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menu18 悪魔のお魚の蒲焼き

関東風にするか、関西風にするか、迷いました。

どっちもおいしいんだけどな……。


今日もどうぞ召し上がれ!

 ディッシュは魚の皮に熱湯をかける。

 水で冷やすと皮の表面に浮き出たヌメリやアクを落とした。


 悪魔の魚だけではなく、他の魚にもヌメリやアクがある。

 ネココ亭では聖水を使っているらしい。

 調味料の中に一緒に置いてあった。


 だが、ディッシュは聖水を使わない。

 味が落ちてしまうからだ。


 ヌメリとアクを丁寧に短剣でこそげ落とす。

 そしてディッシュは先ほど見せた竹串を摘んだ。


 すると、開いた魚に刺し入れていく。

 山と谷を意識しながら、くるくると竹串を回し入れた。

 扇形に刺し入れると、今度は何やら桶のようなものを持ってくる。


 蓋の部分には網が置かれ、中には木炭が入っていた。

 ディッシュのお手製で、シチリンという名前を付けている。


「んにゃ? 木炭で焼くのかにゃ? うちには種火があるにゃよ」


 ニャリスが炎が灯ったランプを持ってくる。

 “種火”といって、着火に使うものだ。

 料理を出す店には必ずあり、普通に火を起こすより楽な上、料理がおいしくなるといわれている。


 種火は、炎属性のスキルを持った人間が起こした火だ。

 魔力を使用するため、物を燃やした時に発生する炎よりも安定的でクリーンであるといわれている。

 そのため雑味がなく、素直な味を表現できるのだ。


 だが、ディッシュは頭を振った。


「いらないよ。木炭の方がいい」


「だけど、木炭はとっても煙が出るにゃよ」


「それがいいんだ。あとな。木炭の方が、種火よりも火の通りがいいんだぞ」


 木炭に火を付け、ディッシュはパタパタと団扇で仰ぐ。

 さすがに店内に煙が籠もるのはまずいので、外で作業を始めた。


 気が付けば、外は夕方だ。

 ネココ亭の前の通りが、にわかに騒がしくなる。

 集まってきた人の視線を浴びながら、ディッシュの調理は続いた。


 良い具合に網に熱が入る。

 皮の方を下にして焼き始めた。


 煙に顔をしかめながら見ていたニャリスとアセルスだったが、途端顔色が変わる。


 香ばしい魚の焼ける匂いが、鼻腔を突き始めたのだ。


「いい匂いだ……」


「そういえば、ママがいってたにゃ。本当は炭で焼いた方がおいしいんだけど、種火の方が安定的で便利だから、種火の方を使ってるって」


 魚に熱が入るのを確認した後、ディッシュは壺を取り出す。

 中に入っていたのは、濃い飴色のタレだった。

 それを魚に塗っていく。


 途端、匂いが変わった。

 タレが木炭に垂れると、ジュッと鋭い音が鳴る。

 ぷーん、と香ってきたのは、魚醤の甘い匂いだ。


 ぐおおおおおおお……。


 唸りを上げたのは、アセルスの腹だった。

 大衆が練り歩く通りで、盛大に腹音を鳴らす。

 側でぶんぶんと尻尾を振るウォンも、滝のように涎を垂らしていた。

 今にもシチリンに飛びかかりそうだ。


 反応したのは、彼らだけではない。

 道行く人の視線も奪っていった。

 皆等しく、立ち止まり、煙が立ちこめる中でも、その甘い匂いをお腹の中に収めようとしている。

 すでに人だかりができていて、みんなディッシュの一挙手一投足を見つめていた。


 身が香ばしく焼き上がると、ディッシュはさらに追撃のタレを塗る。


 真っ白な魚の身が、濃い飴色に染まった。


 じゅぅぅぅぅぅぅううううう……。


 白煙が上るのを、じっと見つめる。


「よし! いいだろう……」



 悪魔の魚の蒲焼きの出来上がりだ!



 早速、アセルスとニャリスは箸を付ける。

 ウォンも皿に盛られた蒲焼きを食んだ。


 …………。


 …………。


 …………。



「うまあああああああああいッッッッ!!」


「うまいにゃあああああああッッッッッ!!」


「うぉぉぉぉぉおおおおおおッッッッッ!!」



 突然、2人と1匹が吠えた。

 周りで見ていた人たちがどよめく。


 溜まらずもう1口。


 パリッ!


