menu80 薬草汁飯、実食!
いよいよ薬草汁ことカレー実食です。
今日もどうぞ召し上がれ!
ユルバは蓋を開けた。
ぐつぐつと煮えたぎった鍋の中から、白い湯気が立ち上る。
ふわりと鼻腔を刺激する独特な香り。
まるで砂金を溶かしたような豪奢な色彩に、思わず目が眩んでしまう。
「これがカレー……」
ごくりと唾を飲んだ。
実はユルバは、あまり食というものに興味がなかった。
それは彼女が作る料理からも明らかだろう。
そんな彼女が今、カレーを見て感動している。
自分が作ったという理由もあるだろう。
でも、「美味しそう」と思わず呟いた。
カンカン……。
と音が鳴る。
ニャリスが机をスプーンで叩いていた。
紫色の瞳を爛々と輝かせ、待ちきれない様子だ。
行儀の悪いネココ族の娘は、母親に怒られる。
頭を小突かれると、ヘレネイとランクに笑われていた。
「じゃあ、皿を出して盛ろうか」
ディッシュが指示を出す。
ネココ亭にある木皿を借り、余っていた麦飯の上に、カレーをかけた。
お玉からは薬草汁だけではない。
ゴロゴロとした馬鈴薯や人参が転がり落ちてくる。
肉にも、よく火が通りカレーをかけられ、キラキラと輝いていた。
玉葱もトロトロだ。
「うわぁ~」
ニャリスとヘレネイは、同時に声を上げる。
瞳を光らせた。
反応が似すぎていて、姉妹のようだ。
それを見て、ノーラとランクが微笑む。
自分が作ったカレーを今から他人が食べる。
数百年生きてきて、初めての経験にユルバは戸惑っていた。
まるで裸にされたかのように気恥ずかしい。
少し顔を赤くしながら、神狼の母は言った。
「どうぞ召し上がり下さい」
いっただきま~す!
手を合わせ、そして声を揃える。
それぞれが好きな具材を口に入れた。
熱々のカレーに舌鼓を打つ。
ほっく……。ほっく……。
まだまだ熱い野菜に、猫舌のニャリスが苦戦している。
ヘレネイが一口食べると、顔を輝かせた。
「うま~~~いぃ!」
感想を上げる。
「うん。僕はどちらかといえば、辛いのが好きだけど、甘いのもいいなあ。子どもの頃に食べたカレーを思い出すよ」
ランクも続いた。
熱々のカレーに苦戦していたニャリスも、ようやく飲み込む。
「ニャリスはどっちかというと甘い方がいいから、ちょうどいいニャ」
ノーラも満足げだ。
ユルバの方を向いて、「美味しいですよ」と笑顔で答える。
今まで自信なさげに下を向いていたユルバは顔を上げる。
ピンと銀色の耳を立て、モフモフの尻尾をグルグルと回転させた。
「ホントですか?」
「ウソなんてついてどうするんだよ。ほら、ユルバも食べろ」
ディッシュ自ら、カレーをよそう。
席を勧めると、ユルバの前にスプーンと一緒に置いた。
ふわり……。
独特な香りが鼻腔を突く。
すると……。
キュゥゥゥゥウウウウンンンンン……。
腹音が鳴った。
まるで子どもが乳を欲しているような。
随分可愛げのある音だ。
当然、顔を赤くしたのはユルバだった。
慌ててお腹を隠すが、すでに遅い。
数百年生きる神獣とは思えないほど可愛い音に、周りの人間や獣人たちは、ニヤニヤと笑った。
しかし、羞恥心よりもこの漂ってくる殺人的な香りには抗えない。
ユルバは人間の作法通り、手を合わせる。
「いただきます」と呪文を唱えると、いよいよスプーンを握った。
玉葱、人参、馬鈴薯に、お肉。そして麦飯。
どこから食べていいのか迷ってしまう。
みんなの食べ方を見ると、特に作法があるわけではないようだ。
ただユルバが気になったのは、やはり薬草汁――つまりはカレーそのものだった。
汁が溜まった場所にスプーンを沈める。
多少とろみのある汁がスプーンの皿に載った。
そのままパクリと口の中に入れる。
「はうぅぅぅぅぅうぅうぅうぅうぅうぅううううう……」
ユルバは絶叫する。
うまい!
