16 護身用の剣を習いたい
「ずいぶんと非道な攻め方をなさいますのね」
「……それはどうも」
感想はと問われたので答えてみれば、えらく据わった目をされてしまった。
求めていた回答ではなかったらしい。
いやあなたね、実にS味を感じました、嫌いじゃないですそういうのとか言えんでしょ。
どちらも納得がいかないという顔をしていたのがよくなかったのか、傍らからくつくつとした声が漏れる。
振り向けば、なんとも眩い似合いの二人がこちらをほほえましげに見つめていた。
「ギルベルトは普段あんなパフォーマンスまがいのことはやらないよ。きっと君に見せたかったのではないかな」
「まあ、そうでしたの」
「……兄様」
咎めるような目に、ファルス殿下が肩をすくめて返す。
「ギルベルト殿下が一番洗練された動きをしてみえましたわ」
「とってつけたように褒めなくていい」
「本当のことだよ、ギルベルト。素直に受け取るといい」
「っ、そ、れなら……どうも」
ファルス殿下からの援護に一瞬たじろぎ、咳払いをしつつ返事をしたものの、その口元はうまく引き結べずにいる。
なんだこの王子、実は兄さん大好きっ子か。
そんな属性まであったんかい。
傍らの二人もほっこりしているのがわかる。
だよねえ、これは和むわ。
「ファルス殿下はギルベルト殿下のことをよく見ていらっしゃるのね」
「……まあ、一緒に育ってきた、兄弟だからな」
よく似たしぐさで小さくすくめた肩に、揃いの金の肩章が映える。
これはこれは、兄弟仲が良くて何よりだよ。
「それにしてもめずらしいな。おまえから城に来るなぞ、槍でも降るんじゃないか」
侍女から受け取ったレモネードでほっこりしていると、傍らで同じようにカップを手にしたギルベルト殿下が片眉を上げた。
「国王様から登城するようお声がかかったんですの」
「……! それでクレイヴが呼ばれたのか」
殿下は手を口元に当て、考え込むしぐさをとる。
この反応。
えらく急な要請だと思ったら、殿下に内密での敢行だったのか。
「……悪かったな。ついててやれなくて」
「……見事に全部筒抜けでしたわ」
「まあおまえなら……いや、おまえでなくても同じことだ。気にする必要はない」
なんと、フォローまでしてくれるとは。
思わず目をしばたかせていると、ギルベルト殿下がわずかに身を寄せ声を潜めた。
「それで、兄のことはどうなったんだ」
「ありがたいことに、陛下の胸の内に秘めてくださることになりましたわ。エレノア嬢も陛下に自分ではないと打ち明けていたそうでしたが、二人の問題だからとそちらについても内密にとりはかってくださっているようです」
相槌を打つ殿下を目の端に留め、エレノア嬢の様子をうかがう。
騎士に囲まれたエレノア嬢と、傍で見守るファルス殿下は互いに声をかけあい、柔らかく微笑んでいる。
「もしやエレノア嬢が気にされてみえるのではと不安でしたが、殿下とも仲睦まじいご様子ですし、元気そうで安心しましたわ」
「そうか? 俺にはずいぶんと無理をしているように見えたが」
おまえの話を聞いて納得した、とカップを傾けた。
私は今この時しか知らないけれど、そんな日もあるのだろうか。
そしてそれをギルベルト殿下は感じ取っているのか。
「よく見ていらっしゃるのね」
「なんだ、気になるのか?」
……少しばかり咎めるような響きが入ってしまったのは認めよう。
殿下がなんとも楽しそうに口角を上げるのはちょっとばかし癪に障るけど、気にならないわけないのだ。
だって、ギルベルト殿下がエレノア嬢に惚れ込んじゃったら、私どうなるのって思うじゃない?
問いには答えずにレモネードをがぶがぶしていると、隣からのからかいの追撃はなく、勢いよくレモネードをあおる気配がした。
飲み干した2人に気づいたのだろう、エレノア嬢が水差しを手にこちらへと足を向ける。
「おかわりはいかがですか?」
「いただこう」
「私もいただきますわ」
空のカップを差し出し、にこにこととても楽しそうなエレノア嬢についでいただく。
「お二人はとても仲がよろしいのですね。こちら、お酒は入っておりませんのよ?」
何の話かと互いを見やると、殿下がほんのり赤い顔をしていた。
ツンデレ王子ならいざ知らず、まさか私も?
