か細い声で絞りだされたのは。

「……っ次までに、……切り返しを、考えておきますわ……」


と、毅然というにはあまりにかわいらしい応対で返されてしまいました。

やはり私の思いとしましては、このままのお嬢様の方が好ましいのですが、誰に対してもこのような有様では誤解を招きかねません。

私のような爺の言葉にも動揺されるくらいでございます、よほど免疫がないのでしょう。

先は長そうでございます。


「では、今日のところはこれで」

一礼し、退室すると、扉の向こうからお嬢様のくぐもった奇声が聞こえてまいりました。

先は長そうでございます。



・・・・・・・・・・・


□カイル視点□




ベルリッツさんが部屋を出てからというもの、お嬢様はそれはもう酷い有様だった。

インク壺をひっくり返し、紅茶のカップは口に届く前に落下しそうになり、手元の本は同じページを行きつ戻りつするばかり。

時折反芻でもしているのか、赤くなった頬を押さえて唸る始末だ。

心ここにあらずという言葉はこの状態を指し示すためにあるのだと、身をもって知った。


寝室の続きの間に設けられた簡易ベッドへごろりと横になる。

使用人の部屋は階下か屋根裏部屋が基本だが、護衛という役割を鑑みて、ここ別宅においても俺用にと隣室をあてがわれているのだ。

今日はもうお休みになられては、というナキアの提案に、いつもより早めの就寝となったが。

あの様子では眠れているのかどうか。

耳をそばだててみたところで、分厚い扉はそう易々と生活音を届けたりはしない。


眼前で繰り広げられた先の光景が頭をよぎり、吹っ切るように額の上にこぶしを当てる。

ごつ、と音が鳴るほどだったが、頭の中を占める映像に変化はない。

せめてもと寝返りを打ったところに、扉の向こうに人の気配を感じた。

身を起こし、寝室へと続くドアノブに手をかける。

「リーゼリット様? 開けますよ」

念のため声をかけてから扉を開けると、薄暗がりの中に小さなシルエットが浮かび上がった。


「夜分にごめんなさい。眠れそうにないから、散歩でもと」

どうやら俺が寝ていたのではと気遣い逡巡していたようだが、気にするところはそこではない。

薄手の寝衣の上からショールを羽織っただけのお嬢様に、めまいを覚える。

深夜に男の部屋を訪れる、申し訳なさげに佇むその姿が相手にどのような思いを抱かせるのか、お嬢様には思いもつかないのだ。

もしくは、まだ自分を小さな子供だと思っているのか。

ここ最近の、年齢にそぐわないものの見方に、大人びた表情を乗せる整った容姿。

旦那様譲りのすらりと伸びた長い手足は、早くも少女の殻を破りつつあるというのに。


「……つきあいます」

傍らに立てかけておいた愛剣を携え、クローゼットから外套を引っ張り出して肩にかけてやる。

そのまま定位置となった右斜め後ろに従うと、肩越しに振り返ったお嬢様が小さくはにかんだ。

今夜は雲もなく月が明るい。

燭台なしでも十分に足元を照らすだろうが──

お嬢様の表情がわかるということは逆もそうなのだと、俺はいっそう口角を引き締めた。


裏庭に出て夜風にあたり、星を見上げて、はふと息をつく。

まろい頬は夜目にもまだ赤く見える。

随分と長く引きずっているな。

お嬢様のベルリッツさんに寄せる想いは憧れの類なのだろうが、その度合いが強すぎる。

これではリーゼリット様を慕うご令息たちを哀れに思うほどだ。


従弟にあたる豪商のご令息は、ただの弟としか思われず。

医者の家のご令息の遠回しな好意になど気づくはずもなく。

教師からのまっすぐに向けられる熱には戸惑うばかりで。

婚約者たる王子ですら、現時点ではベルリッツさんの足元にすら及ぶまい。


まあこんな話、まったくと言っていいほど意識されていない俺が言うことではないのだが。