でも、なんだこれ――と疑問も大きかった。
甘いには甘い。
けれど、ただの甘みではない。
肉の脂とも、果物の汁とも、野菜の甘みとも違う。
端的にいえば、とても総合的な甘みだ。
甘みの中に、ピリッと辛さもあり、独特な苦みもある。
野菜や肉が煮込まれたこともあり、旨みもある。
味がとても重層的なのだ。
いくつもの味が舌の上を通っていく。
まるで味の行進だ。
とんとんと舌の上で、味が足踏みする。
不思議だ。
たった1つの料理なのに、いくつも味がする。
今までユルバが作っていたものとは、まるで次元が違った。
では、野菜と一緒食べたらどうだろうか。
ユルバは恐る恐るスプーンに載せる。
初めはカレーの定番ともいえる馬鈴薯だった。
少し大きめに切った馬鈴薯にも、カレーがかかっている。
熱々のシャワーでも浴びたかのように湯気が立ち、ユルバを誘っていた。
「ふー。ふー」
息で冷ます。
少し温度が下がるのを見計らい、ぱくりと口を付けた。
「ほっふ! ほっふ!」
熱い。まだまだ熱い。
でも、美味しい。
馬鈴薯の甘みと、カレーの独特の苦みと辛みがよく合っている。
甘めに作ったものの、決して馬鈴薯の甘みを邪魔していないのもいい。
大きさもちょうど良かった。
包丁で切った時は、大きすぎたのではと思ったが、食べてみるとそうではない。
むしろ口の中で汁と溶け合うことによって、絶妙なハーモニーを生み出していた。
ユルバは続けざまに人参、玉葱を食べる。
こちらも美味い。
癖のある人参の甘みにも、野菜の中でも取り分け強い甘みを感じる玉葱にも、カレーはベストマッチしていた。
特筆すべきは、そのどれもが邪魔になっていないこと。
どんな相手にも決して悪い思いをさせない。
むしろ引き立てていた。
まるで食材のプレイボーイのようだ。
「肉は麦飯と一緒に食べるのがいいニャよ」
ニャリスはアドバイスを送る。
器用にカレーがかかった麦飯とサイコロ状に切られた肉を掬う。
豪快に3者をパクリと頬張った。
「にゃっは~~~~んんんんん……」
ご機嫌な声とともに、喉をゴロゴロと鳴らした。
幸せそうな表情を浮かべて、口の中のカレー、肉、麦飯を咀嚼する。
その顔を見るだけで、美味しそうだ。
ユルバもまたチャレンジする。
まず麦飯を掬い、そこに肉を載せる。
うまくバランスを取りながら、ニャリスと同じく一気に頬張った。
「うんまぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁあぁあぁあぁあいいいい!!」
再びユルバは絶叫する。
確かにニャリスの言うとおりだ。
カレーと肉、そして麦飯が渾然一体となっていた。
麦飯は若干パサパサしているが、カレーと一緒に食べると全然気にならない。
どろっとしているから、逆に麦飯によく馴染み、汁だけで食べるよりも美味しく感じる。
さらに、そこに肉の歯ごたえだ。
一口サイズに切られた肉と一緒に食べることによって、より噛み応えが増す。
噛めば噛むほど、肉の甘みが広がり、カレーの甘みとよく合った。
それに心なしか、普通に茹でるよりも柔らかく感じる。
噛むと繊維がほどけ、そこにカレーがどんどん染みこんでいく。
麦飯と同じく咀嚼するたびに、味が深まっていくように感じた。
ユルバは、そのまま麦飯と肉を一気に掻き込んだ。
口の周りにカレーが付いても気にしない。
いつの間にか夢中になっていた。
こんなに料理に対して、熱中したのは数百年生きてきて初めてのことだった。
「良かったら、これもどうですか?」
ノーラがユルバに差し出したのは、パンだ。
ネココ亭の店主は温めたパンに切れ目を入れる。
そこにカレーと具を流し込んだ。
即席のカレーパンの出来上がりだ。
カレーの匂いと色に、ユルバは魅了されていた。
即答で頷く。
ノーラはニコリと笑って、差し出した。
どうやって食べようかと迷っていると、横でヘレネイがお手本を見せてくれた。
大きく口を開け、パンの先端を押し込むように口に入れる。
そのまま勢いよく噛みちぎった。
ユルバも倣う。
「おいしいぃい!!」
再び叫ぶ。
カレーとは魔法の料理なのだろうか。
飯だけではない。
パンにも絶妙にマッチしていた。
素朴な味わいに、カレーの甘み、或いは辛みが合っている。
特にパンは味が滲みやすい。
しかも、サクッとしていて、噛み応えも申し分なかった。
これも一瞬で平らげる。
気がついた時には、指についたカレーを舐めていた。
「どうでした、ユルバさん」
ノーラは尋ねる。
ユルバは満足げに頷いた。
「美味しかった。ノーラ殿のパンも……。もう1杯おかわりしたいぐらいです」
「それは良かった。でも、カレーって、明日食べる方が美味しいんですよ。だから、今日全部食べるのはもったいないんです」
「そ、そうなのか。それは楽しみです」
ユルバが感心する。
そこにディッシュが口を挟んだ。
「1日寝かせると、具材によく味が馴染むからな。でも、1日寝かせなくても、美味しくなる方法はあるんだぜ」
「え? 本当かニャ、ディッシュ」
「ああ。野菜や肉ってのは、冷たい時ほど味が馴染むんだ。だから、鍋ごと氷水で冷やすと、一気に味が染みこむぜ」
ニャリスはポンと手を打つ。
ノーラやヘレネイたちも感心していた。
「さすがディッシュにゃ!」
「だったら、私はね――」
カレー談義が始まる。
ノーラだけではなく、ヘレネイたちも参戦し、我が家の料理について語った。
ユルバは感心しながら、話を聞く。
「色々な作り方があるのですね」
「そうだよ。家ごとに、それぞれのカレーの味があるからな。そこに答えなんてないんだよ」
「ディッシュ殿の家にもあるのですか」
と訊かれ、ディッシュは黙る。
少し困った表情を浮かべて答えた。
「実はあまり覚えてないんだ。カレーの味を覚える前に、母ちゃんは死んじゃったからな」
「そ、それはすいません。私ったら大変な失言を」
「いいんだよ。……だから、ウォンには覚えておいてほしいんだ」
母親の味を……。
本当にカレーって家ごとに違いますよね。
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