いや、まさかそんな。
「こ、こちらとても美味しいわ。エレノア様はハーブにお詳しいの?」
慌てて話を変えてはみたものの、美味しいのは嘘でも方便でもない。
なみなみとつがれたレモネードには何かのハーブが入っているのか、清涼感があり飲みやすかった。
「小さな頃から修道院に通っておりましたの。取り入れてはおりますが、お恥ずかしながら少しかじった程度ですわ」
なるほど、修道院といえばこの世界での医療に欠かせない存在だ。
エレノア嬢はその道からのイベント攻略になるのか。
原作小説だと、チートな主人公がどんどん問題解決していっちゃった印象しかないんだけど。
私では解決できそうにないところも、ヒロインに任せておけば問題なしだったりするのだろうか。
ううむ、と頭を悩ませていると、傍から聞き慣れない声がした。
「もしやそちらが噂のご令嬢ですか?」
見れば、赤毛の青年がギルベルト殿下の肩にずっしりとのしかかっている。
「……ランドール、零れるだろう」
「はじめまして。ランドール・ツー・フォルクス、騎士で……ぐえっ」
にかっという形容がしっくりくる顔で自己紹介し始めたと思えば、次の瞬間には襟首をつかまれ引きはがされていた。
ランドールと名乗った青年の後ろには、菫色の瞳が印象的な青年が立っている。
「キース。ランドールは貴方の管轄のはずでは。しっかりと目を光らせておいてもらわないと」
いつのまにかファルス殿下まで傍にいる。
「むしろこの時間まで引き留めておけたことを褒めてくださいよ」
「そりゃないっすよ、殿下~!」
突然の賑やかさと、騎士たちのずいぶんと砕けた様子に驚いてしまったが、捨て置けない言葉がある。
「ええと、噂の、というのは」
「なかなかお目にかかれないから、ギルベルト殿下の許嫁は深窓のご令嬢なのかって噂してたんですよ」
許嫁であってますよね?と問われ、肯定の意として礼をとる。
「ご挨拶が遅れました。リーゼリット・フォン・ロータスですわ」
深窓のと言われると何か違う気もするけど、なるほどそんな噂が。
訂正した方がいいのか……?
ちらとギルベルト殿下に視線を送ると、殿下は答えずに腰に下げられた剣の柄に手をやった。
「……持ってみるか」
「いいんですの?!」
突然のありがたい申し出に食い気味で返す。
さすが殿下、よくわかってるわ。
ずっと触ってみたいと思っていたのよ!
ふ、ふおおおお……
手にした細身の剣は、傍から見ているよりも刀身は長いしずしりと重い。
持ち手のところに流線状の銀細工らしきものが施されていて、見れば見るほどかっこいい。
誰もいなかったら鏡の前でポーズを取りまくってるところだ。
気分が高揚しすぎて見よう見まねでせいやっと突いてみたけど、刃先がぶっれぶれだった。
これをあんな正確にとかやばい、騎士すごいっ!
