menu121 ゼロスキルのセット料理
書籍版『ゼロスキルの料理番2』を好評発売中です。
お召し上がりいただけたでしょうか?
まだの方は、是非ご賞味下さい!
色とりどりの食材をパンに挟んだハンバーガー。
こんがりと狐色に染まった回復クラゲの足フライ。
そして、セットの料理の中で一際異色を放つ養分ジュース。
そのすべてに魔獣が食材として使われている。
まさしく、ゼロスキルという名にふさわしいセット料理だろう。
「「「「おおおおおおお……!!」」」」
アセルス、ヘレネイ、ランク、フォンの4人は、紅に染まった山の峰で歓声を上げる。
ウォンもポタポタと涎を垂らし、目を輝かせていた
激しく振っている尻尾のせいで、砂埃が巻き起こっている。
そして人数分並べられ、いよいよ実食に入った。
「うーむ。私はどれにしようかな……」
アセルスが腕を組んで真剣に悩んでいる。
その隣でヘレネイは岩に腰掛けて、まずブライムベアのハンバーガー――ブライムベアバーガーを持ち上げた。
「私はこれにしよっと! うわっ! 重ッ!! 普通のハンバーガーより重く感じるわ」
「僕たちがよく食べるハンバーガーって、卵とハムだけだからね。こんな大きな肉が挟まったハンバーガーなんて、見るのも初めてだよ」
「そ、それを言わないでよ、ランク。悲しくなるでしょ」
ハンバーガーには色々な種類がある。
家庭でもお馴染みの料理だから、その種類はほぼ無限に等しい。
やはり定番なのが、目玉焼きやハム。
あるいはチーズを挟んだものだろう。
ハンバーガーという名は付いているものの、実際肉を食材にすることは少ない。
肉は高いし、そもそも高級品をひき肉にして食うこと自体、贅沢だ。
ハンバーガーと一口に言うが、肉が入ったハンバーガーはもはや嗜好品といってもいい。
それがまさかこんな山奥で食べられるとは、誰も予想できなかった。
食材はブライムベアでも、肉が入ったハンバーガーであることに間違いない。
ナイフとフォークを使って、ゆっくりと食べたいが、それでは無粋だ。
食べる作法を見てろとばかりに、ヘレネイは大きく口を開ける。
そして一気にブライムベアバーガーにかぶりついた。
「じゅううううううううううううしぃいいいいいいいいいいいい!!」
ヘレネイが叫ぶ。
おいしい!
外はカリッと、中はしっとりとした熱々のパン。
小麦粉の風味が、ふわっと口の中に広がっていく。
続いて、目が覚めるような音を立てたのは葉野菜だ。
シャキシャキと頭頂にまで音を響かせる。
そして洪水に押し寄せてきたのは、ブライムベアの肉汁だった。
肉汁の旨みがこれでもかと、舌を征服していく。
もっと臭いのかと思ったが、全くない。
挽肉器を使わず、肉を粉々にしたからだろうか。
やや粗挽きだ。しかし、肉の食感が残り、コリコリとして歯茎が喜んでいるのがわかる。
そしてなんと言っても、溶けたチーズとの相性が最高だった。
粗挽きの肉と、旨みたっぷりの肉汁に絡んで、ごろりと胃の中に落ちていく。
チーズの酸味とその独特の香りが身体を包み、幸せな気分にさせてくれた。
肉の味がやや重いが、挟んでいた赤茄子の酸味があって気にならない。
おかげで、肉厚のハンバーグが食べても、喉越しは心地よい。
葉野菜と赤茄子の清涼感が、喉を癒やしてくれるのだ。
それでも、通常よりも巨大なハンバーガーである。
さすがに食べていると疲れてきた。
それはヘレネイの横で満足そうに食べていたアセルスも同じらしい。
ほぼ一緒のタイミングで、あの養分ジュースが注がれた杯を手にする。
「「はああああああああああんんんん! しゅわしゅわわわわわわんん!!」」
アセルスとヘレネイ。
師弟コンビとも言うべき2人の乙女が、本能的に叫声を上げていた。
「この強い炭酸が――」
「たまりません!!」
さらに唸ったのは、ランクとフォンだった。
時を同じくして、養分ジュースを飲んでいたのだ。
相変わらずキレの良い炭酸が口の中に広がり、さらに喉を刺激する。
この爽快感が、ブライムベアバーガーを食べた後だと尚更だった。
肉の少し重たげな油が、炭酸によって洗い流されていく。
夢中になって、みんながブライムベアバーガーと養分ジュースを飲み込む。
ちょっと顎が疲れてきた時、食べたくなるのが回復クラゲの足フライだ。
アセルスはスティック状の足フライを摘まみ上げる。
口を小さくして、口内に迎え入れた。
カリッ……!
