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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第3章
68/209

menu66 ゼロスキルのお漬け物

後書きにお知らせがございます。

どうぞ最後まで召し上がり下さいm(_ _)m

 彼はディッシュ・マックホーンと名乗った。

 6歳の頃、とある理由で街を追い出され、以来山で暮らしているらしい。

 フェンリルと出会ったのは、つい最近のことのようだ。

 飴で餌付けしたという。信じがたいこことだが、現にディッシュ・マックホーンが差し出した飴を、フェンリルは随分嬉しそうになめている。


 何より信じられないのが、ディッシュが『ゼロスキル』であることだ。

 ゼロスキル――つまりは能力なし。

 そんなこと聞いたことがない。


 聞けば聞くほど、信じられない話ばかりだ。

 だから、ギルドの外交員であるルヴァンスキーは、そのすべてを信じないことにした。


 きっと何かがあるはずだ……。


 そもそも説明が付かない。

 6歳から山で暮らした?

 馬鹿な。どうやって生きていける。

 ここは魔獣の巣窟だ。

 きっと協力者がいるに違いない。


 神獣を飼い慣らしているというのも嘘だろう。

 おそらく神獣を無理矢理束縛しているのだ。

 皆目見当も付かないが、きっと違法な実験に手を染めているに違いない。


 ゼロスキルというのも、もちろん嘘だ。


 暴いてやる……。


 義侠心に狩られたルヴァンスキーは、勧められた椅子に座り、周囲を油断なく見回した。


 見れば見るほど、普通の家だ。

 若干とっちらかってはいるが、怪しいものはない。

 あと、すっごくいい匂いがするが、これもきっと魔薬を焚いたものなのだろう。


「なるべく吸わないようにしなければ」


 口元を抑えながら、ルヴァンスキーは息を殺す。


「うん? なんか言ったか?」


 台所に立ったディッシュが、くるりと振り返る。

 その手にはお玉が握られていた。

 鍋の中で、何やら茶色のスープをかき混ぜている。

 おそらく匂いの元は、そこからだろう。


 反応したのは、ディッシュだけではない。

 外で待機するウォンも同様だった。

 ルヴァンスキーの心根に気付いているのか。

 むぅと鼻頭に皺を寄せて、牙を剥きだしている。


 ルヴァンスキーは慌てて目を反らした。


(落ち着け……。まずは証拠を押さえねば)


 今、この状況に至っても、ルヴァンスキーに逃げるという文字はなかった。

 とことん職務に忠実な男。

 それが彼の(さが)だった。


 ディッシュは料理を運んでくる。

 どれも見たことがない。


(白い麦飯に、先ほどの茶色のスープ。焼き鮭はわかるが、この黄色い根菜のようなものはなんだ? 大根? いや、それにしては細い……)


「いただきます」


 横でディッシュが手を合わす。

 入口に立つ神狼もぺこりと頭を下げた。

 飼い主と飼い狼は、揃って食事を始める。


 箸が器を叩く音が聞こえる。

 鼻を突く香りは、実に美味しそうだ。

 普通……。

 あまりに普通の食卓だった。


 ここが山奥で、側にいるのが得体の知れない青年と神狼を除けばだが……。


「どうした? 食わないのか?」


 ディッシュは口元に白い粒を付けて振り返る。

 もぐもぐと口を動かしながら、言った。

 実に野蛮。行儀が悪い。


 ルヴァンスキーは生真面目ゆえ、とても行儀にうるさい。


 こみ上げてきた怒声をぐっと押さえ、ギルド職員は尋ねた。


「でぃ、ディッシュ殿。これは?」


 指を差したのは、茶色のスープだ。

 中には海草だろうか。

 その他にも東方で食べられている豆腐が入っている。

 冒険者時代に、1度だけ豆腐を食べた経験があり、ルヴァンスキーは覚えていた。

 まさかこんな山奥で食べられるとは……。


 問題はこの茶色が何で出来ているかということだ。


(まさかアレで出来ているとはいわんよな)


 どうやら、毒ではないらしい。

 ディッシュも、ウォンという神獣も実に美味しそうに食べている。


「それはな。ミソだ」


「ミソ?」


「ああ。スピッドの豆を発酵させてだな……」


「スピッドの豆で出来ているのか!?」


 いやいや、ちょっと待て。

 スピッドの豆で出来たスープ?

