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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第5章
130/209

Special menu 5 ダンジョンのアレ焼肉(1)

書籍版発売中です。

買ってくれた方、感想待ってますよー。


 Dランクになったヘレネイとランク。

 さらにEランクに昇格したディッシュ。

 いつもの一行は、意気揚々と山を目指していた。


 昇格して初の任務である。

 浮かれに浮かれていた。


 それには、昇格したこと以外にもう1つ理由があった。


「今日のヘレネイは一段と浮かれてるな」


「そりゃそうよ、ディッシュくん。――って、その言い方だと私がいつも浮かれてるみたいじゃない!!」


 ご機嫌な表情から一変して、ヘレネイはディッシュを睨む。

 ぶぅ、と唸りを上げて、口を尖らせた。


 その顔を見て、苦笑したのはディッシュではなく、相棒のランクだ。


「仕方ないよ、ディッシュくん。今日のクエストはいつもと少し違うからね」


「いつもと違う?」


 ディッシュは首を傾げる。


 いつものことなのだが、ディッシュはクエストの内容をあまり理解していない。

 その辺りは、ヘレネイとランクに任せてある。

 ディッシュはウォンを引き連れ、その後を追うだけだ。

 ギルドの仕事に慣れてきて、その仕事の面白さも感じていたが、ディッシュとしては『長老』の根本で、料理の研究をしている方が遥かに有意義だった。


「今日はね。私たちの初のダンジョン探索なのよ!」


「ダンジョン探索……?」


 ディッシュにとっては、さして珍しくない。

 山にいくつも点在する暗い穴蔵に、宝が隠されているという印象だ。

 その認識は間違いではないのだが、冒険者にとってダンジョン探索は1つのステータスなのである。


「ダンジョンの探索が許されているのは、Dランク以上の冒険者なんだよ。だから、これが僕たちの初のダンジョン探索なんだよ」


「冒険者っていえば、冒険でしょ! 冒険っていえば、ダンジョン探索よ!」


「へ、ヘレネイ……。それは極端だと思うけど」


「いいじゃない! 山にこもって、魔獣を狩るよりは刺激的よ」


「とはいえ、ダンジョンの探索範囲が決められていることを忘れないでよ」


「わ、わかってるわよ」


 ダンジョンの探索範囲は、ランクごとに決められている。

 Dランクが探索できるのは、低階層までだ。

 当然、探索されている可能性が高く、お宝は望めない。


「そもそもダンジョンのお宝よりも、今回はダンジョンに棲みついた魔獣を駆逐するのが任務だよ。油断しないでね」


 ランクが相棒に釘を刺す。

 Dランクになったからだろうか。

 いつもはぼんやりとしているのに、ちょっと頼もしくなっていた。


「何度も言わせないで、わかってるってば!」


 むぅ、とヘレネイは頬を膨らませる。

 仲睦まじい2人を見て、ディッシュとウォンは「にしし」と笑うのだった。



 ◆◇◆◇◆



 一行が向かったのは、山麓からほど近いダンジョンだった。

 発見されたのは、かなり前らしい。

 すなわち探索し尽くされているということだ。

 ただダンジョン初心者のヘレネイたちにとっては、ちょうどいいレベルだった。


 ディッシュも何度か入ったことがある。

 さすがに中階層以上に潜ったことがないが、食べ物を求めて低階層を彷徨った経験はあった。


 特に何かがあるわけではない。

 ただ時折、人工物としか思えない平たい天井や壁を目にする。

 おそらく大昔の人間が住んでいたのだろう。

 ダンジョンは往々にしてそういう場所ばかりだった。


 何もないが、魔獣にとっては絶好の住み処になる。


「えい!!」


 ヘレネイが魔石を投げる。

 その瞬間、強烈な光が弾けた。


『うぉおおおおおおんんんん……』


 不気味な唸りを上げたのは、ダンジョンに棲みついたゴーストたちである。

 ヘレネイが投げた魔石の光に飲み込まれていった。

 魔石の中には【聖光】というスキルの力が込められている。

 その力で、一気にゴーストたちを浄化したのだ。


 たちまちゴーストたちが一掃される。

 だが、さらにゴーストたちが天井と壁の境目や、壁に空いた穴から現れた。


「切りがないわね! 大丈夫、ディッシュくん!!」


