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menu12 ゼロスキルのお土産

いきなり暑くなりましたが、今日もどうぞ召し上がれ!

「ディッシュを我が家に招く!?」


 素っ頓狂の声を上げたのは、アセルスだった。

 驚きすぎて、含んだ紅茶を吹き出してしまいそうになる。

 慌てて口元を拭うと、目の前にいるメイドを睨んだ。


 犬獣人のキャリルは、ピンと尻尾を立てている。

 真剣な眼差しは、【光速】の姫騎士アセルスすらおののくほどの迫力があった。


「はい。先日、彼にはお世話になりましたし。お返しをしなくては、と」


「な、なるほど。ならば、何か菓子折か何かを持っていけば……」


「また、そうやってディッシュさんのところへ行こうとする」


「そそそそそ、そんなことはないぞ!」


 慌ててアセルスは目を逸らした。

 キャリルはジト目で睨む。


 騎士としても、当主としてもアセルスは優秀だ。

 唯一、難点を挙げるなら、感情が表に出やすいということだろう。

 月並みではあるが、目を逸らすのは嘘をついている時の反応なのだ。


 やれやれ、とキャリルは首と尻尾を振った。


「特にアセルス様は、ディッシュさんの料理を食しておられます。こちらから何もお返ししないのは、新参のヴェーリン家は礼節もわきまえないのか、と他の貴族の方に笑われてしまいますわ」