 乾いた音が鳴り響く。


 皮だ。


 魚の皮がまるで素揚げしたかのようにパリパリなのだ。


 ぷるんとした身は、刺身を食べた時と同じ。

 そこにパリパリとした食感が加わる。


 パリパリ……。ぷりぷり……。パリパリ……。ぷりぷり……。


 今まで聞いたことのない(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)()の二重奏が、食べていてたまらなく楽しい。


 だが、この料理の主役は食感でもなければ、食材である悪魔の魚ではない。


 間違いなくタレだった。


「甘い! このタレ、凄く甘い」


「きっと魚醤と砂糖を混ぜてるにゃ!」


「ウォン!」


 ニャリスの推理は、半分当たっていて、半分間違っていた。


 魚醤に何かを混ぜたのは確かだ。

 しかし、砂糖ではない。

 それでは、こんなに香ばしい味にはならない。


 ディッシュは懐から瓶を取り出す。

 アセルスにとって、それはお馴染みのものだった。


「まさか! スライム飴か!」


「す、スライムにゃって!!」


 ニャリスは飛び上がる。


 単なる砂糖では、タレにまろやかなコクが出ない。

 だから、粘度の高いスライム飴を混ぜ込んだ。

 その甘みのある塩気が魚醤とマッチ。

 淡泊な魚身に、ガツンと来るような深い甘みを与えていた。


「タレだけじゃねぇぞ。木炭の香りを加味することで、香ばしさを2、3倍にも上げてるんだ。種火のような綺麗な熱だと、こうはおいしくならねぇよ」


「すごい! ディッシュ、すごいにゃ! 一体どんなスキルをもっているにゃ!」


「ニャリス……。俺はスキルなんて持ってねぇよ」


「スキルを持っていないにゃ?」


「そうだ。俺はゼロスキルの料理人だからな」


 ディッシュは笑う。

 その誇らしげな顔を、ニャリスは一瞬ポーと見つめた。

 だが、すぐに赤くなった顔を伏せる。


 感激に浸る間もなかった。


「お、おい! 俺たちにも食べさせてくれよ!」

「一口でいいわ!」

「もうたまんない!!」

「お腹ペコペコだよ……」

「なんだなんだ? ネココ亭、復活か?」


 気が付けば、通りを埋め尽くさんばかりに人が溢れていた。


 アセルスとニャリスが動揺する中、ディッシュは胸を反り、立ちはだかった。


「今日は、これだけしか焼けねぇ。だけど、3日待ってくれ。3日待ってくれたら、こいつが美味い蒲焼きを作ってくれるからよ」


「へ!?」


 ディッシュはあろうことかニャリスを紹介する。


「ニャリスが?」

「あの看板娘の?」

「料理を作れるのか?」

「3日だな。3日待てばいいんだな」


 それなら――店先に集まった大衆は散っていった。


 ニャリスは呆然とその後ろ姿を見送った後、ディッシュに振り返る。


「は、話が違うにゃ! ディッシュが作るんじゃなかったかにゃ」


「そうだ、ディッシュ。私はノーラが戻るまでの臨時の料理人として……」


 ニャリスに次いで、アセルスも抗議の声を上げる。


 そのゼロスキルの料理人の瞳が、ギラリと光った。


「ニャリス……。母ちゃんに美味しいものを作って、安心させてあげたいと思わないか?」


「え? ママ……」


「今のままなら、いつまで経ってもニャリスの母ちゃんは、心配するぞ」


「ママが……。心配……」


「幸い蒲焼きは、1つ1つの工程は難しいが、覚えるのには苦労しねぇ。魚を捌いて、焼いて、タレを塗るだけだからな。だけど、見ただろう。たったその一品だけで、店がひっくり返るぐらい客が来るんだ。きっと母ちゃん、驚くぞ」


 ニャリスの目の色が変わる。

 すると、キッと顔を上げた。


「……わかった。やるにゃ! ママを安心させるにゃ」


「よーし。なら早速、今から修行だ。なーに、一晩二晩寝ずに練習すれば、大丈夫だって!」


「え? ちょっと待つにゃ。寝ずにって……」


「それぐらい練習しなきゃ、串打ちも出来ないぞ」


 ディッシュはニャリスの後ろ衿を掴む。

 そのまま嫌がるネココ族を店の方へと引きずっていった。


「いやにゃ! ちょっとでもいいから、寝かせてほしいにゃ。ブラック反対にゃ。徹夜は肉球の敵にゃ!」


 パタン、と店の扉が閉められた。


 アセルスとウォンはただ呆然と2人を見送るしかなかった。


 その後、猛特訓の甲斐あって、ニャリスは蒲焼きを習得。

 以来、ネココ亭にはノーラの料理以外に、ニャリスの蒲焼きを目当てに、人がやってくるようになったという。


スライム飴の万能さよ……。


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