menu41 魔猪のニンニク焼き
がっつりお肉会!
今日もどうぞ召し上がれ!
料理する準備は済んでいた。
七色草の花畑から離れたところに、野営が敷かれ、4つの焚き火がすでに燃えさかっていた。
その上に敷かれた大鍋の中の水は、すでに沸騰を始めている。
先んじて、ディッシュが指示を出しておいたのだ。
熱湯の中に、厚く切ったカリュドーンの肉を投入する。
何度か湯を交換しながら、しっかりと灰汁を取る。
全体的に獣臭さが取れてきたら、肉を1度水で洗い、湯を捨てた鍋の中に入れ、塩、胡椒、すりつぶした大蒜で和えた。
鍋に火を入れ、火袋の油、そしてアセルスからもらったバターを投入する。
この辺りの工程になると、匂いが変わってくる。
獣の臭さが、大蒜に緩和され、お馴染みの焼肉の香りが漂う。
何よりバターの豊潤な匂いが溜まらない。
鍋の底でゆっくりと溶けていく――その光景が目に浮かぶようだった。
アセルスとアリエステルは、大きく息を吸う。
周りの騎士たちもどよめいた。あちこちから涎を吸う音が聞こえる。
辛抱たまらんと、ウォンは遠吠えを上げた。
神狼の声に、鹿が驚き、夜の森へ逃げていく。
そう。すでに陽は沈んでいた。
4つの焚き火がパチパチと爆ぜ、周囲は橙色に染まっている。
火力を上げた。
鍋の中の肉を一気に焼き上げる。
青紫色の肉に、飴色の焼き目がついていく。
羽化でもするかのように、カリュドーンの肉は変態した。
美しい蝶のように輝き、爆発的な香りを羽根のように広げていく。
「よし!」
ディッシュは鍋を取り上げる。
いつも通り、にししし……と笑みを浮かべた。
カリュドーンの大蒜焼きの出来上がりだ。
早速、皿に盛った。
カリュドーンの肉は大きい。
かなり厚手には切ったが、200人ほどの騎士に余裕で行き渡る。
生憎と酒はないが、料理だけでも十分だった。
まさか山狩りをして、こんなご馳走にありつけるとは、考えもしなかっただろう。
代表として、アリエステルが挨拶をする。
「皆の者、大儀であった。無事、七色草を入手することができた。我が母も必ずや快復するであろう。そなたらの忠節を心より感謝したい」
おお! と歓声が上がり、手を叩くものもいた。
「まあ、それはそれとして……。長い挨拶は妾も嫌いじゃ。皆の胃袋も、弩弓のように引き絞られた頃であろう。料理人とその食材に感謝し、乾杯ではなく、この言葉で締めくくりたい」
アリエステルは手を合わせる。
すると、騎士たちも倣う。
アセルス、ディッシュも地面に腰を下ろしたまま、手を合わせ、ウォンは顔を上げた。
「ル・ベーレ!」
「「「「ル・ベーレ!」」」」
男女の入り交じった声が、夜の山野に響く。
緊張した空気は変わらない。
騎士たちは少し戸惑っていた。
アリエステルは「その食材」と濁したが、これは魔獣の肉だ。
彼らはまだ知らなかった。
魔獣の肉が、ちょっとした工夫によって美味しくなることを。
騎士は常に優雅たれという考えから、携帯品の中にはフォークとナイフが必須項目として入っている。
その食器を持ったまま、騎士達は固まっていた。
宴の空気がどんどんと沈んでいく。
「むぅぅほほほほほほほほっ~~!」
いきなり沈黙は破れた。
優雅さからはかけ離れたはしたない淑女の声。
一体誰だといわんばかりに、皆の視線が向く。
その先にはいたのは、金色の髪を振り乱した聖騎士アセルスだ。
ナイフとフォークを手にし、皿まで食いつくさんばかりの勢いで、カリュドーンの大蒜焼きを食べている。
その横で大狼が「うぉおおおおおおお!」と吠声を上げていた。逆立った毛がモフモフになり、横にいた主にわしゃわしゃと撫でられている。
その一角だけお祭り騒ぎになっている横で、アリエステルは静かに食事をし、頬を赤らめながら小さく……。
「ほにょにょにょにょにょにょ……」
訳のわからない言葉を呟いていた。
つい先ほどまで、カリュドーンと戦っていた人間や獣たちとは思えない。
人格が崩壊している。
それは勝利後の安堵感からくるものではない。
