menu110 ゼロスキルの家庭料理
後書きに大事な発表がございます。
最後までどうぞ召し上がれ!
21日目――。
「よいしょ!」
という元気の良いかけ声が、村に響き渡った。
馬鈴薯の根本を握った子どもが、すてんとひっくり返る。
その瞬間、土が花火のようにパッと飛び散った。
子どもは土まみれになりながら、ぺっと土を吐く。
しかし、その手に握られた成果を見て、顔を輝かせる。
子どもの顔はあろうかという馬鈴薯が実っていたのだ。
「「「「おお!!」」」」
村人たちは歓声を上げた。
目を剥き、子どもが握った馬鈴薯を凝視する。
子どもはずっと持っていることもかなわず、ぺたりと地面に下ろしてしまった。
真っ黒になった顔を見て、他の子どもも笑い合っている。
ついでに隣にいたディッシュも大笑いしていた。
つい先日まで魔獣の襲撃によって、沈んでいた村とは思えないぐらい周りの雰囲気は明るい。
活気が元に戻り――いや、前以上の活気が、村にはあった。
「ぬぬぬぬぬぬ!!」
力を入れていたのは、アセルスだ。
顔を真っ赤にしながら、茎の根元を掴む。
「おいおい、アセルス。あんまり力を入れすぎるなよ。もっと周りの土を掘って」
「そ、それはわかっているのだが……。こ、ごの! この馬鈴薯は――」
すぽんと馬鈴薯が抜けた。
アセルスは派手にひっくり返る。
先ほどの子どもと同様に土を被り、白い肌と金髪が真っ黒になっていた。
「ぬぅ! さすがに力を入れすぎたか」
被った土を払い、アセルスはまずは上半身を起こす。
しかし、周りがしんと静まり返っていることに気付いた。
その異様な雰囲気に、自分が何かしたのかと思ったが、そうではない。
皆の視線を辿ると、どうやらアセルスが握っていたものに向けられたようだ。
そこにあったのは、アセルスの顔以上に大きな馬鈴薯だった。
「おおおおおお!!」
アセルスは雄叫びを上げる。
側に自分の顔のサイズと一緒の馬鈴薯があるのだ。
驚いてしかるべきだろう。
「うひゃー! でっかいのを抜いたな、アセルス。そんな馬鹿デカい馬鈴薯を見たのは、俺も初めてだ」
ディッシュも称賛する。
すると、アセルスは得意げに鼻を鳴らした。
「ふふん……。私にかかればこんなものだ」
「でもぉ、なんかぁ。その馬鈴薯、アセルスとそっくりですねぇ」
「ははは……。アセルスの食い意地がそのまま乗り移ったみたいだな」
エリーザベトとフレーナが笑う。
「2人とも! 今、何か言ったか?」
ギラリ、とアセルスの瞳が光った。
逃げる仲間を、【光速】のスキルを使って捕まえる。
エリーザベトとフレーナをあっという間に追いつめたアセルスの手並みに、今度は拍手が叩かれた。
村人たちも順調に馬鈴薯を引き抜いていく。
どれもこれも大きく、また数も多い。
大豊作だった。
「ありがとう、ディッシュくん」
感謝の言葉を発したのは、村の【植物士】ケネルだった。
「君の力がなければ、この豊作はなかったよ」
「いや、あんたが畑をずっと守っていたからだよ。俺はそこにちょっと横やりを入れただけだ」
「謙虚だね、君は」
「事実を言ったまでだ。さて、これからが忙しくなるぞ」
「そうか。今からが君の本業だったね」
するとディッシュは腰紐をギュッと締める。
蓬髪を撫で付け、戦闘態勢に入った。
その姿を見て、ケネルは素朴な疑問をぶつける。
「だが、今村にあるのは馬鈴薯ぐらいだよね。あとはバジリスクの卵と、近くで摘んできた食草ぐらいかな。アセルスさんたちが、王宮から持ってきてくれた非常食はこの数日で使い果たしたし。村には他に食材が……」
「何を言っているんだ、ケネル。馬鈴薯だけあれば、十分だよ。みんなのほっぺが落ちちまうぐらいおいしい料理を作ってやるから待ってな」
ディッシュはいつも通り、にししと微笑むのだった。
◆◇◆◇◆
馬鈴薯ほど、東西問わず料理に重宝されてきた食材はない。
蒸して良し、焼いて良し、茹でて良し。生でも食べることができる。
