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menu47 東方から来た老人

今日は料理はないですが、

どうぞ召し上がれ!

 今日もアセルスは、ディッシュの家を目指していた。

 最近色々とあったから、朝からこうして『長老』へと向かうのは久しぶりだ。

 ゆっくりとゼロスキルの料理を味わうことができると思うと、いつもより足取りが軽くなる。


 ディッシュと2人っきり……。

 それもまた、アセルスの中では大きくウェイトを占めていた。


 気がつけば『長老』の前だ。

 どうやらディッシュはいないらしい。

 煙突からは煙が出ていないし、何より気配がない。


「(またウォンを連れて狩りに出かけたのだろうか?)」


 先日、城から帰ったばかりだというのに忙しい。

 だけど、ディッシュにとってこの山は、食料庫のようなものだ。

 そして、そこから食糧を取り出さなければ、彼は飢えて死んでしまう。

 彼は、そういう生き方を選んだ。

 だからこそ、あの珠玉の料理を生み出せるのだと思う。


 食に困らない生活をしたいなら、王妃エヌマーナの恩寵を受け、アセルスと同じく貴族になっていただろう。


 正直に言うと、アセルスはホッとした。


 確かにディッシュが認められることは、嬉しい。

 たくさんの人にもっとゼロスキルの料理を知ってもらいたい。

 山の中だけではない。

 世界中の人に、その名前が轟く料理人になってほしいとは思う。


 けれど、逆の気持ちもある。


 こうして山に赴き、ディッシュの料理を食べる。

 なんでもないことだし、街で食べるより不便かもしれない。

 でも、アセルスにとって格別であり、かけがえのない日常だった。

 それが壊れる……。

 想像するだけで胸が痛くなる。


 白いテーブルクロスを引き、お互いの顔をほのかに明るい燭台の火にさらしながら、静かにそして安全に食べる生活もいいだろう。


 それでも、この山がいい。


 森と土、かすかな煙の匂いが混じる深緑の底で食べる。

 大好きな(ヽヽヽヽ)人と……。


 それがもっともディッシュの料理を美味しく食べられる方法なのだと思う。


 はっ……。


 アセルスは、顔を赤くする。

 急に体温が上がるのを感じた。


「(はあ……。私は何を考えているのだ……)」


 恥ずかしい。

 これほど、料理と恋に燃える自分が。

 でも、悪い気分ではない。


 いつかきちんと整理をつけよう。

 そう思い、アセルスは目線を上げた。


「うわぁ!!」


 聖騎士は飛び上がる。

 座っていた切り株を跨ぎ、後方へと下がった。


 Sランクの聖騎士を驚かせたのは、魔獣でもない。

 その想い人でも、神狼ではなかった。


 人だ。

 しかも、初老は優に越えているだろう老人。

 真っ白な長髪と、それと同じぐらい伸びた白鬚。

 目は細く、寝ているように見えるが、薄く開いた瞼からは油断のない眼光が見えた。


 この辺りの人間ではないだろう。

 肌が若干黄色く、小男だ。

 何より着ているものからして違う。

 1枚の長絹を身体に巻いたような変わった服装だった。


 おそらく東方の人間だろう。

 向こうの人間は肌が薄黄色く、鼻が丸いのが特徴だった。


 小さな体型から、辺りでは侮られることが多い人族だが、アセルスの目の前にいる老人は、違う。

 油断できないというレベルにない。

 わずかな隙間すら見当たらない、といった方が正しいだろう。


 距離にして、10歩。

 考え事をしていたとはいえ、アセルスがここまで近づかれたのは、ディッシュに次いで2人目だった。


 老人は切り株に座り、杖の上に両手を置いた。

 ともかく悪い人間ではないらしい。

 気配こそ厳格だが、殺気も怒気も感じない。

 向こうもアセルスが気になるらしく、探っているような印象だ。


「…………」


「…………」


 で――結局、沈黙に至る。

 なのに、頭の中では様々な思考が錯綜していた。


 一体何者なのか?

 ここで一体何を?

 もしかしてディッシュの知り合い?

 まさか親戚とか?

 挨拶をした方がいいだろうか?

 いや、というか……。向こうも何もいわないのは何故だ?


