異世界からの招待状
赤い液体が、床に広がる。
目に刺激的なその色から、嫌でも視線をそらすことができない。
広がってできた、赤い水たまりの中にいる愛しい人は、口を開けたまま虚ろな目で天井を見ていた。
────全ては、遅かったのだ。
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空は黒いといっていいほどに暗く、足取りは重い。
暗い夜道をチカチカと切れかかった蛍光灯だけが照らしている。
今日も最終電車に乗り、アパートが立ち並ぶ住宅街の細い道を帰っていた。
やけに重たく感じるコンビニの袋を持って家に着く。
「ただいまー」
…ガチャリ
玄関のドアを開けて、誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやく。
中に入ると、築35年らしい色あせた壁紙の小さな部屋が、今日も静かに出迎えてくれた。
「あー、今日も疲れた・・・」
俺は、この古びたアパートに一人で暮らしている24歳の社会人、田中成就。
学生時代からの友人には「ジョージュ」と呼ばれている。
会社に入ってからは仕事が忙しくなり、友達と会う暇もなくなったので、そんな風に呼ばれることもあまりなくなってしまったが、俺はこのあだ名をけっこう気に入っている。
靴を脱ぎ、手を洗い、かたっ苦しいスーツをハンガーに丁寧に掛けて。
帰宅してからのいつもの流れを完璧にこなした俺は、背の低い机の前に置いた座布団にドカッと腰かけた。
郵便ポストに大量に溜まっていた郵便物を、机にドサッと置く。
しばらくポストを開けて見てなかったら、ポストの入り口から広告がはみ出すほど溜まっていた。
疲れていたので、近所のスーパーなどの広告はほとんど内容を見ることなく、光熱費の支払いの紙などが入ってないかだけチェックする。
チェックしていると、広告の束から、1通の真っ黒な封筒が足の上に落ちた。
黒い封筒を拾い上げる。
「ん?なんだこれ・・・」
宛先人は自分で、差出人は不明。
真っ黒な封筒には、宛先以外の何も記載されてない。
見るからに怪しかったが、なにが入っているんだろうと好奇心で開けてみる。
開けると、黒い封筒からは黒い煙のようなものがでてきた。
少し驚いたが、どんな仕組みになっているのか気になった。
興味本位で封筒の中を覗いてみる…。
──そこにあったのは、…目だった。
人のものと思わしき眼球が、瞳を動かしてこちらを見ていた。
封筒の中にいる、どう見ても生きているとしか思えないそれは、闇を思わせるほど黒い煙の中に浮かんでいた。
!!なんだこれ、気持ち悪い。おもちゃにしても性質が悪い。
さっさとこんな封筒捨ててしまおう。もしくは燃やしてしまおうか。
そう思って、封筒を持って移動しようと思った、のに。
からだが、動かない。手も、足も。
俺が唯一動かせるのは、目だけだった。
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ……!
封筒を見ると、さっきの封筒から黒い煙がまだ出てきている。
そして、恐ろしいことに、その煙は俺のからだに巻き付いてきたが、口さえ動かせない俺にはどうしようもなかった。
黒い煙が、ゆっくりと、からだを覆いつくしていく。
そんなことになっても、俺のからだは、固まったまま動くことはなかった。
ついに、その煙が視界さえ覆い始めたとき、俺の意識はもうろうとしてきた。
まずい。ヤバイ…どうしよう、どうしよう……
そんなことを考えながら、真っ暗になった視界の中で、俺の意識は暗転した。
≪異世界の神からの招待状≫
突然、誰かの元に送られてくる、異世界の神からの『別世界への招待状』。
これを受け取った人間は強制的に、異世界の神のいる世界に攫われる。
連れていかれた後は、放置される。
招待状は、受取人が一番興味を引くような形で送られてくる。