むしろ、魔獣の肉が持つ魔力のせいだろう。
ごくり……。
騎士たちは一斉に唾を飲み込んだ。
「食べよう……」
そういったのは、騎士の中でも年長の男だった。
騎士団の率いる長だ。
具足をつけたまま騎士団長は、皿を持ち上げた。
まず香りを嗅いでみる。
「ほにゅぅ~」
思わず変な声が出た。
はっと我に返る。部下たちが白い目で団長を見つめていた。
1度、咳払いし、もう1度匂いを嗅ぐ。
ああ……。吐息が漏れる。
突き抜けるような大蒜の匂い。
牛酪の甘ったるく豊潤な香り。
それだけで、山野をかけずり回った疲れが取れるようだ。
香りはそれだけではない。
漂ってきたのは、草原の匂いだった。
皿に載っているのは、どう見ても肉だ。
周りの草花の匂いが混じったのだろうか。
ともかく食べてみよう。
気になったのは、肉の硬さだ。
魔獣の肉は筋張っていて、硬い。
それが通説である。
しかし、肉にむしゃぶりついている聖騎士の様子を見ると、そんな苦労は感じない。
騎士団長はいよいよナイフを入れる。
瞬間、肉は衣をはだけるように切れた。
「な、なんという! 柔らかさなんだ」
灰汁取りの際、ディッシュは何度も熱湯に入れていた。
そのおかげもあるだろうが、ここまで柔らかい肉を見るのは初めてだ。
もちろん、食べるのも初めてだった。
切れ目からは蜜のような脂が溢れている。
それを見るだけで、食欲が湧いてきた。
涎を啜り、いよいよ実食に入る。
全部下たちが、騎士団長の一挙手一投足を見つめていた。
パクリ……。
「ふにょにょにょにょにょ~~」
ああ……。
うまい……。
その……。なんだ……。
うまい!
うまいしかいえない。
なんだ、これは?
本当に魔獣の肉なのだろうか。
とても信じられない。
うまい。ひたすらうまい。
言語野が潰され、頭の中で「うまい」という言葉が飛び交っている。
まず食感だ。
多めの油で焼かれた身の表面は、カリカリになっていた。
歯を入れた瞬間、パリッという音が脳髄にまで響く。
少し硬い表面を抜ければ、中はトロットロだ。
麺を吸い込むかのようにいつの間にか、肉が消えている。
後に残った甘い肉の脂が、花火のように広がっていった。
さらに塩、胡椒のピリッとした塩気が、一層味を引き立たせている。
特筆すべきは旨みだ。
他の肉と格段に違う。
肉であるはずなのに、巨大な木の実を食べているようだ。
同時に土の香りが鼻腔を突き、豊潤な大地を思わせた。
「はあ……」
騎士団長は艶っぽい吐息を漏らす。
見えていたのは、一面広がる草原だった。
はっと涼風が頬を撫でた瞬間、土の匂いが鼻を突く。
草原には、ポツンと小さな一軒家が建っていた。
入口の前には、父と母、それに妻と子供。
手を振り、にこやかな笑顔を浮かべている。
子供に会いたい。
最愛の妻を抱きしめたい。
育ててくれた父と母に感謝したい。
魔獣の肉を食いながら、ふとそんなことを思った。
気が付けば、涙を流していた。
肉の脂だけが残った皿の上に、フォークとナイフを置く。
顔を覆い、涙を拭った。
「お前らも食べろ。うまい……。俺が保証する」
感情的になる騎士団長を目撃する。
初めて見る上司の乱れた姿。
部下たちは思わず息を飲んだ。
悪い薬でも入っているのでは、と訝る。
が、ここまで来て食べないという選択肢はなかった。
パクッ!
「「「「「「「ぬおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」
一斉に叫んだ。
肉を前にした欠食児童みたいに、貪り食う。
警戒心が高い騎士団員たちが、目の色を変えて食べていた。
あっという間に魔獣の肉を平らげる。
「「「「「「「はあ……」」」」」」」
膨らんだお腹をさする。
ごちそうさまでした、と満足そうに呟いた。
また1人――いや数百人の騎士が、ゼロスキルの料理の虜となるのだった。
次回の投稿は9月20日です。
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