 今にもガリガリと頭を掻いて身悶えたい。

 そんな衝動を必死に抑える。


 一方、老人は相変わらず、油断のない眼光を放ってくる。

 ぐっと締めた顎には皺が寄り、石像のように微動だにしない。

 まるで剣豪と向かい合っているかのようだ。


 このままでは一生このままだ。


 アセルスはとうとう意を決した。


「わ、私の名前はアセルス・グィン・ヴェーリン! カルバニア王国子爵だ。ここには、ディッシュ・マックホーンに会いに来た」


 堂々と名乗りを上げる。

 しかし老人に変化はない。

 切り株の上に腰を下ろし、杖に手を置いたままだ。

 表情も変わっていない。

 せめて口元や目元が動けば、感情の機微がわかるのに、それすら皆無だった。


「…………」


 返ってきたのは沈黙だった。


 弱った……。

 アセルスは迷う。


 せめて名前ぐらい名乗ってほしかった。

 これでは、こちらが名乗り損ではないか。

 人形に向かって叫んでるみたいで、若干気恥ずかしかった。


 すると、老人はおもむろに立ち上がる。

 スタスタとアセルスに向かって歩いてきた。

 突然の行動に、聖騎士はどうしていいかわからない。

 魔獣に遭遇した時のように、腰に下げた剣の柄に手をかけた。


 つと老人の足が止まる。

 そっと杖を掲げた。

 なにを? 眉をひそめる間もない。

 キィンと乾いた音を立てると、杖が2つに割れた。


 現れたのは美しい刀身だ。


 東方の剣だろう。

 細く、わずかに反った刀身。

 木漏れ日を受けて、光が刃を滑っていく。


 見事だ……。


 一瞬、アセルスの魂はその剣に食べ尽くされた。

 刃についた穏やかな波模様。

 武器でありながら、女性の身体のように優美な曲線を描いた反り。

 対して逆刃は黒っぽく、男性的な力強さを感じる。


 武具でありながら、それは1つの芸術だ。

 いや、人そのもののあり方を語りかけるようであった。


 アセルスは決して専門家などではない。

 だが、武に生きる騎士でもある。

 戦場で手にするものが、如何にすごいものであるかは、一目見てわかった。


 老人は1度杖の中に刀身を納める。

 片手で持つと、そっとアセルスに差し出した。


「え?」


 一瞬戸惑ったが、アセルスは恐る恐る手を伸ばす。

 杖を握っても、老人が何かをするわけではない。

 自ら手を離し、目の前の女騎士に手渡した。


「御仁……。拝見してもいいのか?」


 初めて老人はアセルスの言葉に応答する。

 大きく頷いたのだ。


 ありがとう、と礼をいう。

 改めて杖鞘から刀身を抜いた。

 やはり見事だ。

 あまりの魅力的な姿に、引力を感じる。

 心だけではない。身体すら引っ張り込まれ、剣と一体になろうとしてしまう。


 妙な言い方かもしれないが、ディッシュの料理を食べている時と同じだ。


 ゼロスキルの料理にも、引力を感じる。

 料理の魅力。料理人としての魅力。

 そして食材と身体が一体化したような感覚。


 それと同じ物を、この刀身からも感じることができる。


 老人がくいっと指を動かした。

 杖を返してほしいのかと思ったが、違う。

 指差す。

 どうやらアセルスの剣が見たいらしい。


 一瞬、どうしようか迷った。


 この剣は貴族になる際、国王から賜った由緒ある業物なのだ。

 本来なら、家に飾るのが適当なのだが、剣の鍛ち手から是非戦場で使ってほしい、と製作を決める際、条件を出されたのだという。


 カルバニア陛下に条件を出すとは、よほどの人間なのだろう。


(そういえば、東方の鍛治師だと聞いたな。名前は――――)