ベルリッツさんのことがあるだけに、変に期待してしまうのがいけない。

己が身の上でも、望みはあるのかと。



お嬢様との出会いは5年前になるか。

ロータス領地内で行き倒れていたところを、リーゼリット様に拾われたのだ。

得体の知れない人間など、誰も進んで関わりたいとは思わない。

本来であれば救貧院に放り込まれるであろうところを、『ぜったいにめんどうをみるから』と号泣する娘に旦那様が折れ、屋敷へと招かれた。

お嬢様は、すぐに熱を出し寝込んだ俺から片時も離れなかったらしい。

当時5歳の子供に何ができるというものではなかったが、うなされる俺を労わるように、小さな掌で俺の手を握ってくれていたのをよく覚えている。

目を開けるたびに傍に寝顔があるというのは、どれほどの幸福か。

どうにか持ち直した俺へと、疲れの残る笑顔をよこすリーゼリット様に、何があってもこの子を守ろうと誓ったのだ。

最初は遊び相手として、体が回復してからは剣の腕を買われ、リーゼリット様専属の護衛という形で雇っていただいている。


幼いころは明朗快活なご令嬢という印象だったが、ずいぶんと成長なされた。

ここ最近はどこか大人びたところが増え、遠くを見据えた言動が目立つようになっている。

ただまあ、先ばかり見て抜けているところなどは変わらないが。


今もお嬢様はふわふわと雲の上でも進むかのような足取りで、どうにも危なっかしい。

ちゃんと見ていないと転びそうだと思った矢先、つんのめって前のめりになった。

両の手が地面に着くかつかないかといったところで、何とか抱え込むのに成功する。

さすがに血の気が引いたのだろう、こちらを向いたリーゼリット様はいつもの表情に戻っていた。

「ありがとう、助かったわ。……ダメね、足元も見ないと」


「かまいません、代わりに俺が見ればすむことです」

腕の中のリーゼリット様が、その大きな瞳をぱちくりと瞬かせた。

月の光を受けて、翡翠色をした瞳が淡く色づく。

「俺が傍にいる限り、あなたに怪我はさせません」

抱えた腕に意図せず力がこもるのを、どう取っただろうか。

逆光になっているはずの、俺の表情を。


じっと反応を待つ俺をよそに、リーゼリット様は感心したとばかりに息をつく。

「それは頼もしいわね」

からりと笑み、俺の腕からするりと抜けると、足取りも軽やかに俺を振り返った。

「つきそいありがとう、カイル。おかげでもう大丈夫よ。さあ戻りましょう」

颯爽と歩きだす小さな背中に一つため息が漏れたが、すぐに追って定位置につく。

そんな俺を仰ぎ見るや、嬉しそうに頬を緩ませるのだ。


鈍いお嬢様のことだ、悟られることはないだろうとは思ってはいたが。

遠回しな言葉に乗せた想いなど、みじんも伝わりはしないか。

こんな風に全幅の信頼を寄せられては、手を出すどころか、冗談交じりに思いを告げることすら叶わない。


今はまだ幼さの残るお嬢様も、いつしか誰かに恋をし胸を痛め、眠れぬ夜を過ごすのだろう。

天性の人たらしのきらいがあるお嬢様には、これからも多くの男たちが惑わされ。

それが自分であれと乞い願うのだろう。

……この俺のように。



いまだ掌に残る薄い布越しの温もりを逃すまいと、人知れず拳を固く握る。

前を行くお嬢様に悟られないよう、崩れそうになっている表情を覆い隠した。

そうして日が昇ればまた、ひび割れた仮面を被るのだ。

忠実な護衛という名の。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公以外の視点の話が好きなので、この回で一気にこの小説が好きになりました!執事と護衛の心情の違いがわかって良かったです。職業物も悪役令嬢物も大好物な私にとって、この作品はドンピシャです。主…
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