14 この国を統べる王
カツンとヒールを打ち鳴らし、本日向かいますのは……城、でございます。
二度目の登城とあって、前回よりは落ち着いていると思うでしょう?
私もそう思いたかったが……そんなことあるはずがなかった。
本日の用向きは国王様との謁見なのだ。
そのためエスコートはお父様にお願いしている。
すなわち!
城内見物キャッキャとか言ってられる状況でも心情でもないのだ。
あああああ足が震えるわ……
どーんばーんごーんと広くて豪華な廊下を通り抜け、辿り着いたのは謁見の間だ。
ドーム型に作られた高い天井、3階くらいまでぶち抜かれた大きな窓、白地に深紅と金で彩られた壁や柱。
奥には深紅の階段の一番上に王座が鎮座していて、その後ろの壁には戴冠式らしき巨大な絵が飾られている。
悲しいかな、私の残念な語彙力では感嘆詞くらいしか言葉が出ない。
衛兵が敬礼したのを合図に、私もお父様に倣い最上位の礼をとる。
ほどなくして続きの間から現れたのは、賢王と名高きロディウス・フォン・クライスラーだ。
この王が即位して以降、隣国との休戦が叶ったと聞く。
先のストーリーを知っている身としてはつかの間の平穏ではあるのだが、王の治世は見事だといえよう。
小説では、優秀な未来の王妃たる主人公にゲロ甘な王だったが、果たして私にも適応されるのかどうか。
「急なことであったろうに、よくぞ参られた。ロータス伯爵、そしてリーゼリット嬢」
「国王陛下におかれましてはご健勝のこととお慶び申し上げます。この度は拝謁の機会を賜り、誠にありがとう存じます」
「なに、そう固くなることはない。あのギルベルトが見染めたご令嬢はどのような人物かと気になってね。さあ、顔を上げられよ」
柔らかな声音に請われるまま、すいと顔を上げる。
王座には、たおやかな髭を生やした恰幅の良い人物が片肘をつき深々と腰を下ろしていた。
どことなく二人の息子に似ており、優しそうな風貌をしている。
「ふむ、伯爵に似た聡明さを思わせる顔立ちだ。噂はかねがね伺っているよ。ギルベルトの名を借り、何やら始めようとしているとか。
まずは、王家の名前を出してもよいと判断した、君の考えを聞こう」
……前言撤回、全然優しくないわ。
私がやらかしたせいもあるんだろうけど、迫力がヤバイ。
口元にのみ笑みを残してはいるが、その目は本質を見抜かんとする鷹のようだ。
王座からずいぶんと距離があるというのに、間近でねめつけられているかのような底知れぬ威圧感を覚える。
背中にじわりと汗がにじみ、自然と呼吸が乱れる。
これが、この国を統べる王か。
……答えいかんでは首が飛ぶな。
私だけでなく、おそらくは傍にいるお父様も。
ちらと隣に視線を送るが、父は表情を変えた様子はない。
おそらく、父にはすでに話が通っているのだろう。
知らぬは私のみ、か。
くっ……10歳の子供になんてことするんだ。
トラウマになったらどうしてくれる。
拳を握りたくもなるが、答えないわけにもいかない。
さあどう返答したものか。
ペニシリンの安定供給には困難を要するだろうし、乱用すれば耐性菌を増やすだけだ。
感染を少しでも抑えるためには、療養環境の改善は必須。
ここで取り下げられるわけにはいかない。
ならば力推しのみ。
「陛下の治世におかれましては、隣国の脅威に怯えることのない日々を過ごせております。この平和な日々がとこしえに続くことを願ってやみません。いつ何時隣国との諍いが再燃しても、たとえ何らかの病魔に襲われたとしても耐えうるように、この国の医療を盤石なものにしたいと私は考えております。
しかし事をなすには私のみでは力及ばず、殿下のお名前を拝借いたしました。許可を得るにあたり早計であったと、今は恥じております」
陛下の治世を慮りつつも、自分の正当性を主張。
恥じるとは言ったが間違いだったとは言わない。
失礼千万、なるようになれ、よ!
「撤回するつもりはないと?」
「ございません」
真っ直ぐに陛下を見据え、きゅうと唇を引き結ぶ。
肌にひりつくような眼光が注がれ、重圧に耐えることしばし。
重苦しい沈黙がふいに和らぎ、謁見の間に豪胆な笑い声が響いた。
「なるほど。これは、ロータス伯爵が手を焼いているというのもわかる」
「恐れ入ります」
おおお恐れいりますじゃねーわ。
娘へのフォロー皆無って、放任にもほどがあるでしょ!
この状況、まさかあんたが招いたんじゃないだろうな。
必死に虚勢張ってたけど、こっちは足がくがくだよ!