竹を割ったような気持ちのいい!
そこに柔らかく、かつほのかな甘みが、口の中に浸透していく。
馬鈴薯の甘みと似ているが、どちからと言えば足フライの方が濃い。
ディッシュは塩を振ったが、アセルスからすれば檸檬汁がほしいところだろう。
酸味があれば、もっとたくさん食べられるような気がした。
それをディッシュに告げる。
ゼロスキルの料理人の顔が一気に華やいだ。
「おお! なるほど!! 檸檬汁か! 確かにそっちの方がいいな。ありがとよ、アセルス。料理の良いヒントになったぜ」
ディッシュに褒められる。
アセルスは頬を赤くした。
割と思いつきで言ったのだが、まさかここまで絶賛されるとは思わなかったのだ。
「(今度からはただ食べるのではなく、もっと注意してディッシュの料理を食べてみよう)」
アセルスは心の中で決める。
そしてまたルーティンが戻って、ブライムベアバーガーに集中した。
その豪快な食べっぷりを見て、ヘレネイは質問する。
「なんかアセルスさんって、貴族様って感じじゃないですね」
「そ、そうか?」
「ハンバーガーとかでも、ナイフとフォークで食べているのかと思ってました」
「そんな食べ方はしない。家でもこうやって食ってるぞ。まあ、確かに貴族の中にはナイフとフォークを使ってハンバーガーを食べる者もいるが」
「やっぱりいるんだ!」
「私は貴族の作法というか、まだその考えには疎いのだ。つい数年前までは、孤児院で暮らしていたしな」
「え? アセルスさんって孤児だったんですか!?」
素っ頓狂な声を上げたのは、フォンである。
側でディッシュも「へぇ~」と声を上げていた。
「初めて聞きました」
フォンとの付き合いは、おそらくこの集まりの中では一番長いだろう。
アセルスがギルドに通うようになってから、ずっとフォンがアセルスを担当しているからだ。
その彼女でも、アセルスの生い立ちは知らなかった。
付き合いは長いといっても、仕事上の付き合いである。
アセルスの過去にまで踏み込むには、まだ時間が必要だとフォンは思っていたのだ。
「まあ、言ってなかったからな。物心ついた時には、孤児院にいたし。だから、父や母の顔を見たことがないんだ」
魔獣が跋扈する世の中で、孤児というのは決して珍しくない。
今でも、魔獣で親や親族を亡くし、身寄りがなくなった子どもが孤児院に溢れかえっている状況だった。
「幸い私には【光速】のスキルがあったからな。10歳の時に軍学校にスカウトされて、それから国のために尽くしてきたんだ」
「アセルスも大変だったんだな」
「ディッシュ、お前には負けるさ。スキルのあるなしに関わらず、世の中には不幸が溢れてる。でも、同じだけ幸福もあることは知っている」
アセルスはまだ半分残ったブライムベアバーガーを持って、立ち上がった。
その目を真っ赤に染まった大自然へと向ける。
吹く風は少し冷たい。
が、その絶景とおいしい料理だけで、充分心が温まったような気がした。
「この景色と、ディッシュの料理があるのだ。これ以上の幸福はない」
アセルスは振り返る。
金髪を風に梳かし、青い瞳は柔らかく笑った。
さっきまで食欲の権化と化していた聖騎士の姿はない。
秋の山々に降りてきた美しい精霊のようであった。
その姿を見ながら、ディッシュは幾分呆然としている。
青年の瞳には、確かにアセルス・グィン・ヴェーリンが収まっていた。
「ディッシュ? ディッシュ、どうしたのだ?」
