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悪役令嬢は夜告鳥をめざす  作者: さと
まずは一歩を

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13 医者の息子の英断

先生はあんな状態だし、ヘネシー卿にもすぐには連絡できないだろうし、効果実証は焦らずいくしかないかと思っていた矢先。

「明日出ていくよ」

どこかに出かけていたらしいセドリック様が、帰宅するなり私に言い放ったのだった。




「え……っ、ど、どちらに行かれるの?」

「もちろん、自宅だよ。さっき父様と話し合ってきたんだ」

なんと、知らない間に状況が好転しているだと……!

「まあ! では和解されたのですね、安心しましたわ。それで、ヘネシー卿は何と?」

「君の言う、専門医の道を認めてくれたよ。勘当もなくなった」

よ、よかった……

これで人様のご家庭を壊すなんて恐ろしいことはなくなったわ。

セドリック様のことだから私の言うことなんて聞きやしないだろうとは思っていたんだけど、認識を改めよう。


「……あとはまあ……ちょっと無理難題を言われただけ」

言葉を濁しながら眼鏡のブリッジを持ち上げる様子に瞬きを返す。

……ヘネシー卿の無理難題ってとんでもなさそうだな。

聞くのがちょっと憚られてしまうわ。

まんざらでもなさそうな顔をしているから、セドリック様にとってもやる気がないわけではないのだろう。


「それにしても急ですわね。鉄は熱いうちに打てということでしょうか」

「あのね。婚約者がいるのに、いつまでも僕が居座ってるわけにもいかないでしょ」

な、なんと……! 

まさかの婚約者効果とは。

殿下、いい仕事しすぎだろ。

そうかなるほど、これが常識というものなのか……


「それで僕、この薬に取り組むことにしたから。いい薬なのに不安定で精製も保存にも向かないからって、その後誰も手をつけていないみたいなんだよね」

広げられた本は外国の言葉で書かれているが、私にもどうにか読める内容だ。

「細菌学ですのね、とても素晴らしいと思いますわ」

こくこくと頷きながら拝見すると、どうやら10年以上も前に発見されたものらしい。

その薬の名は。


ぺ、ニシ……、ッ、ペ、……ペニシリン!?!

前世でも有名な、人類初の抗生物質!

元小説で主人公が作ってた薬!

たしか共同研究者と一緒になって作ってたんだった。

その共同研究者っていうのが、セドリ……ックゥゥゥ! おまえかー!


ああうん、まあそんな気はしてた。

病院関係者だし、あの小説の世界だし、心のどこかでなんとなーくそんな気はしてたけども。

なんで今まで思い出さないんだ、記憶力ほんと仕事して……


セドリック・ツー・ヘネシー、12歳、攻略キャラ。

小説に描かれるゲーム内で、悪役令嬢たるリーゼリット嬢が盗み出す薬を、ヒロインとともに開発する人物だ。

小説の主人公はむしろ主軸となって薬の開発に乗り出してたから、いいライバルみたいな位置づけだったのよね。

私じゃ何の知識もないので、共同開発はおろかライバルにすらなれないんですけど、この場合どうしたらいいんですかね。

とりあえず応援しとく?



本を見やるなり瞠目して固まった私を、内容を熟読していると思ったのだろう。

セドリック様は効能が書かれた箇所を指さした。

「君は知らないだろうけどこの薬、感染症を防ぐんだって。いろいろ調べた中で、これが一番役に立ちそうだったから」


いや、知ってますよ。

前世でもものすごく有名なものだったからね。

それこそ医療分野におけるダイナマイト並みの世紀の発見ってやつですよ。

医療の転機がこの薬だといってもいいくらい。

すごいな……これがシナリオの力というやつか。

なんだかんだ小説と同じように進んでいくんだなあ。


はあぁと感心するようにセドリック様を見やると、なぜだか呆れたような顔をされてしまった。

「……あのさ、気づかない? 君の夢に沿おうって言ってるんだけど」

やっぱり意味が分からず目をしばたかせてしまう。

「こないだ聞いた、君の医学を学ぶ理由。それにその実証研究の内容。そういうことじゃないの?」

違うなら他を探すけど、と言われて慌ててかぶりを振る。

そのものビンゴだよ……

この薬を作れない代わりに、ちょっとでもって思って行動してたんだもん……


「君にはこれでも感謝してるんだ。こうして進むべき道を見つけることができたのも、父様ときちんと話せたのも、全部君のおかげだから。僕にできるお礼はこのくらいしか浮かばない。

 絶対に成功させてみせるから、見ていて」



私をまっすぐに捉えて話すセドリック様の輪郭がにじむ。

ぽろりと一粒零れた後は、溢れて止まらなくなってしまった。

「ちょっと、なにも泣くことないだろ」

目の前でぼろ泣きする私に、セドリック様が慌てているのがわかる。


だって本当に勘当されちゃったらどうしようって思ってたくらいだったのに。

ペニシリンを選んだのが私の影響とか。

まさかそんな、思わないじゃない。

小説の記憶だってあやふやで、医者の知識も技術もなくて、いないはずの第一王子がいて、何もかも手探り状態の中で始めたことが、ちゃんと役に立ってたなんて。


いつのまにか俯いていたらしく、とん、と額が何かに当たる。

セドリック様が肩を貸してくれたのだ。

頭をぽんぽんされて、また新たな涙が零れそうになり……はっとする。


「っこれは、しおらしい涙じゃないから! うれし涙だからね!」

がばりと跳ね起きた私に、セドリック様はぱちくりと瞬き。

「は、なんだそれ」

くしゃりと顔をほころばせたのだった。




初めて見る笑顔の破壊力たるや……ぐぬう……



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