 ヘレネイは振り返る。


 ゴーストたちには実体がない。

 斬撃や打撃で対処するのは難しく、浄化系のスキルやヘレネイのように力を宿した魔石を投げて対処するしかない。


 如何にディッシュ――その飼い神獣であるウォンであっても、苦戦するはず――。


「うぉおおおおおおおおおおおおおんんんんんんん!!」


 吠声がダンジョンを一閃した。

 たったそれだけだ。

 なのに、ゴーストたちがその声の力だけでなぎ払われていく。

 一瞬にして、ヘレネイたちを囲んでいたゴーストが消滅してしまった。


「ん? どうした、ヘレネイ?」


 ディッシュがヘレネイの視線に気付く。

 呆気に取られた仲間たちの顔を見て、きょとんとしていた。


「すご……」

「さ、さすがだね……」


 神獣には聖属性が付与されている。

 ゴースト程度の低級魔獣など相手にならない。

 ウォンも、その勝利を誇らしげに喧伝することはなかった。

 まるで蠅で追い払ったかのように普通にしている。

 耳の後ろを軽く掻いていた。


「思ったよりもゴーストが多いわね……。今までも定期的に冒険者が来て、ゴーストを払っていたはずでしょ?」


「たぶん、みんなこのダンジョンには飽きているんじゃないかな。随分昔に発見されて、お宝も持ち出されているだろうから」


「なるほど。誰もこのダンジョンに立ち寄らなくなったってことね。もう! それじゃあ、私たちが貧乏クジを引かされたってことじゃない」


「残念ながら、仕方ないね。でも、これも――」


「冒険者の仕事っていうんでしょ? こうなったら、きちんと依頼達成して、さっき使った貴重な魔石の代金を、ギルドに請求してやるんだから!!」


 顔を赤くし、ヘレネイは鼻息を荒くする。

 ダンジョンに来る前も鼻を鳴らしていたが、その形相は一点していた。


「ゴーストぐらいなら、ウォンに任せておけば大丈夫だって――な! ウォン!」


 頼もしい相棒の背を撫でようとする。

 しかし、ウォンはひらりと主人の手を躱し、前に出た。

 何かに気付いたらしい。

 仕切りに鼻を動かし、耳を立てている。


「どうしたの、ウォンちゃん?」


「どうやらなんか見つけたらしいぞ」


「見つけた? でも、ディッシュくん。このダンジョンにはもう――」


 一行はウォンの後を追う。

 チャチャチャ、と足の爪が硬い床を叩く音だけが響く。

 低階層に住まうのは、ゴーストだけだったらしい。

 他の魔獣の気配はない。


「ということは、ウォンちゃんが狙ってるのって」


「もしかして、お宝?」


 ヘレネイとランクのコンビが目を輝かせる。


 一方、ディッシュは慎重に歩みを進めていた。

 やがてウォンは壁の前に立つ。

 しきりに壁の方に向かって、鼻を擦り付けていた。


「うぉん!」


 ウォンは吠えるが、そこは行き止まりだった。


「何もないけど……」


「待って。みんな、静かにして」


 ランクは耳をそばだてる。

 スキル【解聴】を使用した。

 周辺の動植物の言葉を、人間がわかる言語にして聞くことができるスキルだ。

 そのスキルの範囲は、小さな虫にまで適応される。


 ランクは何度か頷くと、顔を上げた。


「ここかな?」


 近くの壁に手を置いた。

 瞬間、壁伝いに光が走る。

 ごうぅん、重厚な音がすると、壁が天井の方へ上昇し、開いていった。


「おおおおおおお!!」


 ヘレネイが叫ぶ。

 目をキラキラさせていた。

 一方、自分で見つけておきながら、ランクも驚いている。

 さしものディッシュも、この現象は予期していなかったらしい。

 珍しく目を丸くしている。


「もしかして、私たち……。まだ誰も発見していない秘密の部屋を見つけちゃったんじゃない?」


「ちょ、ちょっと待って、ヘレネイ。あれ――――」


 一行の前に現れたのは、小さな部屋である。

 そしてその中央には――。


「宝箱!!」


 そう。

 そこには、鉄で補強された大きな宝箱があった。


「すごい! 本当にお宝を見つかるなんて」


「まさかと思ったけど、この展開は予想してなかったな」


「開けてみましょうよ」


 ヘレネイは早速とばかりに、お宝に突進していく。

 その目には金貨が映り込んでいた。



「2人とも待った!!」



 ウォンの吠声もかくやというほどの大きな声が、浮かれるヘレネイとランクの耳朶を打ち付けた。


 2人はビクリと肩を振るわせる。

