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menu10 もちもちで、ふっくら、そして輝く白

お待たせしてすいません。

今日もご賞味あれ!

 キャリル・ハルナスは主の変化に気づいていた。


 主とはアセルス・グィン・ヴェーリンのことだ。

 キャリルは3年前にヴェーリン家にやってきた。

 両親はいない。

 魔獣に殺されたのだ。

 キャリルもその場で死にそうになったが、間一髪アセルスに助けてもらった。


 命の恩人だ。

 それだけではない。

 アセルスはキャリルに居場所を与えてくれた。


 一生返しきれない恩をもらったキャリルの忠誠心は、とても強固だ。


以来家事全般をこなしている。

 他にも数名家臣はいるが、住み込んでいるのはキャリルだけだ。

 それ故、他の家臣の誰よりも働き者で、留守になりがちなアセルスの代わりに、屋敷を守ってきた。


 そんな彼女だからこそ、いの一番に主の変化に気づいた。


 食事の度にため息を吐いているような気がする。

 自分の料理に飽きたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。


 空を望めばため息を吐き、特製の薔薇のお風呂に浸かってはまたため息を吐く始末だった。


 ヴェーリン家のメイドでありながら、キャリルもまた乙女である。


 ピンときた。


「アセルス様は、きっと恋をしているに違いない」


 だから、キャリルは思い切ってアセルスに聞いてみたのだが……。


「そそそそそ、そんなわけないだろ!」


 めちゃくちゃ頬を赤くして、否定された。


 これは怪しい。


 きっと意中の殿方がいるに違いない。

 だが、奥手のアセルス様は1歩を踏み出せないご様子だ。


「これはわたくしが、一肌脱ぐしかありませんわ」


 キャリルは立ち上がった。


 とりあえず、聞き込みを行ったところ(主にフレーナとエリザ)、どうやらアセルスの意中の相手は、山奥に住んでいるらしい。


「なかなかワイルドな方なのですね」


 きっととても強い人に違いない。

 そうだ。アセルスが惚れ込むほどの男なのだ。

 彼女より強くなければ意味がない。


 キャリルは思い切って1人で山に踏み込む。

 魔獣が一杯いるが、これでも武術の心得がある。

 アセルスに鍛えてもらったので、自分1人ぐらいなら守れると自負があった。


 それに彼女のスキルは【調合】だ。

 主の身体を癒やす薬を作ることもできれば、一瞬にして魔獣の息の根を止める毒を作ることも出来る。


「てぇや!!」


 キャリルは魔獣に毒を打ち込んでいく。

 たちまち大きな豚のような獣は、耳障りな悲鳴を上げて、どぉと倒れた。


「ふん! どんなものですわ」


 いける!

 キャリルは確信した。

 最初は怖かったが、1人でも十分戦えることに気づいた彼女は、どんどん山の奥へと入っていく。


 だが、山の恐ろしさは何も魔獣だけではない。


「あれ? あれれれれ? ここはどこですの?」


 迷ってしまった。

 魔獣と戦うことに夢中になってしまい、どの辺りにいるかわからなくなってしまった。

 右を見ても、左を見ても、木々が生い茂っているだけ。

 沢の音が聞こえるが、反響してどっちの方角かさっぱりわからない。


 気がつけば、とっぷりと日が暮れていた。


 夕方には帰るつもりだったのに、これでは夕飯の支度が出来ない。


(アセルス様に怒られてしまいますわ)


 その思いが何よりもキャリルを傷つけた。


 すっかり夜になってしまった。

 犬獣人といっても、彼女に帰巣本能というものはない。

 木々の姿は消え、見えたのは濃い闇だった。


 きゅぅぅぅぅううう……。


 甘える子犬みたいな音を立てたのは、お腹だった。


「こんな時でもお腹は空くのですね」


 視界がかすむ。

 いや、もはや視界など関係ない。

 視界は黒く塗りつぶされ、一面闇が広がっている。


 そんな時、かすかに光が見えた。

 ユラユラと人魂のように浮いている。

 同時に、荒い息が聞こえた。


(魔獣……?)


 もはや声を出す気力も無い。

 とうとうキャリルは意識を失う。


(ごめんなさい、アセルス様。夕飯がまだ……)