「う……。それは――」


「それとも、屋敷に招待できない理由があるのでしょうか?」


「わかったよ、キャリル。降参だ。ディッシュを我が家に招待しよう」


 後ろに回した小さなこぶしを、キャリルはギュッと握った。


「饗宴の準備はこのキャリルにお任せください!」


「あ、ああ……。よろしく頼む、キャリル」


「お任せください、アセルス様。わたくしの料理でぎゃふん――――」


「ぎゃふん?」


「て、丁重におもてなしさせていただきますわ」


 キャリルは慌てて頭を下げて誤魔化す。

 尻尾をぶんぶんと振った。

 その癖を見ながら、アセルスは目を細める。


 主従共々、嘘を付くのが苦手のようだ。



 ◆◇◆◇◆



 ディッシュは久しぶりに山を下っていた。


 10年ぶりとかそういうわけでもない。

 時々、麓の村に買い出しをしたり、貨幣に代えられる薬草を売ったりして、日銭を稼ぐことはある。

 とはいえ、アセルスがいる街に行くのは初めてだ。


 麓から街までは、馬車だ。

 アセルスがあらかじめ用意してくれたらしい。

 少し偉くなった気分だ。


「楽しみだな、ウォン」


「うぉん!」


 勢いの良い自己紹介が返ってきた。


 つとディッシュの足が止まる。


「そういえば、お土産とか用意した方がいいかな」


 招待されたとはいえ、何か持っていかないというのは失礼だ。

 山育ちでも、それぐらいの礼節はわきまえていた。


 しかし、今からねぐらに戻るとかなりのタイムロスだ。

 梢から覗く太陽の位置からして、もうすぐ待ち合わせの時間になる。


「うぉん!」


 ウォンは吠えた。

 はっはっはっと、荒く息をしながら、進行方向とは別の方を向いている。

 洞穴があった。


 少し気になり、ディッシュは穴の中を覗く。

 すると、キュルキュルという鳴き声が聞こえた。


「たぶん、ドラゴンバットだな」


 ドラゴンと名は付くが、普通の蝙蝠より少し大きい程度の魔獣だ。

 厄介なのは、炎を吐くことが出来ること。

 小さいが、直撃すれば四肢が使い物にならないぐらい火傷を負うことになる。


 ディッシュは閃いた。


「ウォン、ドラゴンバットの頭を潰して、俺のところに持ってきてくれ。羽根と内臓は傷つけるんじゃないぞ」


「うぉん!」


「後で美味しいものを食わせてやる」


「うぉんうぉん!!」


 ウォンは飛び出していった。

 暗闇の中でドラゴンバットの鳴き声が聞こえる。

 慌てた様子だった。

 火がポッと見えた時は心配したが、ウォンは3羽のドラゴンバットをくわえて戻ってきた。


「よし。偉いぞ、ウォン」


 ディッシュは、よしよしとウォンを撫でる。

 ほぼ無傷。綺麗な毛並みに焦げ1つ付いていない。

 さすがは神獣フェンリルだ。


 獲物を地面に並べ催促するように「うぉん!」と吠えた


「慌てるなよ。アセルスの家についたら作ってやるから」


 落ち着かせるようにディッシュはまた神獣の毛を撫でた。



 ◆◇◆◇◆



「お口に合いましたか、ディッシュさん?」


 口元を拭き、食べ終わったディッシュを見つめた。

 テーブルに置かれた皿は、すべて完食している。

 表情から見ても満足そうだ。


「うん。すごく美味かったぞ」


「当然です。今日は腕によりをかけて作ったのですから」


 ディッシュの称賛に気分を良くしたらしい。

 キャリルは若干物足りない胸を反ると、ふふんと鼻を鳴らした。

 表情こそ「当たり前」という風だが、やっぱり感情は隠せていない。

 後ろの尻尾が、嵐の中の風見鶏のように回っていた。


「この玉蜀黍(ダーヤル)のスープ面白いな。冷たいスープって初めて食べた」


「ポイントは芯も一緒に煮込むことですわ。玉蜀黍の甘みは、実だけじゃなくて、芯にもありますから」


「へー。今度試してみたいな。あと、鴨肉もうまかった。火の加減もいいし。このソースはなんだ? いい苦味があって、肉の甘味とあってる」


「麦酒を入れていますの」


「…………!? 麦酒か!! なるほどなあ!」


 皿に残ったソースを指ですくい、ぺろりと舐める。


 普段、アセルスやキャリルの舌を唸らせているゼロスキルの料理人の表情が、変わる。子供のように無垢になり、キラキラと輝いた。


 美味い――。


 独特の苦味と、甘味が口の中に広がっていく。

 麦酒の他にも玉葱と骨粉、大蒜(カルナン)を煮込んでいるのだろう。

 骨粉から出る脂の塩っけと、玉葱と大蒜の甘味がちょうどいいバランスだ。


 肉の味を邪魔しない程度の甘味。

 その中に隠れた奥深い苦味。

 そして上質の絹のようなとろみ。


 すべて完璧に調和し、さらに肉の味を引き立てていた。


 他の料理にも試してみたい。


 例えば、ブライムベアの豪快ステーキとかにどうだろうか。

 熱々の重厚な肉にかけるのだ。

 ジュッと湯気が立ちのぼり、ほのかに肉とソースの匂いが部屋に立ちこめる……。


 想像するだけで、涎が出てきた。


 人の料理を食べながら、自分の料理のことを考える。

 これは料理人としての性だった。


「ディッシュさん、はしたないですよ」


「やー。わりぃわりぃ」


「あと、ナイフとフォークぐらい使えるようになった方がよろしいかと」


「キャリル、それぐらいにしておきなさい」


 たしなめたのは、ディッシュの前に座った女性だった。

 同じく完食し、今は葡萄酒を口に流し込んでいる。

 ただそれだけなのに、一瞬誰かわからないぐらいたおやかだった。


 ディッシュは微笑む。


「そうやって、貴族らしい姿だと、誰だかホントわからないな」


 目の前の女性を見つめる。

 すると、酒のせいなのか、それとも殿方に見つめられたせいなのか。

 当主アセルスの頬がポッと赤くなった。


 今の彼女は普段の彼女ではない。


 兜を置き、鮮やかな金髪を下ろしたお嬢様だった。

 光沢感のある白いドレス。開いた胸元には、金細工が施されたネックレスが下がり、口元には薄く紅がついている。


 勇ましい鎧姿しか知らないディッシュにとって、驚天動地の姿だ。


 実際、屋敷にやって来て挨拶された時には、誰かわからなかった。


「ディッシュさん、もうちょっと気の利いた言葉はないのですか」


「うん。あ。そうだ。こういうのって、馬子にも衣装というんだよな」


「あなた……」


 キャリルは頭を抱えた。

 対し、アセルスは口元を押さえて笑う。


「アセルス様?」


「良い。ディッシュはこれで精一杯褒めてくれているのだ」


「うん。とっても似合ってるぞ、アセルス」



 かぁ……。



 不意打ちの一言に、アセルスは顔を赤くした。


 そそそそ、そんなことはない、と声を震わせて否定するが、にやけた顔を誤魔化すことには失敗していた。


「うぉん!」


 間に割り込んだのは、ウォンだ。

 はっはっはっと舌を出して、物欲しそうにディッシュを見つめている。

 足元にはキャリルが用意した食べ物が置かれていたが、全く手を付けていなかった。


「わたくしの料理じゃ不満なんですの?」


「ウォンは心を許した人間が出す食べ物しか手を付けないんだ」


「まだ信用されていないということですね」


 キャリルはピクピクと耳を動かす。

 ちょっとだけ悔しかった。


「うぉん!」


 神獣は催促する。

 ディッシュは「わかった。わかった」といって、椅子から降りた。


「キャリル、調理場を借りていいか?」


「いいですけど……」


「何か作るのか、ディッシュ」


 アセルスはテーブルに身を乗り出す。

 ウォン以上に目を輝かせた。


「お土産を忘れたんでな。今から作るよ、ちょっと待ってろ」


 といって、厨房へと向かっていった。


洋食の方は、もう少しお待ちを。

ストック分も含めて、確かに和食の方に偏っておりましたw

毎回、作者が食べたいものしか書いてないからなあ……。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 街まで、ウォンも馬車に乗って行ったんでしょうか。 馬や御者は、さぞ驚いた事でしょう。
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