ひとしきり笑った陛下は肘を戻し、体の前でゆっくりと指を組んだ。
そして瞬きを一つ。
それだけで場の空気が変わったのがわかった。
「さて、もう一つの話に移ろう。少し前になるが、ファルスがあわや命を落とすところを、ひとりの少女に助けられたそうだ。その後の茶会で名乗り出た者がいたのだが……私は君ではないかと疑っている。
合っているかな?」
鷹のような目がすうと細められ、ようやく呼ばれた意図を知る。
「なぜ、私だとお思いに?」
「簡単なことだ。ギルベルトは一介の令嬢の意のまま従うように育ててはいない」
一層増した凄みに、ひゅっと息をのむ。
もしそのような事態が起こるとすれば、何か特別な理由があった時ということか。
あのサインがここにきて害をなすとは。
考えなしだったわ。
殿下よかったね、陛下からの信頼めっちゃ厚いよ……!
今そのせいで私ピンチですけどね!
「……殿下は、私の夢に賛同してくださっただけですわ。私にはどなたかの命を救うような力などございません。エレノア嬢がお助けになられたと聞いております。疑う余地など……」
「そのエレノア嬢が、私ではないと言っているのだ」
なっ、な、なにぃ……っ!
エレノア嬢、誠実だな……!
いや、誠実かどうかは抜きにしても、この王の前で10代女子が嘘とかつけるわけないか。
不敬の上塗りに加えてここまで厚顔でいられるのは私くらいなもんだわ。
申し訳なさすぎて隣が見れない。
こんな娘でごめんあそばせ。
「今はまだ私の胸に秘めているが、いずれファルスの耳にも入ろう。将来を思えば、王妃の選定は早い方がいい」
……この口ぶりだと、エレノア嬢はまだ辞退してないってことでいいんだよね。
もし私だと認めたら、将来の王妃確定……?
それでもって、茶会で見たあんな甘ったるい視線が向けられるの?
先生一人でも苦労してるのに、もう一人増えるなんて冗談じゃないよ。
私には無理、ぜっっっったいに無理!
「そうでございましたか……。恐れながら陛下、それならば早く他を当られた方がよいかと」
ふむ、と考えるような仕草をとった王は、もう一つ爆弾を投下してきた。
「ファルスを救った方法は、誰も見たことのないものだったそうだ。我が国の医療を盤石にとのことだが、その方法を広めるつもりはないのか」
ぐぅ、と喉が鳴るのをなんとか抑えこむ。
賢王の名は伊達じゃないわ、揺さぶりのかけ方が絶妙すぎる。
心肺蘇生法はヘネシー卿にお願いしようと思っていたけれど、この王の采配で広めてもらえば、どこに頼むよりも早く一般化されるだろう。
この先予定している諸々だって、絶対にことが運びやすくなる。
私の心の平穏くらい安いものか……
でもどこで学んだのかって絶対追求されるよね。
この王からの追求とか、胃が……胃が…………
胃に穴が空いたら、この世界じゃまだ助からなくね?
「ギルベルトのことを、好いているのか」
「……へあ?」
突然の、それも思ってもみない方面の質問に奇声が出てしまった。
「し、失礼しました、ええと……」
慌ててとりなしてはみたけれど、この流れでなんでこの質問なんだ。
殿下のことは嫌いじゃないけど、どちらかと言えば共犯者とか癒しの要素が強い。
本人に言うのも失礼だろうと思うのに、こんなの親に言うことか??
「ご、…………ご想像にお任せしますわ……」
「あいわかった。ちょうど中庭でギルベルトたちが訓練をしている頃合いだ。堅い話ばかりで疲れたろう、寄っていくといい。案内をつけよう」
何がわかったんだと混乱する頭でぐるぐるしている間に、王の指示で1人の騎士が現れた。
年は15,6歳くらいか。
黒地に銀糸の細工が施された騎士服がよく似合う、黒髪黒目の少年だ。
どこかで見たような気もするなあとぼんやり眺めていて、ハッとなる。
「………ッ!」
親を呼びに行かせた、あの少年だ!
なんとか声を出すことは免れたけど、体の反応までは消しきれなかった。
これは、不意を突かれた。
完全にばれたな……
ちらりと視線を走らせた先で、王が笑いを堪えていた。
「ロータス伯爵、貴殿の言う通りだ。一度会えば全てわかる。なんとも素直なご令嬢だ」
ええ、ええ、そうでしょうとも。
これだけ賢ければ、私の考えなんてお見通しでしょうよ。
ここまで必死で隠し通してきたのに、退室時にバレるなんて悲しくなるわ。
「何やら追求は避けたいようだ、詳細は聞くまい。
王妃になることもファルスにも興味がないようだが、真相はどうあれファルスが選んだのはエレノア嬢だ。エレノア嬢には、二人の問題だと言い置いているから安心するといい。
ギルベルトとのことは、そうだな、言葉通り想像に任せて楽しませてもらおうか。
ファルスを救った方法はまた改めて教えを乞うとしよう。まずは騎士団と各病院に根付かせたい。信頼できる者に方法を伝授した後、その者から各方面に伝達できるよう手配するとしよう」
朗々と語られる王の言葉に唖然とするしかない。
先の騎士のことだけじゃなく、何もかも全部筒抜けじゃね……?
「リーゼリット、家に帰ったらベルリッツにポーカーフェイスの特訓を頼もうか。
そろそろ必要になる頃だ」
……隣でニコニコと微笑むお父様が、一番の食わせ者だったと。
く……くそ……、ありがたき、ありがたき!