 遠く意識が離れる瞬間、犬獣人の瞳に映ったのは、大きな狼の姿だった。



 ◆◇◆◇◆



 真っ暗な空に、火花が爆ぜた。


 遠くの方で悲鳴が聞こえる。

 同時に男たちの咆哮が轟いた。

 巨大な生物が大きな爪を振るい、雄叫びを上げている。


 遠い意識の中で、キャリルは思い出していた。


 これは自分が小さな頃。

 父と母を失った直後のことだと。


 あの時も暗闇の空の下で、いくつもの炎が上がっていた。

 だから、火がちょっぴり苦手になった。

 今でも、窯の前に立つと昔のことを思い出してしまう。


 だけど、直後希望に彩られる。

 勇者の到着だ。

 巨大な魔獣を光の速さで、あっという間にのしてしまう。

 勇者はキャリルに向かって、そっと手を伸ばした。


 ――もう。大丈夫だ。


 キャリルにとって、今でも、そしてこれからも、アセルスは最高の勇者であるに違いない。


「アセルス様……」


 ぼんやりと呟きながら、キャリルは瞼を持ち上げた。

 視界に映ったのは、まず炎だ。

 禍々しい――命を断つものではない。

 小さく、しかし暖かな光だった。


 不意に横から大きな獣が映り込む。

 大きな顎門をこちらに向けた。食べられる――と一瞬身構える。

 だが、優しくまるで励ますように頬を舐められた。

 謝意を示すようにキャリルは狼の顎の下を撫でる。

 すると、「きゅうぅん」と甘えた声を上げて、獣は目を細めた。


「起きたか?」


 火の側にいたのは、青年だった。

 キャリルとそう歳は変わらないだろう。

 大きな毛皮を肩の上から羽織り、綺麗な黒目には炎が揺らいでいる。


 どうやら、自分はこの青年と狼に助けられたらしい。

 それにしても不思議な2人だ。

 魔獣が跋扈する山にいるのに、妙に落ち着いている。


「待ってろ。今、飯を作っているからな」


「いえ? そんな助けていただいたのに。ご飯まで。……麓への道を教えてもらえれば」


 ぐぎゅうううううぅぅぅぅうう……。


 盛大に腹が鳴る。


 青年は笑った。


「強がるな。あんた、寝てる間も腹を鳴らしていたぞ」


「な゛!!」


「よっぽどお腹空いてるんだなって思って、今飯を作ってる。俺も、ウォンもまだなんだ。一緒に食べようぜ」


「うぉん!」


 ウォンという狼は、そのまま自分の名前の通りに吠えた。


 キャリルは引き下がるしかない。

 お腹の辺りを押さえ、これ以上の醜態を重ねないように努めた。

 当然、顔は真っ赤だ。


 しかし、何を作っているのだろうか?


 少し気になって、キャリルは目一杯首を伸ばした。

 火の側には何か黒い棒のようなものが置かれている。

 よく見ると、竹だ。

 竹が熱で炭化し、黒い棒になっていた。


 一体何を食べさせられるのだろうか。


 キャリルは少し心配になり、まだ名前を知らない青年に話しかけた。


「あの……。わたくしはキャリルと申します。遅くなりましたが、助けていただいてありがとうございます」


「俺はディッシュだ」


「ディッシュ様?」


「呼び捨てでいいよ」


「あ、あの……。何かお手伝いすることはありますか?」


「大丈夫。もう出来た」


 すると竹がぷくぷくと動く。

 中に水を入れているのだろう。

 それが沸騰し、動いているのだ。


 ディッシュは竹ごと箸で掴み、持ち上げる。

 火から離して、中を確認した。


「そろそろかな……」


 短剣を持ち出す。

 刀身が炎を映し揺らめいた。

 キャリルは少し怖い気分になる。

 昔のことを思い出してしまった。


 そんな彼女を尻目に、ディッシュは作業を進める。

 竹を割り、パッと開いた。


「わあぁ……」


 思わず唸った。

 現れたのは、真っ白な粒だ。

 粒立ち、白煙のような湯気を上げている。

 アセルスの肌のようにきめ細かく綺麗だった。


 見たことのない食べ物だ。


 近いものでいえば、麦飯。

 だが、こんなに真っ白な麦の実は見たことがない。

 それに麦の実は丸いのに対し、これはどちらかといえば細長かった。


「これは何なんですか?」


「食べてみるか?」


 キャリルがうんと頷く前に、腹の虫が要求した。


 ディッシュは笑い、犬獣人の娘は耳まで真っ赤になる。


 箸で摘み、一口食べさせてもらった。


 はっふ。はっふ……。


 熱い……。

 でも、おいしい!

 もちもちと、そしてふっくらとしている。

 噛む感触がたまらない。


 気が付けば、「もう一口」と頼んでいた。

 ディッシュはまた笑いながら、箸で摘む。


「よく噛んで食べるんだぞ。すると、甘みが出てくるんだ」


 言われた通りに咀嚼する。

 確かに、ディッシュの言うとおりだった。


 実と唾液が絡まりはじめると、不思議な甘みが口の中で広がっていく。

 肉とも、魚とも、野菜とも違う。

 そもそも味がはっきりしない。

 でも、甘い。


 素朴で、何か少し物足りなさすら感じるのに、程良い甘さが癖になる。


 もっと……。もっと……。もっともっと……。

 身体が要求してくる。

 何か奇妙な薬でも打ったのではないかと思うほど、欲してしまう。


 白いものを見ただけで、唾液が出てくる!


「うまいか?」


「おいしぃい!! うまいですわぁぁぁあ!」


 わぉぉおおおおおおんんんんんん……。


 キャリルは思わず咆哮を上げる。

 夜の山にこだました。


 気が付けば1本丸ごとキャリルの腹に収まっていた。

 ぺんぺんと思わず腹を叩く。

 その横で、ディッシュはまだ調理をしようとしている。


「まだ何か作るんですか?」


「ふふん。そいつをさらにおいしく食べようと思ってな」


 ディッシュの目がぎらりと光った。


2日連続でレビューいただきました。

もうびっくりして、夜中にも関わらずアセルス並に叫んでしまいましたw

投稿者の方ありがとうございます。


3日連続あったりするかしら(チラッ)


引き続き、更新頑張ります!!

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― 新着の感想 ―
[一言] コミカライズ版を読んで気になって読みに来ました(ノ≧ڡ≦)☆ まだまだ序盤なので楽しみです«٩(*´ ꒳ `*)۶»ワクワク
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