15 このまま2人で愛を育んでくれ
国王との謁見を終え、さきほどの黒髪の騎士に連れられ、渡り廊下をてこてこ歩く。
ちなみにお父様は個別にお話があるとかで謁見の間で別れたため、私一人だ。
あの後、改めて陛下から感謝の意と、びっくりなお達しをいただいた。
今作っている企画書で陛下を唸らせることが出来たら、企画書に『ロディウスの名を冠すること』が許されるらしい。
とんでもないことになったけど、絞られた甲斐はあったってところか。
私の立場を取り立てて変えることなく、最大級の味方を得たことになるんだもんね。
そんなわけで、草案がまとまったら陛下にも見ていただく運びとなったのだが。
また来ないといけないのかな……
陛下と対峙するの、ものすごい消耗するんだよね。
今日だって10分にも満たない謁見で疲弊しきってるほどだし。
叶うことならもう帰りたいくらいだけど、案内役という名の見張りをつけられたのでそうもいかない。
ふと視線をやった初春の庭は、色づいていて目にも楽しい。
ちょいブルー寄りになっていた私の心が穏やかにほぐれていくのがわかる。
さすが王城の庭だわ。
行きは緊張と動揺で景色を楽しむ余裕すらなかったもんなあ。
「失礼、ロータス伯爵令嬢。次はこちらの角を曲がりますので」
後ろから呼び止める声がして振り返ると、すでに行き過ぎた角の手前で少年が私を待っている。
思いっきりよそ見していたのがばれたな。
おおう、めっちゃ恥ずかしー!
「こちらこそ、失礼いたしました」
慌てて駆け戻り、頭1.5個分くらい上にある顔を見上げる。
男前だが、表情筋が死滅しているのかと思うくらい無表情だ。
「ここから先、庭に咲く花を眺めることは叶いません。もう少しご覧になっていかれますか」
「ありがとうございます。十分ですわ」
心遣いは嬉しいが、本当にもう十分癒された。
この人だって暇じゃないだろうし、時間を取らせるのも忍びない。
先を促す私をよそに、少年はすっと腰をかがめ、その場に跪く。
「あらためて私からもお礼を申し上げたい。もうお気づきかと存じますが、私はあの日両殿下と共にいた者です。ファルス殿下をお助けくださり深く感謝しております」
……こ、これはっ!
ご令嬢に跪く騎士の図……!
この所作、私からすれば立派な騎士にしか見えないんだけど、聞けばまだ騎士の一歩手前の見習いみたいなものなんだとか。
クレイヴ・フォン・ベントレーと名乗ったこの少年は、正しくは従騎士に属するらしい。
以前図書館で借りた本によると、ベントレー公爵家は先の戦いで大きな戦果を上げた家柄だ。
憧れの光景に思わず感動に打ち震えてしまったが、跪かせたままというのはよろしくないだろう。
「どうぞお立ちになってくださいませ。そう畏まらずともかまいませんわ。どうぞリーゼリットと」
微笑みを浮かべ顔を上げさせると、黒曜石のような瞳とかち合う。
前世で生粋の日本人だった私にはなじみ深いものだ。
相変わらず表情はないものの、見れば見るほど端正な目鼻立ちをしている。
…………たしか攻略キャラに騎士がいたような。
……この少年か?
「あれ。君は、たしかギルベルトの……」
記憶の箱を引っ張り出そうとしていたところに、背後からかけられた声にびくっとなる。
目の前のクレイヴ様が即座に立ち上がり、敬礼をしているのが視界の端に映った。
そりゃそうだろう。
なんでかって、なんでかってそれは。
私にとっての超鬼門攻略キャラだからだよ!
「ご機嫌麗しう。リーゼリット・フォン・ロータスでございます、ファルス殿下」
くるりと体を反転させ恭しく淑女の礼をとると、殿下は楽にするようにとすぐに声をかけてくれた。
久々に相まみえるファルス殿下は包帯がとれたようで、ずいぶんと顔色も良さそうだ。
側にはエレノア嬢もいて、私を認めて目を輝かせている。
エ、エレノア嬢ー!
