オーク,はじめました!?その3
暴れまわるミクスを落ち着かせるのに,結局数分を要することとなった
セーラは,なんとかなったとほっと一息して,むかつくことにパイプか何かを燻らせはじめた
当然,当のミクスは納得できない,といった表情をしている
「答えてください,なんで僕をオークなんかにしたんですか!」
彼は今にも,再び地団駄を踏んで暴れ出しそうな勢いであったが,それをセーラがパイプの煙で制した
「落ち着きたまえ,君.なにぶん,緊急事態だったんだ.仕方あるまい」
「いや,だからってねセーラさん!僕このままじゃあ仕事も探せませんよ!」
ミクスの正当な主張が工場地帯にこだまする.よく見ると,彼は涙目であった
「大体ね!あなた緊急事態だと言いますけど,それなら自分で変身薬を飲めばよかったじゃあありませんか!それとも何ですか?僕がどうしてもオークにならなくちゃならない理由があったんですか?」
ミクスの正当な主張はなおも続く.彼の眼からはいよいよ,大粒の涙がこぼれ落ちてきた
泣いているオークの姿というのは,非常にレアである.妙に滑稽な姿が愛くるしくもある.
しかし,セーラはそんな彼の切迫した態度を見て,至極めんどくさそうにこう答えた.
「それは……君……嫌じゃん?自分がオークになるの.君がたまたまやってくれるみたいだったからさぁ」
「ふざけないでくださいよぉ!」
ミクスは,いよいよオイオイとその場で号泣をはじめてしまった.
セーラはそんな彼を見ながら,無情にもパイプセットを片付けて今すぐにでも出立できる用意を終えていた
「その,なんだ君.仕事のことは残念に思う.いい出会いがあると良いな」
彼女は,心にもないことを言って,明らかにその場を切り抜けようとしていた
さっきあれほど薬の治験をやれ,やれと言っていた彼女は,どこにいったのだろう
「だが,私にも王朝から仰せつかった大切な用事があるのだ.ここらで失礼するよ」
驚くべきことに,彼女は何もしないでこの場に無関心を決め込み,王宮に向かうつもりであるらしい
当然,ミクスがそんなことを許すはずがない.
「行かせませんよ!!」
涙と鼻水で顔がぐじゃぐじゃのオーク(ミクス)が,彼女の両腕を掴む
その後は,もみ合い,押し合い圧し合いのはじまりはじまりであった.
「こらっ!離さんかっ……このっ!……このっ!」
「責任とってもらうまでは離しませんよっ…このー!」
と,そこに
「オイ,なんかこっちのほうでスゲぇ音が聞こえなかったか?」
「それになんだか言い争う声もしたわ」
工場労働者の皆様がこぞってやってきた.
どうやら,先ほど不良を撃退する際の騒ぎを聞きつけてきたらしい.
そうして彼らは,魔獣の姿のミクスが,外見は人間の10歳児のセーラを取り押さえている姿を目撃する
「キャー!オークよ!オークが女の子を襲ってるわぁ!」
「大変だ!警察隊を呼べ!」
予想通り騒ぎになってしまった.
オークという生き物は,本当に人気がなく,その存在だけで人を攫うものと思われているのだった
このような事態になるのも,当然と言えよう
「あのオーク,きっと女の子に×××して×××しようとしたのよ!不潔!」
「あぁ……あんな小さな女の子がこれからオークの巣に連れ去られて,×××されて×××してしまうなんて……」
「いや,まだ×××と決まったわけじゃないぞ!俺たちで×××から×××を救うんだ!」
工場労働者の皆様は,放送禁止用語を羅列するのがお好きなようだった
ここぞとばかりに皆まくしたてる.
ミクスは,とにかく,なにがなんでもこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった.
と,取り押さえているセーラが,わざとらしく助けを求めだした
「みんな!コイツは私を×××して×××させようとしている!助けてくれ!」
ミクスの青筋がボコっと浮き上がる.
同時にセーラは,こちらにだけ見えるようにあかんべえをしているではないか
この場で八つ裂きにしてやりたい,ミクスの脳裏にそんな考えが浮かぶ
しかし,衆目もある以上,そんなことをするわけにはいかない
「オークめ!許せない!オイ皆,取り囲め!」
「警察隊が来るまで,こいつの動きだけでも封じておくんだ!」
「×××なんてさせないぞ!×××!」
しかし,当然のように工場労働者の方々は,セーラの味方をするのだった
このままでは人海に押さえつけられてしまう.警察隊が来るのも時間の問題だろう
ミクスは,そうなる前に手を打つことにした
先ほどと同じように足を大きく上げると,そのまま強く地面に叩きつけ地震を起こす
人々が「うわっ!」と言ってその場に倒れこむ隙に,ミクスは逃げ出すことに決めた
彼はミクスをわきに抱えると,人を踏まないように,大きな足を慎重に操って包囲網を抜ける
「オークが逃げるぞ!」
「待て!×××する気だろ!ずるいぞ!」
「×××するなら×××もしてくれぇ!」
人々は思い思いのことをミクスに向かって叫ぶが,相手にしていられない
ミクスは,ほとほと疲れ切った表情で,人のいない区画を目指すのであった
そのうち,一体どこをどう走ってきたのだろうか,二人は人気の無い空き地へと出てきた
切れる息もひとしお,ミクスはセーラを乱暴に地面に放り投げる.
