menu50 マッシュルームハンティング
今回は料理もお話もシンプルなものをご用意しました。
今日もどうぞ召し上がれ!
くしゅん……! くしゅん……! くしゅん……!
早朝。
朝靄が煙る山で、くしゃみを3連発したのは、ウォンだった。
「うぉん……」
珍しく困り顔で、ねぐらの中で臥せている。
いつも元気よくピンと張った耳も、今はだらりと垂れていた。
「おーい。大丈夫か、ウォン」
顔を出したのは、ディッシュだった。
主の顔を見つけると、途端に立ち上がり、目を輝かせた。
は、は、は、と息を吐きながら、ディッシュの下へと駆け寄る。
よしよし、と撫でられると、くぅんと甘えた声を出しながら、主の身体に染みついた美味しそうな匂いを堪能した。
しかし――。
くしゅん……!
またくしゃみをする。
黒い鼻穴からずるりと鼻水が飛び出した。
ずるずると音を立てて飲み込む。
「どうした、ウォン? お前、もしかして風邪か?」
ディッシュは慮った。
最近、急に寒くなってきたような気がする。
日中こそ暖かいが、朝の冷えようは真冬に近い。
息を吐くと、ポッと白い湯気が見えた。
ウォンをいつも通り優しく撫でてやる。
フワフワだが、モフモフではない。
いつもよりも、毛先に力がないような気がした。
くちゅん……!
豪快にくしゃみをしたのは、ディッシュの方だ。
ウォンと同じく鼻水を啜る。
「俺も風邪かな……」
首を傾げる。
かといっても、熱が出ているわけでも、節々が痛いわけでもない。
頭は冴えているし、身体がだるいといった初期症状もなかった。
強いて言うなら、鼻の奥がムズムズする。
「あ――――ッ。そうか。もうあの季節か……」
ディッシュはポンと手を打った。
すると、ウォンの鼻に土を突っ込む。
穴を完全に塞いでしまった。
鼻で息が出来なくて、ウォンは戸惑っている様子だ。
「苦しいだろうが、今日1日はそうしてな、ウォン」
「うぉん……」
「大丈夫だ。お前がくしゃみをする元凶と、あと――」
美味しいものを作ってやる。
そう言うと、ウォンは目を輝かせた。
興奮して、鼻に突っ込んだ土がポンと飛び出す。
甘えるように鼻頭を主に擦りつけた。
今一度撫でてやる。
幾分、体毛に張りが戻ったような気がした。
くしゅん……!
またくしゃみをする。
鼻水がべったりとディッシュに貼り付いた。
「ウォンは大人しくしておけ。狩りには俺1人でいくから」
「うぉふぅ……」
「大丈夫だ。ウォンにはいつも助けてもらってるからな。たまには、俺が助ける側に回らないと」
「うぉん……(わかった)」
「いーこだ。ちょっと待ってろよ」
ディッシュは包丁を腰に装備し、いつも通り背嚢を背負って、出かけていった。
◆◇◆◇◆
山は秋から冬の景色へと衣替えを始めていた。
鮮やかに色づいていた紅葉も、かなり色あせている。
すでに丸坊主になった木もあり、枝の隙間から薄い灰色の空が広がっていた。
足元には、枯葉の絨毯だ。
これが狩人にとっては、難問だった。
落ちたばかりの枯葉は踏むと結構な音がする。
その足音に気付いて、野生動物が警戒を強めるからだ。
しかも、落ちた木の実なども隠してしまうから、山で暮らすディッシュにとっては、悩ましい問題だった。
いつもよりも慎重に歩いていく。
特に足裏に神経を集中させながらだ。
何かを探るように、そして鼻を利かせながら、山を進んだ。
背中が寒い。
きっと相棒がいないからだろう。
でも、昔は1人だった。
思えば、最近たくさんの人間に助けられている。
ウォン、アセルス、フレーナ、エリザ、キャリル、アリエステル、ロドン……。
ゼロスキルがぁ!
と虐げられていた子供の時とは、かなり環境が変わってきた。
自分、そして料理を認めてくれた人たちのための料理。
いつも生きるための狩猟や料理をするディッシュだが、今日は感謝するために頑張ろうと決めた。
「お……」
ディッシュはピタッと足を止めた。
恐る恐る踏み抜いた右足を上げる。
慎重に落ち葉を払うと、出てきたのは、平べったい傘のようなものだった。
つんつんと指先で押す。
すると、ぷしゅっと何かが放出された。
くちゅん……!!
