menu127 客人の食欲
本日ヤングエースUP様にて、
コミカライズ最新話が更新されました。
合わせてお召し上がり下さい。
「いやー、勉強になったなあ」
『竜の住処』の厨房からディッシュが出てくる。
その顔は満足そうで、おいしい料理を食べた後みたいに緩んでいた。
「臭みの取り方が面白かったなあ。数種類の香辛料を混ぜ合わせるなんて、初めてだ。何種類か知らないものもあったし。ミソっぽい調味料もあったしな。あとで、調味料を売ってる店とか行ってみるかな。俺の知らない調味料がいっぱいありそうだぞ、これは」
興味津々だ。
国が変われば、気候、その国の主食、料理の形式すら変わる。
何より影響があるのは、人間の舌だ。
それにともなって、食材や調味料、加工の仕方にも変化が生まれるため、カルバニア王国とは別の食文化が生まれるのである。
ディッシュの料理の基盤は、主にカルバニアや昔いた街の料理だ。
その基盤に山で採れた山菜や木の実、魔獣が乗っかっている。
それではどうしても、同じ料理になってしまいがちだ。
だが、基盤の部分を変えることによって、料理の幅がぐっと広がる。
今回の越境は、料理の良い勉強になりそうだ、とディッシュは予感していた。
一方、同じく厨房から出てきたアセルスは項垂れていた。
身体を真っ白けにしながら、放心状態だ。
口から魂が出かかっていた。
その状態はロドンも一緒だ。
何かぼんやりとしており、幽霊みたいな動きで厨房から出てくる。
「おい。大丈夫か、アセルス?」
ディッシュは声をかける。
アセルスはかろうじて顔を上げると、一言呟いた。
「オナカ…………スイタ…………」
「はっ?」
「オナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタオナカスイタ!」
お腹空いた!!
アセルスは絶叫する。
そしてややヒステリック気味に厨房での出来事を叫び始めた。
「まずなんだ、あの蜂蜜をたっぷりと鶏竜にかける工程は! 存分にもったいないぐらいかけて、けしからん! たちこめた甘い匂いだけで、昇天しかけてしまったじゃないか!」
アセルスはじゅるりと唾を飲み込む。
その横で、ロドンも回想し、びくりと身体を震わせた。
「オレはやっぱ大量の油をかけていく工程だな。ありゃあ、たまらなかった。高温の油でじゅわっとな。大きな鶏竜にかけていくのは見事だったぜ。香ばしくて、甘い香りがふわ~と漂ってくるだけで、腰が砕けそうになった」
「あと、なんと言っても――」
「あれだな」
2人は同時に唾を飲み込んだ。
その時だった。
2人の脇をファナが通り過ぎていく。
すると、先ほどディッシュたちが座っていたテーブルで待ちかまえる。
手には銀の蓋を被せた皿が握られていた。
「お。早速、俺たちの分ができあがったんだな」
ディッシュは早速、椅子に座る。
慌ててアセルスとロドンも着席した。
皆が銀の蓋の中身を想像し、爛々と目を輝かせる。
いよいよファナは蓋を開けた。
「はい。ルデニア連邦名物――鶏竜の丸焼きを召し上がれ」
現れたのは、丸々ローストされた鳥料理だった。
鳥一匹を捌いてきることなく出てくるため、もうそれだけでインパクトがある見た目をしている。
だが、まずなんと言っても、表面の色つやだった。
程良く飴色の焼き目がつき、さらに強い照りがギラリと光っている。
金塊のように美しく、姿形だけで食べるものを惑わせるような魅力があった。
ロドンはその鶏竜の皮を見ながら、何度も唾を飲み込んだ。
「そうそう。これだよ、これ。この色が堪らないんだよ」
「わかる。わかるぞ、ロドン殿」
うんうん、アセルスも同意する。
その横でディッシュもまた喉を鳴らした。
「この色はただ焼いただけじゃ駄目なんだよな。下処理と乾燥……。さらに燻製も加えて、最後に窯の中でゆっくりと焼き目を付けていくことによって、この色が出るんだ。豪快な料理だけど、これで結構手間暇かかる料理なんだぞ」
「ふふふ……。さあ、見てるだけじゃ味気ないでしょ。どうぞ冷めないうちに、召し上がってください。グリュン、お客様にカットしてあげてくれる」
「わかったよ」
「頼んだわよ」
ファナは厨房に戻っていく。
地上には文字通り竜の爪痕があちこちで残っているが、こちらの『竜の住処』は満員御礼という状況で、ひっきりなしにドラゴン料理を求めて、客が入ってきていた。
かなり忙しく、ディッシュたちだけに構っていられないらしい。
「じゃあ、まずは……」
代わりにグリュンが取り分けてくれる。
最初にカットしたのは、薄皮の部分だ。
飴色になった皮を、器用に切り分ける。
「まずは皮から味わってみてください」
3人は言われたとおり、皮を摘まむ。
パリッ!