あらゆる食材に相性がよく、様々な状態で活用が可能。
馬鈴薯とは万能食材なのだ。
それ故に、ディッシュは何を作ろうか迷った。
簡単でお手軽なのは、やっぱり茹でた馬鈴薯に、熱々の状態で牛酪を載せる料理なのだが……。
「うぉん!」
ウォンは吠える。
すでに火を掛けた鍋の前で、ウォンがスタンバイしていた。
鍋の中には水が入っており、そろそろ沸騰しそうだ。
そのウォンの前には、自分で収穫した馬鈴薯が置かれている。
丁寧に洗われていた。
「ウォン、お前は何を作るんだ?」
「うぉん!」
そう吠えて、ウォンは牛酪を掲げる。
実は馬鈴薯の牛酪乗せは、いつの間にかウォンの十八番料理になっていた。
ディッシュが作っているのを見て、覚えてしまったらしい。
時々、家の中の馬鈴薯がなくなるところを見ると、度々自分で作っているようだ。
というわけで、馬鈴薯の牛酪乗せはウォンに任せることにした。
ディッシュは別の料理を作る事にする。
「ま! 馬鈴薯料理の定番をまず作るか」
ディッシュはまず馬鈴薯を茹でる。
温め、実を柔らかくすると、器の中で馬鈴薯を潰し始めた。
そこに胡椒、デンプン粉、生乳を混ぜる。
材料が馴染んできたら、一口サイズに丸めて成形した。
次にバジリスクの卵を溶き、小麦粉、そしてあらかじめ煎っておいたパン粉を付けて――。
「油に投入する」
ジュワワワワワワワワワワワ!!
突然、油の大合唱が始まる。
その音に、横で馬鈴薯を茹でていたウォンが反応した。
ディッシュの鍋の方を見て、「はっ。はっ。はっ」と舌を出す。
何? 何を作るの?
という感じで、キラキラと瞳を輝かせ、訴える。
「わかったわかった。ウォンにも後で食べさせてやっから。お前は、自分の鍋に集中しろ。今日は料理人なんだろ、お前も」
「うぉん!」
ディッシュに言われ、ウォンは自分の鍋の方を向く。
が、やはり気になってしまうらしい。
時々、ディッシュの鍋を気にしながら、舌を出していた。
お腹を刺激する軽快な音。
さらにそこに香ばしい匂いまで加われば、神獣じゃなくても気になるものだ。
「うぉっ!」
顔を上げたディッシュは驚いた。
いつも通り、村にある家の炊事場を使って料理をしているのだが、その窓の向こうに、アセルスが涎を垂らして凝視しているのだ。
どうやら、畑からすっ飛んできたらしい。
手も顔も土まみれになっていた。
「アセルス、よく気付いたな」
「う、うむ。匂いがしてきたのでな」
アセルスは鍋から目をそらさない。
ただ涎を吸い込むのみだ。
ディッシュが料理している家から畑までは少し距離がある。
なのに、匂いで気付いたというのだから、どうやらアセルスの嗅覚は犬並らしい。
「ディッシュ、何を作っているのだ?」
「ふふん。実は、お前も気付いているんじゃないのか?」
ディッシュは笑う。
「おお! やはり!!」
アセルスは一層目を輝かせた。
すると、ディッシュは鍋から料理を上げる。
油の中から現れたそれは、黄金色に光り輝いていた。
それを見て、アセルスの青い瞳が朝日を受けた湖面のように光る。
横で見ていたウォンも、箸で摘まんだそれを見て、おののいていた。
「馬鈴薯といえば、やっぱこれだろう」
馬鈴薯コロッケの出来上がりだ。
「おお! コロッケ!!」
「うぉん!」
1人と1匹の食いしん坊は、その神々しい光に息ではなく、唾を飲み込んだ。
「アセルス、試食してみるか?」
「うん。食べる!」
アセルスは皿に載ったコロッケを見つめる。
コロッケとは、ルーンルッドの一般的家庭料理だ。
茹でて潰した馬鈴薯、ひき肉、あるい野菜などを混ぜ合わせ、丸めて衣で包み、油で揚げた料理である。
ルーンルッドでは広く親しまれ、また歴史も古く、古代の壁画にも描かれているほど、有名な料理である。
特に馬鈴薯のコロッケは、栄養価もよく、手軽に食べられることから、間食の定番料理だった。
「いただきます!」
アセルスは熱々のコロッケを頬張る。
サクッ!
