menu180 ストライクドラゴン
ディッシュの故郷に再び煙が立ち上る。
吹き飛ばされた瓦礫が街のあちこちに落下すると、悲鳴が聞こえた。
ディッシュがいた墓地にも降り注ぐが、寸前でウォンが弾き返す。
飼い狼の功績を称える間もなく、ディッシュとアセルスは現れた魔獣の姿に目を見張った。
視界を覆うような巨体に、如何にも頑丈そうなゴツゴツとした甲羅。そこから出ている手足は短いが、その先には鋭利に曲がった爪。手足に対して長い尻尾の先は、棍棒のように太くなっている。
甲羅からニョキッと出た首には、兜を被ったような頭蓋が載っていた。
有り体にいえば、それは亀だった。
大きな亀の魔獣である。
「あれはストライクドラゴンか……」
アセルスは突如現れた魔獣を見て、息を呑む。
Aランクの魔獣で、地竜の一種。
その甲羅は【剣神】ケンリュウサイの名刀を以てしても切ることを能わず、さらに甲羅と頭の硬さを使った突進はどんな城門もぶち破る能力を持っているという。
おそらく街の城壁を破壊したのは、間違いなくストライクドラゴンだろう。
Aランクの魔獣を発見したことも驚きだが、人里でその魔獣を見るのも驚きだった。
魔獣に慣れたアセルスもしばし剣を鞘に収めたまま固まる。
「アセルス!」
ディッシュの声に、アセルスはようやく我に返った。
すでにディッシュはウォンの背に乗っている。
「あいつを倒すぞ!」
「倒す?」
「難しそうなら街から離す。可能なら山に返す。手伝ってくれるか、アセルス?」
「あ、ああ。もちろんだ」
故郷が襲われているからか。
ディッシュの判断は速い。
(私が動揺してどうする。SSランクの冒険者が呆れるぞ)
アセルスは1度頬を張り、ウォンの背に跨がる。
2人を乗せていても、ウォンの動きは軽やかだった。
悲鳴や叫び声が聞こえる街の中を疾走していく。
一瞬にしてストライクドラゴンの鼻先に出た。
「思ったよりデカいなあ……」
ディッシュは呟いた。
しかし、ディッシュはこのストライクドラゴンよりも大きい、アダマンタイマイという巨大亀を目撃したことがある。
それと比べれば、まだ可愛い方と言えるのだが、遠巻きに見ていたアダマンタイマイとは違って、ストライクドラゴンは興奮してる上に明らかに敵意を向けている。
『ぐおおおおおおおおおおお!!』
吠えると、ディッシュたちの方に突進してきた。
「よし。いい感じだ。ウォン、このまま街の外に誘導するぞ」
『うぉん!』
「街の中で抗戦すれば、被害が出るからな。いい判断だ、ディッシュ」
ディッシュたちは街の大通りに出る。
まだ多くの人が教会や一部の残った建物に避難しているから、人はまばらだ。
いるのは撤去作業に当たっていた衛兵ぐらいである。
「な、なんだ?」
「あれは?」
「魔獣??」
「キャアアアアア!!」
ディッシュはウォンを止めた。
「あんたたち、一旦建物の中に隠れろ」
「貴様はなんだ」
「俺は――――」
ディッシュが言いかけたところで、代わりにアセルスが言った。
「私はカンタベリア王国の聖騎士、ヴェーリン子爵家当主アセルス・グィン・ヴェーリンだ!」
「アセルス……」
「子爵……?」
「聞いたことがある。辺境の聖騎士って呼ばれてる」
さすがはアセルスである。
国境を跨いでも、その噂は轟いているようだ。
「今からストライクドラゴンを外に逃がす! 彼の指示に従ってくれ!!」
この間も、地響きを起こして足音が近づいてくる。
建物の角を削り、大亀の魔獣は興奮した牛ぐらいの速度で走ってくる。
圧巻の巨躯を見て、みんなが震え上がった。
指示に従うまでもない。
道幅いっぱいに走ってくるストライクドラゴンを見て、衛兵たちは周囲に喚起するとともに、自分たちもすぐ近くの建物に逃げ込む。
それを見送り、ディッシュはウォンに再び走るように指示をした。
狙い通り、ストライクドラゴンはついてくる。
どうやら、街から連れ出すことには成功しそうだ。
ディッシュは建物からの視線に気づく。
街の人間が不安そうな顔をして、こっちを見ていた。窓越しに見る街の人間の顔は暗い。血色が悪いだけじゃなく、満足に物を食べられていないのだろう。
「ディッシュ! 街の入口だ!!」
アセルスが指差す。
顔を上げると、目前まで迫っていた。
ディッシュたちが通り抜けると、遅れてストライクドラゴンも入口を抜けていく。
「よし!」
アセルスはガッツポーズを取った。
「まだ安心するのは早いぞ、アセルス」
「どういうことだ?」
「ストライクドラゴン、食べたくないか?」
「な! ディッシュ、もしかしてストライクドラゴンを食べたことがあるのか?」
「ないけど……。あんなに動き回るし、食欲も旺盛だ。そういう魔獣はだいたいおいしいんだよ。カリュドーンなんてそうだっただろ?」
「なるほど。……って、しかしストライクドラゴンを倒すのは至難の業だぞ。さすがに私とウォンだけでは……」
『うぉん!』
アセルスの意見に、ウォンも同意するようだ。
しかし、ディッシュの口角が上がった。
「ストライクドラゴンには弱点がある」
「それは私も知ってるぞ。裏返すのだろう。しかし、あれほどの大きさをひっくり返すのは、相当な爆薬の量が必要だぞ。あるいはSランクのスキルの持ち主か」
「ひっくり返すのも間違いじゃないけど、そんなものよりもっと簡単な方法があるぞ」
「え? そんな方法があるのか?」
「ああ」
ディッシュは得意げに笑う。
すると、持ってきた背嚢の中に手を突っ込む。
中から取りだしたのは、黒い球だ。
ディッシュはそれを地面に叩きつける。
黒い球は割れて、勢いよく飛び出してきたのは煙である。
さらにディッシュは、煙玉を割って、煙による煙幕を作った。
そこにストライクドラゴンの動きが、明らかに鈍る。
「ストライクドラゴンは煙が苦手なのか!」
「ああ。特に灰の匂いを嫌がるんだ。そして、煙から逃げるために必ずある行動を起こす」
ディッシュの預言は当たった。
ストライクドラゴンが煙を嫌って、足と首を引っ込ませる。
亀の防御形態を取ったのだ。
頃合いを見たディッシュは、ウォンを止める。
すぐに即席の竈を積み上げると、火を着けた。起こした煙をストライクドラゴンに向け、さらに魔獣を煙でいぶした。
ディッシュはさらに竈を作って、煙を増やす。
「ディッシュ、ストライクドラゴンの動きが止まったのはいいが、このままでは」
「急所の首も甲羅の中だからな。今のままじゃ仕留められない。そういうことだろう」
アセルスは首肯するが、ディッシュは楽観的だ。
「大丈夫。今に見とけって……」
ディッシュは「にししし」と悪戯っぽい笑みを浮かべるのだった。







