menu125 ルデニアの名物料理とお家騒動
お待たせしました。
本日コミカライズ版の『ゼロスキルの料理番』の最新話が、
ヤングエースUP様にて配信されました。
こちらの方もどうぞ応援いただけると嬉しいです。
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「空飛ぶ魚……」
スカイドラゴンの別名を聞いて、強く反応したのはアセルスだ。
思わず表情が崩れ、ディッシュの料理を前にした時のように顔がトロトロになる。
口からは涎をはみ出ていた。
空を飛ぶ魚。
しかも、ドラゴンである。
どんな味がするのだろうか。
相手は常時空を飛んでいるような生物だ。
さぞ身が締まっているだろう。
特に刺身などは最高だ。
――などとアセルスが想像していると、グリュンが叫んだ。
「来ます!! アセルスさん、伏せて」
「へっ?」
「頭を下げろ!!」
アセルスの頭を少々乱暴に掴んで、ディッシュとともに押し倒す。
ロドンだ。
そして、ちょうどその時、ロドンの背中の上を一枚のヒラヒラとした厚手の布のようなものが駆け抜けていく。
そのまま上昇し、雲の中に消えてしまった。
「ロドン殿、すまない」
「あんまり飯ばかりに気を取られるなよ、聖騎士殿」
「うっ……」
アセルスは反省する。
完全に心を読み取られていた。
この件が片づくまで、食いしん坊は封印しようと硬く心に留める。
一方でディッシュは無邪気だった。
「あれがスカイドラゴンか……。どんな味がするんだろうなあ」
目を輝かせていた。
だが、その表情がまた一変する。
前方から如何にも竜といった姿の大竜が迫っていたからだ。
「お、大きい!」
アセルスすらおののかせるような竜は、まさに山がそのまま浮いているようだった。
岩肌のようなゴツゴツとした皮膚。
膨らんだ腹と、小さな街1つ載せられそうな広い背中。
広げた翼は空を隠し、鋭い三つの瞳と牙はすべての生物を圧した。
「大竜王ヘルカイトです。ご心配なく。ドラゴンですが、無害です」
「ドラゴンなのに無害なのか?」
「人を襲ったところを見たことがありません。ただ古くからルデニア連邦の上空を飛び回っていると聞いています。今では我が国の守護竜として崇められているんですよ」
「ドラゴンが守護竜か」
ほう、と声を漏らしながら、アセルスはヘルカイトが側を横切っていくのを見つめる。
その側でディッシュが真剣な表情で、彼のドラゴンを見ているのがわかった。
やがて声を漏らす。
「あいつじゃねぇか?」
「ディッシュ……?」
「ん? いや、なんでもねぇよ」
ディッシュはちょっと寂しそうな顔をする。
その横顔が、アセルスにとってとても印象的だった。
「ひとまず地上へ。みなさん、ルルイエ王家にご案内します」
グリュンは手綱を捌く。
愛竜ホーデンは一鳴きして、命令を受理すると、ゆっくりと地上へ降下を始めた。
◆◇◆◇◆
ルルイエ王家はルデニア連邦でも中心的な役割を担う王家だ。
その歴史はカルバニア王家よりも古い。
ルーンルッドの創世記に、その祖先に当たる人間が出てくるほどである。
由緒正しい血統を持ち、竜騎士たちはその王家を守る最精鋭の部隊であった。
王家というが、その彼らが住まう建物は、家ではなくむしろ古城に近い。
しかし、カルバニア王家とは違って、なんでも大きく、華美というわけではなく、対称的に質実剛健であり、理に適った要塞でもあった。
その謁見の間で、アセルス、ロドン、そしてディッシュがルルイエ王家の王族たちに拝謁していた。
他の竜騎士団員たちも揃い、物々しい雰囲気に包まれている。
目の前にはルルイエ王家の紋章が掲げられていた。
三つの目を持つ大竜王ヘルカイトがモチーフになっているらしい。
「よくぞ戻った、我が騎士グリュン。その帰還――余だけではなく、皆が待ちわびていたぞ」
ルルイエ王デランはグリュンの姿を見つけると、玉座に着かず、グリュンを軽く抱きしめ帰還を祝う。
フランクな王なのだろう。
人を寄せ付けないオーラはなく、着ている服装もどことなく民衆ものに近い。