気持ちの良い音が炊事場に響いた。
横で聞いていたウォンの耳と尻尾がピンと立つ。
「うまぁぁぁああぁあぁあいいいいい!!」
アセルスは唸った。
衣のサクサク感もさることながら、中の馬鈴薯はしっとりとして、外と中の違いを生み出し、いいバランスの食感になっていた。
何より特筆すべきは、馬鈴薯の甘さだろう。
市場で売ってるものよりも、うんと甘い気がする。
しっとりとした食感から、優しい甘みが舌をくるんでいった。
入れた胡椒がピリッと効いているのもいい。
何より揚げたばかり、さらには新鮮な馬鈴薯のフレッシュさがたまらない。
まだ土の匂いをとどめたコロッケは、アセルスを土の中に誘う。
陽の光で温められ、栄養価たっぷりの土に包まれ、地中に埋まったかのように心が温かくなった。
気がつけば、アセルスの手からコロッケがなくなっている。
「う~ん。おいしいぃですぅ」
「うめぇ! こんなにうまいコロッケ食べたの初めてだ」
いつの間にかエリーザベトとフレーナも、コロッケを試食していた。
当然、ウォンの腹の中にも収まっている。
「この衣……。サクっていうよりは、ザクって感じですね」
「てか――。パン粉なんてよくあったなあ」
「ああ。それはこれを使ったからな」
ディッシュが掲げたのは、やや黄色がかった白い粉粒だった。
「ディッシュ、これは?」
「俺、豆腐を作るだろう? その時にできる絞りかすだ。東方では『おから』っていうらしいけどな」
「“おから”の名前は聞いたことありますぅ。なるほどぉ。パン粉とは違って、元は大豆でできてるから、こんなにいい食感なんですねぇ」
ザクッ!
エリーザベトは気持ちの良い食音を鳴らす。
すると、騒ぎと匂いに釣られた村人たちが畑から戻ってきた。
「よーし。まずは掴みはオーケーだな」
「むむ……。その目。ディッシュよ、まだ何か作るつもりだな」
「ああ。さすがにコロッケだけじゃ寂しいだろ。実は、前々から仕込んでいたものがあるんだよ」
そう言って、ディッシュは悪魔のように笑うのだった。
カドカワBOOKSからご許可をいただきましたので、ご報告させていただきます。
非常にお待たせいたしました。
『ゼロスキルの料理番』2巻が、1月10日に発売する運びとなりました。
6月に1巻が発表され、半年以上かかりましたが、
この度めでたく出版することができました。
お待たせした分、書き下ろしをじっくり書かせていただきました。
Webを読んでいただいている読者の方々にも、
満足いただける内容になると思います。
さらなる詳しい情報は後々お伝えしていこうと思っております。
涎を垂らしながら、お待ち下さいね。
こうして第2巻を出版できたのは、ひとえに読者の皆様のおかげだです。
どうぞWeb版とはまたひと味違う『ゼロスキルの料理番』の世界と、
ディッシュやアセルス、もちろん1巻では登場しなかったあの姫の活躍も含めて、
楽しみにしていただけると嬉しいです。
今後もどうぞ『ゼロスキルの料理番』をご愛顧いただきますよう、
よろしくお願いします。







