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ゼロスキルの料理番  作者: 延野正行
第5章
124/209

menu116 ブライムベア退治

今日からお仕事の人、お疲れ様です。

朝から飯テロ失礼します。

どうぞ召し上がれ!

「うぉおおおおおおおおお!!」


 雄叫びが上がった。

 目の前のブライムベアの吠声ではない。

 いきなり声を張ったのは、ディッシュだった。


 突如、大きく口を開けて、叫び出したのである。


「ディ、ディッシュくん?」


 突然のディッシュの奇行に、戸惑ったのはヘレネイだった。

 Bランク――それも特別有害指定された魔獣である。

 恐怖で頭の螺旋が抜け落ちても、なんらおかしくはない。


 だが、ディッシュは包丁を抜く。

 いきなり斬りかかるのかと思ったが違った。

 背嚢にぶら下げていたお鍋を取り、底を包丁の背で叩き始める。


 カンカンカンカン、というけたたましい音が山野にこだました。


 さらには――――。


「うぉおおおおおおおお!!」


 またもや雄叫びを上げる。


 すると、変化が現れた。

 人の前に勇んで現れたブライムベアの様子が一変する。

 今にもディッシュたちに襲いかかるような殺意を漲らせていたはずが、何か落ち着かない様子だった。


 迷っているような……。

 少し楽観的な見方をするならば、怖がっているようにも見える。

 それはディッシュの奇行にではなく、音に怯えているようであった。


「もしかして――――」


 そこでようやくヘレネイとランクは、ディッシュがわざとやっていることに気付く。


「やあああああああ!」

「おおおおおおお!」


 ディッシュと同じく2人も声を張り上げる。

 ヘレネイは鞘と剣を打ち鳴らし、ランクは2本の矢を握って、パチパチと叩いた。

 人の声と、物を鳴らす音が山野に響く。

 オペラやオーケストラといった洗練された音楽などない。


 ただ野蛮で原始的な音が、ブライムベアを囲む。

 明らかに居竦んだ様子だった。


「よし! いいぞ、2人とも!!」


 ディッシュは声と鍋を叩きながら、ヘレネイとランクを讃える。


 ヘレネイもまた同様に、同じ動きを繰り返しながら、ディッシュに尋ねた。


「ディッシュくん、この後どうするの?」


「ああ。それはな。こうすんの――さっ!!」


 ディッシュはまた背嚢から何かを取り出す。

 丸い何かをブライムベアに投げつけた。

 ブライムベアの顎にちょうどヒットする。

 その瞬間、黒い灰のようなものが飛び散った。


『ぬおおおおおおおおお!!』


 たまらずブライムベアは吠声を上げる。

 顔の辺りを押さえ、悶え苦しむ。

 赤黒い瞳には何か涙のようなものが光っていた。


「ぐえぇ! 何この臭い!!」


 悲鳴を上げたのはブライムベアだけではない。

 ヘレネイもだった。

 鼻を摘まみ、ブライムベアと同じように涙を滲ませている。


「にししし……。乾燥させたアンデッドの肉に、色々臭いものを混ぜた煙玉だよ」


「アンデッドの肉!! どうりで臭いわけだわ」


「うん……。驚天動地の臭いだね」


 横のランクも鼻を摘まむ。


「とりあえず、この場を離れましょう。あいつの逆襲にあう前に」


 ブライムベアは完全に立ち上がっていた。

 何度も自分の顔を掻き、悶え苦しんでいる。

 姿は間抜けだったが、音によって失った戦意が戻ってきていた。


 逃げるなら、ヘレネイの言う通り今のうちだろう。


「俺は逃げないぞ」


「ディッシュくん? それ本気?」


「本気だ。俺はブライムベアを調理する」


「相手はBランクの魔獣だよ。僕たちの手には余る。命を大切にするのも、クエストでは大事だよ」


 ランクは諭す。

 だが、ブライムベアと対峙したディッシュは退かない。

 泰然とし、もがき苦しむ大熊の魔獣を見つめていた。


「2人とも心配するな。伊達に俺は、山の中に住んでないんだぜ」


「どういうこと、ディッシュくん?」


「俺はな、ヘレネイ。ブライムベアを狩ったことがあるんだ」


「ブライムベアを!?」


「それはウォンがいたからじゃ」


 ランクの質問にディッシュは、頭を振った。


「違う。それは俺がウォンと出会う少し前の話だ。あの時は、装備がまだ充実してなかったから、大変だったけど。今は違う。それに、ヘレネイとランクがいる。なあ、2人とも……」



 一緒にブライムベアを狩って、食いたくねぇか?



 その時であった。


 くぅうぅうぅうぅうぅうぅうぅぅぅぅんんん……。

 ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……。


 ヘレネイ、そしてランク――両名の腹から音が飛び出していく。

 その音に一瞬だが、ブライムベアがびくりと身体を震わせた。


「ディッシュくん……。ブライムベアっておいしい?」


「ああ。味は保証するし、実は今日は朝焼いてきたバンズがあるんだ」


「バンズ……! じゃあ、ディッシュくんが作る料理って」


「にししし……。それはご想像に任せるぜ」


「わかったわ。それで勝算は?」


「2人次第ってとこかな」


「何よ……。結局、私たち次第ってこと!? ……まあ、いいわ。こっちはEランクからDランクに行こうって時だし。これぐらいの魔獣を倒して、箔を付けるってのも悪くないわね」