ディッシュは盛大にくしゃみをする。
慌てて背嚢から布を取り出すと、鼻と口の周りを覆った。
「見つけたぞ……」
思わずにししと笑う。
ウィスパーマッシュ。
別名『お化けきのこ』だ。
低級の悪霊が特定の茸に取り付き、肥大化した魔獣。
このきのこの傘だけが出ているのは、まだ幼獣であることを示している。
おそらくこのまま成長すれば、土から出てきて、小さな虫や鳥を食べるお化けきのこへと変化するだろう。
今が成獣になる時期の彼らは、土から出る前に、胞子を飛ばす。
それが獣や人間の鼻腔を刺激して、くしゃみが出るというわけだ。
神狼を悩ますほど厄介な生態だが、逆に食べ頃を示す合図でもある。
胞子の放出とくしゃみは、秋の味覚の収穫を告げる――まさにささやきなのだ。
ウィスパーマッシュは、土の中から出てくると、ゼロスキルのディッシュにとっては厄介な魔獣だ。けれど、土の中で大人しくしてる分には、ほぼ無害といっていい。大人しい魔獣なのだ。
その採り方も、実に簡単。
きのこの傘に聖水をかけるだけ。
これだけで、きのこに取り付いた悪霊を祓うことが出来る。
聖水がなければ、焼けた石を置くだけでも、十分効果はある。
調べてみると、この辺りはウィスパーマッシュの群生地らしい。
ディッシュは聖水を振りまいた。
悪霊がいなくなれば、胞子の飛散も止む。
少しはウォンの鼻の助けにはなるだろう。
聖水を撒いた後、ディッシュはもう1度傘を押した。
胞子が出ない。悪霊が祓われた証拠だ。
すると今度は、丁寧に傘の周りを掘り始めた。
しばらくして、大きなウィスパーマッシュを引っこ抜く。
ディッシュの腰までくらいある大きさだが、見た目よりも軽い。
それよりも良い香りがしてきた。
胞子に苦しめられていた鼻には、この芳醇な香りはご褒美だ。
弾力も申し分ない。
ディッシュの経験上、柄部分に「目」が出ていないのが、状態としてもっとも良いと考えていた。
「よし……。早速、ウォンに食わせてやろう」
背嚢の上に、ウィスパーマッシュを乗っけて、ディッシュは『長老』で待つ飼い狼の下へと歩いて行った。
◆◇◆◇◆
「うぉん!」
ウォンは立ち上がる。
ヒュンヒュンと尻尾を振った。
主に詰められた土が、またポンと飛び出す。
すると、主の匂いとともに、美味しそうな香りが鼻腔を突いた。
ねぐらを飛び出す。
ちょうどディッシュが、家の中に入っていくところだった。
「うぉん!」
ぐるぐると主の周りを回り、歓迎した。
「よしよし。大人しくしていたか、ウォン」
「うぉん!」
元気の良い吠声が返ってくる。
いーこいーこと撫でてやった。
毛がモアモアになっていた。
モフモフまであと1歩というところだろう。
「今から、美味しいご飯を作るからな。ちょっと待ってろよ」
「はっ。はっ。はっ。はっ」
ちょこんと座る。
待ちきれないといった様子で、舌を出し、涎を垂らした。
胞子による鼻炎は治ったらしい。
美味しそうな匂いを前にして、忘れてしまったかのようだ。
ディッシュは獲ってきたウィスパーマッシュを下ろす。
外にある調理台の上に寝かせた。
水でしっかりと泥を落とす。
やがて、【剣神】が鎚った包丁を取り出すと、繊維に沿って切れ目を入れた。
その切れ目に沿い、両手をかける。
軽く力を入れた。
ぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつぷつ……。
きのこの繊維がチーズのように割けていく。
同時に香りがつんと鼻に突いた。
雄大な――森の香りだ。
目を閉じると、梢の音、沢の音、動物の鳴き声が聞こえてくるようだった。
1つのきのこの中に、森そのものが入っていた。
ディッシュは鉄鍋を獲りだし、牛酪を溶かした。
バターの甘い匂いと、きのこの香りが混ざり合う。
それだけでお腹がキュッと締め付けられた。
たまらずウォンは唸りを上げる。
牛酪を溶かし、鍋一杯に入るサイズにきのこの柄を投入した。
じゅうぅぅぅぅうう……。
豪快な音とともに、白煙が上がった。
さらに大蒜、塩、胡椒を加える。
両面をよく焼き、真っ白なきのこが飴色になるのを見計らって、鍋から獲りだした。
皿に盛ると、刻んだ青葱を振りかける。
見た目は肉厚のステーキのようだ。
お化けきのこのステーキの出来上がりだ。
ウォンの前に差し出す。
ディッシュは自分の分も作ると、同時に「いただきます」と手を合わせた。
アセルスからもらったナイフとフォークを使い、自分の指より太いきのこに入刀する。
柔らかい。
調理している時もそうだった。
力もない、スキルもないディッシュでもあっさりと割くことが出来る。
魔獣が全部こんなのだったらいいのにと思うのだが、そうはいかないのが現実だ。
さて、問題は味、そして食感である。
ディッシュは口に運ぶ。
ウォンもまたきのこの角を頬張った。
「うっほおおおおおおおおお!!」
「うぉっおおおおおおおおお!!」
主と飼い主は同時に叫び声を上げる。
美味い!
きのこ本来が持つ独特の苦み。
そしてその傘に隠れた旨みが絶品だ。
そこにバターの甘み、塩と胡椒が合わさり、絶妙な四重奏を奏でている。
苦みは決して、後を引くものではない。
むしろ全体の味に深みを与え、引き立たせてくれていた。
驚くべきは食感だ。
あれほど柔らかい繊維質の部分が、噛んだ瞬間驚くほど歯を押し上げてくる。
牛肉のような弾力があり、繊維に沿って咀嚼すれば、牛酪が染みこんだきのこの味が口の中に広がっていく。
きのことは思えないほど重量感に対し、最後に散らした青葱の爽快感が頼もしい。
おかげで、ディッシュの手の平よりも大きいきのこステーキを、ぺろりと平らげてしまった。
膨らんだお腹を、ディッシュはペンと叩く。
お行儀の悪さだけは、あの食いしん坊騎士とそっくりだった。
「美味かったか、ウォン」
「うぉん!」
ウォンも完食する。
それどころか、尻尾を振りながら、鼻先で皿を押す始末だ。
「この食いしん坊め」
ディッシュはウォンの毛を代金代わりに撫で回す。
モフモフだ。
張りと艶。
申し分ない。
お腹も一杯。
このままウォンを枕に昼寝といきたいところだ。
神狼は全快していた。
朝の調子の悪さは、どこへいったという状態だ。
「うぉん!」
元気な神獣の声が、今日も山にこだました。
サブタイは大好きなアニメのサントラよりいただきました。