逆に人を包み込むような大らかさを持っていた。
緊張していたアセルス一行は、ホッと息を吐く。
「それで、グリュン。そちらの方は?」
「陛下、ご紹介します。アセルス殿、ロドン殿、ディッシュ殿です。この度、スカイドラゴン討伐のために、ご助力いただけることになりました」
グリュンが紹介すると、まずアセルスから自己紹介を始めた。
カルバニア式の敬礼をし、改めてデラン王に向かって拝跪する。
「初めまして、デラン王陛下。カルバニア王国ウルベン城塞街共同子爵アセルス・グィン・ヴェーリンと申します」
「アセルス……。カルバニア……。まさか、そなたは辺境の聖騎士アセルス殿か」
おお、謁見の間がどよめく。
先ほどまで硬い顔をしていた竜騎士や家臣たちも、動揺を抑えられなかった。
「まさか【光速】の――」
「『王都魔獣攻防戦』の英雄だぞ」
「わずか15歳で子爵の称号を戴いた天才か……」
口々にアセルスの武勇を引き合いに出して、囁く。
自分の知らないアセルスの話を聞いて、ディッシュは呆然としてしまう。
それは疎外感から来るものではない。
ディッシュのところに来るアセルスとイメージが全く違っていたからだ。
耳に入ってくる話を聞いて、思わず笑いそうになってしまった。
当のアセルスは自分の武勇を高らかにアピールするわけでもなく、静かに首を縦に振った。
その反応を見て、デラン王は色めきだつ。
膝を突き、アセルスの手を取った。
「よくぞ来てくれた。ご助力感謝申し上げる」
「恐れ入ります、デラン王」
アセルスは顔を上げる。
青い瞳には「助ける」という強い意志が見て取れた。
「して……。残りの方々は――?」
デラン王の質問に、グリュンは1人1人手で指し示した。
最初に指名したのは、ロドンだ。
こういう場所にはなれていないのだろう。
アセルスより遥かに緊張している大男は、大きな肩を震わせた。
「こちらはロドン殿。『白鯨討ち』と言う言葉を聞けば、陛下もご存じかと」
「おお!! 魔獣『白鯨』を討ったという漁師はそなたか」
デラン王は再び色めきだつ。
勇者を見た――とばかりに目を輝かせた。
一方、ロドンは首の裏を掻いて照れる。
竜騎士たちもまた驚いていた。
「『白鯨討ち』のロドンか」
「白鯨を七日七晩追いかけ、最後は一刺しで討ち取ったという」
「まさか本当に漁師だったとは」
デラン王はロドンの前に進み出ると、漁仕事で硬くなった手を握った。
「ロドン殿、よろしくお願いしますぞ」
「え、ええ……。全力を尽くします」
デロン王の圧に戸惑うように、ロドンは応じた。
そして、デロンは最後にディッシュの前に立つ。
アセルスとロドンからは、何となく職業の推察が立った。
鎧姿のアセルスはどこから見ても、どこかの国の騎士であろうし、ロドンからは磯の香りがしたので、漁師というのも察しが付く。
だが、目の前にいる蓬髪をなびかせた青年だけはわからなかった。
一見身綺麗で、顔も整っている方である。
だが、よく見ると服のあちこちには補修の跡があったり、どこか下町の子どものようにも見える。
その一方で、得体の知れない風格のようなものが漂っていた。
「そなたは――?」
「俺か? 俺はディッシュってんだ。よろしくな、王様」
前の2人とはまた違う。
王の前で過度に敬意を払うわけでも、ロドンのように緊張するわけでもない。
まるでその辺の飲み屋で飲んでいるおじさんにでも話しかけるように、きさくに挨拶をする。
その反応に、見ていた家臣や竜騎士は別の意味でギョッとしていた。
だが、デロン王は気にしない。
逆にディッシュの態度を気に入った感があり、友のように労う。
「ディッシュというのか。そなたは何故ここへ――?」
代わりに答えたのは、アセルスだった。
「恐れながら、陛下。ディッシュは私の知己でして、魔獣の専門家ということで、グリュン殿に同行を許可していただきました」
「魔獣の専門家?」
「そんな風には見えんぞ」
「ただの小汚い小僧ではないか」
一瞬、アセルスのこみかみがピクリと動く。
しかし、すぐに平静を取り戻し、説明を続けた。