 ヘレネイの心が決まる。

 身体は乙女でも、心根ではもうすっかり冒険者なのだ。


「やるわよ、ランク」


「う、うん!」


 ヘレネイよりも少し気弱なランクも、腹を決めたらしい。

 勇敢な2人を見た後、ディッシュはブライムベアに向き直った。


「ブライムベアは鼻と耳がいい代わりに、目が悪いんだ。鼻は今潰した。あいつが獲物の位置を知るには、耳しかない」


「なるほどね。よし! 私がブライムベアを仕留めるわ。ディッシュくんは、音を鳴らして、ブライムベアを引きつけてくれる」


「わかった!」


「ヘレネイ、僕は?」


「ランクはいつも通り弓で援護して。できれば、あいつの動きを止めて」


「ブライムベアを弓で狙うなら脇腹だ。あそこの肉は柔らかいぞ」


「わかった。やってみるよ」


「よし! 2人ともいい!」


「いいぜ!」

「うん。いつでもいいよ、ヘレネイ」


「よーし……」


 GO!


 3人は配置に着く。


「うぉおおおおおおお!!」


 早速声を上げたのはディッシュだった。

 ブライムベアの周りを回りながら、音を出す。

 まだ鼻の付近を気にしながらも、ブライムベアはディッシュの方に注意を向けた。


 先ほど耳で捉えた音が、まだ記憶に残っているのだろう。

 そこに人がいることを知っているのだ。


『がぅうううう!!』


 吠声に怒りを滲ませる。

 だが、いきなりディッシュに襲いかかることはない。

 のそりと音の方向へ向かう。


 鼻が利かない上、煙幕のおかげでただでさえ視力がないブライムベアの視覚機能が、完全に麻痺していた。

 くわえて、音が聞こえるといっても、引き続き警戒しなければならないため、ブライムベアは慎重に動かざる得ないのだ。


「(よーし。よーし。来い来い)」


 ディッシュは舌なめずりをする。

 ここまで計画通りだった。


 ゆっくりと近づくブライムベアの後ろに近づいてきていたのが、ヘレネイだ。

 手を伸ばし、スキルを使う。

 ヘレネイのスキルは【植物操作】だ。

 辺りの蔦を自分の方に伸ばし、木の上に登る。

 木の上でもさらに【植物操作】のスキルを使って、枝の梯子を作ると、無音でブライムベアの背後に付くことができた。


 ランクの方も、いつでも矢を撃てる体勢を整える。


 ディッシュは小さく頷く。

 すると、他の2人も頷いた。


 準備万端だ。


「ぐおおおおおおおお!!」


 一際高く、ディッシュは声を上げた。

 瞬間、ヘレネイは木から落ちる。

 落下の勢いそのままにブライムベアの背中に剣を突き立てた。


『があああああああああ!!』


 ブライムベアは悲鳴を上げる。

 四つん這いでディッシュに近づいていた巨躯が、立ち上がる。

 二足歩行になり、腹が出た瞬間をランクは見逃さない。


 矢を放つ。

 ビィンと気持ちのいい音を立てて、ブライムベアの腹に刺さった。

 どちらも致命的な一撃だ。

 だが、この程度ではブライムベアはまだ折れない。

 その体力は、Bランクになるだけあって髙かった。


 しかし、それもディッシュにとって織り込み済みだ。


 音を鳴らしていたディッシュは、ブライムベアに突っ込んでいく。


「ディッシュくん!!」


 ヘレネイの叫び声が響く。

 心配したのだろうが、杞憂に終わった。

 無茶苦茶に暴れ回るブライムベアの懐に、ディッシュは潜り込む。

 料理人の命である包丁を、自分だけが知るブライムベアの急所に突き立てた。


『ぎゃあああああああ!!』


 吠声の質が変わる。

 ブライムベアの動きが一瞬止まった。


「ヘレネイ!!」


 ディッシュが叫ぶ。

 その言葉だけで、年下の青年が何を言いたかったのか、すべて理解した。


 背中に刺さった剣を引き抜く。

 飛び散ったどす青い(ヽヽ)血が、ヘレネイの顔を濡らした。

 だが、それに構わずヘレネイは【植物操作】で蔦を動かすと、宙を飛ぶ。

 すぐさま落下すると、今度はブライムベアの喉元を突き刺した。


 ギリッと捻り込む。

 当然、血が烈火のごとく噴き出した。


『おおおおおおおおおお!!』


 ブライムベアがもの悲しい悲鳴を上げる。

 ヘレネイは剣を突き立てたまま放置し、自分は距離を取った。

 すでに距離を置いていたディッシュのところまで後退する。


 ブライムベアは2、3歩立ったまま歩いた。


「まだ動けるの?」


「すごい体力だ!」


 ヘレネイは目を丸くした。


「大丈夫だ」


 ディッシュはブライムベアから目を離さずに、2人を諫める。


 そしてついに、その時がやってきたのだ。


 どぉおおおおおおお!!


 轟音が山野に鳴り響く。

 激しく砂煙が上がり、その姿を隠した。

 やがて現れたのは、大の字に伏したブライムベアだった。


「マジ?」


「本当に……!」


「やったな、2人とも」



 俺たちの勝利だぞ。



 ディッシュの声を聴いた瞬間、ヘレネイとランクは飛び上がって喜ぶのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今回も美味しくいただきました。 ディッシュの料理人での活躍でかっこよく討伐完了ですね。しかし、ヘレネイとランクも餌付けされてきてますな。 その頃の嫁のアセルスは汗だくになりウォンとマラソン中…
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