「ん? ああ、いや……。なんでもねぇよ」
「珍しく呆然としていたからな。ここは山の峰だ。一瞬の油断が命取りになるぞ」
「そうだな。……それよりもアセルス、なんだ?」
「ああ……。おかわりだ、ディッシュ」
アセルスは手を差し出す。
まるでディッシュをダンスに誘うようにだ。
だが、そのほっぺには先ほどまで食べていたブライムベアの肉があった。
さらに白い歯をむき出した顔は、まるでガキ大将のようである。
「ふふ……」
ディッシュは口元を抑えて笑った。
「どうした、ディッシュ?」
「なんでも……。あと、それとな。アセルス?」
「なんだ?」
「おかわりはねぇ」
「な、なにぃいいいいいいいいい!!」
アセルスは絶叫する。
先ほどまで笑っていた顔は崩れ、ボロボロと泣き出した。
「泣くなって……。今度また作ってやっから」
「本当だな! 約束したからな、ディッシュ」
アセルスはディッシュの二の腕を掴み、懇願する。
聖騎士と言われるほどの冒険者のあられもない姿を見ながら、ヘレネイ、ランク、フォンは苦笑いを浮かべるのだった。
◆◇◆◇◆
「――以上の結果から、ヘレネイ・ヘンネベル、ランク・ディーツをDランクに昇格。ディッシュ・マックホーンをEランクに昇格するものとします。おめでとう」
フォンは証書をそれぞれに送る。
さらに、Dランクになったヘレネイとランクには鉄製のバッジを、Eランクとなったディッシュには木製のバッジが授与される。
これはランクを一目で確認できるもので、階級ごとによって材質が違う。
ちなみに一番高いSSランクは、金剛石のバッジが送られる。
「3人とも、今後も民の安寧と安全のためによろしく頼むぞ」
今回の昇格クエストの試験官であるアセルスが締める。
それぞれ元気の良い答えが返ってきた。
すると、ヘレネイは授与されたばかりのピカピカの鉄製バッジを掲げる。
「やった! とうとうDランクよ!」
「これも、ディッシュくんやウォンのおかげだね」
「そんなことはねぇよ、ランク。ブライムベアに襲われた時、俺1人だったらやられていたかもしれない。けど、2人がいたからやっつけることができたんだ。俺のおかげじゃなくて、俺たちみんなの力でクエストに合格したんだよ」
ディッシュは深く頷く。
心からそう思っているからこその発言だった。
そのディッシュの言葉を聞いて、ヘレネイの涙腺が熱くなる。
ポロポロと涙を流すと、同じく目頭を押さえたランクと一緒にディッシュに飛び込んできた。
「ありがとう! ありがとう、ディッシュ!」
「僕からも感謝するよ。ありがとう、ディッシュ!!」
「お、おい! 2人とも。あはははは! くすぐったいって!!」
周りに冒険者が見ているのにもお構いなし。
まだまだひよっこの冒険者は喜びと感謝の言葉を連発する。
その姿は微笑ましく、周囲の笑いを誘った。
「まったく……。あいつらは……。公衆の面前だぞ」
アセルスはやや憤然とし、腕を組んだ。
その反応を見て、フォンは苦笑する。
改めて、ひよっこの冒険者たちを見つめた。
「成り行きで組むことになった3人だけど……。意外と運命の出会いだったかもしれませんね」
ギルドの受付嬢フォンは、3人の冒険者に眼を細めるのだった。
切りもいいので、一旦連載を中断させていただきます。
誠に勝手とは思いますが、しばらくお待ち下さい。
Web版同様に、書籍版の感想もお待ちしてます。