軽快な音を響かせた。
「「「う~ん!!」」」
声を揃える。
食感が素晴らしいの一言だ。
スライスした馬鈴薯を油で揚げたような軽い食感が癖になる。
口の中で砕くと、パリパリと音を立て、それがまた食欲をそそった。
その音は揚げ物を揚げる音に似ていて、まるで口内で皮がまた揚がっているように聞こえる。
食感は馬鈴薯のフライに似ているが、味は全然違う。
照りを出すために塗った蜂蜜と魚醤の甘じょっぱい味に加えて、肉から溶けだした脂の味が重なり、皮は薄く軽いのにとてもジューシーだった。
皮の次は胸肉だ。
グリュンがナイフを入れると、透明な脂が皿に溢れる。
「おお!!」
アセルスの目にハートマークが浮かぶ。
ペロリと舌を出した。
グリュンはこれも丁寧に切り分ける。
よく食べているのだろう。
切る動作に迷いなく、分量も均一だ。
黄金色の皮とは違い、身の色は真っ白だった。
そこからすでに脂が滲んでいる。
艶光りをしており、今から食す者を誘うかのようだった。
「まずはそのままでどうぞ」
「「「いっただきま~す」」」
箸で摘まみ、口の中に運び入れる。
「うんめぇええええええええええええ!!」
「ううううううううんんんんんんんん!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
三者三様の声を上げて、再び絶叫する。
柔らかい……。
少し力を入れただけで、ぷつりと肉の繊維がほどけていく。
程良い弾力と、如何にもお肌に良さそうなぷるぷるした食感が堪らなかった。
この柔らかさは肉質だけではないだろう。
蜂蜜を塗ったことによって、肉が柔らかくなっているのだ。
そのぷりぷりの食感から溢れ出てくるのは、やはり上質な脂である。
蜂蜜とはまた違った官能的な甘さがあり、舌に触れるだけで思わず全身が雷に撃たれたかのように強く反応してしまう。
まるで身体そのものが、舌になったように脂の味に酔いしれていた。
「いかがですか、アセルスさん」
「うん。うまい! うまいぞ、グリュン殿」
「ああ……。こいつは絶品だ。うちの漁師たちに教えてやりたいよ」
ロドンも満足げだ。
ディッシュも舌鼓を打つと同時に、しっかりと料理の研究をしている。
一口噛みながら、その断面を見て、肉の質を調べていた。
「次はこの饅頭に挟んで食べてみてください」
「饅頭?」
それは白いパンのようだった。
触ってみると、パンとはまた違ってふかふかしている。
表面は柔らかく、中身ももっちりとしていた。
「これは蒸したパンだな。焼いたパンよりも、しっとりしておいしいぞ」
ディッシュはすぐに饅頭の正体に気付く。
どうやら、作ったことがあるらしい。
グリュンはお手本を見せる。
饅頭を半分にして、その中に鶏竜の皮や肉、細切りにした野菜を詰め込んでいった。特製のタレを付け、最後にくるむ。そしてハンバーガーと同じ要領で、大きく口を開けて一気にかぶりついた。
「うーん。この食べ方、一番好きだなあ」
咀嚼しながら、グリュンは上を向く。
幸せそうに口いっぱいに頬張っていた。
その顔を見ては、試さないわけにはいかない。
ディッシュたちは、グリュンが取った方法を真似し始める。
肉と野菜、そしてタレを付けて包むと、一気に頬張った。
「おおおおおおお!」
「うまい!」
「これも最高だな!!」
それぞれ唸りを上げる。
まず特筆すべきは饅頭の柔らかさだ。
白い色と相まって、まるで雲を食べてるかのようにフカフカだった。
そこはかとない甘みがあり、特に癖がない。
それが包んだ具に良い影響を与えているのだろう。
特に肉汁が染み込んだ饅頭は最高だった。
饅頭がさらに甘く感じる一方、細切りにした野菜のシャキシャキ感が、饅頭の柔らかさと合っている。
いわば、この中では名脇役を担っていた。
ふと食べながら、アセルスは気付く。
「なあ、ディッシュ。このタレは――」
「お。気付いたか、アセルス。これは、たぶんミソだな」
ディッシュは感心する。
ただディッシュが作っているミソよりも、かなり甘めだ。
そこに香辛料や少量の酢、酒、大蒜を混ぜているのだろう。
強い味の主張がない具材に対し、このタレが派手に舌を刺激している。
頭の中を射抜くような味は一種の中毒性を生み出し、再びディッシュたちは鶏竜の肉を饅頭に包んで食べ始める。
「気に入っていただけて何よりです」
険しい表情が多かったグリュンに、笑顔が灯る。
酒精の少ない酒とともに、夢中になる客人たちを見つめた。
そして、その視線が店の中で接客しているファナに向けられる。
こんな時でもファナは楽しそうに、仕事していた。
「なあ、グリュン」
ディッシュが声をかけてくる。
「他にも注文していいか?」
「え? ええ……。遠慮なくどうぞ」
4人で分けたとしても、鶏竜1匹分はかなりの量がある。
普通なら、これでおしまいなのだが、ディッシュたちの食欲は留まることを知らないらしい(特にアセルス)。
一瞬にして、半分以上を平らげていた。
「ディッシュ、追加するのか?」
「ああ……。あ、この鶏竜の衣揚げってはうまそうだな」
「私は汁物が良い。お! この鶏竜の骨スープは頼もうか」
「オレはもう1匹食いたいなあ。あと酒。地酒ってあるか?」
追加の注文を始める。
「えっと……。そんなに食べるんですか?」
「「「ダメか???」」」
慌ててグリュンは首を振る。
だが、その顔は青ざめていた。
3人の後の食べっぷりは、ルルイエ王家の後世に語り継がれるほどであったという。
新作『最下級の爵位に潜伏した最強暗殺者は、学院で貴族たちを社会的に抹殺する(※ 旧タイトル最強暗殺者の弟子~最下級の爵位に潜伏し、貴族の学院で無双する~)』を読んで下さり、ありがとうございます。
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