menu186 因縁の料理人
近づいてきた男を見て、アセルスはすまなそうな表情を浮かべる。
一方、ディッシュは口を結び、男を黙って見ていた。
「す、すまない。もう材料がないんだ。今日は諦めてくれないか」
「え? そ、そうか」
コックコートを着た男は項垂れ、それ以上何も言わなかった。
恰好からして料理人なのはあきらかだ。
げっそりとやつれ、目には隈ができていた。
すると、唐突に男は喋り始める。
「ああ……。オレはよ。料理人でな。店を魔獣に潰されちまったんだ。それなりに流行っていてよ。街の中でも1、2を争う店とか言われていたんだ。……その店が」
男は両膝を地面に突く。
顎に皺が浮かぶほど強く口を締めて、泣き始めた。
「魔獣に……!」
涙する料理人を見て、アセルスははたと気付く。
街に到着し、初めにやってきたのがディッシュが働いていた料理屋だった。さらにディッシュは真向かいも料理屋だったことを教えてくれた。
直感的だったが、アセルスはこの目の前の料理人こそがその料理店の店主ではないかと考えた。
そして、ディッシュを街から追放した人間の1人……。
アセルスは顔を上げる。
ディッシュの方に振り返った。
おそらくディッシュは気づいているはずだ。
見窄らしくなった料理人が、自分を追放した張本人であることを……。
「俺の分で良ければやるよ」
ディッシュは差し出す。
手には椀が握られ、ストライクドラゴンのシメ飯がそのまま残っている。
「い、いいのか?」
「腹が減ってるんだろ? なら食えよ」
「ありがてぇ!」
料理人の男は飛びつく。
ぷるぷるの卵に、スープを吸ったマダラゲ草の種実を見て、目を輝かせる。
それが魔獣と魔草の料理であることもわからず、まるで財宝を手にしたように掲げた。
「いいのか、ディッシュ?」
「ああ。わかってる。でも、いいんだ」
ディッシュは穏やかに笑っている。
さらに木のスプーンを男に渡すと、料理人は食べ始めた。
「うめぇええ! なんだ、これ! すごく! うまいぞ!!」
うまい、と叫びながら、夢中で食べる。
「なんて奥深い味だ。鶏、それとも魚骨か……。いや、もっと優しく、深い旨み。スープ自体にもとろみがある。これは小麦粉や澱粉粉でつけたとろみじゃない。なんてゼラチン質なんだ。つるつる口の中で滑って、旨みがこれでもかと広がっていく」
大絶賛だ。
ディッシュが作った料理はそれほど完成度が高いらしい。
「極めつけは卵だ。うめぇ……。黄身のコクがあって、白身もトロトロ。すげぇ……。具材が口の中であっちこっち滑って、食感とスープの旨みを伝えてくれる。まるで――」
縦横無尽に走るトロッコ列車みたいだ!
料理人は最後に叫んだ。
カラリといい音を立てて、空になる。
椀こそ見窄らしいが、中身の料理は間違いなく財宝級のおいしさだった。
「どうだ? うまかったか?」
「うまい……。こんな料理、初めてだ」
料理人の手は未だに感動のあまり震えている。今まで食べていたものが嘘ではないかと、何度か目を擦っていた。
それでも現実であるとわかったのだろう。
ついに料理人はディッシュの手を取った。
「なあ、あんた! 教えてくれ!! この料理はどうやって作ったんだ!!」
「お、おい! ディッシュから手を離せ」
アセルスが間に入ろうとしたが、男はディッシュから手を離さない。離そうとしない。
「この料理があれば、潰れた料理店を3つ、4つ作ることができる。そうだ! あんたがオーナーになって、オレが料理長をなってやってもいい!」
「貴様!!」
アセルスが興奮する料理人の肩を掴む。
「断る」
ディッシュはきっぱりと言った。
「連れないこと言うなよ。頼む。後生だからさ。オレにとって、あの店はすべてだったんだ。店が潰れて、オレにはもう何もないんだよ! かみさんはずっと前に出て行ったし、従業員だって田舎に帰った。オレは、オレにはもうあんたの料理しか」
「まだあるだろ、あんたには」
「へっ?」
ディッシュはおもむろに男を指差す。
「あんたにはまだスキルがある。『火』っていう立派なスキルがな」
「あんた……。な、なんでオレのスキルを……」
料理人は自分のスキルを言い当てられて、戸惑う。
その顔を見て、ディッシュは笑った。
「ゼロスキルの俺でも、人生を立て直すことができたんだ。スキル持ちのあんたなら、きっとまた料理店をできると思うぜ」
「ゼロスキル……。そういえば、ディッシュって…………。お前! まさか!!」
ディッシュは振り返る。
「アセルス、帰ろうぜ」
「あ、ああ……。いいのか?」
「やることやったしな」
ディッシュは街を出て行く。
その後ろで、料理人が喚いていた。
「お前、本当にディッシュ! ディッシュ・マックホーンなのか! おい!!」
呼び止められたが、ディッシュは止まらない。ウォンの背に乗り、アセルスもその後ろに相乗りする。
次の瞬間、ウォンは全速力で走り出す。
あっという間に夕闇の中に消えていった。