「恐れながら……。彼の魔獣の知識は多岐に渡り、おそらくこの部屋の誰よりも、魔獣のことを知っています。何故なら、彼は『ゼロスキル』でありながら、魔獣が跋扈する山で10年以上も住み続け、なおこうして存命し、料理人としての腕を磨いてきました」
「な! ゼロスキル?」
「スキルを持っていないというのか」
「そんな人間が10年も山で……」
「ありえん」
謁見の間がにわかに騒がしくなる。
アセルスの説明を聞いた周囲の反応はまさしく「否定」だった。
信じられないのも無理はない。
アセルスですら何も知らず、昔は周囲と同じ反応を示したものである。
だが、すべて事実なのだ。
ディッシュの人生は、現実よりも遥かに非現実で、英雄譚よりもさらにあり得ない密度を持った存在であった。
「馬鹿馬鹿しい! グリュン、貴様こんな素人を連れてくるために、竜を駆り、国境を越えて人材を探していたというのか?」
1人の竜騎士がグリュンに食ってかかる。
団の中でも年長の竜騎士だった。
口を大きく開けて、グリュンに向けて怒鳴り散らす。
怒れる老練の竜騎士とは対称的に、グリュンは落ち着いて反論する。
「私はディッシュさんが我が国のために役立つと思ったから連れてきたまでです」
「馬鹿馬鹿しい。お前がいない間に、またスカイドラゴンの被害が増えたのだぞ」
ここに来る前、ディッシュたちはスカイドラゴンの被害を目の当たりにした。
縦に横に、あるいは斜めに街を切り刻んでいた。
スカイドラゴンの捕食行動は2つある。
1つは空を飛ぶ鳥類や、虫である。
そしてめぼしい捕食対象がなければ、ひどく特徴的な行動を取り始める。
前提として、空を飛ぶことに極端に特化したスカイドラゴンは、陸を歩くことはおろか、立つことすらできない。
故に最高速で低空飛行し、巻き起こった風や衝撃波で、地上のものを吹き飛ばす。
巻き込まれ、宙に浮いた人間などの生物を捕食するのだ。
街に刻まれた爪痕は、スカイドラゴンが捕食行動を取った時のものである。
ベテランの同僚に言われるまでもない。
グリュンもそれを見てきたから知っている。
それでも、猛る老練の竜騎士とは違い、グリュンはそっと拳を握るのみだった。
「争いは止めよ」
諫めたのはデロン王である。
「そなたらの忠義は嬉しく思う。だが、グリュンの忠義もまた余が認めるところであることを忘れるな。彼もまたこの国を憂い、遠くの地にまで赴き、こうして心強い戦力を揃えてくれたのだぞ」
王の言葉に、半数の竜騎士が頷く。
そうだ、そうだ、と声を上げる若い竜騎士の姿があった。
しかし、王にここまで言われても老練の竜騎士は引かなかった。
拝跪しながらも、その言葉の端々でグリュンを非難する。
「確かに心強いお味方でありましょうな。しかし、彼らの主戦場は陸です。空を飛ぶ手段がないものが、あのスカイドラゴンを撃てるとは思えませぬ。――そろそろ警備の時間です。これ以上、無駄な時間を費やしたくはありません。これにて、ごめん」
半分の竜騎士たちを残し、比較的年輩の竜騎士たちが謁見の間を出ていく。
「1つ言い忘れておりました」
そう言って出ていく竜騎士に振り返ったのは、アセルスだった。
なんだ、とばかりに竜騎士たちは足を止める。
言葉が気になったというより、聖騎士アセルスから漏れ出る覇気に何か感じ入ったという反応であった。
「ディッシュの魔獣知識は、かの賢者ダーウィンですら舌を巻いたほどです。それをお心に1つ止めていただきたい」
「なんと!」
声を上げたのは、デロン王だった。
思わず、ディッシュの方へ振り返る。
老練の竜騎士も目を剥き驚くも、頭を振った。
「まさか――――」
「冗談でもこんなことは言いません。それでも信じられないというなら、カルバニア王国王女アリエステル様にご確認下さい」
「――――ふん。魔獣の知識があるからどうだというのだ。我々はもう40年以上もドラゴンと付き合ってきた。それまで、代々の竜騎士たちが積み上げてきた技があるのだ。努々それを忘れるな!!」
大きな音を立てて、謁見の間の扉が閉まる。
半数の竜騎士たちが、部屋から出ていってしまった。