「……と、まあこんな具合だ」
深窓とは程遠い、そんなギルベルト殿下の言葉を皮切りに、周りにいた者全員が吹き出した。
エ、エレノア嬢まで……ひどい。
「口で言えば済むことではありませんか!」
「実際に見た方が疑いようもないだろう」
ぐぬぅ……今すぐそのすました顔に一太刀報いてやりたい……
内心でぎりぎりと歯ぎしりしていると、周囲を取り囲む人間がまた一人増えた。
「ご令嬢には野蛮だと眉をしかめる方も多いのに、こんなに目を輝かせるなんて嬉しい限りですよ。よろしければご指南いたしましょうか?」
現れたのは、ジェラルドと名乗る、柔和な笑みをたたえた長身の男前だ。
なんでも近衛騎士の団長を務めているらしい。
傍らで引き留めようとする気配を感じたが、そんなの無視だ。
「是非に」
「持ち方はこのように、輪に指をかけ手の甲を上に。少し膝を落とし、体は正面を向けず、相手の攻撃線を少なくしておく。最初の構えは、腕を折り畳み頭上へ、先端を自分の左膝に向けます」
ジェラルド団長は自身の剣を引き抜いて丁寧に説明をくれる。
言われたとおりに持ってみるとちょうど手首に柄の先端があたるのだ。
なるほど、刀身よりも柄の方が重くなっているのもあってとても安定する。
「突くときは踵から前に出し、着地の勢いのまま上体ごと前に出ます。レイピアは柄の部分が防御も兼ねていますから、同時に相手の剣をそらしていきます」
実際にやってみせましょうと、団長は傍にいたキースと向かい合い、互いの剣を交えた。
飾りだと思っていた銀細工が相手の刀身の向きを変え、あらぬ方向に逸れていく。
遠目ではよくわからなかったけれど、一瞬の間にこんな攻防があったのか。
どうぞと促され、今度は私が満面の笑みのランドールへと向き直る。
ひたりと構えられた相手の剣を見つめ、呼吸を整えた。
地面をけりだしたと同時に動いた剣に向かって腕を突き出す。
スピードこそ比べ物にならないが、どうにかランドールの切っ先を変え、肩口に一撃加えることに成功した。
「へえ。剣先も怖がらないんですね、大したもんだ」
「こいつを普通の令嬢とは思わないことだ、ランドール」
「筋がいいですね。初めてとは思えない」
「あまり不用意に褒めるな、キース。調子づくだろう」
「リーゼリット様は運動が得意ですのね。私には剣が重くて、片手で持っていることすらできませんでしたわ」
「それが普通なのですよ、エレノア嬢」
方々から褒められて悪い気はしない。
……いちいち突っ込み役がうるさいけど。
「今は剣の訓練だけど、馬や槍を使ったものもあるよ。半月後のトーナメントに、騎士たちに交じって私たちも参加する予定だからね。トーナメントに向けての訓練も多くなっている」
もしそちらにも興味があれば見学されるといい、とのファルス殿下の勧めにはたと我に返った。
トーナメントは、たしか原作小説に出てきた出来事のはずだ。
戦闘を模した武術大会。
恋愛イベントの一つで、……そこで攻略キャラの騎士が頭に大けがをする。
誰がどういう状況でだったか全く記憶にないけど、主人公が手術を行い、命を救っていたのだ。
どうにか事前に防ぎたいけど、まずは思い出さないことには話にならない。
ヒントは多いに越したことはないだろう。
通おう。
「護身用の剣を習いたいわ」
「ほら見ろ」
「誘われたのは見学だ。修練に参加しろなどとは誰も言っていない」
「あら、初めに剣を握らせたのはどなただったかしら。それにこの場合、許可をくださるのは団長様であってギルベルト殿下ではありませんわ」
つんとそっぽを向いてやれば、図星だったのか押し黙る。
「いいじゃないか、護身は大事だよ。何がそんなに気にいらないんだ?」
ありがたくも加勢してくださったファルス殿下に、ギルベルト殿下が何やら耳打ちしている。
言い終わるや否やファルス殿下は小さく吹き出し、ひとしきりくつくつと笑ったのち、こちらへと向き直った。
「リーゼリット嬢、弟は貴殿との大事な夜に帯刀されては困ると心配しているようです」
「っ、兄様! 俺はそんな風にはっ」
大事な……大事な夜……
ベッドに横たわり、ぎゅうと剣を握る必死な様子の自分が脳裏によぎる。
あ、本当だわ。
めっちゃ握りしめてそう。
「そ、それは何かにすがりたくもなるでしょうが……ギルベルト殿下を害すために用いたりはしませんわ」
「っそ……そうか……」
ひゅう、と誰かが口笛を吹き、ギルベルト殿下の真っ赤に染まった顔を見て。
遅まきながら自分の失言を知る。
「今のは、そんな、別に。殿下になら身も心も捧げられるとか、そういう意味では、なくて……っ」
じわじわじわと結構なスピードで顔に熱がたまっていくのがわかる。
言葉を重ねれば重ねるほど墓穴を掘りそうだ。
熱くなった頬を隠そうと手を上げたら、剣が勢いよく舞った。
ギルベルト殿下が危ないとかこれだよとか何か騒いでるけど、前を見れないのでどういう状況だったのか判断しがたい。
目下の悩みはただひとつ。
恥ずかしすぎて前が見れないんですが……今日どうやって帰ろう。