彼女は「ぶべっ」と言って顔から着地すると,足のひくつきでミクスに抗議をした
しかしミクスは怒り心頭と泣き上戸が半々といった様子で,セーラを見て叫んだ
「さあ!言ってください!どういうつもりだったんですか!」
「痛いじゃないか君……いや,どうって,心ある市民の皆さんに助けを求めたまでじゃあないか」
「ふざけないでくださいよぉ!」
ミクスは,再び大泣きしながらセーラに詰め寄った
しかし,セーラは先ほどからぶつけた顔面をさするのに夢中で,どこ吹く風といった態度を崩さない
「まあ,そう泣きなさるな.嫌なことでもあったかね?私でよければ相談に乗るが」
「あなたのせいですよ!いい加減にしてください!」
実にむかつくことに,セーラはこのふざけた口調をあらためて,真面目に議論する気が無いらしい
その後もミクスが何を言っても,
「大体あなたは!自分が嫌だからって,僕をオークに変えるなんて,あんまりだ!この人でなし!」
「いやはや,それは悪かったよ.だが,なかなかどうして,オークの君は男前だぞ.ホラ」
何を言っても
「これじゃ仕事も探せませんよ!第一,さっきの騒ぎで僕はお尋ね者だ!どうしてくれるんです!?」
「なに,その剛腕なら,入った檻をこじ開けられるだろう.問題ない問題ない」
何を言っても
「わかった!じゃあ一回!まず一回謝りましょ,はい!謝って僕に!」
「こらこら,そう一方的になるのはよくない.まず双方の言い分を整理してから議題に入ろう,な?」
何を言っても,適当にあしらわれて,気の無い返事をされてしまうのでした
舌戦で疲れて,ぜえはあと息を切らすミクス.対するセーラは,涼しい顔をしていた
その様子を見て,いよいよ,ミクスを支えている最後の糸が切れた
彼はゆらりと怪しくミクスに迫ると,再び堰を切ったようにしゃべり出した
「許せない……こうなったらもうどうでもいい!あなたを×××して,僕も死んでやる!」
「へっ……?」
セーラが初めて動揺を見せる.その間にも,ミクスはしゃべり続けた
「どうせ僕はオークだ……×××して×××するのがお似合いなんだ……だったらそうしますよ!すりゃいいんでしょ!ええ!ああ……父さん,母さん,ごめんなさい……こんなことになってごめんなさい……僕は一人前の職人になれませんでした…」
セーラは,こりゃまずいや,とか,逃げなければ,とかそういったことを考えていた
彼女は,適当にあしらっているうちにミクスのほうから折れて,なあなあで済むと思っていたのだ
この辺がエルフらしいというのか.
しかし,現実はそうはならず,彼女の腕はしっかりとオークになったミクスに掴まれていた
「き……きみ,一旦,一旦落ち着け!父上と母君がかなしむぞ,やめたまえ,ほら!」
「ああ……母さんのラザニア,もう一度食べたかったな……ふふふ……父さんの木こりの仕事,次は手伝えるように頑張るよ……ふふふふ」
セーラの手のひら返しの説得空しく,ミクスは実にキマった表情でセーラを押し倒してゆく
そうして,唐突にドバっと涙をあふれさせると,目を見開いてセーラをにらみつけた
「ああ……さようなら……父さん!ああ……さようなら……母さん!僕は幸福な世界に行く……今からこのエルフを×××して×××して×××××××××すること,お許しください!」
「まてー!わかった,わかったから!謝る!すまん!私が悪かった!悪かったから思い直せ!」
だが,ミクスの勢いは一向に止まなかった.
ピンチ!このままでは×××されてしまう.どうするセーラ.
彼女は,ああでもないこうでもないと必死に考えてから,急にピンと考え付いた
「そ,そうだ!君に待遇のいい仕事をやろう!」
そこではじめてミクスの動きが止まる.だが,それも一瞬のこと
「嘘ですね.オークの僕にできる待遇のいい仕事なんて,あるはずがない」
再びオークの緑の目を滾らせ,セーラに掴みかかった
「う,嘘ではない!私は,国の密命を帯びて薬屋をしていると言っていただろう!丁度助手を探しておったのだ!ホラ,証拠だ!」
セーラは,一瞬緩くなったミクスの拘束からどうにか抜けると,腰のポーチからなにやら紙切れを取り出した.そこには,他でもない宮廷の押印がでかでかとしてあった.
「ど,どうだ?国に助手の種族は指定されておらんから,オークでも問題ない!さらに,助手になったら1時間で5ボイドの時間給を出そう!このご時世になかなかの待遇だ!さぁどうする!」
言うだけ言って,セーラはその場にへたりこんで震えはじめた.
オークに掴みかかられるのが,存外怖かったのか.
ミクスは,何かを考えているように,しばらく押し黙っていた.
しばらく無言の時間がすぎた.ともすると,それはずっと続くかのように思えた.
と,ミクスがすばやくセーラの腕に掴みかかった.「ひっ」と喉を鳴らすセーラ
ミクスの返答は,次の通りだった.
「6ボイド出してください」
「へっ……?」
首を捻るセーラ.まさか,これだけの好条件にさらに色をつけさせるなんて,と彼女は愕然とした
「6ボイド出してください」
「待て!このご時世,上級職人業でも時間給5.5ボイドだぞ!私にも予算というものが……」
「出せないならいいですよ」
「へっ……?あ,あの」
「出せないならいいですよ」
「……」
結果,ミクスの時給は6ボイドと決まった.
その後,ミクスは満面の笑みで「改めてよろしくおねがいします」とセーラに向かって言い放った.
セーラは「お,おう」と,終始引き笑いをしていた.
To be continued