 悪いことをした子どもみたいに、ゆっくりと振り返った。

 そのヘレネイの目に映ったのは、普段よりも数段怖い顔をしたディッシュである。


「ど、どうしたの、ディッシュくん。大丈夫よ。独り占めなんかしないから。お宝は後で分けましょ」


 すると、ディッシュは首を振る。


「え? ダメなの? わかった。私たちが半分でいいわ。ディッシュくんは――」


「お宝のことを言ってるんじゃないよ、ヘレネイ。そもそも、そいつは――」



 ヘレネイが欲するようなお宝じゃねぇしな……。



「え? それはどういうこと?」


 ヘレネイは首を傾げる。

 横でランクは何か気付いたらしい。


「ディッシュくん、まさか――」


「ああ……。そのまさかだよ」


「わかった。ヘレネイ、ちょっとこっちへ――」


「ちょ、どうしたの、2人とも? 怖い顔をして」


 ランクはヘレネイの手を引く。

 一旦宝箱から退避した。

 この時になってようやく、ヘレネイは異常事態に気づく。


「もしかして、(トラップ)?」


「それよりも最悪なヤツだ」


 ディッシュは袋に手を突っ込む。

 取り出したのは、燻製にした魔獣肉だ。

 袋から出しただけなのに、香ばしい匂いが小部屋に立ちこめる。


 すると、ディッシュは魔獣肉を投げつけた。

 コン、と当たったのは宝箱である。

 その瞬間――――。


『シャアアアアアアアアアア!!』


 鋭いうなり声が響く。

 声を上げたのは、宝箱だ。

 1人でに蓋が開く。

 鋭利な牙が現れ、分厚く長い舌がびろりと伸びる。

 燻製肉を舌で巻き取ると、宝箱の中に収めた。

 中からガシガシとおそらく咀嚼音と思われる音がした後、急に静かになる。


 そして何事もなかったかのように、元の宝箱に戻った。



「「み、ミミック!!」」



 ヘレネイとランクが素っ頓狂な声を上げたのは言うまでもない。


 宝箱の中に潜む寄生型魔獣である。

 Bランクに相当する危険な魔獣で、捕まったら最後というほど咬む力が強く、宝箱に隠れているため防御力も高い。

 上位の冒険者でも手こずるほど、手強い魔獣だ。


「そんな……。宝箱がミミックなんて」


 ヘレネイは肩を落とす。

 ミミックは空箱に棲みつく。

 つまり、この秘密の部屋の宝物はすでに持ち出され、探索された後ということだ。


「しかし、よく気付いたね、ディッシュくん」


「ウォンの鼻は凄く利くんだ。けど、基本的においしい食べ物か、強い魔獣にしか反応しない。それ以外に、興味がないんだよ、ウォンは」


 ウォンは神獣の子どもである。

 そして、まだまだわがままだ。

 だから、興味があることにしか反応しない。


 いつかのフブキネズミの氷室を見つけた時もそうだった。


「つまり、ミミックはウォンちゃんにとって、好敵手ってこと?」


 ヘレネイはウォンに振り返る。

 だが、ウォンは毛を逆立てたり、唸りを上げて警戒するといった様子もない。

 ディッシュの側にお座りし、ベロリと舌で牙を濡らした。


「どっちかといえば……」

「ご馳走を前にしたみたいな感じだね」


 その反応を見て、ヘレネイとランクは「まさか……」と苦笑いを浮かべる。

 そして、その飼い主に視線を戻した。


 ディッシュは「にしし」と歯をむき出して笑う。


「残念だったな、2人とも。お宝はなかったけど、おいしい思いはできるかもな」



 うめぇぞ、ミミックは……。



 予想通りの反応に、ヘレネイとランクは戦慄するのだった。


昨日コミカライズ版『ゼロスキルの料理番』が、

ヤングエースUP様で配信されました。

応援よろしくお願いします。


そして、いよいよ2月4日にはコミカライズ版が発売です。

是非こちらもご堪能下さいm(_ _)m


※次回コミカライズ版更新日は、1月31日になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しくいただきました。 昇進後、直ぐに仕事とは、アセルスが寂しがりますよ。 ミミックは、もしやアサリやシジミ類なのでは? 宝箱が貝の役割では? うーん旨そうですね。美味しい出汁が出…
[一言] 戦慄! 冒険者を喰らうミミックを調理するゼロスキルの料理人!!
[一言] ミミックの料理!? それは見てみたいですな
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