 おかしいだろう。

 スープにするには、大量の豆が必要だ。

 こんな山奥に住んでる青年が、高価なスピッドの豆を持っているわけがない。


(ははん……。なるほど)


 本当はスピッドの豆などではない。

 おそらく別の豆なのだ。

 何か違法な方法で作られた。

 説明しようとして、咄嗟にスピッドの豆といったに違いない。


 ふふふ……。


 墓穴を掘ったなディッシュ・マックホーン。

 後で徹底的に追究してやる。

 ともかくスープを確認しよう。

 違法な効果があるかもしれない。


 あと、美味しそうな匂いがするしな……。


 ……。


 長いモノローグの末、ようやくルヴァンスキーは口を付ける。


 木の椀に手を掛け、一口すすった。


 ずず……。



「うんめぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇ!!」



 ルヴァンスキーは絶叫した。


(なんだ、この豊かな甘味は……。玉蜀黍(ヤクーテ)や玉葱、牛骨とも違う。まろやかで、独特のコクがある。それに――)


 今度は、具の海草、そして豆腐を摘まんだ。


(スープが絡んだ海草と豆腐との相性もいい。海草の塩気とミソの甘さがベストマッチだ。豆腐の独特の食感に絡んだミソも悪くない。よく染み込み、素朴な味に強いアクセントを与えている)


 美味い。


 山の中で味わえるものとは思えない。

 それほど、料理の底が深い――と、そう思わせる食べ物だった。


 この時から、ルヴァンスキーの目の色が変わる。

 その目が次にターゲットとして選んだのは、白い麦飯だった。


「こ、この白い麦飯は一体?」


「それは麦飯じゃねぇよ。マダラゲ草の種実だ」


 マ……。


 マダラゲ草の種実だとぉぉぉぉおおおおおおお!!


 メラリ……。


 すると忘れかけていた使命感が再燃する。

 ルヴァンスキーは己の仕事のことを思い出した。

 間髪入れず、微笑む。


(くくく……。鬼の首、獲ったぞ!!)


 心の中で勝ち誇る。

 ミソスープで濡れた口元がわずかにつり上がった。


 マダラゲ草は別名「痺れ草」。

 つまりは毒草だ。

 確かに毒があるのは、葉の中だ。

 種実には少ない。

 だが、毒草であることは間違いない。


「ディッシュ殿、一体あなたは私に何をしようというのですか? マダラゲ草は毒草。如何に種実といえど、毒草を私に食わそうなど……」


 ルヴァンスキーは静かに反論を始める。


 が……。


「心配するな。聖水で洗ってる。毒は消えてるぞ」


「え? 聖水? そんなものどこに?」


「そこの甕に一杯入ってる」


 ちょっとお行儀悪く、ディッシュは箸で指し示す。

 ルヴァンスキーは立ち上がり、甕の中を見た。

 思わず、ごくりと喉を鳴らす。

 間違いない。

 聖水だ。

 それが、甕の縁のギリギリところまで入っている。


「こ、こんなせ、聖水どこで?」


「うちによく現れる聖霊(ヤーム)が作ってくれるんだ」


「せ、聖霊!!!!」


 そんな馬鹿な。

 聖霊って!

 神獣と同じくらいレアな存在なんだぞ。

 それが……。

 え? なんで?


(なんで? この正体不明の山男に、聖水を授けているのだ?)


 ルヴァンスキーは何か打ちひしがれた気分になる。

 すとん、と椅子に座り直した。

 眼鏡のレンズに映ったのは、白いマダラゲ草の種実。

 白い湯気が、女の腰のように揺れていた。


 もぐもぐとディッシュは食べている。


 明らかに毒草なのに、その効果が身体に出る気配はない。

 神獣も同様だ。

 実に美味しそうに白い種実を食べている。


 ルヴァンスキーは意を決した。

 お椀を取り、箸を握る。


 いよいよ毒草マダラゲ草を実食する。


 これも職務のうちだ。


(願わくは、我が犠牲によって、目の前の青年の罪が明らかにならんことを……)


 ままよ!


 神に祈る気持ちで、一気に掻き込んだ。


「うんんんんんまあああぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁあぁあぁ!!」


 美味い。


 なんだ、このモッチリとした食感は?!