陛下の尋問、大変だったね……!
「ギルベルトに会いに来たのだね。きっと喜ぶだろう」
にこりと微笑む殿下は白い騎士服を身に纏い、一段と眩い王子様オーラを醸し出している。
う、うわあ……すごいな、白い騎士服とか何の違和感もなく着こなせちゃうんですね……
「本日は陛下の呼び出しに登城いたしましたの。その後、訓練のご様子を拝見できるよう取り計らってくださいました」
「そう、では謁見の間から? それはずいぶん……」
言葉を切った殿下がクレイヴ様へと目を向ける。
視線を追ってそちらを見やると、表情は変わらないものの視線を逸らせたのがわかった。
んん? 今の、何のやりとり?
「リーゼリット様、お久しぶりです」
「エレノア様、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりですわ」
手を取り再会の喜びを分かち合いたいくらいだが、ご令嬢としてさすがによろしくないだろう。
いろいろ話したいけど、どこかで時間が取れたらなあ。
にこにこと微笑むエレノア嬢の後ろを、大きなかめを抱えた侍女が2人並んでいるのが見えた。
「こちらは?」
「レモネードですの。疲れが取れますので、訓練の合間に召し上がっていただこうと思いまして」
「まあ、素敵ですわ!」
リーゼリット様もよろしければご賞味ください、とはにかむ様が本当に愛らしい。
聞けば、厨房に預けておいたレモネードを2人で取りにいっていたようだ。
差し入れとかめっちゃヒロインっぽい!
いや、正真正銘のヒロインなんだけど、これは惚れるやろ。
殿下に目を向ければ、案の定、愛おしげにエレノア嬢を見つめている。
エレノア嬢の背に手を添え、二人だけの空間を築いているではないか。
はいきたーっ!
なんっっっっっっの問題もないわ!
このまま2人で愛を育んでくれ!!
ぞろぞろと連れ立って進むことしばし。
金属の擦れる音や掛け声が聞こえてきたかと思うと、一気に視界が開けた。
中庭に設けられた訓練場では、クレイヴ様と同じような服の青少年が一心に剣を振るっている。
総勢100名くらいか。
歴戦の猛者というよりは若者が多いようだが、結構な人数だ。
この国に銃火器の類はなく、武器はもっぱら剣や槍、弓となる。
今使用しているものはレイピアだろうか、持ち手に曲線上の飾りのついた細身の剣だ。
フェンシングと似ているが、大きくしなることはない。
しかもこちらは刃先だけでなく刀身に刃もついているようで、突くだけでなく斬り合いをしている組もいる。
訓練中とあって先端はつぶされているんだろうけど、実際に目の前で見ると動きは早いし結構痛そうだ。
目の保護にか、簡易のマスクはつけてるみたいだけど、隙間に刺さっちゃわないかとヒヤヒヤものだよ。
しばらくハラハラしながら見ていたが、キレのある動きをする者が何人かいてどうにも目を奪われた。
軽やかにステップを踏み、最小限の動きで相手の急所を突いていく。
遠目だとカウンターを食らっているようにも見えるんだけど、双方の様子からしてそれはないのだろう。
中でも特に目立つのが1人。
1人だけ紺色の騎士服に身を包んでいるというのもあるが、動きに本当無駄がないのだ。
他に目立つ色の騎士服がいないから、もしやとは思うんだけど……
ファルス殿下のようにちょっと席を外しているってこともあるしなあ。
食い入るように見つめる先で、紺色の騎士は相手の突き出した剣に自分の剣筋を沿わせて下に向け、そのまま靴で剣を抑えこんだ。
膝をついた相手の喉元に、ひたりと剣が突きつけられる。
ひえっ……何あのS味を感じる攻め方は……
ぐうと悶えそうになったちょうどそのタイミングで鐘が鳴り、訓練にいそしんでいた若者たちの表情が途端にほぐれたものになる。
わらわらとこちらにやってくる様子から察するに、休憩時間なのだろうか。
マスクをとった件の騎士は、まあなんだ……予想通り、遠目にもわかるアッシュブロンドの髪に赤褐色の瞳をしていたのだった。