「すまぬ、グリュン。余に求心力がないばかりに」
最後にデロン王は肩を落とすのだった。
◆◇◆◇◆
ルルイエ王家が率いる竜騎士団は、今2つに割れていた。
自分たちだけでスカイドラゴンを倒そうとするベテラン組。
王の命令を受け、他国に助力を請おうとするグリュンを筆頭とした若手組である。
最初、デロン王は一向にスカイドラゴンを討伐できない状況を憂い、竜騎士たちに他国に助力・助言を請うてはどうかと提案した。
ベテランの竜騎士たちは自分たちで解決することと、王の提案を却下した。
そこでデロン王は比較的物わかりがいいグリュンが率いる若手組に相談し、グリュンはそれを受けて旅立った。
だが、それがベテラン竜騎士たちのプライドをさらに傷つけることになったらしい。
意固地になったベテラン竜騎士は、あの通り王の言うことすら聞く耳を持たなくなってしまった。
「お見苦しいところを見せてしまい、申し訳ありません」
デロン王との謁見を終えると、グリュンは開口一番にアセルスたちに向かって、頭を下げた。
「いえいえ。お気になさらずに……。逆に今のルルイエ王家の現状がよくわかりました」
「ベテランの変なプライドってヤツだな。ま――オレも人のことをとやかく言えた立場じゃねぇがよ」
アセルスがポンとグリュンの肩を叩けば、その横でロドンが顎鬚をさすりながら、自省していた。
すると横で難しい顔をしていたディッシュが質問する。
「なあ、グリュン……。1つ気になっているんだがよ」
「なんでしょうか?」
「スカイドラゴンはこれまで度々確認されてきたんだろ。これまでどうやって狩ってきたんだ?」
「スカイドラゴンはとても珍しい種です。前回現れたのも、記録によれば、もう40年前も昔のことになります」
「では、その時は?」
アセルスも気になったらしく、会話に混じる。
「竜騎士には狩ったドラゴンの狩猟記録を付けることが、義務となっています。それは代々竜騎士団に受け継がれているのです」
「じゃあ、その狩猟記録を当たれば、わかるんじゃねぇか? それで万事解決だ」
ロドンは髭を撫でる。
だが、グリュンは首を振った。
「いえ。そうは解決しませんでした」
「何故?」
「スカイドラゴンに関する狩猟記録がごっそりと抜かれていたのです」
「「「――――ッ!」」」
3人は同時に絶句する。
グリュンは沈痛な表情を浮かべた。
「王家の衛士たちを総動員して、探しているのですが、何も……」
「作為的なものを感じるな」
アセルスは険しい表情を浮かべる。
一方、ロドンは懐疑的だった。
「誰かが盗んだって? そんなもん。誰が欲しがるんだ?」
「なあ、グリュン……。40年前なら、ベテランの竜騎士が知っているんじゃ」
「ええ……。ザイバルさんなら知っているかと思ったのですが?」
「ザイバルって。もしかして、オレたちに突っかかってきたあの――」
皆の脳裏に、如何にも老練な竜騎士の姿が思い浮かぶ。
「はい。……ですが、覚えていないと」
「か――――ッ! 使えないベテラン様だぜ。老害ってヤツだな」
ロドンはおでこに手を当て、ザイバルを批判する。
すると、グリュンは頭を下げた。
「お詫びと言ってはなんですが、1つご飯を奢らせてください」
「おお!!」
先ほどまで聖騎士然としたアセルスの顔が「ご飯」と聞いて、一変した。
腹音が城の廊下に響くと、衛兵がびくりと肩を振るわせる。
「ご飯ってどこで食べるんだ? 街は被害を受けてるんだろ」
「はい。だから、安全な場所で――」
「安全な場所?」
「楽しみにしていて下さい。グルメな皆様にも、ご納得いただけるような我が国の名物料理を紹介させていただきますので」
「名物!」
「料理!」
アセルスに続き、ディッシュも色めきだつ。
そして、アセルスはややグリュンに対して、食い気味に尋ねた。
「ちちちちちなみに、ルデニア連邦の名物料理とは?」
「はい――」
鶏竜と呼ばれる食用のドラゴン料理を堪能いただこうと思います。
書籍版、コミック版ともに電子書籍でも読めるので、
そちらも是非よろしくお願いします。