 思い出せない。

 馴染みがない名前だったせいか。

 おぼろげな記憶しかない。


 ただ彼の国では【剣神】といわれるほどの鍛ち手だと聞いている。


 これはルーンルッドすべてに共通するが、綽名に【神】を付けるのは、余程の功績を挙げなければならない。

 自称するものは枚挙に暇がないが、その鍛ち手は皇帝から賜ったらしい。


 音に聞く綽名は、カルバニア王国にまで響き、国王に依頼させるまでに至ったというわけだ。


 迷った末、預けてみることにした。

 自分から何も差し出さないというのも、無礼と思ったからだ。


 アセルスは腰紐を外し、鞘ごと老人に差し出した。


 丁寧に頭を垂れる。

 ゆらりと白髪が揺れる姿には、どこか風情があった。

 両手で受け取る。

 慎重に鞘から引き抜いた。


 細い両刃の直剣。

 切っ先を空に向けると、刀身を撫でるように光が走った。


「…………っ」


 ん? とアセルスは首を捻る。

 一瞬、老人の髭の下が綻んだような気がしたのだ。


(笑った……?)


 老人はつぶさに刀身を観察する。

 まさに舐めるがごとくだ。


 剣の性質こそ違うが、気になることがあるのだろう。


 老人は思いの外、素直にアセルスに剣を返却した。

 再び頭を下げる。

 その後頭部を見ながら、慌ててアセルスも杖を返した。

 そして、また無言で頭を下げる。

 随分と謙虚なご老人らしい。


 バサッ!!


 野鳥が飛ぶ。

 不意に大きな気配が近づいてくるのがわかった。

 速い。

 アセルスは翻り、返してもらったばかりの剣の柄に握った。


「なんだ? アセルスじゃねぇか?」


 現れたのは、ウォンの背中に乗ったディッシュだった。

 女騎士の前に降り立つ。

 相棒から降りると、労うように腹を撫でた。


 そのウォンの毛が若干濡れている。

 どうやら川に行っていたらしい。

 ディッシュの手にも、川魚が吊された紐が握られていた。

 魚は完璧に血抜きされている。

 ウォンが食べたがって、鼻を擦りつけていた。


「じいさん、待たせたな」


 手を挙げ、気さくに話しかける。

 対して、老人は軽く頭を振った。


「ん? ディッシュの知り合いか?」


 もしやとは思っていたが、まさか本当に知り合いとは思わなかった。

 神狼に、聖霊……その次は、老人とは……。

 山にいるはずなのに、ディッシュの交友関係は広い。


 すると、老人は妙な行動に出た。

 ディッシュの耳元に顔を近づけ、何やらゴニョゴニョと喋り始める。

 無茶苦茶気になった。

 話の内容もそうだが、時々老人の視線がアセルスの方を向くのだ。

 間違いなく、聖騎士絡みの話だろう。


 ふんふんとディッシュは頷く。

 老人の言葉を代弁するかのように語りかけた。


「あのな。アセルス……。じいさんが『ありがとう』だってよ」


「いや……。別に私は感謝されるようなことは……」


「…………(またディッシュに耳打ち)」


 ディッシュは指を差した。


「お前の持ってる剣な。じいさんが作ったんだってよ。カルバニア王国用に作った直剣だから、よく覚えてるって。でも、ちゃんと使ってくれてるようで安心した。しかも、使い手は一流で、とても嬉しい、と」


「い、一流とは……。ちょっと照れる――って、はあ!? 待て、ディッシュ。この剣を、この御仁が作ったのか? じゃ、じゃあこの方は……」


「なんだ? まだ自己紹介してなかったのか? このじいさんはなんとかサイって名前で――え?」


「…………(ディッシュに以下略)」


「いやいや……。だったら、自分で自己紹介すりゃいいじゃねぇか」


「…………(以下略)」


「はあ!? 女の子と喋るのが苦手!?」


 アセルスは呆然とした。

 どんだけ奥手なんだ、この老人は。

 アセルスも人の事を言えないが、輪をかけて恥ずかしがり屋らしい。


 これでさっきからの沈黙はわかった。

 が、まだ正体が不明だ。

 アセルスの剣を作ったのが本当なら、今目の前にいる老人は――。


「この爺さんはケンリュウサイって名前でな――」


「ケンリュウサイ!!」


 そうだ。

 思い出した。

 そんな名前だった。


 【剣神】ケンリュウサイ。


 月さえ斬れる男と、古今東西に名を轟かせる名鍛治師だった。


次回は飯テロ回です!

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