 それに噛めば噛むほど甘味が湧き出てくる。

 他に形容する言葉が見当たらない。

 なのに、箸が止まらない。

 胃が喜んでいるのがわかる。

 まるで歯や舌ではなく、腹で食べているような気分になる。


 ルヴァンスキーはむしゃぶりつく。

 スープを飲み、マダラゲ草の種実を掻き込む。

 焼き鮭をほぐし、また掻き込む。

 鮭の塩気と、素朴な味わいの種実が絶妙にマッチしていた。


 ルヴァンスキーのたがが外れた。

 思いの外、お腹が空いていたのだ。

 そしてついに限界を迎える。

 職務に対する忠誠心が、ゼロスキルの料理によって、破壊された。


 食の権化となり、一心不乱に食に没頭し始める。


 恍惚とするルヴァンスキー。

 その横で奇妙な音を聞いた。


 しゃくしゃく……。しゃくしゃく……。


 何とも腹をそそらせる咀嚼音。

 横を見ると、ディッシュがあの大根のようなものを噛んでいた。

 少し硬いのか。

 ゆっくりと咀嚼している。

 その顔を見るだけで、ルヴァンスキーには美味しそうにみえた。


 もういい。


 これが何かなど、もう――どうでもいい。


 とにかく今は食べたい。


 この未知の料理を食したい!


 ルヴァンスキーは何も聞かず、箸を伸ばす。

 根菜を口の中に入れた。


 しゃく……。


「むほほほほほほほほほほほほほ……!!」


 ルヴァンスキーは絶叫した。


 漬け物だ!


 一般的には塩漬けが主流だが、これはどれも違う。

 塩、あと砂糖を使っている。

 おそらく甘味があるのはそのためだろう。

 しかし、それとは別に何か酸味のようなものを感じる。


 これは一体?


「マダラゲ草の種実の表皮で漬けてるんだ。こんな風にな?」


 ディッシュは『ヌカドコ』という壺を見せてくれた。

 ふんわりと何か甘酸っぱい匂いがする。

 この中で、例の大根を漬けているのだという。


「まさか……。マダラゲ草の種皮で、こんな美味しいものを作れるとは……」


 再びルヴァンスキーは、漬け物を頬張る。


 しゃくしゃく……。しゃくしゃく……。


 塩気と甘味、そして酸っぱさ。

 この3つの味がいい配合具合で舌を刺激してくれる。

 食感もいい。

 特別硬いわけではなく、むしろ歯に気持ちいい。

 噛んだ瞬間、口の中いっぱいにしみ出す味も最高だ。


 何よりこの小気味良い音が、空かしたお腹をさらに刺激する。


「いやあ、美味しい。この大根の漬け物は最高だ」


「それ、大根じゃないぞ?」


「へ?」


 これだ。

 ディッシュが取り出したのは、一本の根菜だった。

 やはり大根ではないか。

 そう思ったが違う。

 少し小さい。

 ちょうど大根と人参の中間ぐらいだ。


「んん?」


 ルヴァンスキーは眼鏡を吊り上げ、よく観察する。


 根菜の部分に、目と口のようなものがあったのだ。


 やがてわなわなと、ギルド職員は口を震わせる。

 顎を大きく開き、しまいには閉じられなくなった。


「ま、まさか……。それって――」


「そうだ。マンドラゴラの漬け物だ」



 ま、まんどらごらあああああああああああああああああ!!



 抜いた瞬間、死に至らしめるほどの悲鳴を上げる魔獣マンドラゴラ。

 その魔獣もかくやというほど、ルヴァンスキーは絶叫した。


 翌朝、彼は無事下山する。

 関係者の話によれば、何か人が変わったかのように落ち込んでいたという。


【お知らせ】

某所では匂わす程度では発表したのがですが、

読者の皆様のおかげをもちまして、『ゼロスキルの料理番』の書籍化が決定いたしました。

今のところ、書籍化するということしか言えないのですが、

随時情報を更新していきますので、今しばらくお待ち下さい。


念願の書籍化をすることが出来たのは、ひとえに読者の皆様のご声援があってこそと思います。

改めて感謝申し上げるとともに、いっそう美味しい小説ができるよう、

これからも頑張りますので、引き続きよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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