menu156 アリエステルのオススメ
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「何をしておるのだ、アセルス?」
聞いたことある声に、アセルスは振り返る。
そこに立っていたのは、見窄らしい町娘。
いや、違う。フードの奥から光る大きな緑色の瞳には、覚えがある。
町娘みたいな服装でも、その白い肌と利発そうな雰囲気だけは隠せていなかった。
「あ、アリエステル王女!!」
アセルスは声を上げる。自分の声で、顔を覆っていた仮面がズレる程だ。
「あ! 愚か者!!」
アリエステルがアセルスの口を塞ごうとした時には遅かった。
周囲が騒がしくなる。最初はわからなかった民衆たちも、次第にフードの奥にある可愛らしい顔にピンと来たらしい。
たちまち騒ぎになり、護衛たちが集まって、守らなければならないという状況にまで陥った。
「す、すみません、アリエステル王女。つい――――」
「ええい! もう仕方ないのぅ!!」
アリエステルはついにフードを脱ぐ。
露わになったのは、綺麗にロールされた金色の髪だ。
腰に手を当て、やや顎を上げる。
それまで隠していた統治者の親族としての覇気を、存分に見せびらかす。
不思議なことに、民衆の騒ぎは収まった。
恐れ多いとばかりに、群がってきた民衆の方たちが自然とアリエステルから離れて行く。
その光景に、さしもの聖騎士アセルスも息を飲んだ。
カリスマ王女だからこそ、成せる技なのだろう。
「お忍びで来てみれば、この騒ぎじゃ。人気者も困ったものじゃのう。さて、少し声を出したら、喉が渇いた。美食家を名乗る者として、これはいかん。冬は乾燥するからますます困るわい。……おい、そこの仮面のメイドよ。妾にも1杯くれぬか?」
「え? あ……! は、はい! 是非1杯飲んで下さい」
「ふむ……。なかなか綺麗な色をしておる。香りはいかがか? うーん、よい香りじゃ。林檎の酸味が効いた香りが、つんと鼻を衝き、優しく喉の奥へと抜けていくではないか。さて、味は――――」
アリエステルは躊躇することなく呷った。
その大胆な行動に、民衆から声が漏れる。
王女の健康を心配したが、飲み干した後のアリエステルの顔は実に満足そうであった。
「うーん! 甘い! 濃厚じゃ! こんなにも綺麗で美しいのに、果肉をそのまま食しているかのように濃い味じゃ」
アリエステルの顔が赤くなっていった。
すでにジュースのおいしさに酔ってしまったらしい。
彼女自身、まさかこれほどとは思っていなかったようだ。
「酸味のパンチも効いておるな。故に喉越しの切れが良いし、甘みの強さも際だっておる。これを飲まぬとは、人生半分損してるものだぞ、チラッ!」
アリエステルは密かに民衆の反応を見る。
「全くその通りでございます。弱りました。さっき行った場所では、それはもうたいそうに売れまして、ここにあるのを含めて、あと少ししかありません、チラッ」
同じくアセルスも、下手な芝居を打ちながら、民衆の方を見つめた。
「それは運がいいのぅ。こんなにおいしいジュースが飲めて、妾は幸せだ。さて、次は誰がこの幸せを掴むかのぅ、チラッ」
民衆たちは戸惑っていた。
吸血鬼が作った魔物のジュース。
そしてそれを薦めるメイドも、どこか不審げだ。
けれど、それがアリエステル王女のお墨付きなら別である。
王女が、美食家であることは、市中の人間もよく知る事実。度々王都の料理店で目撃されることもしばしば。
つまり、自分たちより遥かに舌が肥えている相手が、目の前のジュースを認めている。
しかも、もう残り少ないという。
これで飲まずして、果たして後悔などないと言えるだろうか。
「1杯! 俺に!」
「わたしにもお願い!」
「じゃあ、わしにも頼む」
「こっちも!!」
次々と手を上げる。
あっという間に、トレーの上にあったキングアップルジュースがなくなった。
その代わりに、聞こえてきたのは、民衆たちの嬉しい悲鳴だ。
「う、うまい!」
「おいしい! 何これ!!」
「これが魔獣の?」
「信じられないんだけどぉ」
歓喜の声を上げる。
皆が口々に感想を言い合い、魔獣料理をジャッジした。
ここぞとばかりに動いたのは、アセルスである。
「今、ここで飲めなかった方も心配ご無用。ラニクランド王家公認の出店に来てみれば、まだまだジュースが飲めるからな。おいしい! おいしい! ラニクランド王家名物、赤い腸詰めもオススメだよ」
アセルスは出店の場所を示したプラカードを掲げる。
「どうする? 行ってみる?」
「ママ! ジュース飲みたい」
「赤い腸詰めだって」
「面白そう!!」
口上を聞いた人々が、足を向ける。
アセルスはその先頭に立って、未来の客を先導した。
その横には、ちゃっかりアリエステルが加わっている。
「助かりました、王女殿下。……あと、正体をばらしてすみません。お忍びなのに」
「良い。そもそもエーリクは妾ら王族の客人だ。それを公務優先するため、お主たちに任せたのは、妾だ。咎めはせんよ」
「ありがとうございます」
「しかし、まさか辺境の聖騎士たるお前が、そんな女給姿になるとはな」
アリエステルは口角を上げて、早速メイド服姿のアセルスをいじる。
面倒くさくなって、ついに仮面を取ったアセルスは、一先ず息を吐いた。
「慣れないことはするもんじゃありませんね」
「その恰好、ディッシュには見せたのか?」
「え? その……でぃ、ディッシュですか?」
いきなり強口撃を食らったアセルスは、たちまち赤くなる。
「その様子だと……」
アリエステルはニヤニヤと笑う。
耳まで赤くしたアセルスは、最後には観念して頷いた。
「あやつはなんと言ったのじゃ? ほれほれ……。言ってみせよ」
「でぃ、ディッシュは、その…………か、かわ…………」
可愛い、とだけ……。
その瞬間、アセルスの顔は燃えるように赤くなるのだった。
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